6 家庭菜園 はじめました
「ぷはっ!」
地面から、ノウミィが勢いよく顔を出す。そしてまた地面に潜っていく。
僕はかれこれ1時間ほど、地面に潜ったり息継ぎのために地面から顔をだしたりするノウミィの作業を見ている。
ノウミィが突然地面に向かって飛び込んだ時は正直驚いたが、少し時間が経つと息継ぎのためにノウミィが顔を出した。
土の栄養分を調節するには、直接土の中に潜る必要があるらしい。土の下でノウミィがどんな動きをしているのかはわからないが、妖精の能力を使ってここの硬い土を植物が育ちやすい栄養のある土に変えているのだろう。
「ぷはっ!あと、少し!」
またノウミィが顔を出して息継ぎをした。一回の息継ぎでノウミィが潜り続けられるのはせいぜい1分ほどで、そんなに長くない。だから、1時間の間、何度も何度も出たり潜ったりを繰り返している。
顔を出した時に見えるノウミィは汗をかいていて、結構疲労しているように見えた。妖精が使う能力と聞いていたから、てっきり魔法のように手で触れただけで土の成分をいじれるのかと思ったが、そういうわけでもないらしい。
時間もかかるし、なかなか疲れる。ノウミィがまだ生まれたばかりで成長していないこともあるかもしれないが、妖精の能力というのはそれほど強力なものではないようだ。
と、その時。遠くの方からとっとことっとこ走ってくるブゥの姿が見えた。口には赤い身を咥えている。赤い実は今日も大きく美しかった。
ブゥは僕の側で足を止めて赤い実を差し出した。それを受け取り反対の手でブゥの頭を撫でてやる。
「ありがとな、ブゥ。また取りに行ってくれるんだろ?毎日悪いな」
ブゥは嬉しそうに んぶぅ と鳴いて、またすぐに赤い実の森の方へ走っていく。
ブゥは、走るのが得意な生き物だと思う。人間が歩いて2時間の距離を、1時間ほどで走り、それを1日7セット。なかなかに辛い日程だが、息も切らさず、嫌な顔をすることもなく、毎日毎日赤い実を持ってきてくれる。
僕だったら片道だけでギブアップだ。もともとそんなに運動は得意な方ではないし、今は子どもの体だってこともあって、とてもじゃないけどそんな鬼メニューはこなせない。
ブゥは僕から血を飲めるからこれでいいと思っているようだけど、やはり申し訳ないし、楽をさせてやりたい。
そのためにも、この赤い実をここの近くで育てていきたい。そうすれば、ブゥはわざわざ毎日過酷なメニューをこなさずに済む。
ノウミィが今の作業を終えたら、早速見てもらおう。
「にしても、この実、うまいんだよなぁ」
この洞穴に来て今日まで3日間。この世界に転生した初日を入れると4日もの間、僕はこの赤い実しか食べていない。それでも、飽きるどころか毎日この実を食べるのが楽しみなのだ。
4日もずっと果物だけを食べていたらそろそろ肉や米や野菜が欲しくなってもおかしくないと思うのだが、なぜかそんな気持ちにならない。相変わらず、肉のことを考えると吐き気がする。
やはり、この世界の僕は主に果実だけを食べるとんでもない偏食の人間らしい。
そんな果物大好き人間の手の中には今、ブゥが取ってきてくれた赤い実がある。これはノウミィに見せるためにブゥが取ってきてくれたもので、今食べる気はない。
もちろんさ、食べないよ。うん。
赤い実が太陽の光を受けてキラリと光る。
まるで僕を誘っているかのようだった。
……ひと口ぐらい食べても…いやいや、そのまま見せないとわからないかもしれないから…でも、あと1時間ぐらい待てばまたブゥが持って来てくれるだろうし…いやいやいや…
僕は、口を開けたり閉じたりを繰り返しながら、食欲と闘った。
その間にも、何度かノウミィが地面から顔を出す。口を大きく開いた時に目があって、なんか若干気まずい空気になったけど。
「ぶはーーー!!やっと終わったー!」
そんなこんなで、ブゥが実を届けてくれてから30分ほど経ったとき、ノウミィが地面から這い出してきた。体は土まみれになっていて、白い肌にも土の汚れがたくさん付いていた。
ノウミィは地面にゴロンと寝転がり、荒くなった息を整えていた。相当体力を使ったらしい。
「お疲れ様、ノウミィ。これでもうこの植物は大丈夫そうかな?」
すると、ノウミィは近くに置いてあったバケツを指差して、まだ整わない息のまま僕に指示を出した。
「す、水分が、まだ、足りてないわ。…ちょっと、かけて、あげて。」
僕はバケツの水を手で掬って、ノウミィがOKを出すまで少しずつ水をやった。
水をやり終わる頃には、ノウミィもだいぶ落ち着いてきたようだ。しかし、体は泥だらけだし、随分と疲労しているように見えた。
「ノウミィ、体がとても汚れちゃってるけど、君、水浴びはできないだろう?どうやって体の汚れを落とすんだい?」
そう聞くと、ノウミィはゆっくり立ち上がってニコリと笑った。
「私は土の妖精。微力だけど、土を操る能力だってあるのよ?」
そう言って、その場でくるっと体を回転させた。すると、ノウミィの体に纏わりついていた土が振り払われ、土だらけだったノウミィの体はあっという間に土の全くついていない綺麗な体になった。
ノウミィは綺麗になった体を見せながら、まぁ体についた土ぐらいの量しか操れないけどね、と言って笑った。
「残りの埃とか汗はその辺に生えている綺麗な草の葉で体を拭くわ。体の汚れを綺麗に落としてくれる成分を出す草があるの。」
ノウミィは足元に生えているから探していた草を見つけたのか、その葉を千切って体を拭き始めた。
ちなみに、ノウミィは服を着ていない。しかし、人間の女性の裸のような見た目はしていなかった。体は全体的につるんとしていて、凹凸はない。女性的な胸の膨らみは多少あるが、その胸の表面もつるりとしている。
例えるなら、全身タイツを着ているような、そんな見た目だ。しかしそれは彼女自身の肌らしい。
けれど、その肌には茶色の細い線で円を描くような模様がいくつかある。その模様が何を表しているかわからないが、きっと生まれた時からこういう模様なのだろう。
「これでよし、っと」
全身を葉で拭き終えたノウミィは、空中に飛び上がり僕の目の前まで来て、頭を下げた。
「ありがとう。あとは時間が経てば問題なくこの子が育つわ。あなたがいてくれたおかげよ。本当に助かったわ。」
ノウミィは顔をゆっくりと上げると、とても嬉しそうに笑っていた。
「私にできることがあれば何でも言ってちょうだい。あなたに協力するわ。」
そう言うと、ノウミィは僕が赤い実を持っていることに気づいたようで、実に体を近づけた。
「これが、あなたが言ってた育てて欲しい植物の果実なのね?」
「うん、僕はこの実が大好きなんだ。けど、遠くまで行かなきゃ取れないから、近くで育てて収穫できるようにしたいんだ。できそうかな?」
しっかり観察できるように、実を持った方の手を前の方に差し出して、ノウミィに近づける。
すると、ノウミィは険しい顔をして、ぽつりと呟いた。
「これは、難しいわね…。」




