第1刻:星彦%《ホシヒコパーセント》の日常なり
俺は退屈な朝のSHR前は大抵、ゲーム画面に没頭している。そして日常的に言えばそろそろあいつが来る頃だ。
「しらす、おはようじゃ」
「おう、」
友達である。挨拶を交わすも俺はゲーム画面から目を離さない。これも日常だ。
だからこそ友達もそんな俺の態度を気に留めることもなく日常的に使う独特な手法で話を始めた。
「お主は知っておるか? 今日転校生がくるということを」
「いつもに増してお爺ちゃんだな、大地」
「フォッフォッフォッフォッ」
と、お爺ちゃんキャラクターを演じるのは俺の友達である賛称大地だ。
お爺ちゃん属性が非常に上手いことから、半ば強引に演劇部に入部させられ、現在もそこに所属している奴だ。
「で? 転校生って何?」
「見覚えのない美少女が職員室で林道先生と話をしてた」
「いきなり素に戻んなよ。いくら、うちB組の担任の林道と話してたからってなぁ。………………それに美少女だって? 未来学園にはそんな目につく美少女なんてA組の綾黒以外いないはずだぜ?」
「いや、かなりお前好みの美少女っぽかった」
やれやれ、これだからド素人は。
「俺好みって、そんなん…………転校生が実在することの証明じゃねぇか!」
嘆き気味にぼやこうとした瞬間、衝撃の事実についついニヤけてしまう。
未来学園に好みの女子がいないだけあって、大地のそれは嬉しい報告だった。思わず俺は食いついた。
「そうだよ」
「ヤベェ、オラわくわくしてきたぞってなるわ、コレ」
「だろぅ?」
お互い高揚してきている。一見、収拾がつかなくなりそうな雰囲気に突入しているが、唐突に悟った現実の厳しさを感じ取ったことで、そうはならない。
「でもなぁ、どうせお付き合いなんてできやしねぇよ。美少女に相応しい奴なんかじゃねぇもん、俺」
「お、おぅ」
気の効いたセリフが吐けない様子の大地だけど、そんな俺たちの微妙な雰囲気もお構い無しのテンションで環に加わってくる輩が2人。
「よぅ、お前ら。転校生のこと知ってるか?」
「何か林道が話してたらしいぜ」
「とっくの昔にんなこと知ってんだよ」
くどさに思わず叫んでしまう。
ちなみにこいつらはB組の二大バカ、矢越と牛藤。
「うお、どうしたコイツ…………」
「あぁ、何か俺好みだけど相応しくないとか卑屈になってる」
「転校生に一目惚れしたのか」
「一目すら拝んでねぇらしいけどな」
「うるせぇ」
何とでもいいやがれ。こちとらようやく好みの女子が見つかりそうなんだよ。それなのに現実のシビアさに打ちひしがれてんだ!
「まぁ、いいか」
「期待しても無駄だからか?」
「そうだよ」
「お疲れさん」
そう、これでいいのだ。変に期待することもない、厳しい現実にわざわざ立ち向かっていくこともない。俺にはこんな日常がお似合いなのだから。
「おーい、お前ら席につけ。転校生を紹介するぞ」
お、未来学園にて情けな面教師として有名なうちのクラスの担任である林道。
転校生に関しては、興味こそあれどそこまで希望は抱かない。
「よし、静かになったな。じゃあ入れ」
「失礼いたします」
引き戸が音を立てて、転校生の姿を徐々に露にさせる。
俺は何気なくその姿を拝んでやろうと引き戸の方を見て―――、
「――――――っ!?」
―――瞬間、俺の日常が崩壊する音を立てた。
「ワタクシの名は―――」
彼女はそう言いながら、手頃なチョークでカッカッと黒板に名前を書き始める。
彼女を見て、相応しくないとか期待しても無駄とか言ってはいられなかった。
俺は白須鳥星彦。
まぁまぁ勉強はでき、自作小説を執筆していたりもする。
好みは背が小さめで庇護欲が掻き立てられるような見た目のショートヘアの美少女が好みである。性格にも庇護欲が掻き立てられるようであれば尚良し。
だからこそ、だからこそである。
転校生は自分の名前を黒板に書き終えた後、チョークを置くと、改めて自分の口から自己紹介を始めた。
「杠有と申します」
俺は偶然で運命としか言い表せないような金髪ショートのツンデレロリ巨乳系転校生、杠有に一目惚れしたのであった。
だが、神様は感極まった俺に余韻に浸らせてはくれないらしい。
「美少女だったな」「よっしゃ!」「早速俺狙っちゃおうかな」「巨乳だし可愛いし男の夢がそこにある!」
騒ぎ立てる他の男子達を横目に俺は焦燥感を感じるのだった。
***
「で? 当のしらすくんはこの状況をどうするおつもりなのでしょうかな?」
「っても、まずは歩みよりでしょ」
「………そうなんだよな。でも…………………」
二人で会話を成立させてしまっていて意味のない矢後や牛藤の発言に対して賛同しながらも、チラリと大勢の男子軍団に囲まれている杠を見やる。
やっぱりモテるんだなぁ、と思いながら接点を持とうと行動にうつせる男子軍団に嫉妬する。
「まずはどう杠にアプローチするかじゃが……………」
「いや、まぁ、そうなんだけど、そんなこと言われても。何せあれじゃあなぁ……………」
と、言葉を濁らせながら、もう一度チラリと杠を見やる。ここでお気づきだろうか。
俺は『杠を見やる』と言ったのであり、『大勢の男子軍団に囲まれている杠を見やる』とは言っていないことに。
「確かに。流石にあれは酷いのぅ」
「そこなんだよなぁ、どうやって接点持てって言うんだか………」
さっきまで杠と接点を持とうとしていた男子軍団は今や意気消沈。最早、前向きさの欠片も見当たらず、さっきまで嫉妬していた俺でさえ哀れみを感じるほどだ。
その上、俺の席からじゃ大勢の人だかりに囲まれていた杠がどういう言動に出ていたのかがまったくと言っていいほどに分からない。
これではどう接点を持とうとすれば確率が高いのかも分からない絶望的な状況だ。とは言え、俺にとって大事な案件である以上は博打なんてしたくないというのが本音だ。
今はリスクヘッジを考えて行動にうつすのは避けようと、現状の方針を少しずつ固めていると聞き覚えのない声がした。
「賛称、遅れてすまん」
未だに人だかり(主に男子生徒)が絶えない教室の出入口から弁当包みを持って出てきた人影は、かの生徒会役員である紅智京だ。
申し訳なさそうに大地に謝っていて、あまりこいつのことを知らない俺からすれば誠心誠意が感じ取れて嘘がつけなさそ…………純粋そうな奴だなぁ、と思う。
「ふぉっふぉっ、気にするでない気にするでない」
「イラッとくるんだけどそのお爺ちゃん口調!」
「演技における大事なことは普段の心がけなのじゃよ。よって、お爺ちゃんの役を演じることが多い儂はお爺ちゃん口調を心がけるようにしておる、それだけじゃ」
「こういう時だけ立派な心がけですなぁオイ!?」
(紅智がやり込められてる感がすごい)何気ない会話を繰り広げている様子を見て、今の状況が状況なだけに、とてもイライラする。
「どうしたしらす? めっちゃ表情が険しいけど…………」
「きっと、かの生徒会役員様にやきもきしてるんじゃねぇの?」
「え、何か俺が悪いことしたなら謝るけど………」
何でコイツは生徒会役員という肩書きがありながらこんなに情けないんだ…………!
そんな俺の思いが、紅智の気遣ったような姿勢に対する不満が爆発した。
「きっと生徒会役員様なら恋愛事で悩むことなんてないでしょうなぁ!」
「え、おい! しらす!」
「ちょっ……………!」
らしくもなく叫び、俺はズンズンと歩き、教室を飛び出した。
***
「ったく……………」
俺は屋上に備え付けられているベンチに腰掛け、食べかけの弁当を広げる。暴飲暴食の勢いで乱暴に箸で弁当を突つき、ストレス発散かわりにする。
あいにく天気は曇り。空には雨雲が立ち込めていて、いつ雨が降ってもおかしくなかった。
だが、そんなことを気にしてる余裕は俺にはなかった。
「何であんな奴が…………」
と、愚痴を溢そうとした時に屋上のドアが開いた。
「――――やっぱり、ここにいた」
そこにいたのは――――、
「…………は?」
「しらす…………だったか」
ブチッときた。
「気安くあだ名で呼ぶんじゃねぇ!」
ポツリと、雨粒が俺の手の甲に当たった。
俺のらしくない怒声に、かの生徒会役員様である紅智京は一切怯まず、俺をしっかりと見据えていた。