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『怖いものは怖い』


 その人は、長く伸ばした黒髪を一つにまとめていて、しかも悔しいくらいにサラサラだった。

 そして、やはり和服。咲山さんのような着物ではないが、浴衣によく似た長袖の黒い服を着ている。ただ動きやすいようにか、裾は短く、下にズボンを履いているようだった。あれだ、お祭りの時の甚平さんみたいな。


「そいつが南雲。ハルの教育係兼世話係だ」


 バタバタ暴れてみるが抜け出せない。咲山さんは呆れた声で言ったきり、助けてくれる様子はない。

 男の人は私を抱き締めて頭に頬をすりすりしてくるし。仙孤の皆さんには出会い頭に抱き締めるルールでもあんのか!


「く、るしい!」

「あだっ」


 私を抱き締める腕を思いっきり蹴り上げてやったら、やっと解放された。急に離すもんだから床と激突したけどな!

 腕を押さえる男の人に、座っていた咲山さんが立ち上がった。


「おい、南雲……」

「あ、たた……。大丈夫ですよ、咲山様。いやぁ、御子様、いい蹴りでしたよ!」


 親指を立てる男の人を見て、背中の毛がぞわっと立った。

 なんだこいつ、なんていい笑顔だ。変態か。


「ハルが怖がっているだろうが、馬鹿者。自己紹介するのなら、さっさとして帰れ」


 咲山さんはかなり苛ついておられるようで、尻尾が縁側の床をべしんべしん叩いている。ナツは尻尾を追いかけるのに飽きたのか、庭に下りて駆け回っている。

 男の人は、はいはい、と生返事して目を閉じた。

 ポン!

 気の抜ける音とともに男の人が華麗なバク転を決めると、着々した時には、男の人がいたところには、咲山さんより少し小ぶりな黒い狐が座っていた。

 

「改めまして、御子様の教育係兼世話係に任命されました、雲の六月くものむげつ、南雲と申します」


 黒い狐、南雲はスッと頭を下げる。


「くもの、むげつ?」


 またよくわからない言葉が出てきた。


「仙孤族の正式な挨拶ですよ。雄は月、雌は華。俺の場合は雄で尻尾が六本だから六月。雲は俺の秘術ひじゅつですね」

「……んん?」


 待って。説明されたら余計にわからなくなった。

 雄が月で……六本だから六月……? 雲は、えーっと、何だっけ?


「細かいことはこれから覚えていけばいいですよ。というわけで、御子様借りていきますね、咲山様」


 南雲は言うなり人の姿に戻り、私を抱きかかえて庭に飛び降りた。

 ちょっと、靴! 素足!


「夕方までに戻らなかったら、お前を今夜の夕食にしてもらうとしよう。ナツ、今日はご馳走だ」


 そんで咲山さん怖い!

 

 


「御子様。着きましたよ」

「うえーい……」


 南雲が私をどこかに下ろした時、私は目が回ってふらっふらになっていた。小動物を抱えて全力疾走、ダメ、絶対! 上下運動が半端なかったわ。

 べしょっと伸びて目を閉じるが、あ、ダメだ、まだふわふわする。


「見てください、御子様」


 目、開けれないって。


「これが御子様の故郷ですよ」


 はいはい、故郷、こきょー。うっ、気持ち悪い。

 それでも見なければ南雲が煩そうなので目を開ける。

 黒い狐の鼻がすぐ目の前にあった。


「きゅっ」


 脊髄反射で身を引いた私はその勢いのまま後ろへコロン。しかもなんか変な声出た。


「御子様大丈夫ですか?」


 大丈夫じゃない、頭打った! お前は何をしてるんだ!

 

「びっくりさせるな! 私は動物が嫌いなの! だから近づいていいのはナツのサイズまで……」


 南雲を退けさせようとめちゃくちゃに前足を振り回していた私は、言葉の途中でぴたりと動きを止めた。正しくは止めてしまった。

 眼下に広がるのは森。

 ただ、森と言うには異様な点が一つ。丸く開けた場所の中心に一本巨大な木が生えていた。どれくらい巨大かというと、私が今立っている場所は高台になっていて、高さは……そうだな、ここから見た地面が学校の三階から見たグラウンドより遠くに見えるくらい高い。そしてこの木は今の私よりも上の方まで枝を伸ばしている。それくらい巨大だ。

 

「あ、火夏様だー!」

「きゅうっ!」


 巨大木に空いたうろの中から子狐が顔を出して、またもや驚いた私は後ろ向きに一回転。


「どうしたのー? 火夏様ー?」


 南雲と同じ黒色の毛並みの子狐は器用に木の枝を伝って来る。

 高台の上に飛び移ろうとしたのを南雲が立ちふさがって止める。


「よく見ろ。この方は火夏様じゃねぇぞ」


 え、あんた言葉遣い。


「……火夏様でしょー?」

「違う」


 子狐のくりくりした目が私を見つめる。綺麗な青色……じゃなくて、こっち見んな。

 飛びかかってくるんじゃないかと後ずさりする。ナツのサイズなら大丈夫と言ったが、やっぱりダメだった。許せ、怖いものは怖いんだ。


「この方は火夏様の姉君の……あー、えー……」


 おい。

 南雲の黒い目が私をちらちら伺う。

 おい。お前、まさか。


「……はるか」

「そう! …………なんでしたっけ?」

「はるか!」


 この野郎。抱っこに拉致、あれだけ構い倒してきたくせに名前を知らなかったのか。


「春火様なのー⁉︎ お母さんー! 春火様が来てるー!」

「あっ馬鹿!」


 南雲の口が子狐を捕まえる前に、子狐の姿は虚の中に消えていった。

 

「ちょっとやばいですね。逃げますよ」

「え、ちょっうわっ!」


 私は再び、人間に化けた南雲腕の中に収まることになった。

 高台の奥へと南雲は走る。


「逃げるって、なんで!」


 今度はゆっくり走ってくれているので話はできる。


外家がいけの連中に見つかると、ちょっと面倒なことになるんですよ。あの子ども、厄介なことしやがりましたね」


 がいけ。また知らない単語だ。南雲はもっと私の知っている言葉で話すべきだと思う。がいけ、むげつ……他にはなんだっけ?

 結局、咲山さんの屋敷の近くまで戻ってきた。行きは上下運動で死にそうになっていて周りが見えなかったが、高台には咲山さんの屋敷と角獣小屋の他にももう一つ屋敷が建っている。それともう一つの屋敷のほうには畑も見える。緑色のほうれん草によく似た野菜が元気に成長中だ。

 そのもう一つの屋敷のほうへ南雲は入っていく。


「勝手に入っていいの?」

「構いませんよ。特に御子様はね」


 屋敷に入って南雲の速度が落ちたので、私はずっと思っていた疑問を口にする。


「ねえ、なんで私のことミコサマって言うの? 私、別に巫女さんでもなんでもないんだけど」


 南雲は私を縁側に下ろす。こっちの屋敷も咲山さんの屋敷と同じくらい大きい。


「あー、巫女じゃなくて御子ですね。咲山様の子どもですから。嫌でした?」

「いや、嫌でしたも何も、そんな大層な呼び方される意味がわからない」


 御子。南雲が地面に書いた字は、確か天皇の子どもって意味じゃなかったっけか? 古文の授業で出てきた気がする。

 私、天皇の子どもじゃないし。売れない芸術家夫婦の子だし。……あれ、咲山さんが本当のお母さんだっていう話だっけ?


「……御子様、もしかして自分の身分、わかってませんか?」


 思案顔で首を傾げていた南雲が、ハッと手を打った。

 なんだ、そのかわいそうなものを見る目は。お前ちょいちょい失礼だぞ。


「……なんとなく咲山さんが偉い狐なのかなーとは思ってたけど」


 でかい屋敷に住んでるし、南雲は様付けで呼んでるし。


「偉いどころじゃないですよ。咲山様は仙孤族を率いる長。咲山様のご息女である貴女は、仙孤族の姫にあたるのですよ」


「………………へ?」


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