第46話 『警備』
メイデンに出発する日を迎えてクダンは、朝から門下生に指示を出していた。
「いいな!先生が戻られるまでは、我々がしっかり屋敷を守るんだぞ」
「クダン、そんなに気を張らずとも私がメイデンに滞在するのは、ほんの少しの間ですから、長くとも精々2、3日といったところですよ」
慌しく指示を出すクダンに小村丸は、声を掛けた。
「何を仰いますか、先生! 万全の体制でお屋敷を守る事こそ、我ら門下生の重要な役目なのです。先生のお留守に万が一などあっては、他の霊界師にも影響を与えかねません」
なるほどクダンの言い分としては、高名な霊界師と世間に認知されている小村丸の屋敷で何か事があっては、他の霊界師の保守体制も不埒な輩に疑われかねないと考えてのものだった。
「ああ、わかりました、わかりました、宜しく頼みますよ」
ここまできっぱりと言われれば、小村丸としても、そう答えるよりなかった。
クダンの指示する声は、出発の準備をしていたイオリ達の所にも届いており、ミツキとネネも何事が、あったのかと驚いていたが、顔を見合せニヤリとした。
「「まじめかよ!」」
すっかり準備の整った俺達が、玄関を出ると小村丸先生が、考え深い顔をして待ち構えていた。
「お父様、どうしてそんな難しい顔をしているんですか?」
ミツキの問いかけに小村丸が答えた。
「いや、そうじゃ無いんだよ、キリハとの思い出の地に娘と赴く事になるなんて想像もしていなかったなと考えていたんだよ、少し不謹慎かもしれないけれど」
小村丸は、そう言って嬉しそうに笑った。
「不謹慎じゃありません。あたしは、凄く楽しみにしています」
ミツキは、小村丸の腕にまとわりつき、やはり嬉しそうな顔をした。
「先生、顔が緩んでいますが転送術は、大丈夫なんですか」
冷やかすような俺の言葉に小村丸は、コホンと咳払いをして顔を引き締めた。
その様子にクダンまでもが、ニヤニヤとして小村丸を見つめていた。
「では、クダン、宜しく御願いしますね」
「はい、承知しました」
小村丸が、転送術の展開を始めると青い陣が浮かび上がった。さすがと言える速さで陣が形成された。
俺は、手を振るネネの方をチラリと見て頷くと陣の中に飛び込んだのだった。
◇◆◇◆
イオリ達を見送ったネネは、一旦部屋に戻っていた。
「さて、あまりゆっくりしている時間は、無いようね。早ければ今夜になりそうだわ」
ネネは、穏やかな口調で目を細めた。
「さてと……」
占い用の石を袋にしまうとネネは、クダンの元に向かった。何やら声が聞こえてくるのでその方向に向かえば良いだろう。
程なくして、クダンを見つける事が出来た。
「クダンさん、何かお手伝いする事がありますか?」
「おお、ネネさんか、いやいや今は、保管してある大切な剣の警備を固めております故、特に何も有りません。お気遣いだけ頂いておきます」
「そうですか、大事なものなのですね」
「ええ、今は、奥の座敷に移しております」
ネネは、クダンにお辞儀をしてまた自分の部屋に戻ることにした。必要な情報は、得たのだ、それで十分だった。
やはり、小村丸不在の屋敷の警備など赤子の手を捻るようなものなのだろう、外に結界が張られている様子も無いようだ。
不安材料であるイオリも同時にいない事を考えるとなおさら順調に思えた。
「お気の毒さま」
ネネは、小さくつぶやいた……
夕刻も過ぎ、辺りが暗闇に包まれる頃、屋敷の周りに数人の人影があった。人影は、手慣れた様子で屋敷の壁を乗り越えて中に侵入する。
「聞いていた通り、結界もないようだな」
黒装束に身を包んだ" 影 "の姿がそこにあったのだった。




