飛んで火に入る
「ここまでだ」
壁を背にして刀を構える桂だったが、三方を囲まれてなす術もなく、歯噛みして目の前の男を睨み付けた。桂に刀を突き付けているのは、噂に名高い剣客だ。…斎藤一。冷酷な剣鬼として、浪士の間で恐れられている、新選組の幹部。
桂は二つに一つの選択を迫られていた。
死ぬか、生きたまま捕まるか。
後者は、なんとしてでも避けねばならない。拷問を前に、あの大いなる計画の一端を口にでもしてしまったら――。時代の流れが、確実に止まってしまう。新しい世を作るための、大いなる計画が。
…ここで死ぬわけにはいかない、だが、捕まるわけにもいかない。
桂は瞠目した。
袋の鼠である桂を前にして、斎藤は隣の沖田総司に問うた。
「どうする」
「ふふ、そうですね」
にこり、と笑みを見せた沖田は、女と見紛う美貌の持ち主だ。しかし獲物を前にして、かんばせにそぐわない、冷酷な笑みが浮かぶ。
「この人、やたらとしぶといのですよね。害虫のように。土方さんは『捕まえろ』って言ってましたけど…もうここで斬ってしまったほうが、世のためになるのではないでしょうか」
「そうだな…」
斎藤は、今まで桂の繰り広げてきた逃走劇を思い出す。追い詰めたはずが、いつも紙一重のところで取り逃がしてしまう。できるだけ捕縛しようというこちらの方針を逆手に取り、まんまと逃げおおせてしまうのだ。これ以上野放しにするよりは。斬る方がいいだろう。
斎藤がうなずくと、沖田も刀を抜いた。剣先が優雅に弧を描く。新選組最強と謳われる二人の刀が、同時に桂に向けられた。それを目にした桂は、今度こそ自身の終わりを悟った。
…どうせ散るのならば、1人でも多く斬り倒す。決意を込めて、桂は剣先を斎藤に向けた。
「桂小五郎、参る」
そして気合と共に刀を打ち込まんとしたその時――。
「そこの――!待て、あたしが相手だッ!」
屋根の上からとうッと飛び降りてきた、命知らずの闖入者を見て唖然とした。
「き、君は!」
なんとそいつは、先程桂を踏みつぶした、あの変ちくりんな女ではないか。
(や、やばい!どーすんのよ、あたし!?)
あたしは乱戦中央に格好よく躍り込んだは良いものの、次の瞬間激しく後悔して、バカな自分を罵った。考えなしに飛び込んでみたが、この物騒な男共相手に斬り合いなんてできるはずがない!しかし今更後悔しても、後の祭りだ。
「な、なんだ貴様は!」
だんだら羽織の男が叫ぶ。もっともな疑問だ。だから…
あたしは精一杯のハッタリをかました。
「はーっはっは!あたしは楢崎星華!!めちゃくちゃ強いヒーローだッ!さあ桂さん、逃げるんです!ここはあたしに任せてッ」
桂さんはいきなりの見知らぬ味方の出現にかなり戸惑っている。ああ、じれったい、はやく逃げろったら!
「なに、するとテメェは桂の味方かッ!?」
野太い声が怒鳴ると、だんだら男たちは一斉にあたしに刀を向けた。ひい、冗談じゃない!
「そ…そうだ!違うけどそうだ!!」
あたしはもはや半泣きになりながら、やけっぱちで叫んだ。ええい、どうにでもなれ。いざとなったら、ウルが助けてくれるだろう。あたしはもう一度桂さんを振り返った。
「だ、だから桂さん、早く…って、アレ?」
いない!桂さんが!
あまりの逃げ足の速さに開いた口がふさがらない。同時に、だんだら男たちもその異変に気が付いた。
「か、桂が!」
「桂が居ねえ!」
「チクショウ逃がしやがったな!」
「なんてこった!」
口々に互いを罵り合い、辺りを慌てて捜索し始めた男たちの目が、あたしをとらえた。
「テメェよくも!!ひっ捕まえろッ」
「生きて返すな、ふん縛れ!」
「わ、ちょ、やめ、ぎゃあああああ!!」
あたしは奴らにもみくちゃにされた。そして縄でぐるぐる巻きにされた。
ああもう、何でこんなことに!