風を聴く少女と謎の男
第一話:風を聴く少女と謎の男
亜人や神話的生物が人と共存する世界の片隅。
美しい風が吹き渡ると言われる山の麓にその村はあった。その村では祭事の際に風詠みの巫女と呼ばれる人物が預言を授けることで有名だった。
ある日の夕方、村の一角にある学校から彼女は出てきた。現在の風詠みの巫女である瑠歌、彼女は自身の祖母からその力を受け継ぎ十一歳にして既に巫女として村から頼られる存在になっていた。
学校帰りの彼女は村にある少し山を登ったところにある風詠みの巫女専用の風車小屋へと急いでいた。
そして、村の市場を抜けようとしたそのとき、一人の亜人とぶつかった。思わず瑠歌は頭を下げる
「あ、すいません!」
ぶつかった亜人は女性で緑色の髪をたなびかせ、耳のヒレをピクピクさせながら驚いた顔で勢いよく頭を下げた。
「こちらこそすいません!この村初めてで勝手がわからなくて・・・」
特徴的な赤色の瞳が少し震えていた。お互いに謝りあっていると後ろから黒いコートの男が近づいてきた。
「なにやってんだ?宿見つけたからさっさと行くぞ。」
男がそういうと亜人は頭を再び下げそちらへと走っていった。
「旅行者だなんて珍しいなぁ・・・」
思わずそう呟くが、風車小屋へと向かっていたことを思い出し再び駆け出す。
この村は他の人里から離れており、たまに山や祭事目当てで観光客が来る程度なのだ。この時期祭事も特になく馬車などもあまり出ていないので滅多に人が来ないのだ。
風車小屋へとたどりつくと、ベッドの上にかばんを放りなげる。
瑠歌はここが大好きだった。彼女は風と対話することを心地よく感じていて風を一番よく感じられるのがこの風車小屋の上だった。
ここは本来祭事の折に巫女が預言を授ける場所で、小屋の中に風が入る特殊な構造になっていて普段は開放されない場所だった。
しかし、近年祭事は形式だけのものになっており、村長が巫女が望むならばと開け放してくれてあるのだ。
そこに机などの家具をある程度入れてもらい水などは自分が持ってくることで1泊2泊なら可能になっている。
そして瑠歌は持ってきた紅茶を飲みながら風の声を聞いていた。時には歌のように、時にはこそこそ話のように。いろんな形で語りかけてくる。瑠歌は村で見た旅行者のことを思い出した。そして風に問う。
「あの人たちは一体なにしに来たのでしょうね。」
風は答えた。
「彼女たちは運命を運びにきた。」
風の答えに納得がいかない瑠歌はもう一度風に聞く。
「運命とは一体何?それが私にどう関係があるというの?」
「それは私たちにも解らない。だが、明日君の元へ大きな力が来る。そして君の総てが変わるだろう」
瑠歌は首を傾げる。風が抽象的なのは今までと同じことなのだが、答えることは村に関することで自分のことなどほとんど聞いたことがなかったのだ。そして明日来る大きな力とは?また謎が増えてしまった。
それらについて悩みながら風と話していると外はすっかり日が落ちていた。
「あ、もう帰らなきゃ・・・みんなまた明日ね!」
瑠歌がそういうと風は少し強く吹き戸を開けて出て行った。
家に着くと祖母が夕食を用意して待っていた。それを食べながら今日風が言っていたことを祖母に聞いてみることにした。
「おばあちゃん、風がね、今日会った旅行客さんが運命を運びにきたっていうの、でも運命がなにかはわからないって。それにね、明日大きな力が来るとも言ってたの。変よね。」
先代の風詠みの巫女である祖母は何かを察した顔になり、諭すような口調で瑠歌に告げた。
「私が昔自分の預言を聞いたときはねぇ。一度はあんたが生まれ、継承者になるとき。次のときはあんたの親が死んでしまったときだったよ。風が私たちのことを話すときは必ず何か大きなことが起きるときだ。何が起きても動じず。役目を成し遂げるんだよ。」
そういうと祖母は自分の皿を下げ部屋へと戻っていった。
瑠歌は自分と祖母の皿を洗いながらさっきの言葉を反すうするように考えていた。
運命、大きな力。どちらのことも理解できないがまたあの旅行者に会ったら目的を聞いてみよう。そう決めて今夜は寝ることにした。
次の日、いつものように学校が終わり、風車小屋へ向かう頃には昨日言われたことを忘れていた。
そして、風車小屋まで走り、中へ入ろうとすると何か中に気配を感じた。そして、戸に耳を当てると、中からうめき声のようなものが聞こえてくる。慌てて戸を開け中に入ると、そこには家具をおしのけ、小屋いっぱいに入っている竜がいた。
体の何箇所からか血が流れており、意識もはっきりしていないようだ。
瑠歌は急いでドラゴンの上をよじ登り後ろにあったタンスからなんとかタオルを取り出し体中の血をふき取ることにした。そして傷口にとにかく新しいタオルをあて止血し、とりあえず口をこじあけ水筒のなかの紅茶を流し込んだ。竜は再びしばらくうめくと目を開けた。
「君は、瑠歌なのか・・・」
瑠歌の姿を目に留めボソッと呟く。瑠歌は驚き竜の頭を掴み詰め寄ると、
「あなたはどこから来たの!あなたみたいな竜は始めてみたわ!それに貴方、怪我してるみたいだけどなにがあったの!なんで私のことを知ってるの!」
機関銃のように言葉を投げかけるとそれを静止するように竜が翼で瑠歌を覆った。
「そうか、ここは・・・。俺はシックザール・ヴィントという。そうだな、君は恐らくまた俺を見るだろう。そして、そいつはまた怪我をしているはずだ、今の俺よりはマシなはずだがな。しかし、そいつは俺とは違う。そいつをどうするかは君が決めてくれ。俺がここに来たのには理由がある・・・間違えてしまったみたいだが・・・」
そういうと竜は緑色の髪に緑色のヒレ、緑色の瞳を持った亜人の姿に変わる。
「すまなかったな、小屋を汚して。とりあえず、俺は目的の場所に行かなければならないんだ・・・俺のことは忘れてくれ。」
といいつつよろめきながら小屋の戸を開け亜人に変わった竜は出て行ってしまった。
外にはいつの間にか昨日の旅行者たちがいて、竜に肩を貸し去っていった。
「んもう!なんだったのよあれ!風もあの人もみんな訳のわからないことばっかり!紅茶代くらいおいてきなさいよ!」
結局その日は家具を一人で元の場所に戻すことに時間を費やし帰路についた。
家に着くと机に置き手紙があり、そこには、
『瑠歌へ
おばあちゃんは少し気になることがあるので街のほうへ一週間ほど出かけてきます。今日の分の夕飯はありますが明日からのご飯は戸棚にお金が入れてあるのでそれで買ってきてください。
PS.余計なもの買ったらすぐわかるからね』
と書き残してあった。
「もう、おばあちゃんったら肝心なときに居ないんだから・・・」
とブツブツ言いながらおばあちゃんが残して言ってくれたお金を戸棚から取り出しかばんにいれ、夕飯を食べて寝ることにした。
その次の日の風車小屋で再び異変が起きた。昨日小屋を去っていった竜の亜人が再び倒れていたのだ。体にはいくつかの傷がみえる。
「なんだっけ・・・このひと・・・ヴィンとかいってたっけ・・・仕方ないなぁもう。」
深くため息をつくと男を腕を自分のベッドへと引きずりながら運んだ。一度服を脱がし体を拭こうとすると男は目を覚ました。
「ここは、どこだ。君は一体誰だ。」
そういった男に対して瑠歌は少し苛立ちを覚えた。
「なに言ってんのよ!あんたが昨日も倒れてた小屋よ!またこんなに怪我してきて!折角洗ったタオルがまた血だらけじゃないのよ!私は瑠歌!あなたは!」
男は目を見開き驚いた表情で瑠歌の顔を見つめる。
「俺が、昨日?馬鹿なこんな人間のいるところに来る余裕はなかった。ここに来るのもはじめてのはずだ。そういう次元、時代に来たはずだ。」
「もうまた訳のわからないこといわないで、ほら!体は拭いたから横になって!はいこれ!紅茶と今日おやつにと思って買ってきたパン!それあげるから食べてゆっくり休む!私は今日は一回家かえってあなたの服洗って繕っておくから!ゆっくり休むのよ!」
そう言いきるや否やかばんに男の服とタオルを詰め瑠歌は去っていった。
男はその姿を眺めつつパンを口に入れた。
「うまいな・・・」
気分がいいときに続きます