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第3話 私のメイドで、マナーの教師で

「お嬢様、起きてください。朝ですよ!」


 若い女性の声が聞こえる。声からして女性というよりも少女かも。

 私はゆっくりと意識を覚醒させる。

 起き上がる私が最初に見たのは私を呼んでいた、夜空のような漆黒の髪と瞳を持つ、とても美しい地味な少女であった。メイド服を着ているからメイドだろう。

 起き上がってまず確認するのは私が生きているのかということ。

 神と会ったことは鮮明に覚えている。……なぜかその姿や声は思い出せないが。

 ともかく、それを確認するために自分に痛みを与えて現実だということを知る。そして、私の手足の幼さを見て、過去へ戻ったのだと知った。

 え? 別人になっている可能性? それはないと思う。だって、この部屋は確かに私の部屋だから。もちろん死ぬ直前とは年齢が違うので、配置してある家具などは多少違っているけれども。


「えっと、あなたは?」


 私を起こした少女にそう言う。


「え!? お嬢様、私のことを忘れたのですか!?」


 そう言われて思い出そうとするが、思い出せない。

 や、やばい!


「シノです! ラヴィリアお嬢様付きのメイドです!」

「あ、あら、そうだったわね」


 思い出せなかったのだけども、思い出したかのように振る舞うことにした。

 まあ、今の私はどうやら十にも満たない幼子のようだから、色々と誤魔化すことができるだろう。


「それよりも! もう朝です! 着替えますよ、お嬢様!」


 シノに言われて、私はベッドから出る。

 着替えはもちろんのこと、シノ任せ。

 でも、今後のことを考えるとこういうのは自分でやる必要があるのではないのかなと思っている。もちろんおかしな風に思われないように、工作はするつもりである。気まぐれを装って、数日に一回程度に抑えて、自分でやるという方法である。

 毎日やったほうがいいのではと思うのだけども、私は公爵令嬢。こういうことはメイドに任せなければならないのだ。なので、仕方ない。


「お嬢様、着替えが終わりました。鏡をどうぞ」


 シノが私を姿見へと誘導してくれる。

 鏡の中に映るのは幼い少女。もちろん見覚えのある私の幼い時の姿。この容姿からして四歳程度だと分かる。


「シノ、私は今、何歳だったかしら?」

「四歳です。ふふふ、もうすぐお誕生日ですから、その確認ですか?」


 まさか私が自分が何歳なのか理解していないとは思っていないシノはそう言いながら微笑む。

 私は苦笑いしかできなかった。

 さて、私の着替えも終え、まずは朝食。この家ではできる限り家族と一緒に食べることになっている。つまり、家族に会うわけである。

 ちなみに私の家族は父のみ。

 え? 母? 私を産んで、体が弱っているときに病にかかって亡くなってしまった。私は母の姿を絵でしかしらない。

 なので、父が忙しければ、私は一人になってしまうということだ。

 ちなみにこの家の跡継ぎに関しては養子を取ることになっている。血の近い親戚に優秀な令息がいるのだ。会ったことはある。五歳ほど年が上の方で、確かに問題ないほど優秀のようだった。

 ともかく、父に会うわけだけども、実はちょっと申し訳なさがある。

 その理由を言う前に父のことを話そう。

 父は寡黙であまり私とは話さない。このことは幼い頃の私からしたら、愛がないのではと思うことが多々あった。

 だけども、大きくなり様々な人を会うようになってからはそうではないのだなと理解し始めた。父は不器用な人間なのだ。その証拠に父は何も言わないが、無表情で頭を撫でてくれるし、私が欲しいと強請ったものをすぐに買ってくれたりもする。

 そんな不器用な愛を理解してからは父からの愛を疑ったりはしないようになった。

 で、話は戻るけれども、そんな娘思いの父と会うことに申し訳なさがあるのは、父には記憶はないだろうが、私が父に何も言わずにこの世を去ったというのが一番だ。過去に戻った今、気にすることではないのだろうが、記憶を持っている私には無視することができなかった。ある意味では親不孝者である。もしあのまま死んでいたら、父はきっと静かに涙を流していただろうなと思う。

 だけども、涙を流させなかっただけよかったかもしれない。

 そういうわけで、私の勝手だけども、そういう気持ちがある。


「さあ、お嬢様。行きますよ!」


 シノが私の手を優しく引いて、食堂まで連れて行ってくれる。

 小さい子扱いされているので、精神的大人の私にはちょっと恥ずかしい。

 にしても、シノがこんなに明るいメイドでよかった。メイドはあくまでも身の回りの世話をするお仕事なのだけども、その関係はとても淡泊としたもので、このように明るいメイドというのはほとんどいない。いや、子爵男爵あたりならばこういうメイドは多いと聞く。

 なので、シノのようなメイドは公爵家という貴族の家では珍しい部類なのだ。

 メイドとこういう関係も悪くない。なので、シノとは絶対に仲良くなっておこう。私の未来では気軽に話せる人などいなかったから余計にそう思った。


「着きました、お嬢様」


 着いた場所はもちろんのこと見慣れた扉。食堂の扉である。

 シノが扉を開け、一緒に中へと入った。


「おはよう、ラヴィリア」


 私に向かってそう言ったのは私の父である。

 表情は変化せず、未来を体験した私でなければ機嫌が悪いのではと思ってしまう顔。昔、いや、未来とは違うのはやっぱり若いところだろうか。父の十年の変化はずっと一緒にいたときは分からなかったが、こうして過去に戻るとそれがよく分かった。


「おはようございます、お父様」


 父のことを理解している私は、理解してなかった時とは違って、びくびくせずに笑顔で答える。

 昔はびくびくとしていた。父のことを理解してからは申し訳ない気持ちでいっぱいだったが。

 で、ここに来る前に申し訳なさだけども、それはずっと残っていた。やはり父には何らかの形で親孝行をしたい。

 そう思うのだけどもその方法はまだ分かっていない。だって、一番の親孝行は王太子であるラルド様との結婚だ。

 でも、私はしない。婚約破棄を狙っている。

 そうなるとできる親孝行は別のだ。

 何が良いだろうか。まだそれは分からない。


「座りなさい」

「はい」


 父の声に返事をし、所定の席へ座る。

 しばらくするとメイドたちによって食事が運ばれてくる。朝食は私の年齢に合わせているため、当然のことだけども未来の私の時とは量が違う。

 こういうところにも私が過去へ戻ったのだなと思わせる。

 朝食は静かに過ぎる。これは別に会話がないとかではない。パーティではない今、食事中に話をすることはマナー違反だからだ。会話をしていいのは朝食後か、デザートのときのみ。

 とはいえ、父は無口なので、食べ終わろうがデザートの時だろうが似たようなものなのだけども。


「食事のマナーや動作、奇麗になったな」


 食べ終わってすぐ、ぼつりと父が呟いた。

 ぎ、ぎくり! 覚えしかない発言に思わず引き攣った笑みを浮かべる。


「な、内緒で頑張ってきましたので。もうすぐで五歳ですし、その成果を出そうと思いまして」


 く、苦しい。本当に苦し紛れの言い訳だ。

 それ、今日じゃなくて五歳になったときにするのが一番だろうと自分で思う。

 絶対誤魔化せない! そう思ったのだけども、


「そうか。子どもの成長は早いものだな」


 一瞬寂しげな表情を作り、そう言った。

 何とか誤魔化せたようだ。

 まあ、よく考えれば、私に未来の記憶があるとか、普通は考えられない話である。私の心配は無用だったみたい。ちょっと恥ずかしい。

 それから朝食の時間は終え、一旦自室へと戻る。

 この後はマナーのレッスンになる。

 マナーのレッスンは七歳ごろには終えていたので、誰が教師をしていたかなどは覚えていない。

 え? これが普通なのかって? そんなことはない。早い。多くが十代になる少し前程度で習得する。私が七歳ごろで終えていたのは私の才能というのがあったと思う。

 まあ、その才能のおかげでラルド様の婚約者としては優秀だったけど、成績が下であるラルド様には嫌われるってことになったんだけども。


「ねえ、シノ。レッスンはどこでやるのかしら?」


 四歳、もうすぐ五歳のころの記憶なんて、ほとんど覚えていない。教師すら忘れている私が場所を覚えているはずもない。


「ん? 忘れてしまったのですか? 専用のお部屋ですよ」


 冷や汗をかきながら、シノの答えを聞いた。

 あまり日常的なことで、このように聞いていたらさすがに怪しまれる。できるだけ早くこの頃の記憶を思い出さないと。


「そうだったわね。教師は?」

「もう! お嬢様! 今日は本当にどうしたのですか!?」


 シノがついに怒った。


「マナーの教師はこの私、シノです!!」


 シノが突然怒った理由が分かった。

 うん、私が悪い。私付きのメイドで、尚且つマナーの教師なのだ。ずっと傍にいるのにそんなことを言われたら、怒って当然。私だってバカにしているのかって思う。


「ご、ごめんなさい、シノ。ちょっとど忘れしただけよ。悪気はないの」


 慌てて謝る私。

 シノとの思い出は不思議なことにない。きっと結婚でもしたのかもしれない。

 それまでの付き合いかもしれないが、こんなことでシノと仲違いなんてしたくはない。私の中でシノへの好感度的なものは結構高い。


「つーん!」


 シノの機嫌は悪いままだ。


「ずっとお嬢様付きのメイドをやっていて、尚且つマナーの教師をやっていた私がお嬢様から先ほどの言葉を聞かされて、どう思ったと思いますか? とても悲しかったです。もしかして、お嬢様は私のこと、嫌いなのですか?」

「違うわ。大好きよ。シノには感謝してるわ。ただ、その、最近の記憶がないのよ」


 何とかしないとと思って、ついそんな嘘をついた。

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