第72話 『赤面』
ワダツミの里は森と海に囲まれた環境下にあるせいか狩猟と漁業を主な生業にしている住民が多い。特にワタリガニの水揚げ量は多く近隣の街への出荷もされているのだった。
「ここで取れた新鮮なカニが出世してカニ饅頭になるんだね」
ミツキは海沿いの道を歩きながら楽しそうに言った。出世魚もびっくりの変身だなとイオリは思った。
「指輪やドレスなんかにはどこで加工してくれるのですかね?」
クダンも、らしからぬ浮かれようだった。
まあしょうがないかとイオリが呆れた顔をしているとルリが何かを見つけて叫んだ。
「あっ、あのノボリは、そうじゃないかしら」
前方に数本立ち並んだノボリにカニ饅頭と書いてあった。
「ん? 元祖カニ饅頭って書いてあるよ」
ミツキがノボリの表記を指差した。
「元祖って言えば最初にカニ饅頭を作ったって事かな」
「お兄様、こちらには本家と書いてありますよ」
道を挟んで反対側のノボリには確かに本家カニ饅頭と書いてあった。
「元祖? 本家? どっちが本物なの?」
ミツキは首を傾げ、振り返る。しかしイオリ達も同じように首を傾げていた。
「両方食べてみよう」
イオリの言葉に全員頷く。と言うかそれしかないだろうと考えが一致したのだ。
幸いノボリの直ぐ近くにそれぞれの店があるようだ。
「まずは元祖からだ!」
イオリは店の暖簾をくぐった。
「へいっ! いらっしゃい!」
店員の威勢のいい声が響き渡った。店内は白木のカウンターに椅子が並び大勢のお客さんが来ても対応ができるような造りになっている。
「ご注文は?」
「いや、カニ饅頭しかメニューにないんだけど……」
「いえいえ、よく見て下さいよ。並、上、特選とありますから」
確かに三種類のグレードが品書きに表記されている。グレードが上がると値段も二倍に跳ね上がっていた。
「因みに並ってどんな奴なの」
「へいっ、極上のカニカマを使っています!」
「…………マジか!?」
結局全員が特選にした……
しばらく待つとカニのいい香りが漂い。
皿に乗ったカニ饅頭が出された。
「でけえ!」
ミツキが叫んだ!!
「おいっ! 女の子のセリフじゃねーぞ」
「でも、これは……ヤバイわ」
ユリネまでもが舞い上がってあり得ない言葉を漏らす。
カニ饅頭のサイズはルリの顔が隠れる程の大きさがあった。手強い、ルリは心からそう思った……
果たして二軒目のカニ饅頭に辿り着けるのだろうか。ネネは、占いを始める始末
「食べ物を粗末にしてはいけません」
真面目かよ、クダンさん! とイオリが突っ込む
皆は文字通り最大の敵を前に怖気付いていた。
イオリが先陣を切ってカニ饅頭を頬張った。
「うっ!」
「だ、大丈夫! お兄様」
ルリが心配そうにイオリを見つめる。
「うめーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
うめーのだった……
それを聞いた他のみんなもカニ饅頭に噛り付いた。
「カニ饅頭の中のジューシーなカニの身と味噌のコク、さらに皮に染み込んだカニの出汁、これは本当に見事と言うしかありませんね」
クダンがどこかで聴いたようなグルメ解説を述べた。頷くネネは、クダンをキラキラとした眼で見つめる。
「凄いねコレ、予想以上だよ」
ミツキもかなり満足そうにしていた。ただしルリだけがまだ表面の皮だけしか食べておらず、まだ中の具材にたどり着けないでいた。
頑張るルリ、でも届かないもどかしさ
「割って食べればいいんじゃないの?」
ミツキがもっともな意見を言うとユリネの眼が光った。先程からすっかりテンションの上がっているユリネ
「ルリ様、少し離れて下さい」
「おいっ! 何するつもりだ、ユリネ!」
ユリネは、目にも止まらぬ速さで霧風を放ったのだ。結果カニ饅頭は、綺麗な切り口を見せてふたつに分かれた。
ただし皿とカウンターも綺麗に切れていた……
そして、さらにキレていたのは店のオヤジだった。
「あんた、どうしてくれるんだ! 弁償だよコレ」
親父は俺を指差した。
「ええ〜っ、俺じゃねえのに」
「当たり前だろ! 奥さんのやった事は旦那が責任取るのは」
「ユリネっ! この親父の誤解を解いてくれよ」
イオリがユリネを見ると顔を手で伏せてしゃがみこんでいた。何故か耳が少し赤い。
「…………おいっ、どうしたユリネ……」
何も言わないユリネ、何故か怪訝そうな顔のミツキ。
イオリにはもう何がなんだか分からない。
結局、素直に修理代を払うイオリだった……




