第59話 『威圧』
長い道のりがまるで嘘だったかのように帝都には一瞬で辿り着いた。転送術とは凄いものだとイオリはあらためて感心した。
「さて、乗り込むとしますか」
小村丸は、そう言って衣服を正した。やはり十霊仙になるのは容易な事ではないのだろう
「今回先生が俺を連れてきたのは何か事を構えるような場面になる予感があったからなんですか」
「十霊仙は癖の強い方が多いと聞いています。だったらこちらも多少威嚇していかないといけませんからね」
十霊仙イコール人格者では無いと言うことはオビトと武帝≪たけみかど≫の件でイオリにも充分わかっていた。決して安全な場所ではないのだ。
十霊仙の本部は広い敷地を持った立派な門構えの屋敷で入口には警備のための門番が仁王立ちしていた。小村丸が門番に断りを入れてようやく、2人は中に踏み込んだのだった。中は、普段は、いないはずの十霊仙の為の屋敷としてはかなり大きな造りで母屋の他に幾つかの離れが建ち並んでいた。
「先生、俺はもっとこう盛大に歓迎されるものだとイメージしていたんですけど」
「ははっ、私は所詮新参者ですからね。それにまだ正式に認められた訳ではないのですから身内ではないのでしょう」
小村丸は、平然として屋敷内の玉砂利をじゃりじゃりと鳴らしながら歩いていく。
なるほど今日俺たちは、挑戦しにきているのだなとイオリは、理解した。そして小村丸と同じように玉砂利をじゃりじゃり鳴らした……
敷地内のひときわ大きな建物が、十霊仙の本部事務所になるのだがイオリは正面の頑丈な造りの扉を押し開いた。中は、あかり取りの為の窓が少ないせいか薄暗い。
「ふむ、おかしいですね。中に案内の者がいるはずなんですが」
小村丸は、首をかしげた。イオリにも人の気配が感じ取れない。
「すいません、小村丸ですが、どなたかいらっしゃいますかー」
イオリは、屋敷奥に届くように大声で叫んだ。小村丸は、眉をひそめ何かを考えている様子だった。
しばらくの間2人は待った。だが、屋敷からの返事は全くなかったのだ。
「イオリ殿、どうやら一緒に来てもらったかいがあったようですね」
「ありがたく無いお言葉ですがどうやらただ事ではない様子ですね。ミツキを置いてきて正解でしたね」
イオリの言葉に小村丸は苦笑いをして頷いた。ここで引き返す2人ではないのだ。
屋敷の奥に進んで行くと本部の会議室があり、イオリは恐る恐る扉をあけた。
そして予想を裏切ることの無い凄惨な光景が2人の目に飛び込んできたのだ。十霊仙であるだろうと思われる赤い塊、まるで何かに押しつぶされたようにもはや原型を留めてはいなかった。
ふたりは、しばらく顔を見合わせていたが小村丸がようやく口を開いた。
「おそらく十霊仙相手にこんなことが出来るのは、兄のオビトもしくは武帝でしかないでしょうね……」
「!?」
突然大きな気配が現れた。イオリにも感じ取れる程の圧倒的なその威圧感は2人を眺めまるで楽しいことでも見つけたような口調で話しかけた。それがイオリにはとても不気味に思えた。
「おや、知った顔と知らない顔がいるな。1人は小村丸と言ったかな」
「やあ、お久しぶりですね、武帝様。ずいぶん悪役が板について来たようですね」
「ふっ、この状況で軽口を叩けるのは余程の馬鹿か、あるいは自信があるのか、小村丸よ」
武帝は、明らかに怒りの感情をあらわにした。その感情を例えるのであればきっと炎のような赤い色をしているのに違いない。対して小村丸は静かな青い色なのだろうが内面は怒りに満ちているに違いない、さらに武帝に切り返した。
「おそらく不意打ちで十霊仙の方々を亡き者にしたのでしょうが、あなた程の力を持つ方がそんな手段を取られるとはいささか落胆致しました」
「ほざけ小村丸! 我が力忘れているのなら思い出させてやろう」
小村丸はイオリを見てほほ笑んだ。イオリはとてつもなく悪い予感がした。
「ふふっ、残念ですがあなたの相手は私ではありません。戦いたくてうずうずしている使い手がいるものですからね。さあイオリ殿宜しくお願いしますよ」
はああああああっ? どゆことソレ!
イオリは、小村丸の丸投げに驚いた。そうだこれが小村丸なのだ。
「はあっ、もおーーっ、しょうがないですね」
イオリが、ため息を付いて諦めたように言った。
「そこの脆弱が相手をするというのか、少しは楽しませてくれるのかな」
「そういうあんたは、俺を楽しませてくれるのかい、武帝さん」
イオリの言葉に武帝は、ニヤリと笑った。