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第69話 『弱点』

「カニ饅頭のついでに里帰りすればいいじゃないか? どうして嫌なんだよ?」


イオリはユリネを問い詰めた。いや何か理由があるのだという事には何となく気付いていたのだ。

なぜならユリネが、もう何年も里帰りをしていない事をイオリは知っていたからだ。


「嫌なものは嫌なんです! どうぞ私抜きでお出かけ下さい!」


ユリネは頑なに断わり続ける。


「わかった。じゃあルリも今回は連れて行けないなあ」


イオリは、ユリネの弱点を知っている。ルリを心から可愛がっているユリネにとってイオリの言葉は殺し文句そのものなのだった。


ユリネは唇を噛みイオリをにらんだ後、ルリに視線を移した。


「えっ!!!」

ユリネは、眼を見開いて驚いた。


ルリの眼から大粒の涙が溢れ頬を伝いぽたぽたと落ち床を濡らしていた。


何も言わずジト目でユリネを見るイオリとミツキ


困惑した様子のユリネにルリは気持ちを伝える。


「ユリネさん、私のことは気にしないで下ざい……べ、別に行けなくても、だ……大丈夫でずから……」


「いや、ぜんぜん大丈夫に見えないだろっ!」


イオリも予想外の展開になんだか、とても酷い事をしているような気がして、様子を伺おうとユリネの顔を見ると引きつった顔のまま固まっていた。


「おいっ、ユリネ! しっかりしろっ!」


イオリの言葉にユリネはハッと我に返った。


「カニ……カニ饅頭……」


ボソボソと呟くユリネの様子はどう見ても危ない人にしか見えない。


「ミツキっ! 大変だ。ユリネの頭がおかしくなった、早急に手当てを頼む」


ゴキッ!!


ユリネの拳がイオリの顔にめり込んだ音だった。


「ぐふっ……」

鼻血を飛び散らせて床に沈み込むイオリの身体

それはまるでスローモーションのようであった。


「イ……オ……リ……っ」


「ミツキさん、別にスローモーションで話さなくても良いですから……」

ルリが涙をぬぐいつつもツッこんだ。


「だよねー。でも今いいシーンだったから」


「ほいっ、フィツキ! 少しは、ほへのひんぱいしほ。ほへから手当は、ほへの方に頼む」


「何言ってるかわからないよ、イオリ」


少しやりすぎたと反省しながらも顔色を変えないユリネであった……


「カニ饅頭! カニ饅頭を食べるだけならワダツミに行ってもいいでしょう。それが条件です」


「ええーっ、それってカニ饅頭サブレは、食べちゃダメって事?」


「ちげーよ、ミツキ、ダメなのはカニ饅頭えびせんだよ」


「ええーっ、マジそれ、あいたたたた」


ユリネは、ふざけたミツキとイオリに対して黙って剣を鞘からスラリと抜いた。


剣を鼻先に突きつけられたイオリ


「す、すいませんでした。マジすいませんでした。場の雰囲気を良くしようとふざけすぎました」


謝り倒すイオリにユリネの鋭い視線が飛ぶ。

この視線が氷の女王たる所以であった。


「私は、里帰りはしません。それで良いですね!」


「は、はい、それで良いです」

声を揃えるイオリとミツキの背中は冷や汗でべとついていた。


「首と胴が繋がっている事をありがたいと思いなさい」


世の中には怒らせてはいけないものがある。その一つがこのユリネと言う女だった。


「恐らくイオリ様の興味は、私のもうひとつの剣の事でしょう」


見抜かれている、イオリは心の中で思いながら素知らぬ振りをし口笛をピーピー吹いた。


しかし3秒後にユリネの怒りでボコボコにされ床に倒れる事になるイオリであった。



世の中には怒らせてはならないものが存在するのだ。

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