6 血が与えた変化
さて、今日からは新たに3人の仲間を加えた生活が始まります。元気よくいきましょー!
ぐっと伸びをして欠伸をひとつ。よしっ、OK。
僕は立ち上がって、まだ眠っていたブゥの体を揺さぶる。
「ブゥ、起きて。顔を洗いに行こう。」
トロトロとした表情で目もまだ開かないまま、ブゥが顔を上げた。昨日の夜は突然起こされて戦った後、色々話したせいで眠りにつくのが遅かったからな。まだ眠たいんだろう。
けど、遅寝は許しません。健康的な生活は早起きから始まるんです!
まだ眠そうなブゥを肩に抱えて、水の入ったバケツを持って洞穴の外に出た。
今日はやることがたくさんだ。
まずは、コボルド3人のベッドを作らなきゃいけない。今までは土に藁を引いて寝てたから別に問題ないと言っていたけど、その横で僕らだけがベッドで寝てるってのも変な話だ。3人分ちゃんと作ってやろうと思う。3人分作るのにはそれなりに時間がかかるから、誰かに手伝ってもらおう。
次に、コボルドたちのために食料を確保しなければいけない。ノウミィに頼んでモグロースという魔物を捕まえてもらい、さらに野菜も育て始めなければいけない。これは、コボルドの集落の畑から取ってこれないか聞いてみる予定。種さえあればノウミィが育ててくれるはずだ。それだけでもだいぶ時間がかかるだろう。
そして最後に、コボルドたちに僕の血を飲ませなければならない。というのも、今後トレーニングをしていくにあたって、僕の血を飲んだ彼らがどのように変化するのかを確かめなければならないからだ。ブゥは血を飲むと本能にないはずの強さへの向上心が刺激されるみたいだし、ノウミィは食欲が増す。それなら、コボルドたちが血を飲むと一体どうなるのか、確かめないことにはどうしようもない。今日の朝ごはんの時間にでも確認するとしよう。
「よーし、今日も頑張りますか!」
すっかり目覚めたブゥが、隣で嬉しそうに鳴いていた。
と、いうわけで朝ごはんの時間です。
ブゥは朝ごはんをとらないから、水の入ったバケツを頭に乗せて歩くトレーニングをしている。ノウミィは既に起きていて、丸めた土を作って朝食の準備をしていた。
コボルドたちは昨日までの疲れがあるのか、僕が顔を洗って戻ってきてもまだ寝ていたけど、僕らが朝ごはんの準備をする物音を聞いて、欠伸をしながら起きてきた。
まだモグロースなる魔物を捕まえていないので、今日の朝まではチョコの実で我慢してもらうしかない。物足りないとは思うけど、たくさん食べることで誤魔化してほしい。
「それではみなさん、いただきます。」
そう言って、僕らは食事を始めた。まず僕は綺麗に洗った先端の尖った石で手のひらに傷をつける。そしてその手をノウミィに差し出すと、ノウミィが嬉しそうにその血を手で掬い、土団子にべっとりつけて美味しそうに食べ始める。僕は傷をつけた方とは逆の手でぷつぷつの身を食べる。
チョコの実を頬張りながらその様子を見ていた父親コボルドは、頬をヒクつかせていた。
「はは、人の血をそんな豪快にねぇ…。おいら、今まで血を飲むなんていう経験がねえから、今から同じことをすると思うと、ちょびっとゾッとするな。」
あ、そうか。それが普通そうだよね。
ブゥやノウミィが平気で口に入れるからその感覚を忘れていたけど、血を飲むって割とグロいもんなー。
まぁだからって飲ませるけどね!強くなってほしいし!
とりあえず、食事を終えてから血を飲んで貰おう。
と、いうことで。食後、僕は緊張した顔のコボルドの前に立っている。なんか構図的にすごい悪役に見えるけどそんなことはない。ただ僕の血を彼らに飲んでもらうだけだ。少し嫌そうな顔をしているけど、僕だって痛いのを我慢して体に切り傷をつけてるんだから、おあいこだよね。うん。
では早速、父親コボルドから…って、そういえば、大切なことを聞くのを忘れていた。
「ごめんごめん、まだ君たちの名前を聞いてなかったね。僕は俊太。こっちがラビット族のブゥで、こっちが土の妖精のノウミィだよ。」
そう言うと、父親コボルドが困ったように頬を掻いた。
「あー、人間はそういえば名前をつけるのが好きだよなぁ。おいらたち魔物は、特にひとりひとりに名前がねぇよ。匂いとか雰囲気で区別がつくしなぁ。」
なんと、名前がない?そんな馬鹿な。
名前がないと日常生活に支障が出るだろう。100人も集まる集落でどうやって暮らすんだ。第三者の話をするのが難しいだろうに。
まぁ、そういうものだと言うならしょうがないか。
けどなぁ、名前がないと不便だしなー…。
「ねぇ、僕が君たちに名前をつけても構わないかい?僕が君たちを呼ぶのに困ってしまうから。」
そう言うと、コボルドたちは顔を見合わせて、なんか微妙な顔をした。なんだ、僕に名前を付けられるのがそんなに嫌なのか。
「いやー、おいらなんかに名前が貰えるなんて、なんだかムズムズするなぁ。まぁ、そういうことならお願いしようかねぇ。」
んー、嫌がっている、というより、照れている感じ?母親コボルドも若干頬を赤くしているように見えるし、子どもコボルドはワクワクしたような顔をしているような気がする。まぁ犬の顔だから表情が読みづらいし、勘違いなのかもしれないけど。
よし、じゃあ名前を付けよう。僕は昔からネーミングセンスがないと言われるけど、しょうがない。魔物に名前がないものなんだとしたら、今後もどんどん名前を付けなきゃいけないんだろうし。
んー、どうしようかなー。コボルド、コボルド、コボルド…。コボル?いや、安直か。コボルドってのから名前を取るのは無理だな。
ハンゾウっていう魔人の眷属なんだもんな。それならハンゾウっていうとこから連想しよう。
…しかし、影の魔人でハンゾウって、明らかに忍者っぽい感じするよな。
あ、閃いた。
「じゃあ父親の君はコウガ、まだ子どもの君はコタロウにしよう。で、母親の君は…」
おっとマズイぞ。意外と女性忍者の名前を知らない。くノ一、くノ一、何かないか…何か…。
「く、クーノ、ってのはどうかな?」
あ、安直か?彼女だけ名前って感じでもないし。
やっちまったか?と思ったけど、彼女たちの反応は意外と好感触だった。
「ありがとうございます、シュンタさん。それでは私は、これからクーノと名乗ることとします。」
「コタロウ!コタロウ!」
「コウガ、かぁ。なんかかっこいい名前をもらっちまったなぁ。」
よく考えれば彼らは名前の由来なんてわからないだろうし、別にいいだろう。ネーミングセンスのない僕にしては上出来じゃないか。
「よし!それじゃ、コウガから先にお願いしようかな!」
「へ、へーい。」
「上を向いて口を大きく開けて…そうそう、そのままストップ!」
僕は手首をコウガの口の上に持っていく。コボルドは牙が何本も生えた鋭い牙があるから、直接僕の腕から血を吸わせようとしたら、下手すると肉や骨ごと持っていかれてしまう。本当はコップなんかがあればそれに注ぐことができるんだけど、そんなものはないからしょうがない。僕はさっきも使った尖った石で手首に切り傷をつけた。
あー痛い。普通に痛い。まぁ、我慢できないほどじゃないけど結構痛いぞこれ。
コウガは僕の手首から垂れてくる血をコクッコクッと飲んでいた。僕より体の大きなコウガにどれぐらい飲ませればいいかはわからないけど、とりあえずあの光の魔方陣が出るまで飲ませてたらいいかな?
そうして、手首から流れる血も止まりかけた頃、ようやく光の魔方陣が現れた。
ハイハイ、3度目はさすがに驚きませんよ。どうせ真ん中に光が集まっていってー…ほーら、石になった。
今回できた石は、ノウミィの時より少し色の濃い焦げ茶色の石だった。形はブゥの時の黄色の石と同じく、丸みを帯びた平たい円形だ。
先に魔方陣が出ることも話していたので、コウガたちはあまり驚かなかったが、コタロウは初めて見る光景に興味津々だった。
「すげー!父ちゃん、どんな感じ?痛かった!?」
「いや、あの光はなんともねぇんだが…。」
コウガが僕の手首をじっと見つめた。
「意外と、美味しいもんなんだな、血ってのは。」
おっと、何も知らない人が聞いたら普通に怖いからやめて。その顔で言われると何かよくないことに目覚めたみたいになっちゃうから。
「確かに、先ほどまでは少し怖いと思っていましたが…、なんだか、不思議ですね。妙に惹かれるというか…。」
クーノが僕の手首を凝視して、舌舐めずりをした。こっちはこっちで何やらアブナイ感じになってるぞ。
純粋に「シュンタの血ってすげー!」と言ってくれるコタロウが救いだよ。なんだか怖い雰囲気の両親のようにはならないでおくれ。
そんなことを考えながら、僕はクーノにも血を与えた。なんの問題もなく、光の魔方陣が消え、さっきと同じ焦げ茶色の石が手に入った。
「何か、体に変わった様子はないかい?お腹が空いたり、体を動かしたくなったり、強くなりたい!って気になったり。」
「いや、特になんともねぇな。血は美味かったけどよ。」
「はい。私も特に異常はありません。大変美味ではありましたが。」
ハーイ、さりげなく美味しいアピールしなくても大丈夫でーす。目でもっと飲みたいと訴えないでくださーい。本当に怖いでーす。
しかし、何ともないのか。何かしら起こると思ったんだけどなー。もしかしてコボルド族には僕の血の効果が効かないとか?
そうだとするとガッカリだ。僕の能力が全ての魔物に効くわけではないのだとすると、僕の夢は果たせなくなってしまう。
それとも、飲ませる血の量が足りないのかな?んー、けどさっきもノウミィに血をあげたし、昼夜の分の血も残しとかなきゃだし、昼にはブゥも吸うしなー…。どれだけ血を流しちゃいけないかはイマイチわからないけど、流しすぎてポックリ逝くのは嫌だしな。
とりあえず、今後の様子を観察するって感じで。もしかしたら感覚的にわからないだけで、後で判明するかもしれないしね。
「じゃあコタロウ。最後は君の番だよ。」
「やったー!やっと僕の番だ!」
コタロウは嬉しそうに口を大きく開けて上を向き、僕の血を待っている。最初は怖がってたくせに、可愛いやつだ。
そして、問題なく血を飲ませ、2人と同じように石を手に入れる。コウガやクーノよりも少ない血で済んだのは、きっとコタロウの体が2人よりも小さいからだろう。コウガとクーノには結構飲ませたからな。
「どうだいコタロウ。君も何ともないかい?」
光が完全に消えてから、コタロウに聞く。何ともないんだろうなと思いつつ。
と、その時。コタロウの様子がおかしいことに気がついた。
コタロウは口を両手で押さえて体をブルブルと震わせ、顔は苦しそうに歪められていた。
「こ、コタロウ!?どうしたの!?」
「か、体が…なんか、変…っ!」
その場にいる全員が慌てた。明らかに今までに見たことのない反応だ。
何が起きた、と焦りながらあたふたしていると、あることに気がついた。
コタロウの腕の毛が、肌に吸い込まれるようにどんどん短くなっていた。
と思ったら、全身の毛がズズズっと肌の中に吸い込まれ、コタロウの肌がむき出しになる。そして、顔はみるみるうちに平たくなっていく。
変化がおさまると、コタロウはケロッとした顔をしていた。
「あ、あれ…?これって……?」
コタロウは、光の魔方陣が消えて10秒もしないうちに、人間の姿になっていた。




