第1話 婚約破棄
私はラヴィリア・ディ・ローウェン。
ローウェン家の長女である。ローウェン家は公爵で、貴族の爵位の中では、王家を除いて、一番高い地位にある。
もちろん私の家が全ての貴族の中で一番地位があるわけではない。公爵であるのはローウェン家だけではないのだから。
だから、他の公爵と比べると、下ではないが上ではないという真ん中くらいの力を持つ。
そんなローウェン家であるが、実は私、第一王子の婚約者なのだ。
幼い頃に婚約者になり、幼い頃から勉強をさせられた。正直に言うと、嫌だった。
だって、周りの貴族の子女はもっとゆっくりでそんなに厳しくなかったから。
私だってあの頃はみんなと一緒に子どもらしいことをやりたかったのに。
でも、そのような体験をせずに第一王子の婚約者としてふさわしくなるようにと教育されてきた。
その教育はとっくの昔に終わったのだけど、結果として友達のいない令嬢となった。
え? 学園生活で? その頃にはまわりの方たちもそれなりに自分の地位などを理解していたから私の周りにできたのは『取り巻き』という友人とは全く別のものであった。
私と仲良くなり、将来はその縁を使って、甘い汁を吸おうとする者たち。それの集まり。
一応、貴族として取り巻きを追い払うことはしなかった。
だって、こっちにとっても利益になるから。
もうその年頃では自分の感情を曝け出して動くなんてことはできなかった。
そんな学園生活を過ごし、ちょっとした問題があったけど、学園から卒業すればそのちょっとした問題もなくなると思っていた。
でも、そうはならなかった。
「ラヴィリア・ディ・ローウェン!! 私、ラルド・ディ・エルドルドはお前との婚約を破棄する!!」
そう言ったのは内容からも分かる通り、私の婚約者だった。
それは学園の卒業パーティ。
その最中にラルド様は、婚約者ではない私以外の少女の腰を抱き、私にそう言った。
全ての始まりはラルド様の隣にいた少女にある。
少女は貴族の子女ではあるが、男爵という爵位にあり、最下級の爵位である。そして、その爵位の数は一番多く、貴族の中で一番平民に近い爵位なのだ。
そんな彼女だが、どうやらそこそこ優秀なようで、成績は上位にいつも入っていた。
私は立場もあったから、いつも頑張って一位になっていた。婚約者であるラルド様も頑張っているようなのだが、十位以内にはいつも入るほどである。
ただラルド様も十分優秀なのだけど、婚約者である私と比べると劣ってしまう形なのだ。
そのためか、ラルド様は私に対してあまりいい感情を持っていないようだった。というか、持ってない。
いや、その、私、別にラルド様を見下してませんし、ラルド様の顔を立てようとしているんですよ! でも、その、ラルド様に合わせていると私も叱られるので、そのようなことはできなかったのです。許してください。
まあ、そういう理由もあり私は全力でこの成績を維持してきたのだ。
その結果がこれであるのだから、私の判断は間違っていたのかもしれない。
だって、例の男爵令嬢はそんなラルド様を甘い言葉で慰め、そして、褒め称えていった結果、恋を知らないラルド様はあっさりとその手に落ちたのだから。
それ以来、ラルド様はその男爵令嬢と一緒にいるようになった。
それはラルド様だけではない。ラルド様の側近となる周りの方も、だ。
側近たちは最初はそんなラルド様を注意していたのだけども、いつの間にか何も言わなくなり、そして、ラルド様と同じくその男爵令嬢の手に落ちた。
もちろん、私もそれに対して対策を取らなかったわけではない。
さすがにラルド様に対して直接注意するのはラルド様の面目を潰してしまうということを考え、そもそもの原因である男爵令嬢のほうへ注意した。
嫌がらせ? いえ、その、それはできませんでした。
するべきだったのかもしれませんが、そのような勇気はありませんでしたので。
私自身がやったことは口頭による直接的な注意のみ。それ以外はやっていない。
ただ、他の令嬢たちからの嫌がらせはあったようだ。私のような注意などではなく、物理的な嫌がらせだ。
他の令嬢たちと私(取り巻きを含める)は別に繋がってはいない。
なので、どういう理由で動いていたのかは分からない。
まあ、ラルド様の婚約者という立場を狙っている人はたくさんいますし、きっとそれが理由じゃないかと。
え? 私も嫌がらせを受けたことはあるのかって? もちろんある。
でも、嫌がらせ、つまり、犯罪にはならないことだから、自分の手ではねのけていた。嫌がらせ程度で負けているようでは王妃にはなれないから。
それでだけど、私の口頭による注意と私たちに関係ない嫌がらせの件で、ラルド様から男爵令嬢に対して、嫌がらせをするなと私に言ってきたのだ。
うん、意味が分からない。
私も嫌がらせを男爵令嬢以上にされていたし、私はあなたの婚約者なのですが。
で、これをしたことにより、ラルド様の心は完全に男爵令嬢へ向いているのだと周りからも思われるようになってしまった。
その日を境に周りからは男爵令嬢に負けた女として、私の面目をラルド様の手によって潰されたのだった。
幸いにも私の取り巻きは一人も離れることはなかった。
むしろ、ラルド様たちと男爵令嬢に憤っていた。
今考えると彼女たちは私の良き友人だったのかもしれない。
というか、友人だったのでは?
生まれてから友人という存在を得ることができなかった私は気づくことはできなかった。
なるほど。確かに友人とは何かと言われたら、親しい関係であり、話などをしていて楽しいとかそういう感情が出てくるものである。その点では彼女たちと一緒にいて、楽しいと思ったことは多くあった。それに気を抜くこともできた。
うん、私たちの関係は友人だった。
まさか今になって気づくなんて。本当に遅すぎる。
今からでも間に合う? いえ、間に合いませんよ。なぜって?
ああ、そういえば言ってませんでしたね。私、ラヴィリア・ディ・ローウェンは死んでいますからね。
……
………………
………………………………………………
なぜ死んだのか。それは最初の婚約破棄のすぐあとになる。
あの後、ラルド様は自分の愛する男爵令嬢が嫌がらせを受けいてた、その犯人はラヴィリアである、と私がやっていない冤罪を述べ、婚約破棄を正当化しようとしていた。
もちろん、私は反論した。
何のために? 私の人生のため。ラルド様を愛していたとかそういう乙女チックな理由ではない。私のためだ。
だって、そうでしょう? 私は幼い頃から周りの子たちとは違う厳しい教育を受けてきたのだ。他の子たちが自由にできる時間を捧げて王妃になるために頑張ってきたのだ。
それをラルド様の個人的な理由で無かったことにされようとしたのだ。怒らずにはいられなかったのだ。
声を荒げるなんてことはさすがにしなかったけど、怒りを出さずに何とか反論できた。
しかし、その反論はあっさりとラルド様の意味不明な論理によって破られた。
曰く、男爵令嬢が泣いていた。
曰く、男爵令嬢がお前がやったと言っていた。
ほとんどこれらであった。証拠ではなく、こんな証言で悪者にされたのだ。
思わず私は固まってしまい、何も言えなかった。呆れてしまった。
え? これが私の婚約者だった人なの? こんな男のために婚約させられたの?
婚約破棄を宣言されたときに私の中のラルド様への好感度は底辺かと思っていたのだけど、実はそうではなかったみたい。さらに下がった。
そして、同時に私の価値は低かったのかと思ってしまった。
うん、もちろんこの考えが間違っていることは今思えば分かっている。この婚約を結んだ父たちに責任などない。ただ単にラルド様が価値を下げただけである。
でも、その時はいきなりということもあり、そう思ってしまったのだ。それと同時にそのショックで私の行動は止まってしまった。
この硬直は偶然にもラルド様たちの愚行を増長させることとなった。
ショックでどのくらい硬直していたか分からないけども、私の硬直が解ける頃にはラルド様たちの言い分は終え、全ての終盤へとなっていた。
でも、このラルド様の思い描く婚約破棄劇はこの後の出来事によって崩れてしまった。
それは決してここにはいないそれなりに立場のある者が助けに来たとか、友人たちが無理やり参加してきたとかではない。そんなことだったら私は死ななかった。
何が起こったのか。
それは私の死である。
本来のラルド様たちの筋書きは、あり得ないことだらけで理解できないので、分からないけども、少なくとも私の死というのは考えていなかったはず。殺してしまえば不利になるというのは、ラルド様も分かっていたようだから。
で、結局何があったのかというと、私の胸から銀色に輝くものが飛び出ていたということである。それはあまり武芸に詳しくない私でも分かるもので、それは剣であった。私の胸から生えた剣は私の血で濡れていた。
このときの痛みは死んだ今でも思い出せる。
痛みを感じたのは刺された瞬間ではなく、私が刺されたと自覚してから。その痛みは私の人生の中で一番の痛み……だったと思う。
刺された後は痛みに苦しみつつ、倒れたのは覚えている。その後のことは分からないから、きっと死んでしまったのだろう。最後に見たのは刺したと思われる黒装束の人物が男爵令嬢へ向かって、跪く姿であった。
男爵令嬢を囲う男たちはなんでこんなに癖のある人物ばかりなのだろう。
最後に思ったのはそんなことだった。私の最後だったのに自分に関係にないことを言うなんて……。
ごほん、ともかくこうして私は死んだ。
そして、今ここにいる。
え? ここがどこかって? 実はそれは分かんない。ここはどこも真っ白で何もない。壁や天井もないとっても広い空間なのだ。私の知る限りそのような空間は存在しないというのは明らかだ。
空が見えない空間など現実にありえないことだ。だって、空は無限に広がるのだから。
なのに、その無限の空と同等な白い空間が広がっている。
でも、ここが現実であるのは間違いない。夢の可能性だって考えたけども、痛みはあるのでそれはない。
つまり、あり得ないはずのことが現実に起きているということだ。
まあ、そもそも死んだはずの私がこうして生きている時点であり得ないことなのだけども。
色々と疑問はあるが、何も分からないので、とりあえず歩き回ることにした。
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