☆4
城下町は活気に溢れていた。
露店では売り子の元気な掛け声が響き、色々な店の看板が乱立している。そういえば、不思議とこの世界の文字が読めてしまうのは、もはやお約束なのだろうか。
城下町のメインストリートを歩きながら、ルカはひたすら俺に謝ってきた。心なしか道ゆく人が俺を避けて通るのは、気のせいだと思いたい。
「ホントに悪気はなかったんです! 急いでたから、洗濯してないお爺ちゃんのふんどしを間違えて持ってきちゃって……」
ふんどしだったんかい!
俺は顔に巻きつけたふんどしを、慌てて剥がそうとしたが。
「あ———! 待ってください! もう少しだけ!」
「どういう理由で何をどう待てと言うんだ!」
ルカは少し神妙な面持ちになり、俺に語りかけた。
「お城に入る前に、この城下町で寄るところがあるんです……。そこまではどうか!」
目を潤ませながら懇願するルカに、俺は根負けする。
———泣きたいのはこっちだよ。
「…………わかったからとっとと案内してくれ。……頼むから」
「は、はい! こ、こちらです!」
俺の頭の上から、ルカが腕で進むべき方角を指図してくる。
……この胸のモヤモヤは何だろう?
ルカの言いなりにしばらく城下町を歩き、活気あるメインストリートから少し外れると、こじんまりとしたログハウス風の一軒家にたどり着いた。
「ここです! …………あの、すみませんケンタさん、ドアをノックしてくれませんか?」
俺は少し怒気を含んだ強めのノックを二回、叩く。
ドン! ドン!!
するとガタガタと家の中から音がして、ドアの前に人の気配が感じられた。
俺の頭の上のルカが、コホンと咳払いをして。
「………娘さんを、ボクにください!」
え? なんて!?
ドアの向こうからやはり、ん、んん! と喉を鳴らす声が聞こえて。
「…………娘はやらん! 帰ってくれ!」
急にドアが開いた。
「おお、やっぱりルカか! 今帰りか? 珍妙な姿になって! 待っていたぞ!」
……もしかして。今のは合言葉?
ドアを開けた人物は長めのスカートに胸元が開いた紺のジャケットを着た、紫がかった長い髪の美女だった。
その妙齢の美女は俺のすぐ目の前まで駆け寄ると、俺の肩を掴み、俺の頭に止まっているルカにかじり付いた。
豊潤な胸が俺の眼前に迫り、甘い匂いが鼻腔をくすぐる。
「いやぁ! 久しく連絡がなかったのでな、毎日心配していたんだぞ…………………ってくっせえ!!」
もうええわ!
俺は顔を覆っているふんどしをはぎ取ると、乗っているルカごと地面に叩きつけた。
地面で目を回すルカを心配そうな目つきで眺める美女は、俺の顔を見るやいなや、急に真面目な顔付きに変わる。
「…………ルカ。無事に役目を果たしたと見えるな。……詳しい話は家の中でしよう。ささ、人目につく前に中に入ってくれ」
謎の美女は俺の肩に手を添えて家の中に迎え入れると、辺りをキョロキョロ伺いながら地面に転がるルカをむんずと掴み、ドアを閉めた。
家の中は、豪華な装丁が施された本と、緑、赤、青といった色とりどりの液体を納めたガラスの容器が、所狭しと並べられていた。紫紺の髪を持つ美女は、部屋の中央にあるテーブルに近づくと椅子に座り、掌で着席を促してきた。
「私の名はミルドと言う。無理を言って【アルドラック】までご足労いただいたことに感謝する。ルカのことだ、道中さぞかし貴殿に無礼を働いた事と思う」
「ええ、そりゃ、もう」
「な、な、な、何を言ってるんですかケンタさん! 私がいつどんな無礼を働いたと言うんです!?」
テーブルの上でバタバタ暴れながら、必死に釈明するルカを軽く無視して、俺は少しホッとした。
ルカの知り合いだから、どんだけの人物かと思いきや、案外まともな人なのかな。
「おおよその話はルカから聞いているとは思うが、これは【アルドラック】の王を救う為に私とルカともう一人の仲間の三人で、画策した事なのだ」
神妙な面持ちのミルドは一度髪を掻き上げて、話しをさらに続けた。
「私たち三人は王の側近で、日々精気をなくしていく王の為に、その原因を調査していた。そして貴殿の世界と【アルドラック】の関係、【ツインソウル】の事実を突き止めたのだ。魔法で貴殿を見つけ一時的に世界を繋げ、ルカが迎えの使者として向かったと、そう言う訳なのだ」
そこの人選はもうちょっと慎重に選んで欲しかった、が…………。
やっぱり異世界ともなると、存在するんだな。魔法が。
「……それで、ルカは魔法でこんな姿になっているのか? 俺の家にあったぬいぐるみとまったく同じなんだけど」
ミルドとルカは目線を交わし、互いの意思を確認した。そしてミルドは口を開く。
「…………実は、ルカは魂だけとなって、貴殿の世界に行ったのだ」
……え? どういう事?
「【ツインソウル】の仕組みが分かり調べていくにつれ、いくつかのルールが存在することが分かった。その一つに【ソウルの一定】というものがある。貴殿の世界と【アルドラック】の間で、無闇に人の増減ができないというルールだ。簡単に言うとだな…………」
俺はゴクリと唾を飲み込む。
「誰かを連れてくるなら、その分誰かを減らさなければいけない」
ピンと張り詰めた空気が包み込んだ。
「……ルカは自ら志願した。幽魂離脱の危険な魔法で魂だけの存在となり、貴殿の世界へ向かったのだ。その際に貴殿の世界で依代としたのが、たまたまその黄色いぬいぐるみだったと言うわけだ」
意外な事実に、俺は言葉を発する事ができなくなった。この黄色いぬいぐるみの中身は、自分を犠牲にしてまで王を助けたいと、そう願っているのか。
少しうつむき加減だったルカが、顔を上げた。
「……でもですね! 最後まで王様は反対してたんです! 『他人を犠牲にしてまで生き長らえたくない』と。それを私が押し切って、勝手にやった事なんです……だから、王様は悪くないのです!」
俺は少し誤解をしていた様だ。ルカの勝手な振る舞いに腹を立ててはいたが、コイツはコイツなりに、かなりの覚悟を持っている。
……かと言って俺の人生が今までツイてない原因は、王サマにもあるって事には変わりないのだが。
「今回のことは、王と私たち側近の三人しか知らない事。……どうだろう、一度王と会ってはくれないだろうか? 王はルカが体を捨てて魂になった時、こう仰った。『事ここに至っては仕方ない。その方を招き入れることを許そう。ただし最後はその方の意思を尊重する』と。この国で不自由なく暮らしたいと言えばそうするし、元の世界に帰りたいと言えば送り届ける事を約束しよう」
……色々と思うところは盛り沢山あるけど、当初の予定通り、王に会ってみようという俺の気持ちに変わりはない。
「……分かった。その王とやらに会うだけ会ってみるよ。ただし! その後どうするかは俺が決めていいんだな!」
二人は顔を上げ喜悦の表情を俺に向けてきた。
「ありがとう…………! では早速王の住む城へ案内させてもらう!」
俺の手をとり目を潤ませてくるミルドに、悪い気はしなかったが………。
この二人の望みは、俺がこの世界で、安全な環境で平凡に暮らす事なんだろう。
この世界で暮らすのか、はたまた元の世界でやり直すのか。
俺の人生は、やっぱり俺で決めたい。