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☆7

 明朝迎えにきたルカ、ミルド、シャーシアの三人に連れられて、俺は城下町を案内されていた。


 流石にピエロの仮面では街中を歩くには怪しすぎるので、ミルドに借りている変装アイテムのマフラー、伊達眼鏡、キャップを身に付けている。


 城下町は俺の想像より少し上をいく位に色々な店があった。食材を取り扱う店や飲食店、雑貨屋は当たり前、武器屋、防具屋、道具屋は想像の範疇、中には金券ショップ、ペットショップ、リサイクルショップ、アイスクリーム屋なんてのも存在した。そして店頭にケンタール王の写真がずらりと並んだプロマイド店……本当にありやがる! 


 いろいろな店舗が軒を連ねるメインストリートでは、路傍で商いをしている露店も負けじと賑わいを見せていた。その露店の一つで俺たちは足を止め、売られている珍妙なものを眺めていた。

 大きな底の浅いケースにうねうねと蠢く大量の毛虫。立てかけられた看板にはこう書かれている。


【大人気! 『スーパーゲジゲジ君DX』 一つ100ギル!】


「おいシャーシア……これは一体、何なんだ?」

「これは子供、特に男の子に大人気のゲジゲジ君ですわ」


「おお! もう第三弾が発売されたのか!」

 ミルドが嬉しそうにケースの中を眺め始める。


「い、いや……そのゲジゲジ君ってところを、もうちょっと掘り下げて説明してくれないか?」

「ゲジゲジ君は魔力を込めた子供に大人気の毛虫のおもちゃなんですわ。光に当てるとこの様に魔力でうねうねっと動くのですわ。込める魔力は一定ではないのでスピードに個体差があったりして、子供たちはゲジゲジ君でレースをして遊ぶのですわ。速いゲジゲジ君を持っている子供は、それはそれは羨望の眼差しで仲間たちから見られる様ですわ」


 そう言えばさっきから子供たちがケースの周りに陣取って、「アイツ速いぞ!」とか「こっちの方がキレがある!」などと、ワイワイ騒ぎながらゲジゲジ君を吟味している。

 改めてケースの中を見ると、所狭しと動き回っている大量の毛虫たちは、それぞれ動きに個性がある。ゆっくりのんびり動く毛虫もいれば、他の毛虫を乗り越えてパワフルに動く毛虫、キビキビと素早い動きを見せる毛虫などなど。


「込められた魔力はほんの少量だが、三日間は連続で動くのだ」


 そう言いながらミルドは一匹のゲジゲジ君を摘み上げ、行商のオヤジに硬貨を渡した。


「このゲジゲジ君は速そうだ。記念にプレゼントしよう。なかなかかわいいものだぞ?」

 

 俺の掌に、ゲジゲジ君をポトリと落とす。……確かにちょっとかわいいかも。

 俺はその掌をそのまま、シャーシアの頭の上で佇むルカの前に差し出した。


「……何のマネですか。ケンタさん」

「いや、腹が減ってるかなと思って。遠慮なく食ってくれ」

「……私は鳥みたいな格好ですが、毛虫なんて食べません!」


   ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「さて、ケンタ。次はどこを案内して欲しいのです?」


 メインストリートを抜けた辺りで、シャーシアが俺に尋ねてきた。

 俺は少し考える。せっかくだからもっと異世界っぽいところを見てみたい。


「この街には【ギルド】とかはないのか? ほら、冒険者たちが日夜クエストを求めて集う、荒くれ者たちの溜まり場の事だよ」


 それに対してミルドが、顎に指を当てながら答えた。

「【ギルド】か……。確かにこの城下町にもある事はあるのだが……もう閉店したってウワサがあったな」

 

 閉店? 【ギルド】ってフランチャイズのチェーン店か何かなの?


「ああ、確か城下町の西側にあった店舗ですわね。まだ営業しているかもしれないから、ちょっと行ってみましょう」

 

 俺は一抹の不安を覚えながらも、シャーシアの案内で【ギルド】を目指す。

 たどり着いたその先には……今にも倒壊しそうなボロ屋が寂しく佇んでいた。

 え……? これが……【ギルド】? お化け屋敷の間違いじゃないの??


「おお、かろうじて営業しているぞ。まだ閉店してはいない様だ。よかったなケンタ殿」

 

 いやいや…………もう潰れる寸前なんですけど。

 せっかく案内してくれた事だしと、俺は渋々ながら【ギルド】の扉に手をかける。

 

 ギ……ギィギギ…………


 あまり使われていそうもない扉は、蝶番が錆び付いているのかとても重く、そして薄気味悪い音を立てながら開いた。


 中に入ると人の気配はなく、埃まみれのテーブルと椅子が悲しげに並んでいた。店の奥に設置されたカウンターにも目を配らせる。恐らくは本来ならこのカウンターでクエストの発注だったり、アイテムの交換などのやり取りをするのだろうが、今は人っ子一人見当たらない。


「……やっぱり誰もいないですわね。こんな埃くさいところからはさっさと出ましょうか」

 シャーシアの言葉で【ギルド】を立ち去ろうとしたその時。

 

 ……ドタドタドタ、ゴロゴロゴロゴロガッシャン!!

 

 カウンターの奥から騒々しい物音が鳴り響いた。

 

 あまりの物音に俺たちは、カウンターを凝視して立ち尽くした。しばらくすると、カウンターの下から青白い手が、にゅっと現れて…………。


「「「「ぎゃーーーーーーーーーー!!!」」」」

「ま、待ってくれ! い、行かないでおくれ!」

 

 カウンターの下から姿を現したのは、埃を被った一人の老人だった。


「ア、アナタ方、この【ギルド】に何の用でしょう? まさか……冒険者登録?」

「あ、いや。私たちはちょっと社会科見学に……」


 シャーシアの言葉をかき消すほどの大音量で老人は。


「マジですか—————!! 実に何年振りじゃろう! 我が【ギルド】で冒険者登録ができるなんて!」

「あ、あの…………だからですね……」

 

 ルカの言葉など耳に入らない様子で、


「……い、生きてて…………よかっ……た」

 などとほざいている。


 もはや、「何でもないです」じゃ済まされないだろう。

 

 俺は少し観念をして、老人に話しかけた。

 

「おい、じいさん。あんたは一体何者なんだ?」

「私めは、この【ギルド】の店主でございます」

「ほう、では店主よ。他に誰も見当たらない様だが……もしかして、アンタ一人って事はないよな?」

「い、いえ。現在は私一人でこの【ギルド】を切り盛りしてございますが……何か問題でも?」

 

 老店主のあまりにも素っ頓狂な、それでいて自分が犯している大罪にも気付いてない脳天気な答えに、流石に堪忍袋の緒が「ブチッ」っと音をたてて切れてしまった。俺は鬼の様な形相で老店主に食ってかかる。


「……【ギルド】のカウンターと言ったら、亜人やエルフのねーちゃんが『すごい! もうこんなにステータスが上がったんだ!』とか『こら! 危ない冒険に行っちゃダメってどれだけ言えばわかるの!? もう!』てな感じで接待する、いわばガールズバー的なシロモノだろうが!? それを……それを…………じじい一人で何ができるってんだぁぁぁぁ!?」

「ひ……ひぃぃぃ!!」


 ぽかんと呆気にとられる三人をさらに置いてけぼりにして、俺は続ける。


「そんな事で、冒険者たちが命を張れると思うか! もっと誠意を見せろ! 男の夢(エロチシズム)という誠意を見せてみろぉぉぉ!」

「そ、そ、それは重々承知しているのですが……。これも王のご威光というものでしょうか。十数年前からだんだんとこの辺りにモンスターが出現しなくなりまして……それからというもの、この【ギルド】は寂れる一方……。『むっふん』や『あっはん』系の女性はそれはそれは給金も高く、一人辞め、また一人辞めと、とうとう私だけになる始末……」


 老店主は話しながら涙ぐみ、遂には泣き出してしまった。


 なるほど。冒険者(金づる)がいなければ上玉(ビッチ)は店で働いてはくれない。

 この【アルドラック】も需要と供給に左右される、何と世知辛い世界なのだろうか。


 事の成り行きを見るに見かねた三人が、恐る恐る俺に話し掛けてきた。


「……ま、まあ、いないものはしょうがないし……ね、ケンタさん?」

「ほら、店主も泣いているし、ここは一つ冒険者登録でもしてやったらどうだ? 別に減るものでもないだろう?」

「……私なら、このカウンターにイケメンを揃えて見せますわ」


 一人的外れな事を言っているヤツは放置して、俺は促されるまま老店主の方を見る。いい大人が大泣きをしている姿に、当たり前だが罪悪感を覚えてしまった。


「いや、わ、悪かったよ。俺もつい言いすぎた。仕方ないな……冒険者登録をするよ。……で、じいさん。一体何をすればいいんだ?」


 俺の言葉にウソの様にピタッと泣き止み、目を輝かせた老店主は、カウンター奥の棚から何やらゴソゴソ取り出すと、埃の被った取説を取り出してきた。……現金なじいさんだ。


「これが、冒険者登録の説明書です! まずはこれをお読みになってください!」


 ふむふむ……冒険者の心得……ステータスの説明……レベルアップについて……etc。


 一通り読み終わった説明書をポケットに入れると、興奮で落ち着かない様子の老店主に、俺は感情のない声をかけた。


「……ヨミオワリマシタ」

「では! この『冒険者カード』にほんの一滴、アナタの血液を垂らしてくれるだけでいいんです! それで……冒険者登録は……くぅ!……か、完了です!」


 目を見開きソワソワしている老店主が、『冒険者カード』をカウンターにそっと置く。


 ……こんな期待されちゃ「やっぱりヤダ」なんて断れるわけないよな。まあ、俺は『仮面付き』とは言えども、人並み以上の生活が約束されている訳だし。冒険者になんてなろうとは、これっぽっちも思っていないし。まあ言ってみれば記念受験みたいなものかな? ちょっと想像とはだいぶ違った【ギルド】での冒険者登録だけど……。


 俺はそんな軽い気持ち半分で、老店主が差し出した針で指先を刺すと『冒険者カード』の上にぽたっと自分の血液を垂らした。

 落とされた血液が薄く広がり『冒険者カード』全体を包み込む。そして淡く発光すると何も書かれていな『冒険者カード』に、文字が焼ける様に印字されていく。


 おお! ここが異世界だってすっかり忘れてた。


 俺はようやく異世界っぽい出来事を見て、ちょっぴり感動を覚える。

 

 どれどれ。俺の『冒険者カード』にはなんて書いてあるんだろう……。

 俺はわくわくしながらカードの文字を読んだ。


 マツモトケンタ

 【レベル】01

 【体力】 30

 【腕力】 18

 【知力】 21

 【敏捷】 25

 【魔力】 06

 【スキル】 スピーカー


 何だこれ? 【スキル】スピーカー? そもそもスキルって何だ?


「ふーむ、ケンタさんはごくごく平凡なステータスですね」


 パタパタと浮かびながら、ルカが俺の『冒険者カード』を覗きながら言う。


「おいルカ。この【スキル】ってのは何の事だ?」

「【スキル】とは、一種の特技みたいなものです。この世界の人間には一人に一つ、この【スキル】が備わってます。ただし、それはもの凄いものもあれば、まったく役に立たないものもあります。はい」


 ほうほう。やっぱりそんなものがあるんだな。この俺の【スキル】はさぞかし……。


「このスピーカーって【スキル】は聞いたことないですね。……まあどうせ、たいした【スキル】じゃないって事は、字面で分かり……ぐにゅ!?」


 俺はルカのほっぺたを両サイドに思い切り引っ張り、最後まで喋らせなかった。


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