第41話 『奥義』
「師範、私にお任せ頂けますか」
その男は、立ち上がり掛けた荒川師範を左手で制しながら穏やかな口調で言った。
「師範が出るまでもありません、おおよそミツキ流など聞いたこともない三流剣法に違いないでしょう。ならば私が露払いして差し上げましょう」
剣を取った男は、立ち上がり、荒川師範は、乗り出した体を元に戻した。
この男を信頼しているが所以であろうとおもわれた。
「イオリっ、ミツキ流を三流呼ばわりするなんて許せない感じだよ、あたしは」
もともとないじゃんかよ、ミツキ流って、憤慨する意味がわかんねーよ
「無限流 柳ミコト、お相手申し上げる」
二人目の男、柳は、ゆっくりと道場の中央に歩を進めた。
ゆっくりとした動作は、意図的なものだと予想出来る。間違い無く柳は、剣速の速さを武器にしているタイプだ。
数え切れないほどユリネと打ち合ってきた俺にはそれが感じ取れたのだ。
柳の体格は、決して大きくは無い、存外、剣士としては、小柄な方だ。しかし速さを活かすスタイルであればそれは長所へと塗り替えられるだろう。
速さ比べか、嫌いじゃないんだよな!
「ミツキ流 佐々木イオリ、お手合わせ願います」
お互い道場の中央で若干広めの間合いを取って構えた。
柳は、力を抜いた下段の構えだ、ぶらりと下げた両腕は一見やる気がないようにしか感じられない。
ジリジリと歩み寄る柳に合わせて俺も間合いを詰めた。
ダンッ!
床を踏んだ音だけが残り、柳は、一瞬で俺の間近に迫り高速の突きを繰り出した。
喉元に繰り出された突きをギリギリかわした俺は、柳の左に回り込み胴を横に払おうとしたが、右に回転した柳の服をかすめるだけに留まった。
木刀とはいえ喉を突かれれば命に関わる。柳は、少なくとも俺を殺しても構わないと考えている事は明らかだった。
勝つ事だけを主眼とする実践剣法、それが無限流だった。そして稽古中の事故としてすべてを片付けられる状況であれば尚更、柳に迷いなどあるはずもなかった。
「ミツキ流奥義 ! 徒手空剣」
俺は、高らかに宣言した、もちろん単なる挑発なのだが、なぜかミツキは、キラキラとした目で俺を見ていた。
「くっ」
ぎりっと、歯を噛んだ柳がまたも突きを繰り出してきた。ありがたい、挑発に乗ってくれたようだ。
柳の繰り出した木刀を俺は、避けることもなく掴んだ。そう、両手で掴んだのだ。
そして左手で柳の木刀を抑えながら、真上に放り投げておいた自分の木刀を掴んだ俺は、そのまま柳の頭頂部を打ち抜いた。
まさにダイナミックなミツキ流ならではの大技だ。
ふらふらとした柳は、そのままバッタリと倒れ込んでしまった。勝負ありだ!
「やったあーっ、イオリーっ」
ミツキは、大喜びだが、剣士としてどうなのよこの技……
案の定、道場内は、ブーイングの嵐だ。
「ミツキ流奥義を愚弄するのであればお相手しよう、そこのイオリがな」
ミツキが調子に乗ると始末に困る、俺だよ、相手するのって……ほら、荒川師範の顔が怖いんですけど
「なら、私にも見せて頂こうかな、そのミツキ流とやらを」
あまりの怒りにしびれを切らした荒川師範が、立ち上がった。誰かが煽ったせいに違いない。
その両手には、木刀が握られていた。
"二刀流……"
氷堂と同じスタイルだ、そして二刀流こそが無限流の最も大きな特徴なのだ。
「イオリは、大丈夫だよね、二刀流も」
確かめるように言ったミツキに俺は素直に答えた。
「いや、強いぞ、あの人……」
嫌な予感を抱えつつも俺は、荒川師範の待つ道場の中央に向かうのだった。




