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理不尽な冒険のはじまり

耳元で鳴るうるさい時計を半ば殴るように叩いて、あたしはうーんと伸びをした。カーテンの隙間から差し込むまばゆい朝日が、寝起きのしょぼしょぼした目を直撃して、しばらくずっとチカチカしていた。時計の針は7時半、すがすがしい休日の朝だ。


「ふあーあ」


あたしはゴロンと寝返りをうって、部屋の隅っこの壁に掛かったカレンダーに目を走らせた。


『9月7日、日曜日。おばあちゃんの引っ越しの手伝い』


今日からおばあちゃんが家で一緒に住むことになる。一月前にじいちゃんが80数歳で往生してから、独り暮らしになってしまったおばあちゃん。彼女自身も80近いし、もし何かあったら危険だということで、父さんが一緒に住むよう勧めたのだそうだ。住み慣れた家を今更離れたくないと渋っていたおばあちゃんも、父さん母さんの説得で、やっと心を決めたらしい。


「星華ー、起きてる?ごはんよー!」

「起きてるよ!今行くー!」


階下からあたしを呼ぶ母さんの声に応えて、あたしは布団から抜け出した。


なんだかんだで、おばあちゃんの家に着いたのは昼近くだった。あたしの家から高速を飛ばして1時間半のところにあるこの家は、とにかく広い。下手な中流貴族の庭園なんかよりも、ひょっとしたら広いかも知れない。なにせ広い敷地のため、手入れの行き届いていない林と化した裏庭、江戸時代とかそこらの時代の銃だの刀だの、それこそ博物館に寄付したって差支えないようなガラクタのあふれる倉庫。

なんだかここだけ時代の流れが止まっているみたいで、妙なノスタルジーを感じてしまう。

…とにもかくにも、まずは片付けを始めることにした。ハッキリ言って全部家には持ち込めない。


「おばあちゃん、これは捨てていいの?」

「ああ、そうね。とっておいても仕方ないものね」


1つずつ確認しながらゴミ袋に放り込む。頭の取れたコケシ、味付け海苔の缶、せんべいの箱。せんべいの箱を持ち上げたとき、意外な重みに手が滑り、あたしは箱を落としてしまった。中からバラバラ零れ落ちたのは、色とりどりのビー玉である。


「うわ!ちょお、ビー玉入ってるよ」


盛大に転がっていくビー玉。焦って蹴り飛ばしてしまった何個かは、雑木林にまで飛んで行ってしまった。おばあちゃんはそれを見てけらけら笑った。


「ああ、それ、星華ちゃんが小さいときに集めてたビー玉よ。懐かしいね」

「ええ、あたしの?」


言われてみればそんな思い出がないこともない。じいちゃんに見せびらかして遊んでいたような。あのころはこれが宝物だったのだ。


「思い出したら捨てづらくなるじゃない」

「あら、持って帰ったらいいのよ。引き出しの中にでも、入れときなさいな」


おばあちゃんが微笑んだ。そんなもんかなあ、と思いながら足元のビー玉を拾って、いくつかポケットに入れた。そういえば雑木林にもいくつか飛んで行ってたのを思い出す。


「拾ってくるね」


言い置いてあたしは雑木林に足を踏み入れた。ひんやりした空気があたしを包み込む。ここだけ全く別の空間のような心持がして、非常に気味が悪い。さっさとビー玉を見つけ出さねば。

しばらくきょろきょろしていると、赤いビー玉を見つけた。


「うわ」


しかし拾い上げたそれにはヒビが入っていて、一部が欠けてしまっていた。蹴り飛ばしてしまったせいかもしれない。


「まあ、いっか…ひとつくらい」


あたしは開き直って、他のビー玉を探そうと腰を浮かした。


『星華、』

「うん?」


突然、誰かがあたしの名を呼んだ。

振り返る。しかし、そこには雑木林が広がっているだけだ。


「え、ちょ、何」


あたしは震えながら立ち上がった。幻聴だろうか。でもはっきりと、あたしの名前を、


『楢崎星華ですね』

「のわああ!?」


今度こそ、あたしはビー玉を放り投げて尻餅をついた。幻聴じゃない、ほんとに聞こえてる、知らない女の声が!


「だ、だ、だ、だれ」


いったいどこにいるんだ。木の上?

慌てて木の上に目を走らせるも、木の枝が風にざわめいているだけで、そこに人影はない。


『驚かせて済みません。私は貴女の味方です』


恐ろしさのあまり乱れた呼吸を整えながら、あたしはどうにか冷静になろうとした。味方だって?何の味方?そもそもあたしには敵なんかいない。こないだケンカした美穂ちゃんとはもう仲直りしているし。


「な、なに、誰なの、あんたは!どこにいんのよ!」

『とにかく、話は後です。まずは倉庫に来てください』

「え?」


それからあたしが虚空に向かって何を言っても、返事どころか声も聞こえなかった。ふらふら立ち上がると、雑木林の奥に建てられている倉庫が目に入った。不気味な言葉を残して去った謎の女は、あの倉庫に潜んでいるのか?

――さっきの、夢?

夢じゃないことは、全身にかいた冷や汗と、尻餅をついて泥まみれになったお尻が雄弁に物語っていた。

あの声は、倉庫に来て下さいと言っていた。ここで逃げ出した方がいいに決まっていたが、あたしの足は吸い込まれるように倉庫へ向かっていた。



「うわ…埃っぽすぎ…」


あたしは目の前の空気を手でぶんぶん払いながら、倉庫の中に足を踏み入れた。

暫く身構えながら倉庫内をうろうろしていたが、いっこうに何も現れる気配がない。


「なんだ…やっぱ夢か」


半ばほっとして、半ば残念な気持ちであたしは身体の力を抜いた。

だいたいここはおばあちゃんの家であり、知らない女が雑木林に潜んでいるなんてことはあるわけがないのだ。万に一つ泥棒が潜んでいたとしても、わざわざあたしに声を掛けてくるわけがない。きっとあたしがどうかしてたのだ。あたしは頭を掻いて、さっさと倉庫を出ようとした。


「あーあ、バカみた…」


不意に、倉庫の奥の方で何かが光り、あたしはものすごい勢いで振り返った。

何だ?

光を発するそれは、あたしを呼ぶように輝いている。あたしは恐る恐る、その光に近づいた。

近づいて見た、それは刀だった。ひどく古ぼけた、お世辞にも名刀なんて言えないような、不格好な刀だ。光っているのはその刀身だった。なぜか鞘から抜かれていたそれは、窓から差し込む太陽の光を受けて光っていただけのようだ。あたしは刀を持ち上げた。…昔じいちゃんが言っていた、刀ってのは例外なく重いものなんだって。

しかしあたしの手の中にすっぽりと収まったそれは、異様に軽かった。時代劇か何かで使われる、あの偽物の刀みたいに。


「…なにこれ。偽物じゃん」


盛大な肩透かしに呆れたあたしは、鼻で笑った。大いなる冒険の序章に、偽物の刀なんかはそぐわない。偽物だと分かった途端、あたしは急に役者気分になって、殺陣のモノマネをやってみたくなった。適当にブンブン振ってみるが、どうもしっくりこない。やはりセリフが必要なのだ。

小さい頃、じいちゃんと一緒に見た時代劇。内容は覚えてないけれど、語りだけはかっこよくて、覚えていた。あのセリフこそがふさわしい。

…今思うと。

必然、だったんだろうな。あたしがこの刀を持っちゃったのも、子供みたいにチャンバラしたくなったのも、そして。


「あたしは新選組隊士・楢崎星華。その者達の度重なる狼藉の数々、捨て置くわけにはゆかぬ!」


てな臭いセリフを誰もいない倉庫の埃っぽい空間に向かって叫んだことも。

このナマクラ刀を力いっぱい、見えない敵に対して振ったことも。

――あたしが刀を振った瞬間。

真夏の太陽をサングラス無しで直視したのの3倍くらい強力な、強烈な光線が刀からほとばしり出て、あたしの両目を焼いた。


「うわあ!?」


叫んでその刀を手放そうとしたけれど、あたしの手は柄に吸いつけられたように動かない。


『星華』

「あ、ああああんたはさっきの――」


さっきの声だ!あたしは眩しい光から顔をそむけながら、必死で叫んだ。


「ちょっと…!これどういうことなの!?刀が…」

『承諾していただけて、まことに嬉しい限りです、星華。さっそく貴女には、彼の地に向かってもらいます。使命を果たすのです』

「はァ!?」


その再び現れた変な声は、わけのわからんことを言い出した。話が飛躍している。

承諾?

使命?

まったく身に覚えがない!


「待ちなさいよ!なんの話してんの?人違いじゃないの!?」

『腐っても楢崎董次氏の孫娘。貴女ならばきっと、時代の波に抗う迷いし者たちの運命の輪を、再び正しい位置へと還すことができるでしょう』

「だから――って、楢崎董次!?」


じいちゃんの名だ!時代の波うんぬんの話は全く意味不明で、頭の沸いたやつには違いないんだけど…楢崎董次は、間違いなく、あたしのじいちゃんの名前なのだ。その瞬間、じいちゃんの遺言が、あたしの頭にフラッシュバックした。


――星華、歴史を救え。


「じ、じいちゃん、まさか」

『果てなき時を遙かに超えよ。…さあ、星華、ゆきますよ』


刹那、

刀が爆発した。




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