「はい、お嬢様」しか言わない悪役令嬢のお付きに転生したら笑いが止まりません!
『このゲームに登場する人物たちは、ヒロインと攻略対象だけでなく、悪役から名前のある脇役まで、皆がすべて高い能力と美しい姿を持っている』
日本で呑気に学生をしていたころ、学業と生活を圧迫するほどハマった中世風ファンタジー乙女ゲーム【ご令嬢、死に至る、七つの罪】――略して【547】。
【547】のメインゲームプランナーが、とあるインターネット動画配信サイトのインタビューで語った言葉。それを意識が失われそうな激痛の中で思い出す。
『そんな優秀で美しい彼ら彼女らが、たった一つの欠点すらないというならば、それは薄気味悪い存在とみられるか嫉妬の対象となるか、さもなくばゲームだからという軽い言葉で擁護されるキャラクターとなるだろう』
好きなゲームだった。――だった。過去形だ。今のワタシは、その大好きなゲームをプレイできない環境にいる。
なぜなら――。
『だから、彼女は美しいほど献身的でありながら怠惰であり、聡明でありながら考え無しのまま、どんなプレイをしようと救われることはない』
メインプランデザイナーがそう断言する「キャラクター」として、ゲームの世界に転生してしまったからだ。
身を焼く激痛と悲痛な叫び声が、覚醒するワタシを襲う。
「なにしてんのよ! 早く目を覚まして『はい、レヴィお嬢様』っていいなさいっ! ルフェル!!」
激痛に呻くワタシの身体を揺さぶり、【547】の悪役令嬢レヴィ・タアーンがワタシのゲーム名を呼ぶ。
ルフェル・ゴーベはワタシの名前。そして【547】のゲーム上、唯一劇中で死亡するキャラクターだ。
【547】の主人公セイターヌという美しくも激情的な女の子に、醜く嫉妬して身を亡ぼす悪役令嬢レヴィの付き人にして、その世界で最強の女騎士ルフェル・ゴーベ。
それが今のワタシだ。
気が付いたら、今の姿になって、こうしてレヴィお嬢様に抱きかかえられていた。
そのサイキョーのワタシは、半身を炎に焼かれて息も絶え絶えである。痛い、熱い、うるさい、死んじゃう。
よりによって、前世の記憶を取り戻す時がこんなシーンだなんて――。レヴィを襲った【夜魔】の攻撃にさらされ、生死の境の中で前世とルフェルの記憶に翻弄されてしまっている最中だ。もう少し後なら、痛い目にあわなかったのに。
ひどいよ、オール神様エブリデイ恨む。
夜魔はこの世界で人類の敵という役割を与えられている。続編でその謎が明らかになるとアナウンスされていたが、残念ながらワタシはプレイ前に死んでしまった。とにかく夜魔は人類の敵だ。
人間の時間ではない夜に、外へ遊びに出たレヴィを庇って、ルフェルは一生消えない傷を裸身に受けてしまう。
このイベントシーンは、たしか回想シーンだったはず……。ゲーム開始の3年前だ。
「早く、目を覚ましなさい!」
「レヴィ……」
「お嬢様をつけなさい!」
目を覚ましたら覚ましたで叩かれた。
ほんと、さんざんネットでも言われてるけど、ひどい悪役令嬢だ。
「アンタ、最強無敵の私の騎士なんでしょ! こんな傷くらいで死ぬんじゃないわよ!」
「……はい、レヴィお嬢様」
ルフェルの代名詞と言われる台詞が、ワタシの意志で口からこぼれ出た。
こうして、ワタシはルフェル・ゴーベとして、【ご令嬢、死に至る、七つの大罪】の中で生きることとなった。
* * *
ルフェルという騎士は、女だてらにこのゲーム世界で最強の存在だ。
しかし、ゲームプランナーの思惑通り、いくつもの欠点を持っている。
まず自分で物を考えない。すべてレヴィの言いなりだ。
言われるまま、正誤と正邪の判断をすべてレヴィに委ね、どんな罪でも「はい、お嬢様」と言って犯してしまう。悪役令嬢の忠実な手足という役どころとしては素晴らしいが、人間としてはダメだ。
見習ってはいけない。
人気キャラで、ワタシもファンだけど。
レヴィお嬢様が【嫉妬】ならば、ルフェルは【怠惰】の欠点を与えられ、デザインされたキャラクターだ。
ルフェル自身は勤勉だし努力家だ。
しかし、考えない。とにかく物を考えない。すぐ「はい、レヴィお嬢様」だ。すべてを放棄してレヴィに任せる。そういう怠惰を持った女騎士である。
そしてもう一つの欠点。
ルフェルは「はい、お嬢様」という言葉しかいえない。
声優さんは楽そうだが、実は大変だったという。幾千というさまざまなイントネーションの「はい、お嬢様」だけで、演技をこなすのだから。
そんな問題のあるルフェルを、人気キャラに押し上げるシーンが、彼女の死亡シーンだ。
嫉妬に身を焼くレヴィが、湖の島に孤立させたセイターヌを罠にかけ、人類の敵である夜魔に襲わせようとするのだが、フラグを立てた攻略対象の邪魔で失敗。
哀れ、レヴィだけが夜魔の大群の中に取り残される。
そこへさっそうと現れたルフェルが、レヴィを救出。レヴィお嬢様を船に乗せ、1人で夜魔と戦うのだ。
「アナタも乗りなさい」
という言うレヴィお嬢様。
だが、そこでルフェルは言うのだ。
「いいえ、お嬢様」
――と。
* * *
「おかしい! ほんとおかしいわ、あははははっ!」
嫉妬、嫉妬、嫉妬でまた嫉妬、もひとつおまけに嫉妬の嵐!
世界に不満を擦り付けるレヴィ・タアーンが、年相応の笑顔で笑ってみせている。
転生したワタシ……つまり、ルフェルの失敗を見て笑っている。
「ほんとうに、アンタって……あの時、死にかけてから変わったわね。こんなにドジなんて思わなかったわ」
「そんなに笑うことはないでしょう、レヴィお嬢様」
「ごめんなさい、あはは、ほんとごめんなさい。だって、完璧なアナタがこんな失敗をするなんて! おかしくてしかたないわ! なんだかよくしゃべるようになったしっ! なんだかおかしいしっ! あはははーっ!」
レヴィお嬢様は、ゲームの主人公たちを見ていつも不満を抱えているキャラクターだった。しかし、驚いたことに、レヴィお嬢様はワタシ……ルフェルにすら嫉妬していたのだ。
この数か月で、ワタシはそれを理解した。
ルフェルとワタシが混じり、作中世界最強のルフェルではなく、自分の頭で考えて余計な失敗をするルフェル=ワタシとなった。
ワタシがルフェルの頭を……精神と知能を引っ張ってしまっている。
それがおかしくてたまらないと、レヴィお嬢様は笑うのだ。
「前は『はい、お嬢様』って言葉しかいえなくて、なんでも私のいう事を忠実にこなすのが気に入らなかったのに――」
「気に入られていなかったのですか!?」
「あはは、それよそれ。なんでそこで私に逆らうのよ! ひっぱたくわよっ!」
でもひっぱたいたりしない。
なんでも笑い飛ばして、ひどいけどバカにして許してくれる。
「アンタがこんなバカなら、嫉妬する必要なんてなかったわ。ほんとワタシがバカみたい!」
レヴィお嬢様は、いつも隣りにいるルフェルに嫉妬していたのか。
でもドジで間抜けな口答えをするようになり、悋気に触れず嘲笑の対象となった。すっかりドジッ娘騎士の子犬扱いである。
不満で口をとがらせると、レヴィお嬢様はまた笑いだした。
* * *
魔法学園へ入学。
これがゲームの開始の場面だ。
【547】の主人公セイターヌは、優秀さを認められて平民ながら貴族たちが通う魔法学園へ入学を許された。
セイターヌは【憤怒】の属性を与えられたキャラクターだ。
いつも怒ってるわけではないが、すぐ怒る激情型の主人公である。かといって理不尽な怒りは抱かない。
犯罪、差別、貧困、弱者への暴力などに、義憤的な怒りを覚える正義のキャラクターである。
でも怒りは人を不幸にする。攻略対象も悪役令嬢も例外ではない。
彼女は隠し通しておけぬ正義を持って世界に憤怒し、その能力で世界を壊しながら、自分が好きな存在だけを幸せにする迷惑者なのだ。
そんな平民に嫉妬するレヴィお嬢様――は、ここにはいない。
「あはは、あははっはははーっ! 小じわ、増え、増え、増えるって~」
レヴィお嬢様は伯爵令嬢らしからぬことに、セイターヌを指さして笑う。それを嫌がるセイターヌではなかった――。
「ひどいですわ、レヴィ様!」
いや、怒ってはいた。でもなんか違う。そう、楽しい怒り方だ。
セイターヌは怒り顔が可愛い、と一部に妙な人気だったキャラクターだ。確かに可愛い。女の私でも、こうして実物を前にすると、本当に可愛いと思う。
この可愛い怒り顔で世界を壊して、幸せになれるなんてほんとなんてゲームだったんだろうと、今更ながらに驚く。
「ほら、ほら、怒ると小じわが増えるわよ~」
怒るセイターヌを笑うレヴィお嬢様。周囲の視線に耐えられず、ワタシはレヴィお嬢様を諫めることにした。
「失礼ですよ、レヴィお嬢様」
「なに言ってんのよ、アンタが言ったんじゃない! 怒ると小じわが増えるってっ! 私のせいに、くふふ……しないでよ!」
もっともである。
世界は変わっていく。
私の不用意な発言と行動で――。
* * *
「食いきれるか、こんなものーーーーっ!」
ぽっちゃり貴族のベル・ゼンブが、フォークを投げ捨てて怒鳴った。
「あはははっ! さすがのゼン豚……じゃない、ベル・ゼンブのアンタも無理だった?」
「ぶきーっ!」
レヴィお嬢様に笑われて、ベルが両手を振り上げて興奮する。
ベル・ゼンブは【暴食】を与えられデザインされたキャラクターだ。隠しキャラ扱いで、最初はモブかと思われていた。
しかし彼を攻略対象として、主人公セイターヌが贈り物として食事を与え続けると、ベルは痩せて美少年となるのだ。
哀れ。
出されたものはすべて平らげるという性格で、憧れのセイターヌが差し出した弁当を食べているうちに、彼は痩せてしまうのだ。ダイエット食でもないのに。
どんだけ破滅的な料理ベタなんだ、セイターヌ。さすがゲーム。現実にいたら世界が壊れる。
さて、そんな出されたものはすべて平らげるというベル・ゼンブが、食べきれないというものは何か?
それは「満漢全席」である。
ワタシの世界で、4千年の歴史を誇る国に伝わるコース料理として有名だ。
なにかの拍子に満漢全席を話題にしたら、ベル・ゼンブが興味を示した。この世界にないのに興味を持たれても――と、思いつつもみんな調べてみたら、本当にあったよ、満漢全席。
海を越えた大陸にある東陶とかいうボストンのバンドか陶器具メーカーみたいで、中国っぽい国と満漢全席があったよ。
そして料理人を呼び、再現させてみたのだが。
「食えるかあっ!! こんなもの! これを1人で食べるなんて、噓だろ! 東陶の嘘つき!」
満漢全席に負けたベルが、悔し涙を浮かべながら東陶の料理を貶す。
「でもそれ、数日かけて吐きながら食べるという言い伝えですよ、ベル様」
「それはそれで頭おかしいんじゃねぇかっっ!」
ベルがゲップを抑えながら叫ぶ。やめて、汚い。
「そうでしょうか? きっと豪奢な食事で権威を誇示して――」
「そんなわけあるか! 絶対、噓に決まってる!」
「思うんだけど」
やっと笑い終えたレヴィが口を挟む。
「これって、戒めなんじゃないの?」
「どういうことだい? レヴィ?」
「つまり、どんなに栄華を極めようとも、人が食べられる量はたかがしれてるってことよ。それならば分け与えなさい――。うん、おいしい。ってこと。わかる?」
いいことを言いながら、つまみ食いをするレヴィお嬢様。
立って半畳寝て一畳。一日食っても二合半かぁ。そんな話もあったな。
つまみ食いなんてされたら、激怒するベルが神妙な顔で頷く。
「僕は……分け与えるなんて……考えたことも……」
食べきらず、残された哀れな料理の数々。
「僕がいままで、食べてきたもので――何人の人が……」
* * *
「オレは世界のすべてを手にいれる。そしてセイターヌの欲しいもの――それを君にささげよう」
豹のようにしなやかな肉体を持つ美男子が、ある日セイターヌにそう宣言した。
2人きりだと彼は思っているようだが、そこはゲームの世界。覗いてみているものがいる。
ワタシだ。
あとレヴィお嬢様もいる。
セイターヌにすべてをささげると宣言した美青年は、ノレフ・シアーモニーズマム。【547】の最大最強難度の攻略対象である。
ノレフ・シアーモニーズマムは生まれた時から【傲慢】と【強欲】という罪に溺れ、その代わりあらゆる才能を天与された存在だ。
メイン攻略対象にして、有能美形王子様。オレ様系の美男子。受けも攻めもリバー……それはどうでもいい。
王子という立場上、彼がどんなに望もうとも、平民であるセイターヌと結ばれることは難しい。
強欲な彼が、傲慢に王権を振りかざしても、セイターヌは手にいれるには障害が多すぎるのだ。
セイターヌも攻略……ノレフをどんなに愛そうとも、障害が多すぎる上に王子の傲慢さゆえ、この世界が壊れるほどの騒動を引き起こしてしまう。
そういった理由で、いくつものバッドエンドがあることで有名な攻略キャラクターがノレフである。
ところで――。
さっきのノレフが放った決め台詞なんだけど、ネット掲示板ではいろいろネタにされていた。
このゲームはもう一人攻略対象がいる。
モデウ・エイスースというキャラクターだ。彼は【色欲】の業を与えられ、代わりに素晴らしい美貌を持っている。この強欲王子ノレフを超える美形キャラだ。
今、この場にいないモデウだが、彼は当初からセイターヌの憧れの対象となっている。ゲーム時間上、早いうちにセイターヌと出会っているからだ。
モデウがセイターヌに興味を示したため、彼がごり押しでこの学園入学の後押しをしたという裏設定がある。
つまり今のセイターヌは、モデウのことが好きだ。そのことから、ネット掲示板ではこう言われた。
「セイターヌが、モデウをくださいって言ったらどうするの?」
――と。
思わずネットで話題の疑問を呟くと、隠れてみていたのもお構いなしに、隣りのレヴィお嬢様が弾けるように笑いだした。
「……ぷっ! やだぁっ! なに言ってるのよ! ルフェル! ばっかじゃないの? あははははーっ!」
「な、なんだ! レヴィ! のぞき見していたのか!?」
口説くところのぞき見されて、強欲なノレフも動揺を隠せない。セイターヌから離れて冷や汗を吹いていた。
「あはははっ、やだ! ノレフ様! セイターヌがモデウを欲しがったらどうすんのよ!」
「え?」
一瞬、理解できなかったのか、聡明で傲慢なノレフがきょとんとした。そんな間抜けな顔を見て、レヴィお嬢様の笑いは勢いを増す。
「あははっはっ! なにその顔! 王子、王子が……変顔……あ、あははは、あは死ぬ……」
「腹筋割れますよ、レヴィお嬢様」
「……ごふっ! やめ、て、あはははっ、やめ……これいじょう笑わせないで、ルフェふぇふぇふぇふぇっ!」
およそ悪役令嬢の姿には見えない。
いや、もう悪役令嬢なんてどこにもいないんだ。
笑い終えたレヴィお嬢様は、うろたえるノレフを不敬にも指さして言った。
「欲しいものすべて? 手に入れる? 男のノレフ王子が男のモデウを手に入れて、それをセイターヌに差し出しちゃうの? 意味わかんないわよ、ぷっ……あははははーっ!」
「ふ、不愉快だ!」
ノフレはレヴィお嬢様を不敬罪で訴えることだってできるが、そんなことはできない。
なぜなら、もうレヴィお嬢様は悪役令嬢などではない。
すぐに笑いだす、なんかちょっとおかしいご令嬢。そんな扱いをされているから、真面目に怒る方が悪いって言われるほどだ。
レヴィお嬢様に笑われたくないなら、指を差されないよう立派に生きろ。そんなことを国中から言われる。
世界は壊れて、変わっていく――。
* * *
「おもったより、世界って大したことなくて、そのわりに面白いのね」
ある昼下がり、レヴィお嬢様はそんなことをワタシにおっしゃった。
「思えば、いつも誰かに嫉妬してた。誰にも勝ってやると頑張って、無駄な努力をしていたのねぇ。何を見ていたのかしら?」
「人の良いところばかり、見ている方なのですよ。レヴィお嬢様は」
「そうそれ。私ってそういう女なのよ。人のいいところと綺麗なところしかみえない。だから、その人より良くなって、強くなって、美しくなりたちと努力してたけど……違うのね」
雲を見上げて、それには手が届かないとわかった顔をしている。レヴィお嬢様は以前よりもよく見えるようになりながらも、世界がとても狭く見えていて、それでも世界が大きいと理解していた。
「だれもがみんな、間抜けでバカで、哀れで、寂しがりで、弱くって……たとえ神様だって、そんなふうにできているんでしょうね」
いつもすぐ笑い出すレヴィお嬢様が笑わない。
憂鬱……とある宗教の原典にあるという八つ目の大罪が、レヴィお嬢様の顔に浮かんでいた。
「あははっ! バッカみたい! 何考えてんのかしら、私?」
しかしそんな死に至る大罪も、次の瞬間には笑顔に吹き飛ばされた。
「そうですわね」
「同意しないでよ、私がバカみたいじゃない」
事実そうですよ。
きっと今頃、このゲームはコメディルートに入ってるに違いない。
誰も不幸せにならない代わりに、かっこ悪くなっておバカになって、頑張って恋愛ごっこをしているゲームだろう。
ああ、残念。
こんなルートで、主人公をプレイしてみたかった――。
小さいことだけど、救われないなぁ――。
連載のアイデアを短編にしてみました。
攻略キャラは削ってますが、とくに問題はないように構成しました。
好評連載中のこちらもよろしく!