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第36話 『愛情』

  小村丸の屋敷に着いたのは、ネネと会った次の日の夕方だった。

 ミツキは、疲れたと言ってまた俺の腕にしがみついていた。氷堂の使っていた妖刀を持たせていたせいではあるのだけど……


 ここに到着するまでにいちいち団子屋に寄りたがるのはやめて欲しい。一体今日だけで何本の団子がミツキに吸い込まれていったのか考えただけでも胸焼けがしそうになる。


「ミツキっ、もう着いたぞ」


「助かったぁ、もうフラフラだよ、あたしは」

  道中、ネネが妖刀を持つと申し出たのだが、それは流石に断った。無関係な人間が持つにはあまりにリスクが高い代物だ。


 氷堂の妖刀は、2本が一対になっていて1本ずつは、比較的軽量なのだが、ミツキにとっては、その一本ですら重かったに違いない。


「ん、んん、頑張ったよ、あたし」


「ご苦労様、ミツキのおかげで助かったよ」

 俺は、ミツキの頭を優しく撫でてやった。

 少し元気が出たのか嬉しそうな顔をした。


  屋敷に入ると小村丸先生は、いつものように奥の座敷に座って待っていた。


「イオリ殿、ミツキちゃん、ご苦労様でした」


 えっ、俺だけでなくミツキも固まっていた。

 小村丸先生がミツキちゃんなどと呼んだことは一度としてなかったからだ

 留守の間に一体何があったのだろうか……


「あ、あの、せ、先生お願いがあるんですが」


「イオリ殿、そちらの方のことですね、いいでしょう。しばらくここに滞在してもらいましょう」

 さすが未来を見通す者、小村丸である。

 要件は、予めわかっていたようだ。


「小村丸先生、ありがとうございます。西園寺ネネと申します。何卒宜しくお願い申し上げます」


「堅苦しい挨拶は、結構ですよ。まずは、お部屋でゆっくりして下さい」

 門下生のひとりが、部屋を案内をする為にネネを連れていった。


「困った事になりましたね」

 小村丸が、イオリとミツキを交互に見ていった。


「せ、先生、あの人は、私がイオリにお願いして……」

「ミツキちゃん、その事ではありませんよ、私が、言っているのは、妖刀の件と霊力研鑽会のことですよ」

 小村丸には、すべてお見通しだった。


「まずは、その妖刀の件ですが、危険性がないか確かめなければなりません。ミツキちゃんの妖刀を一度抜いてみてもらえますか」

 小村丸にミツキちゃんと言われて本人もまんざらでもないらしい。

 照れながらも了承した。


 小村丸先生は、覚悟を決めたような顔で

 俺の方をみた。正直、先生が何をやりたいのかおおよその察しは、ついていた。


 ミツキは、篠宮先生のところでやったように小刀の妖刀を引き抜いた。

 ミツキの体が光に包まれ、瞬間に別の女性にすり替わった。


 ミツキの母"キリハ"だった。

 長姫とは、また違うタイプの美しさにイオリは、息を飲んだ。

 あえて言うならば、神々しい美しさだった。


「セイシロウ様、お久しぶりです、こうしてまた、お話ができるとは夢のようです」

 キリハは、優しく笑いながら小村丸に話かけた。


「わたしの方こそ、キリハを幸せにできなかったことをずっと後悔していたんだ」

 小村丸の言葉にキリハは、ゆっくりと首を左右に振った。



「私の命は、ミツキと引き換えにしたものです。何を悲しむ必要がありましょうか、あなたと私の大切な娘なのですから」

 キリハは、誇らしげに語ったが、どこか寂しげでもあった。


「ありがとう、キリハ……ミツキを残してくれて」

 そう言って、小村丸は、目頭を押さえた。


「あまり長い時間は、この子の負担になります。私は、いつもこの子とおりますから、セイシロウ様もお元気で」


  最後に、キリハは、俺の方を向いてミツキの事を宜しくお願いしますと言って消えてしまった。


  キリハの姿が消えると体は、もう、元のミツキに戻っていたのだが負担が大きかったのか倒れたように眠っていた。


  ミツキは、小村丸先生が運んで行く事になり、そのまま、俺は、自分の座敷に戻る事にした。


  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 小村丸が、ミツキを抱えて座敷に着いた時、ミツキは、目を覚ました。


「先生が、あたしを運んでくれたんですか」


「そっと運んだつもりでしたがどうやらミツキちゃんを起こしてしまったようですね」


「ミツキちゃんは、やめて下さい、先生、ミツキでいいです」


「あまり良い呼び方では、なかったですか」


「そうじゃないです……お父さま……」

 驚いた小村丸は、ミツキを落としそうになった。


「さっきの話を覚えて……」

 小村丸は、もう父親だと名乗る気も資格もないと考えていたのだった。


「覚えてる、お母さんと仲が良かった事もあたしを大切に思っている事も……」


「ミツキ……」

 小村丸は、言葉に詰まってミツキを抱きしめた。もう生涯ないであろうと思われた感情に揺さぶられ、抑えようもない涙が溢れてくる。


「ありがとう……お父さま」

 ミツキも込み上げる涙を拭おうともせず今は、ただ確かめるように父親の胸に顔をうずめるのだった……

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