第32話 異国のお菓子とお茶
うん、美味しい。やや苦みはあるが、嫌いではない苦みだ。
「わざわざこのお茶を用意したのだから、苺大福とは合う組み合わせなのよね?」
「はい。苺大福はこれまでのお菓子とは大きく違いますから」
「ええ。先ほど見たわ。確かにあれは他のとは違うわ」
多分、苺大福とこのお茶は同じところで同じところで作られたんだと思う。じゃないとわざわざお茶を変える必要がない。つまり、このお茶と苺大福は合うということだ。
なので、それから何度かお茶を飲んで、先ほどまで口に残っていた紅茶やシュークリームをこのお茶で上書きする。舌がこのお茶に染まったところで苺大福を手に取った。
イチゴ丸ごと一粒入っているので、手にずっしりとした重さを感じる。
「さっそく食べてみるわ」
「はい!」
苺大福を口元まで持ってくる。食べる前に少しだけ匂いを嗅いだ。
苺大福は他のお菓子のように匂いが強いというのはない。
これも初めて食べるものなので、いきなり齧り付くということはしない。
え? シュークリームのとき? あれは他のお菓子に似てたので勢いよく齧りつけた。中身は食べたことのあるカスタードクリーム。こっちは触っている感触から見た目まで大きく違うし、中身である餡子というのは初めてだ。苺があるとはいえ、餡子という存在が躊躇わせる。
「はむっ」
苺大福をぱくりと一口食べる。
「!?!?」
口に含んだ瞬間、その感触に驚く。
この苺大福、異様なほど弾力がある! いや、弾力とは違う。伸び? そう、伸びだ。伸びがある。これは……外側のやつ? うん、そうだ。外側の白い部分だ。
初めての感触に驚くと共に味にも注目する。
やっぱり最初に来るのは一粒丸ごと入った苺。苺の酸味と甘みが口の中に広がる。
ああ、こんなに苺でいっぱいになるなんて……。
薄くない苺を食べて満足な私。
その苺と一緒に別の物も。
初めてのものだから分からないけども、多分餡子というものだと思う。感触は外側の部分と苺の水分でよく分からないけども、味はしっかりとある。
うん、甘い。餡子というのもしっかりと味の主張がある。組み合わせとしても悪くはない。
ただ、外側の白い部分はそこまで主張がないかな。味はあるんだけども、目立つほどではない。
「もぐもぐ」
「どうですか? 苺大福は」
「美味しいわ。あなたが力説するのも分かるわ」
「でしょう! このもちもち感も良いんですよね」
「もちもち……」
「はい! この弾力のことです」
「なるほど。もちもちね」
「どうすか? 苺と餡子が合うでしょう?」
「ええ。同意するわ」
初めて餡子を食べたけども、かなり好きだ。
一口食べて、苺大福を見るとその断面には苺大福の苺がどれだけいっぱいなのかが分かる。外側のもちもちした部分と餡子は割合的に少ない。こういう苺だくさんというのはかなり好き。
「あっ、お嬢様。お茶も飲んでください」
「そうね。飲んでみるわ」
ごくり。
うん、合う。苺大福を食べた後に先ほど飲んだお茶を飲んでみたが、苺大福の甘さとこのお茶の苦みがうまく嚙み合わさっている。
「いつもの紅茶では味わえない美味しさよ。まさかこういうお茶との組み合わせがあるなんて思わなかったわ」
苺大福とこのお茶の組み合わせを知ると確かに紅茶を淹れなかった理由が分かる。紅茶との組み合わせでは合わないだろう。
「ですね。私はこのお茶との組み合わせで飲みなれているのですが、一度紅茶と合わせて飲むと違和感がすごかったですね」
「やっぱりそうなのね」
「ずっと同じ組み合わせだったということもあるのでしょうけども、そもそも合ってないという感じでした」
「やっぱりお茶はお菓子に合ったものがいいわね」
「です。紅茶で苺大福に合うものはありませんでしたね」
紅茶で合うのがないのは仕方ない。
「お茶を飲んで、また苺大福を食べる。するとまた苺大福の味が広がるんですよ。お茶も濃い味ではないので、苺大福がお茶に負けるということはありません」
そう言われて再びパクリと二口目を食べる。まだ手に苺大福が残っているのは私の口が小さいからだ。体が小さいと二口で食べるものも三口になるからうれしい。
あっ、本当だ。ちゃんと苺大福の味がする。お茶はどこかへ行ってしまったみたい。
「苦みのあるお茶なのにちゃんと苺大福の味がするなんていいわね」
「ですです! あっ、でも、もうなくなってしまいましたね……」
シノは二口目で苺大福全てを食べ終えたようだ。
お茶の中身がまだ残っているのに食べ終えたシノはしょんぼりとしている。可愛い。
しょんぼりとしているシノはちらちらとこちらの苺大福を一瞥する。
「……やらないわよ」
たくさんあるならまだしも、苺大福は一人一個。しかも、私は初めて。数があればいいのだけども残念ながらない。シノにあげることはできない。
「ううっ」
というか、私はあなたの主人なのだけども。
「今度から数を用意しなさい」
「ですね。一人一つで十分かと思ったんですが、久しぶりに食べてまた欲しくなりました……」
まあ、久しぶりに食べたなら数を用意できなかったのは仕方ない。……一応、私のご褒美のためのお菓子だけど。
「この苺大福は気に入ったわ。今度この苺大福をまた食べたいからその時にたくさん用意しなさい。他はいらないわ」
「はい!」
しょんぼりとしていたのに私がそう言うとぱあっと顔を輝かせる。
この子、ちょろい。
私は最後の一口を口の中へ入れた。
「次はチーズケーキですね!」
苦みのあるお茶を堪能し、飲み終えたころ、シノがチーズケーキを食べる用意をする。
「お茶はまた変えるのかしら?」
「苺大福とは違って、そこまでお茶に拘らなくてもいいですからね。お嬢様の好きなお茶を用意しましょう」
「う~ん、お茶は先ほどのがいいわ」
「はい」
あの苦みのあるお茶、かなり気に入った。最初は抵抗感があったものの、飲んでみたら好きになった。
「そういえばこのお茶はなんて名前なの?」
「名前ですか?」
「そうよ。細かい種類はともかく、いつも飲んでいるのは『紅茶』でしょう? そういう名前よ」
「ああ。こちらのお茶は『ジャポン茶』って言うんですよ」
「ジャポン茶……」
「ジャポンというのはかなり遠くの異国です。苺大福もそこで作られました」
「だから私がいつも食べているお菓子とは色々と違うのね」
「はい」
ジャポン。初めて聞いた名前だ。
一応、主な国の名前は知っているが、私の記憶にもないので、小さな国だと思う。
ジャポンの他のお菓子に興味がある。婚約破棄された後、未来の旦那様がすぐに見つからなければ行ってみたい。うん、旦那様を他国で見つけるというのもいいかも。
まだまだ先のことを思い描く。
「……ジャポンに言ってみたいわね」
つい口から零れる。
小さな声だったけど、シノはちゃんと聞こえていたようで、
「じゃあ、いつか私が案内しますよ!」
そう言ってくれた。
「ふふふ、その時はあなたにお願いするわ」
シノと一緒なら楽しく旅行ができそうだ。
それは前にシノと一緒に街へ出て楽しんだことが証明してくれる。もちろん案内に優れていただけではない。一番大きいのはこうして二人で楽しい時間を過ごせていることが一番だ。色んな話の内容ができるし、色々と遠慮なく過ごすことができる。
「では、チーズケーキを切り分けますね~」
「お願いするわ」
「お嬢様はどのくらいの大きさがいいですか?」
「先ほども言ったようにあまりチーズは好きではないわ。小さくしてちょうだい」
「はい」
シノは素早くチーズケーキを切り分ける。
シノが作ったチーズケーキは一般的なスポンジとクリームが層になっている、いわゆるショートケーキとは違って、そこまで厚みがないのが見える。つまり、一口サイズに切り分けやすい。
ショートケーキは厚みがあるから一口サイズにするときに形が崩れやすい。
まあ、基本的に一口サイズになって出てくるんだけどね。私が切って一口サイズにするなんてほとんどない。シノが用意するときは今みたいに自分で切らないといけないのが多いけど。
どっちのほうが良いかはその時の気分次第だ。一口でぱくりと食べたいときだってあるし、ゆっくりと自分で切り分けて食べたいときだってある。つまり、どっちでも良いというわけ。
今回はもちろんのこと私自身が切り分ける。シノが私の分を切り分けている様子を見ているとどうやら崩れるほどやわらかいというわけでもないようだし。
シノが切り分け終え、私の分を私の目の前まで持ってくる。私の要望通り、小さく切ってある。
さっそく私は一口サイズより小さい程度の大きさに切り分けて、口元まで持ってくる。
口元に持ってきたが、すぐに食べるわけではない。あまり好みではないチーズが使われているので、匂いを嗅いで食べるかどうか判断しようと思っているのだ。
どれどれ。
口元から鼻のほうへと近づける。
……ややチーズの匂いがするけど、シノの言った通りそんなに濃い匂いじゃない。このくらいなら食べるのには問題はない。
「そこまでチーズ臭くはないですよね?」
「……そうね」
匂いを嗅いだら次はついに食べることになる。
匂いは良くても実際食べてみたら苦手だったなんてことはたまにある。これがそれになるかもしれない。
「ごくり」
喉を鳴らしたのは覚悟を決めるため。決して美味しいものを目の前にしたからではない。
「さっ、食べてみてください」
シノに急かされて思い切ってぱくりと口へ。
チーズが口の中に広がる! ……と思いきや、そこまでチーズ感はなかった。
もぐもぐもぐ、どうやらチーズケーキは二層構造になっているようで、下部分はクッキー生地のようだ。で、上部分がチーズみたい。チーズ部分の柔らかさとクッキーのサクサク感が合っている。味も悪くない。クッキーもそこまで味が主張していないし。そして、何よりも、チーズがチーズしてない。そのため、チーズが好きではない私でも美味しいと感じて食べることができている。
ごくん。
「どうでしたか?」
ニコニコ顔で聞いてくるシノ。
「チーズの味がそこまでしなかったわ。いえ、しているのだけども、チーズ特有な物が無くなったというのかしら。とにかく、食べやすいものになっているわね」
「チーズはお菓子じゃないですけど、チーズケーキはお菓子ですから」
「ふふふ、なるほどね」
私は再びチーズケーキを切り分けて、再び口へ含んだ。
一度食べて、美味しいと理解したので、先ほどよりも大きく切っている。先ほどよりも口の中がいっぱいになった。
まさかチーズケーキがここまで美味しいとは思わなかったよ。
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