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壬生狼たち

「女ッ!女ください、とびっきり可愛いの♡」


バン、と番台に一握りの小粒を叩きつけた少年は、手代をキラキラ光る眼で見つめながら言った。かなり興奮している。手代の結い上げた髪の、はみ出た後れ毛が彼の鼻息で揺れた。

手代は困った。


「へえ…失礼やけどお侍はん、おいくつどすか?」


見たところその少年は10代の半ばか、それより下にも見えた。背丈も低く、お坊ちゃま然としたその様子に、手代は部屋に通すことを躊躇ったのだ。

少年は明らかにムッとした。そしてふんぞり返って、


「何だよ、見た目だけで人を判断すんなって、親に教わんなかったのか?みんなオレのこと子供扱いするけどな、オレいちおう今年で」

『整列だ!新選組、集合!!』


少年の言葉をかき消して、野太い声が響き渡った。手代が格子の隙間から外を覗くと、だんだら羽織を身にまとった男どもが、わらわらと表通りに集まっている。

少年は頭をばりばり掻き毟った。


「ああ!もう、あんたが愚図愚図してたせいで、始まっちまったじゃんかよッ」


言うなり、少年は小脇に抱えていた荷物をばっと広げた。それは浅葱色の羽織だった。格子の外でなびいている、だんだら羽織と同じ柄。


「あ、あんた…まさか壬生の」


青くなった手代にびッと拳を突き出して、少年は白い歯を見せて笑った。


「そう!そしてオレは副長助勤の藤堂平助、また来ますんでよろしく!」


少年、藤堂とやら言う侍は、番台に置いてあった金子を忘れずにひったくって、表通りへと駆けて行った。



今は薄暗い夕暮れ時。通りに並ぶ猛者どもの先頭に、その男はいた。

土方歳三は朝から不機嫌だった。そして今も、この上ないほど不機嫌だ。

まず寝覚めが悪かった。とんでもない夢を見てしまったのだ。夢の中で土方は、なぜか豚と祝言を挙げることになり、豚に白無垢を着せ、豚と杯を交わし、豚と接吻までしてしまった。夢を見ている間は疑問も嫌悪も湧かず、ブヒブヒ唸る豚を可愛い奴め、なんて愛しげに見つめたりしていたのだ。覚醒したのちに、妙に生々しく残っている唇の感触に、ゲエッと厠に駆け込む羽目になった。

その後の朝食も不機嫌の種だった。漬物がたくわんでなく奈良漬だったことだ。(土方はたくわんが大好き。奈良漬は嫌い)

とどめは、沖田総司に、自身の書き溜めていた句集を見られたことだ。彼は見るなり爆笑した。

そんなこんなでひどく機嫌が悪かったものだから、今しがた遅れて列に加わった、新参隊士の1人を怒鳴りつけた。刺すような江戸弁である。


「てめェ!なに隊列を乱してやがる!さっさと動け、さっさと!ぶった斬るぞッ」

「ひいいっ」


隊士は半泣きになりながら身をちぢめた。少し隊列を乱しただけで、斬り捨てられてはたまったものではない。

土方は鼻息も荒く彼を一瞥すると、再び列の先頭へ行こうとした。すると彼の視界の端に、なにやらコソコソと列に加わろうとしている者が映る。土方はものすごい剣幕で振り向いた。


「そこの!動くなッ」


びくっとして動きを止め、はは、と愛想笑いを浮かべたのは、先程の若侍こと藤堂平助である。


「藤堂テメェ…今までどこで何してやがった」


土方は藤堂に詰め寄った。隊をまとめる立場である幹部の失態に、土方は相当に腹を立てている。

刀の鯉口を斬りかけている土方に、藤堂が「女を買いに行っていました」などと正直に言えるはずもなく、


「いや…はは、ちょっと道に迷っちゃったみたいで…」


愛想笑いとともにしらばくれた。しかし余計な目撃者というものは、どんな事件にも存在するものなのである。


「そうかあ?先刻いやに意気込みながら見世に入ってったのは、誰だったかな」


ニヤニヤ笑いながら告げ口するのは、永倉新八である。日に焼けた男らしい顔が、意地悪そうににやけている。


「ゲッ新さん…」


何チクってんの!?と睨み付けると、永倉は笑いながらそっぽを向いた。バーカ、とその口が動くのを見て、藤堂は猛烈に後悔した。あいつにだけは見られてはならなかったのだ!


「藤堂」


いやに低い声が、藤堂の名を呼んだ。彼の背筋は、一瞬にして凍りついた。同時にその場にいた全隊士の背筋も。


「返事」

「ハイ」

「てめェは、処刑だ」

「……」

「……」

「ええええええッ!!ウソでしょ、冗談きついですよ土方さんッ!」


藤堂は半泣きになりながら後ずさった。笑ってみせようとしたが頬が引きつって笑えない。

すらりと刀を抜いて全身から黒い瘴気を発している土方は、すでに正気ではない。

今朝から溜まっていた彼のストレスが、ついに爆発してしまったのだ。土方は藤堂ににじり寄った。その分藤堂も一歩退く。


「だ、だって土方さん、たた隊則にはホラ、そんな決まりはないでしょう?」

「今決めた。『藤堂俺ノ気ニ触レルヲ許サズ』」


無茶苦茶だ。

藤堂が今まさに、土方の手によって斬り捨てられようとしたその時――


「副長!桂です、桂小五郎がいましたッ!」

「なに!」


それまで争っていた2人は、一変して表情を変えた。土方はさっと刀を鞘に納めると、叫んだ。


「二手に分かれろ!橋を封鎖して逃げ道をふさげ!桂を逃がすな、今日こそ捕まえる!」


命令する土方は少々バツが悪い。怒りのあまり桂のことをすっかり失念していたのだ。

これで桂を取り逃がしたとあれば、新選組副長土方歳三の名折れだ。


「桂をひっとらえよ!抵抗すれば痛めつけてもかまわん」


隊士はわらわらと駆けだした。さすが鍛え抜かれた猛者共、迅速な動きである。

土方自身も駆けだそうとして、背後に立ったままの藤堂の存在に気が付いた。


「あの…その土方さん、オレは…?」


媚びるように引きつり笑いをしながら自身を指差す藤堂の尻を、土方は思い切りひっぱたいた。


「だあッ!」


尻を抑えて飛び上がる藤堂を、土方は蹴り飛ばした。


「早く行け!桂を逃がしたら、今度こそぶった斬る」


叱咤すると、藤堂は背中に土方の履いていた草鞋の後を黒々と残しながらも、輝くような笑みを見せた。そしてつまずいてよろけながら、元気よく走り出した。


「ハイ、行ってきます!」


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