プロローグ
今日。退職届をだした。
10年も勤めてたわけだから、もっとなにかしら、こう、なにかあってもいいだろうと思ったのだが、わりとあっさりしたものだった。
「一身上の都合」ってのは、なんというか、なんだろう。なんだよ、一身上の都合って。
退職の理由のためだけに生まれたこの言葉について考えながら家路につく。玄関を開けると部屋の中央に洗濯機くらいの大きさのなにか巨大なものが置いてあった。なんだ、これ。
「身長165センチ体重60キロの方限定 異世界転生マシンを贈呈します。よかったら使ってください。神さまより」
その洗濯機のうえにそう書いてある。
なんというか、雑というか、うーん。雑だよね。異世界転生ってこう、トラックにふらっと轢かれたりして、でもラッキーって感じになって転生して、それでなんやかんや無双するやつだろ。いや、その発想も一部の偏見なんだろうけど。無人って。そして自分の判断で行くかどうか決めるって。どうなのよ。
俺は今日から晴れて無職なわけだし、彼女がいるわけでもないし。まあ、背負うものはなにもないといえばない、今からリセットできるのであれば、それはそれでもと思う。……が、それはやっぱり自分の意思じゃなくて、できれば不可抗力であってほしいと思う。待って、だって、こわくない?
もちろんだよ、これ、誰かのイタズラかもしれない。だからこのよくわからない機械に頼ったところで異世界には行けないかもしれない。でも、仮にそうだとしてもさ、万が一があるよね。異世界にいけるかもしれない可能性もないわけじゃないよね!
やだ、こわい、異世界いくのこわい。
……え、こわいか? 今より全然よくないか? あれ。今ってそんなにいいもんか? 俺はその洗濯機を見ながら考える。
ちなみにこの間、ドアを開けて15秒くらいの話だ。さらにちなむと物語冒頭の、退職届がうんぬん言うてるがこれはドアを開ける10秒くらい前の話だ。
ドンッドンッ
「すみませーん。お隣に引っ越してきたヤシマという者なんですけど。すみませーん!」
ドア越しに、ほぼ背中のあたりでドンドンと響く声。
この物語は俺と、このお隣に引っ越してきたヤシマとこの目の前にある洗濯機をめぐる2日ほどのお話である。