第11話 子どもの体に慣れてきた?
「どうですか、お嬢様」
「とても美味しいわ。いつも食べているのと違うから新鮮ね」
「気に入ってもらったようでよかったです」
「家でも食べたいけど、さすがに無理ね」
「あはは、ですね」
先ほども言ったように貴族の料理は上品。家の料理人に頼んでも、作ってはくれないだろう。
「まあ、食べたいときはまた街へ出向けばいいですよ。私も付き合いますよ、お嬢様」
「ありがとう」
他のメイドだときっとあまりいい顔をされないから、シノが付き合ってくれるのはうれしい。
「はむ、もぐもぐ」
味を気に入った私は夢中になって食べた。
ふう、お腹いっぱい。
「もうお腹いっぱいだわ」
「少し多かったですね。お腹が空くまで別の店へ行きましょう。食べるときは半分こしますね」
「お願いね」
そして、次の場所へ立とうとするとシノが私の手を引いてベンチへ戻される。
「何?」
「ふふふ、口に汚れが付いてますよ」
そう言うとシノは私の口を拭いた。
その瞬間、私の顔が一瞬にして熱くなった。
は、恥ずかしいっ!!
口を拭かれるなんて子どもが大人にされることだ。それをされた精神は大人、体は子どもの私はとても恥ずかしかった。
確かに先ほどの食べ物が初めてする食べ方であったこともあるだろう。
でも、大きく口を開けなければ食べられないということはすぐに分かっていた。しかも、幅も厚みもあるので、どうやっても口からはみ出る。口端に汚れが付くのは当然だった。
なのに、子どもみたいに無邪気に食べて口を汚すなんて……。
「はい、綺麗になりました」
「……ありがとう」
恥ずかしさでいっぱいだけど、お礼は言う。小さな声で。
「はい。では、次はどこへ行きますか?」
「えっと、食べ物はしばらくはいいから、当初の目的の可愛いものがあるところへ行きたいわ」
「かしこまりました。候補がいくつかあって、庶民が利用する通りの店と商人などの金持ちが利用する通りの店があるのですが。どちらになさいます?」
「そう、ね。どちらも、というのは無理かしら?」
「いえ、問題はありません。その代わり、移動時間もありますので他に見る時間がなくなります」
「移動はどのくらいかしら?」
「庶民が利用する通りまでは歩いてすぐですが、商人が利用する通りはその通りから馬車でニ十分ほどです」
「あら、そのくらいなのね。そんなにかからないじゃない」
「ええ。ただこちらへ戻ってくることを考えると……」
「四十分ってことね。確かにそう考えると時間はなくなるわ」
時間はたくさんあるけれども、夜までというわけではない。夕方、つまり日が落ち、空が茜色に染まりだしたら帰る時間というわけ。
そう考えるとニ十分は大したことはないように感じて、四十分は大きく感じる。
「まあ、仕方ないわ。とりあえず、近いほうからよ」
しばらく歩く。
大人ならばその距離は大したことはないのだけども、子どもの体の私にとってはとても厳しい距離。段々と足が痛くなってきた。
もちろんシノは私のスピードに合わせてくれている。問題なのは体力なさ。
体力が上がるようなことはしていない。
ダンスの練習でもやれば体力も上がるのだけども、体がまだできていないということでまだできない。
くうっ、き、きつい……。
「あの、お嬢様? 足がきつくありませんか?」
「ううっ」
シノにそう言われて、甘えたくなる。
「きついわ」
「では、私がおんぶをしましょうか?」
「お、おんぶ……」
足が痛い今、おんぶというのは最高の解決策。お互いの体格的にも負担は少ない。
だけども、精神大人の私がおんぶしてもらうというのは精神的にダメージがある。
「お嬢様?」
うう、しょうがない。私の脚も限界なので、ここは恥を忍んでシノにおんぶしてもらおう。
「…………お願いするわ」
「はい!」
嬉しそうに返事をするシノは私が乗りやすいようにとしゃがむ。
目の前にあるシノの背中。
今からこの背中に……。
抵抗感を感じながらもそっとシノの背中へと乗った。
私が乗ったのを確認したシノは体を起こす。
わっ! じ、地面が!
当然のことながら地面との距離が離れていく。その距離は子どもの体からしたらかなりの距離。
ほんの少し前はこの距離が当然だったのに、今はとても高く感じる。
「どうですか? 不安定だったりしたら遠慮なく言ってくださいね」
「ええ。分かったわ。今のところ大丈夫よ」
シノにギュっと掴まる。
シノにこんなにくっつくのはお風呂くらいだ。
シノにおんぶしてもらってしばらく。ようやく目的の店へ着いた。
店の外観は子どもにも分かりやすいようにとぬいぐるみなどの玩具が書かれた看板が掲げられている。
「ここね」
「はい。店はいくつもあるのですが、その中でも品ぞろえや質などを考慮した結果、こちらの店が一番でしたので」
「そうなのね」
その結果が現れるかのようにその店を子どもたちが出入りする。
貴族の子どもたちとは違う雰囲気。ストレート言えばうるさい、騒がしい。
でも、その騒がしさは嫌ではない。
それを羨ましくも思う。
公爵令嬢として育った私はこのように大きな声を出してはしゃぐなんてことはなかった。なので、あんなに無邪気にはしゃぐ子どもたちを羨ましく思う。
「少しうるさいですね。ここは止めますか?」
貴族である私の気を使ったのか、シノはそう言う。
「いえ、いいわ。このぐらい問題ないわよ。それどころか、心地いいくらいよ」
「え!? こ、心地いい、ですか?」
「そうよ。庶民の子どもはこうしてはしゃいでうるさいだけだけども、貴族の子どもはもっとひどいわ」
確かに貴族の子どもたちはうるさくはない。うるさくはないが、権力を覚えた子の横暴がすごい。特に六歳などそれなりに知識を得た子だ。
それと比べたらこのくらい微笑ましいという気持ちが湧いてくる。
それにこうして子どもたちが元気であることは平和の証拠でもある。
「そうなのですか?」
「ええ。権力を何でもかんでも振りかざそうとするもの。もちろん私は違うわ」
「ふふふ、それは私が一番存じておりますよ」
一応言っておくとそんなことをしたことはない。
まあ、そもそも貴族以外で会うのは商人がほとんどない。あっても孤児院への訪問のときくらいかな。
「だから、ここの子どもたちのは心地いいのよ」
「なるほど」
「あと、そろそろ降りるわ」
店に入るので、そろそろシノから降りる。
……別に恥ずかしいからではない。本当に。
こほん、やっぱり歩き回っている子どもは私よりも年齢が上の子が多い。私くらいの子は親や兄、姉と手を繋いでいる。
迷子というだけではなく、走り回る体の大きな子たちから守るというのもありそう。
「う~ん、これだけたくさんの他の子どもたちがいると色々と危ないですね。お嬢様、私と手を繋ぎますよ!」
どうやらシノも危険だと考えたようだ。
手を繋ぐのはやっぱり恥ずかしいが、今の自分の体のことを考え、素直にシノと手を繋ぐ。
「しっかりと握っていてくださいね。では、入りますよ!」
シノが先頭に店へと入って行った。
店の中は多くの子どもたちでいっぱいだ。ぎゅうぎゅうというわけではないが、きちんと避けなければ進むことはできないだろう。
まあ、私の小さな体だと避けずとも歩けるんだけども。
「入り口側は男女共用のおもちゃが多いですね」
シノの言う通り入口側の棚には積み木など性別を選ばないおもちゃが多い。奥のほうに行けばようやく男女別に分かれるようになっている。
で、私の目的のものは可愛い系。つまり、女の子が遊ぶおもちゃ。人形やぬいぐるみ。それらが目当ての物。
入口側には用はない。
奥へと行くと先ほどと違って女の子ばかりだ。
私も女の子なので、ついキョロキョロしてしまう。
や、やばい。欲しい!
私の精神は大人。大人なのだけどもどうしてか、子どものおもちゃに興味が向いてしまう。
「ねえ! 見てもいい?」
体がもっと近くで見たいと訴え、テンションが上がった状態でシノに許可を貰おうとする。
「え、ええ。どうぞ」
許可を貰ったと同時に私は他の子と同じようにおもちゃの棚に張り付く。
棚にはたくさんのおもちゃがあり、取り合いになることは少ない。
おかげで私も好きなおもちゃを手に取ることができる。
私が手に取ったのは可愛らしい女の子をデフォルメした人形。布と綿のみで作られており、そう簡単に壊れる構造ではない。
私の家にある人形はどれも陶器など素材が固いものなので、乱暴に扱ったり落としたりすると壊れたりする。
まあ、滅多に壊れることはないけどもね。
「シノ! これ、とっても可愛いわ!」
ぎゅっと人形を抱きしめながらシノに見せる。
「はい! とても可愛いです! ずっと見ておきたいほどです!」
「あら、シノも分かるの!?」
まさかそこまでの反応が言葉が出るとは思わなかった。
だって、私が持っている人形と比べれば、この人形はお世辞にも質が良いというわけではない。素材が良いものというのもあるけど。
なので、公爵家のメイドをしているシノがそう言うとは思ってなかった。
「分かりますよ! ああ、本当に可愛いです」
分かるようなのだけども、な、何だか目が怖い。
シノは可愛いものを見るとやばくなる系の人なのだろうか。
「わ、分かってくれてよかったわ」
一旦引き下がって、再び可愛いもの探しを再開した。
とりあえず、この人形はキープする。
友人である三人が興味を示すかは分からないが、話のネタにはなる。
一つ決まったので、別のを選ぼう。
そして、結局選んだのは同じように女の子をデフォルメした人形をいくつか。
それ以外のものだけども、クマのぬいぐるみなどがあった。
でも、それは選んでない。
だって、そういうのは私の元々の趣味ということもあり、すでにここに置いてあるものよりも良いものが揃ってある。
人形は買うことを決めたけど、それよりも良いものがあるぬいぐるみを買おうとは思わなかった。
「お決まりのようですね」
「ええ。どうかしら?」
「どれも素敵な人形です」
あれ? 先ほどのような怖い系の目じゃない。普通だ。
疑問に思いながら、シノを連れてレジへと向かう。
金額はそんなに高くはなかった。
まあ、貴族の感覚だけど。