4 森を襲った悲劇
気絶していたコボルドは、2人のコボルドに揺すられると数秒で目を覚ました。一瞬状況がわからなかったようだが、すぐに立ち上がり戦闘態勢をとった。それを2人のコボルドが止め、事情を説明する。
命は助けてもらった。こちらが何もしないのであれば手を出されることはない、と。
「あ、あんたら、突然襲って来たやつを見逃すのか?おいらはあんたらを殺そうとしてたっつうのに…。」
目を丸くしてそう言うコボルドに、笑顔で対応する。
何事も笑顔が大事。どんなクレーマーもモンスターな客も基本笑顔を崩さず応対するのがいい。
「僕は、君が何故襲って来たのかがわからないんだ。もし、僕らを殺すことが目的だとしたら、眠っている間にすぐに殺せたろう?それなら、君の目的はそこに置いてある実なんじゃないかなって思ってるんだけど…」
そう言うと、襲って来たコボルドは驚きに目を丸くさせ、残りの2人は不思議そうにそのコボルドを見た。
「あなた、その実って何のことかしら?」
「あ、あぁ。実は、ここにはこいつがたくさんあってよ…。」
そう言って、コボルドは懐から布袋を出すと、中にパンパンに入れたチョコの実を2人に見せた。
すると、それを見るなり2人は顔を輝かせた。
「こ、こんなにたくさん!どこから持って来たの?」
「それに、とても実が大きいわ。こんなに立派に育ったものは初めて…。」
今にも涎を垂らしそうな2人を横目に、コボルドが申し訳なさそうに言ってきた。
「ほんとにすまねぇが、こいつらに食わせてやってくれねぇか?おいらたち、ここ数日何も食えてねぇんだ。お礼はかならずするからよ。」
そう言って、コボルドが頭を下げた。
「どうぞどうぞ。それでよければいくらでも食べてもらって構わないよ。」
僕は二つ返事で了承した。すると、コボルドたちはすぐにその実を食べ始めた。
僕の読みは当たっていたわけだ。このコボルドたちは別に僕らを襲うためにここへ来たのではなく、腹を空かせてチョコの実を取りに来ただけ。そこで無闇に声をかけたから、びっくりして襲ってきたってわけだ。
うんうん、僕の勘も鋭くなったもんだ。ま、こんなん大したことないけどね。
そうやって自画自賛していると、満足するまで食べたのか、コボルドたちが一斉に頭を下げてきた。
「ありがてぇ、ありがてぇ。こんな親切なやつを殺そうだなんて、おいらはとんだ悪人になっちまうとこだった。そっちのラビット族もすまなかった。もうお前を食べようとしたりなんかしねぇからよ。」
…ん?食べたりしない?ど、どういうことだ?
「私たちが食べ物に困っていたところ、偶然そこのラビット族を見かけたのです。普段はラビット族を襲うことはありませんが、私たちも生きるため仕方がなくあなた方を襲おうと考えていました。どうか、この無礼をお許しください。」
おやおやー?これは、最初から僕たちを襲う気満々だったってこと?
ということは、もしかしてチョコの実を置いていなかったら僕らが寝ている間にグサリとやられていたってこと??
それにそれに、そんなことを考えたコボルド3人を目の前にして、余裕な顔して笑顔で話しかけてた…?
うっわ、何してんだ僕は。すごい危ない橋を渡ってた。僕の勘なんて全然当たらないじゃないか。
気にしなくてもいいよ、と震える声で返しながら、額に浮かぶ汗を拭った。
今後は、もっと慎重に行動しよう。僕はまだまだ死にたくない。
「それより、君たちはなんで何日も食べずに森の中を歩いていたんだい?ただ単純に狩りの途中だったのかな?」
コボルドたちをよく見ると、魔物とは思えないほどしっかりとした身なりをしていた。
3人とも布の服を着ていて、父親らしいコボルドは軽そうな革の胸当てや小手を装備していた。なんだか、食べ物に困るような生活を送っているようには見えない。
「実は、おいらたちには色々事情があって…。」
コボルドは、辛そうな顔をしながらその事情とやらを話してくれた。
このコボルド3人は、森の中のとある場所にあるコボルド族の集落の出身なんだそうだ。そこの集落は人口が100人にも満たない小さな集まりで、お互いでお互いを助け合って生きていたそうだ。
畑で野菜を作り、大人たちで狩りをしていた。食事に困ることはなかったそうだ。
しかし、そこでとある事件が起こる。コボルド族の集落を束ねていた者が、突然姿を消したのだそうだ。
「お前らも知ってるだろう?この森の管理者、ハンゾウ様だよ。」
ハンゾウ?聞いたことがないな。
僕はノウミィを見る。すると、ノウミィは驚愕の表情をしていた。
「ハンゾウ様が?姿を消したっていうのは、どういうこと?」
どうやら、ノウミィもハンゾウという管理者のことを知っているそうだ。
ノウミィもハンゾウ様、と敬称で呼ぶのだから、この森の住民にとって相当大切な存在なんだろう。所謂この森のボス、ってとこかな?
「ハンゾウ様は、よくおいらたちの集落に顔を出してたんだ。おいらたちに稽古をつけてくれたり、獣の肉を持ってきてくれたり、本当によくしてもらってた。」
「けれど、3ヶ月ほど前、ハンゾウ様が私たちの家族の目の前で、突然姿を消したのです。」
目の前で姿を消す?どういうことだ?
「ハンゾウ様はその時、おいらたち家族の家に来ていて、おいらに戦い方の話をしてくれてたんだ。そこには、おいらたち家族3人しかいなかったよ。」
「その時突然、何もない空間に黒い靄のようなものが出てきて、そこから伸びてきた黒い手がハンゾウ様の体を掴み、黒い靄の中へ引きずり込んでいきました。」
「突然起きたことだったからなぁ。おいらたちはもちろん、ハンゾウ様ですら反応できなくてよぉ。あっという間に姿が消えちまったんだ。」
なんだそりゃ。黒い靄から黒い手?そんな恐ろしい能力を持つやつがいるのか?ってことは、この森のボスが為すすべもなく一瞬でやられてしまうような能力を持ったやつが、どこかにいるってこと?
僕は恐怖にブルッと体を震わせた。
「おいらたちは急いでみんなに伝えた。目の前でハンゾウ様が姿を消した、すぐに全員で探しに行こう、ってねぇ。それから集落のみんなで森のあちこちを探したよ。毎日毎日、大人も子どもも関係なく、全員でさ。」
そこまで言うと、コボルドたちは顔を曇らせた。
そうだ、ここまでの話だと、みんなで協力してハンゾウという者を探しているはずだ。家族3人で腹を空かせて森を彷徨っている説明にはなっていない。
「…ハンゾウ様の捜索が始まって2ヶ月が過ぎても、ハンゾウ様は見つかりませんでした。毎日探し続けても見つからないことで、私たちはハンゾウ様が死んでしまったのではないかという焦りと、次は私たちなのではないかという恐怖で疲弊していました。…そんな時、私たち家族に、ある疑いがかかったのです。」
「集落のみんなは、僕たち家族がハンゾウ様を殺したんじゃないかって噂し始めたんだ。」
ゾワッと背筋に寒気が走った。
自分たちのボスが目の前で突然消えて、その罪をなすりつけられる?
想像するだけで恐ろしい。謎の力によって目の前でボスが姿を消し、見えない敵に怯えながら仲間からも迫害される生活。想像するだけで地獄だ。
「噂はすぐ広まってねぇ。おいらたちがどんなに弁明しても聞いちゃもらえなかった。そんで、おいらたちは集落から追放され、みんなは森の外にハンゾウ様を探しに行ったんだよ。」
「夫が集落一の戦士だったことも、皆の噂を広める原因となったのかもしれません。コボルド族でハンゾウ様に手を出せるなんて、夫しかいない、と…。」
そうして、この家族は3人だけで森の中を彷徨うことになったのだそうだ。
思っていた以上に壮絶でヘビーな話だった。ただチョコの実が好きな魔物が盗みに入っただけだと思っていたのに。
コボルド達は暗い顔をして、俯いている。ノウミィも話を聞いて、何かを考えるように顎に手を当てて地面を見つめていた。ただ、ブゥだけは、コボルドたちの言葉がわからないようで、眠そうに欠伸をしていた。
「…ん?でも、今までコボルド族は狩りをしていたんだろう?それなら、3人になっても何か他の獣を捕まえられなかったのかい?」
それとも、群れになってやって1匹の魔物を倒していた、とか?
「それが、それもハンゾウ様が姿を消したことによって起きた問題なのです。」
そういって、女性のコボルドが話し始めた。
ハンゾウと呼ばれる者は、この森の知性ある魔物の頂点に座する立場にいたらしい。森の平穏はハンゾウによって保たれていると言っても過言ではないほどで、全ての種族に分け隔てなく助けの手を差し伸べ、争う種族間の仲裁に入り、罪を犯した者を裁いていたという。しかし、森の中には、知性のない、凶暴で他の生き物を襲うことしか考えられない魔獣もいる。そういった魔獣を『害獣』として、肉食の獣人に食することを許可したのだそうだ。
また、ハンゾウは凄まじい強さを誇る戦士であり、森に住む凶悪な害獣が現れれば被害が広がる前にすぐに退治していた。
しかし、ハンゾウが姿を消すと、今までハンゾウによって抑制されていた害獣の動きが活発化し、他の魔物を襲い始めた。弱い魔物の多くはその害獣を恐れ、身を守るべく森から出て行った。
そのため、コボルド族が今まで食料にしていた弱い害獣も姿を消し、森には凶悪な害獣と、その害獣よりも強い魔物だけが残ったのだそうだ。
つまり、今この森では、生態系が大きく変化している最中なのだという。ハンゾウというたった1人がいなくなっただけでここまで影響が出ているということから、ハンゾウが相当優秀だったことと、森の魔物たちがいかにハンゾウを頼りにしていたかがわかる。
「森に残ってる害獣も、せめて仲間があと2人いればおいらでも倒せるんだけどねぇ。さすがに、おいら1人では到底敵わない奴らさ。」
だから、食べるものに困っていた、と。
確かに、そんな状況でブゥみたいな小さな魔獣を見たら、捕まえようと思うはずだ。ラビット族は害獣には属していないらしいけど、状況が状況だ。生きるためには森の掟を破るしかなかったのだろう。
「だとしても、私たちが掟を破り、あなた方を殺めようとしていたことには変わりありません。心から謝罪します。」
「いやいやいや、そんな酷い状況だったのに、謝ることなんかないよ!」
また頭を下げようとするコボルドを慌てて止める。
ここまで過酷な暮らしをしている家族に対して、「殺そうとしただろ?じゃあ死ね」みたいなことを言うような情のない性格は幸い持ち合わせていない。
彼らは何も悪くない。悪いのは、ハンゾウを一瞬で消し去った者だ。そいつが何者かはわからないが、相当の悪意を持っていたに違いない。
「それにしても、そのハンゾウ様ってのは、どんな人なんだい?そんなに森に影響を与えるなんて、ただの魔物とは思えないけど…。」
今はまだ、知らないことだらけだ。
この森に1ヶ月以上住んでいて、この森のボスの存在をこれっぽっちも知らなかったのだ。もしそんな強力な存在にそのまま会っていたら、何か失礼なことをしてしまっていたかもしれない。
とりあえず、見た目とどんな感じの人なのかを知っておきたい。
すると、話を聞きながらずっと考え込んでいたノウミィが僕の疑問に答えてくれた。
「ハンゾウ様のことは、この森に住んでいる全ての魔物が知っているわ。影の魔人、ハンゾウ。かつてこの地を支配していたとされる魔王の軍の幹部、十魔人の一席を埋めていたお方よ。」
うわーーー!!ファンタジーっぽいのきたーー!!!




