1 最低限の 衣食住
これは、我ながら良い出来である。
ウサギブタことブゥが案内してくれた洞穴で、僕はひとり大きく頷いた。
目の前には森の植物を使用して作ったベッドがある。この洞穴で生活し始めた初日から作り始めて、3日目の今日やっと完成した。
初めてこの洞穴で眠ったときは疲労によってすぐ眠りについたが、次の日からはそうはいかなかった。
もともと日本で暮らしていたのだ。暖かいベッドで柔らかい布団に包まれながら寝るのが当たり前だった僕にとって、布団も枕もないゴツゴツとした地面で寝ることは難しかった。
まぁ体は何故か前世より丈夫っぽいんどけどねー
初めて森に来た日。僕は裸足のままあちこちを歩き回っていた。森の地面には当然無数の木の枝や石ころなどが転がっている。にもかかわらず、僕の足の裏には一切の傷がついていなかった。
これも、異世界パワーというものなのだろう。
きっとこの世界に転生させた神様が森で生きていける体を用意してくれたのだ。と思うことにした。
そんな体でも、ゴツゴツした地面の上で寝るのは辛い。
ブゥは洞穴に葉っぱを集めて簡易的な寝床を作っていたが、とても人ひとりが寝られるスペースではないし、そんなに快適でもない。
そのため、僕は森に来た次の日から自分とブゥが快適に眠れるようベッド作りを始めた。
ちなみに、基本的にこの3日間僕はベッド作りしかしていない。
ブゥは僕のために食料を調達してくれる。転生初日に食べさせてくれた、あの赤い実だ。赤い実の森(あの例の場所をそう呼ぶことにした)から取ってきてくれているらしい。
2日目の朝、実を取りに行くとブゥが言ったので僕もついていこうとすると、お前は来るなと止められた。
どうやら僕が言いつけを破って実を食べてしまったことを根に持っているらしい。
僕だって一度あんな体験をしたのだから、もう2度とつまみ食いなんてしないと主張したのだが信じてもらえず、ここで待てと言うように鼻をフンッと鳴らすだけだった。
そのため、ブゥは1日何度か往復して僕に赤い実を届けてくれた。ブゥは一度にひとつしか実を持てないから、何度も何度も往復することになる。
洞穴から赤い実の森までは人間の足で歩いて往復約2時間ほどの距離がある。ブゥがその距離を走って約1時間ほどで往復して実を運んでくれる。
大体僕はその赤い実を朝に2個、昼に3個、夜に2個で、1日7個ぐらいの実を食べる(この森に来てから僕は赤い実しか食べていないが、不思議と飽きたり他のものが食べたいとは思ったりはしなかった)。
ブゥが赤い実を食べることはないから、ブゥは7回ほど洞穴と赤い実の森を往復する。
洞穴生活の初日の朝、赤い実の森の方角へ走っていくブゥの背中を見送りながら、なぜブゥがそんな労力をかけてまで僕のために赤い実を持って来てくれるのかと不思議に思っていたが、その疑問はその日の昼に解けた。
ブゥは僕の血を吸うため、僕の食料を取って来ている。
ブゥは、1日に一度、太陽が最も高く昇るころに僕の血を吸う。小さなふたつの歯を僕の腕に突き立て、ちゅーちゅーと3秒ほど吸う。そうすると満足したようにけぷっとゲップをする。腕に残る傷は小さく痛みも僅かで気にならない。吸われる血の量もほんの少しだった。
初めて会った時に教えてくれた通り、ブゥは血を吸って生きる生き物らしい。僕の血を吸う以外食事をとっているところを見たことがない。
もしかしたら赤い実の森へ向かう途中で何かを食べているのでは?と思って聞いてみると、しっぽをブンブンと振って否定した。
なんかこう、吸血ウサギブタ、っていうのがこの生き物の説明では一番しっくりくるかな。
とにかく、この吸血ウサギブタであるブゥは僕の血を大変気に入ってるらしい。今まで吸った血の中でダントツの味なんだそうだ。
なんだか嬉しいような、怖いような?いや、あんまり嬉しいとは思わないな、うん。
ブゥはそんな僕の血の味に魅了されて、その血を毎日吸うために僕に実を持って来てくれているらしい。
お互いが生きるために協力しているわけだ。
ブゥは僕に赤い実を与え、僕はブゥに血を与える。
ブゥは獲物を探す必要もなく安全に血を吸うことができる。僕は慣れない森の中を歩き回るという危険を冒すことなく赤い実を食べることができる。
うんうん、助け合って生きているな。まぁブゥは赤い実を遠くまで取りに行かなきゃいけないから、僕より少し苦労があるけどね。
しかし、よほど僕の血を気に入ったのか、ブゥは嫌な顔ひとつせずに僕に実を届けてくれた。
そんなこんなで、ブゥと僕は共同生活をしている。
おっと、ここで先ほど話していた自慢の手作りベッドについて紹介しよう。
前世で特別な職業に就いていたわけでもない僕が森の中でベッドを作るといっても、普通はたいしたものはできないはずだ。
しかし、目の前に完成した手作りベッドは、結構な完成度。寝心地はとても良さそうだ。まぁ前世のベッドに比べりゃそりゃ質は悪いけど。
そんな森でのサバイバル生活にしては質のいいベッドを何の技術もない僕が作れたのは、森の植物のおかげだ。
この森には、前世で見たことのないような植物がそりゃあもうたくさんある。というよりも、目に映る全ての植物が未知だった。
僕はブゥが実を取りに行っている間、洞穴の近くを散策して植物を調べていた。
そこで、ベッド作りに役立った2種類の植物を見つけた。
ワタワタ草とペタペタ草だ。命名はどちらも僕だ。
ワタワタ草は、白い綿毛をつける植物だ。木のそばに生えていることが多く、背丈は1メートルほどで、2枚の葉っぱに直径30センチぐらいの丸い実のようなものをつけている。その実は緑の皮のようなものに覆われていて、中には白い綿が詰められている。木の根元を探せばすぐ見つかり、皮は簡単に剥ぐことができるため、苦労することなくたくさん手に入れることができた。
僕はこの綿を使ってベッドを作ろうと考えた。
しかし、ワタワタ草から手に入る綿を地面に敷いただけでは、その上に横たわると綿が押し出されて広がるだけで快適に寝ることができなかった。
そこで、活躍したのがペタペタ草。これがシーツカバーの役割を果たしている植物である。
ペタペタ草は、一枚の葉っぱで今の僕の胴体(今の僕の身長は1メートル30センチぐらい)を覆えるほど大きな葉を持った植物で、ワタワタ草と並んで生えていることが多かった。ペタペタ草は葉っぱを切るとその断面からネバネバした汁を出した。その汁がのりのような性質で、物と物をその汁でくっつけてしばらく乾かすと、簡単には剥がれないほど強力にくっつく。これを根っこごと引っこ抜いて葉を切らないように注意しながらたくさん集めていく。
このペタペタ草とワタワタ草を使ってベッドを作る。
ペタペタ草を薄く切り開き、袋状に貼り合わせる。その中にワタワタ草の綿を詰め込み、袋の口をペタペタ草で閉じる。
ペタペタ草の汁は乾かすのにだいぶ時間がかかるため、ひとつひとつの作業が中々進まなかったが、今日やっと完成した。
敷く方には詰めるワタワタ草の密度を高くすることで体重をしっかり受け止められるように。被る方は密度を低くして軽く体を包めるように。
同じ要領で枕も作り、大満足。
乾燥させた後のペタペタ草はツルツルとした手触りになって気持ちいい。
こうして僕は快適なベッドを手に入れたのだ。
これで、生活の基本衣食住は最低限整った。
あ、ちなみに今来ているこの青いローブも何やら特別なものっぽいんだよね
このローブ、転んでも全く汚れが付かず、木に引っ掛けてもちぎれない。水は完全にはじくし、臭いもつかない。常に清潔な状態のまま保たれている。これもきっと、異世界パワーなんだろう。
着るもの、食べるもの、住む場所。
前世に比べれば原始的で随分文明レベルの低い生活だけど、生きていくのには今のところ困らない。
うん、困ってはいない。困っていないんだか…。
「僕はこの世界で何をしたらいいんだ…?」
僕は異世界に転生してきて、やるべきことがあるわけでも、何か大切な使命を背負っているわけでもない。
えぇ、とても暇です。