2 幼い体 森の中
視界いっぱいに広がる緑。少し肌寒く感じる澄んだ空気。キラキラと輝く木漏れ日。
ここは、深い深い森の中。
辺りには、前世?ではテレビの中でしか見たことのない美しい光景が広がっている。
都会の濁った空気をずっと吸っていたからこそ、この場所の空気がより一層うまく感じるんだろう。
あちこちに佇む大きな樹の一本一本から、何やら神聖なものであるオーラのようなものが出ているような気がする。
結構長い時間、森の中を歩き回っているけど、この景色はいつまで見ていても飽きないなー。
…うん、飽きないんだけどさ…。
「…うぅ、腹減ったぁ…」
まだこの森にきて、何も口にしていない。
仕事が終わってコンビニ寄って、お気に入りの唐揚げ弁当を買ったんだ。今日も美味しくいただこうと思っていたのに…。
僕がこの森に来たのは、今から6時間ほど前だろうと思う。僕は東京都内に住み、全国チェーンのピザ屋で働いているごくごく普通の成人男性だ。いや、だった、といった方が正しいかもしれない。
今日僕は仕事が終わった後、唐揚げ弁当を持って溢れる肉汁を想像しながら足早に家に帰った。
すると、家のドアの前に〈ぷつぷつ〉とぐしゃぐしゃの文字が書かれた茶色の紙袋が置かれていた。
なんだよ、ぷつぷつって。聞いたことないよ。プチプチは割と好きだけど。
小学生のイタズラかなんかか?てなことを思いながら、とりあえずその紙袋を手にとって部屋に入る。紙袋を開けてみると、中には奇妙な白い正方形の物体と紙切れが入っていた。
紙切れには、「とってもおいしいぷつぷつ」と書かれていた。紙袋と同じく、ミミズがのたうちまわったようなぐしゃぐしゃな文字で。
だからなんだよぷつぷつって!しかもうまいのかよ!
と心の中で激しくツッコミつつ、白い箱のようなものを手に取る。
触った感じ、この箱のようなものはとても硬い材質でできているようだ。これ自体はとても「おいしいぷつぷつ」とは思えない。
てことは、この中にあるってことなのか?ぷつぷつが。いやだからぷつぷつってなに。
そう思いながらどうにか開けれないかと箱をひっくり返してみると、あるひとつの面の中央に、真っ赤なボタンのようなものがついていた。
なんだこれ、箱が白いからなんだか日の丸にしか見えないぞ。
これで開くのかな?と思って、ぽちっとボタンを迷いなく押してみる。
すると、白い箱は突然ビカッと強く光った。うわっと声を出しつつ目を閉じようとして、目の前が真っ暗になった。
そう、目を閉じる前に、真っ暗になった。
何がなんなのか分からなかった。
が、ハッと気がつくと、僕は森の中にポツンと立っていた。
…いやさぁ、僕だっておかしなことを言ってるってわかってるよ。だって、僕も最初はその場で固まっちゃったし。
ついさっきまで自分の部屋だった辺りの景色は、大きな樹や植物に囲まれる大自然へと変わった。
全く理解できませんよね、ハイ。僕もです。
ぽかーんとしたままゆっくり首を動かして辺りを見渡していたとき、ふと違和感に気がついた。
何か、体に触れている物の感触が、さっきと違うような…?
パッと目線を下におろして自分の体を見てみると、鮮やかな青が目に飛び込んで来た。
…えーー?今日は僕スーツを着ていたはずなんだけどーー??
新しい商品の企画会議に参加するためにスーツを着ていたはずなのに、僕が身につけているのは、それはもう鮮やかな青色一色のローブのようなものだった。
腰のあたりをこれまた青い紐が緩く締め付けていて、足元までゆったりと布が覆っている。フードも付いているが、これまた同じく鮮やかな青。
うっわー上から下まで真っ青って。もうちょっと、なんかこう、あったでしょ…。
ローブの裾を少し上げて足元を見ると、靴は履いてなかった。
あぁ裸足かーと思ったが、ここでまたまた違和感。
これ、誰の足…?
ローブの裾から少し覗かせた足は、毛なんて一本も生えていない、色白の小さな子どものような足だった。
これは僕の、成人男性の足ではありえない。
頭の中が混乱してパニックになりかけたとき、ローブの裾を上げている手が視界に入った。
あらまぁ、これまたかわいい手だねー…
そこで僕はバッとローブを脱いで、自分の体中を調べた。
体は自分の体とは思えないほど色白で傷ひとつ見当たらない綺麗な肌をしていた。
ある程度鍛えて養っていたはずの筋肉たちは姿が見えず、すらっと細めの体型。そして、首から下は毛が一本も生えていなかった。慌てて眉や頭を触るとちゃんとモサッとした感覚があって安心する。
なんていうかこれ、子どもの体、だよなぁ…
理由なんてさっぱりだけど、東京に住む平凡な日本人だった僕は、突然、謎の森に移動して、子どもの姿になってしまったらしい。