第2刻:杠%《ユズリハパーセント》の接点なり
ある程度、気分が落ち着いた時、紅智が切り出してきた。
「恋愛事で悩んでるんだって?」
「お前には関係ねぇだろ。生徒会役員様」
「随分な言われようだなぁ、俺」
俺がキツイ態度を故意的に取ると、明らかにげんなりしながらも笑みを絶やさない紅智。俺は心底呆れてイライラも失せてしまったのを感じていた。
「はぁ……………まぁ、さっきはいきなり怒って悪かった」
「別にいいけど。大方、白須鳥の悩みは杠? とか言う転校生のことでしょ?」
「……………………………」
誰だバラした奴。
「賛称から少し聞いたけど、どこか見合う見合わないってのを気にしてるところがあるとかどういう風にアプローチすればいいのかとかで悩んでるらしいね」
「……………………………」
大地覚えとけよ。大地讃頌歌いたくなるほどにシめてやるからな。
「どんな風にアプローチしようと思ってる?」
「まだ考えてねぇな」
紅智のちょっかいに関してはもう諦めることにした。それに皮肉ではあるが現状、他の人の、それもあてになるアイデアが欲しかったのもある。
「じゃあ率直に言うけど、自己PRと自己紹介は初対面時は止めておけ。ただ杠に興味があることを示しておけばいい」
「は? 最低限、名前は言うだろ」
「白須鳥が杠に興味があっても大人気の相手がそうだとは限らないからね。たくさん男子から自己紹介された杠にとっては覚えきれるもんじゃない以上は興味がない相手から名乗られたところで『はぁ』ってなるだけだろ?」
「…………確かに」
「気になったら相手から聞いてくれるから、最初は名乗らないでおくこと。名前を聞いてきたらそれは相手が自分に興味を示し始めたことでもある」
「…………まぁ、理解はできるけど、そうなるとどんなアプローチをすればいいのか分からないな」
「いや、限度は弁える必要があるけど基本は何でもいいから聞きたいことを聞く。それから『宜しく』って言えばいいだけ」
「…………………」
「ちなみにこれは――――」
「おお、すげぇ! 確かに!」
「……………………」
紅智が何か言いたげにしていたが、俺はそのアプローチ手段に度肝を抜かれていた。
「サンキュウな、紅智。お前、生徒会役員様の割にはすげぇ恋愛事に対して理知的だな」
「……………俺も悩まされてるからなぁ。 」
「なんだって?」
「いや、なんでもない。それじゃあ俺はそろそろ退散するわ。頑張れよ」
「……………お、おう」
何だか今の生徒会役員様は質問をしていいような雰囲気をまとっていなかった。
【余談】
「あ、ヤベ。白須鳥の奴に相手の名前を聞かないようにしろって言うタイミングを逃したせいで忠告し忘れてたな。まぁ、いいか。既に知ってるんだし、あいつがそんなヘマをすることはないだろ」
この後、白須鳥クロックにおける紅智の出番は急激に減るのだが、それはまた別の話である。
***
時は放課後。俺こと白須鳥星彦は、未だに杠が他の男共からアプローチを受けているせいか、紅智からもらったアプローチ手段を実践できずに焦燥感に包まれていた。
「しらす、帰らねぇの?」
「牛藤………。お前こそ矢越はどうした?」
「課題提出の件で林道のやつから呼び出し食らってる」
「ああな」
「そんで俺は待ってる訳なんだが…………しらすは?」
「………………別に」
「ゲームもやってないし訳もなく帰らないし…………アプローチか」
「うるせぇ、さっさと帰れよ」
「何だよその態度」
「……………悪ぃ」
「いきなりしおらしくなりやがって、もう訳が分からん」
「………………………」
牛藤はそれ以上、何も聞いては来なかった。
牛藤が矢越と帰ってから、もう十数分が経過している。
………………と言うのにどうして杠を囲う集団は一向に帰る気配を見せないのか。
「あの、」
「?」
廊下側の窓から呼ばれた気がして振り返ると、そこにいたのはやけに真剣な表情をした学園の美少女こと、綾黒瑠璃だった。
黒髪ロングに目を引くプロポーション、顔面偏差値がバグってんのかってくらい高い上に完璧人間ときた彼女が一体何の用なのだろうか。
「いきなりで悪いんだけど、あの杠さんって子が噂の転校生?」
「そうだけど…………?」
「そうなの。かなり可愛いしスタイルもいいわね」
なるほど、学園の美少女が気になっていたのは杠だったらしい。レズだったのは意外だった、と思っていたら何やら深刻そうな表情で意味深なことを言い出した。
「まさか、惚れないよね…………?」
「は?」
「あ、ごめんね。こっちの話だから……………って、今日も呼び出されてたんだった」
と、それだけ言うと、学園の美少女はそそくさと立ち去ってしまう。
「惚れないとかどうとか懸念してたが、学園の美少女は誰かに惚れてるのか?」
まぁ、羨ましく思えない俺には関係のない話だ。どこぞの誰かなんて分からんが、どうやらソイツは相当ツいてる男らしい。学園の美少女に惚れられているほどなのだから。という程度だ。
唐突にそんなくだらないことに時間を奪われていたという事実に我に返った俺は誰にもわからないくらい少し慌てた後に、教室から誰もいなくなっていたことに気づいた。
「やべ、もう帰っちまったか」
こりゃ、また明日頑張るしかないか、とげんなりした気分で自己完結しようとした時だった。
「―――ねぇ、あなた。帰らないのかしら?」
「?」
「先生が言っていたけれど、教室の鍵は最後の人が閉めるのよね?」
「―――ッ!?」
なんと、金髪ショートロリ巨乳属性、杠有から俺に声をかけてくれた!?
杠から、俺に?
何だと、これは天が恵んでくれたチャンスではないか。運が良かったと言わざるを得ない。だが、ここは焦るべからず!
「あ、ああ、そうだけど………………」
「そう。それなら慣れるためにも私が閉めておくから、なるべく早く帰る準備を整えてくれるかしら?」
「あ、わわ、わ悪ぃ」
慌ててリュックの中に荷物を詰め込みながら俺は羞恥心に見舞われる。
ヤッベェ、恋した経験が全くなかったからめっちゃテンパってやがる俺。端から見れば死ぬほど気持ち悪いだろうが、唯一の救いは杠が俺をドン引きの表情で見ていて……………唯一の救いはなかった!
…………さ、最悪だ。よりにもよって好きな人にドン引きされるなんて…………………。
少しションボリとし、リュックを背負って教室から出た。まだ杠は俺にドン引きしていた。
今日、アプローチしたら大変なことになるだろうし、また明日にしよう。
「随分待たせて悪かった。それじゃ」
「あ……………」
俺は現実逃避するようにその場を立ち去った。
階段を降りる途中に聞こえたガチャリという音が俺達に決定的な距離を作っていたような気がした。
***
「はぁ、どうして、こう、俺は……………」
玄関で、俺は嘆く。
何故、恵まれないのだろうか。奥手なのが悪いのか。奥手じゃなかったにせよ、結局はあしらわれる。もうどうしろと言うのだろうか。
「あ、あなたはさっきの…………」
「…………………白須鳥です。」
人が落ち込んだ矢先に学園の美少女をぶち込んでくるあたり、神様も対応が雑である。俺の顔が死んでいる。彼女の顔に呆れが現れていく。
「……………その人に向けるにはいくらなんでも失礼な表情やおざなりな態度は置いておくとして、京………じゃあ分からないかもしれないから、生徒会役員の紅智を見なかった?」
「紅智…………見てないけど」
「そう。まだ生徒会室にいればいいんだけど…………」
またもやそそくさと立ち去っていく綾黒瑠璃。完璧才女が動くということは紅智が何かやらかしたのだろうか。
今の俺には死ぬほどどうでもいいが。
「あら、あなたは…………」
「今度は誰! ついでにどうなってんだ神様!」
「失礼な物言いをしたかと思えば人を神扱い…………あなたのスタンスがよく分からないわ」
誰か知人だろうか。後ろを振り返ると、
「杠!」
「………ええ、さっきぶりね」
庇護欲の掻き立てられる子どもっぽい顔立ち、それに対して幼児体型ではない巨乳がギャップを生んでいる。髪型は俺好みの金髪ショートときたものだ。もうどストライク。
すなわち杠。俺の初恋の相手、杠有だ。杠がいた。
俺は瞬間的にさっきの無礼を詫びる。
「さっきはごめんな」
「さっき? ……………って、あぁ。あれは私が悪いからあなたが気にするまでもないわ」
しれっと言うが、あれって杠が悪かったことじゃねぇよな。
「え、いや、さっきのは我ながら失礼だったと思うんだが…………」
「ん~、気にしなくていいと言ったからもうそれでいいわ」
「はぁ………………」
何か釈然としない。などと思っていたからだろうか。
「いえ、やっぱりお詫びしてもらおうかしら」
「お詫び?」
一体どんなお詫びになるんだ? と、即刻、受け入れ体制になってしまったのだ。
杠は「ええ」と返してきた後、考え込むような顔をし、何かしらの決心がついたのか、やけに真剣な表情で切り出してきた。
「ちょっと職員室までこの鍵を返しに行ってくれない?」