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『戻りたい』



「ハールー、なぁ、ハルー」

「ナツ、ハルは疲れているのだ。少し静かにしておいてやれ。菓子を持ってこさせるから、ナツはそれでも食べて待て」

「やった! なぁなぁ! ハルもお菓子食べようぜっ!」

「静かにしろと言っただろう!」


 どうでもいいから、私の頭の上で会話をするのはやめてください。あと巨大狐さん、あなたの声も大きいです。


 起きたら白い狐でした。まだ現実を受け入れられません。受け入れ……受け入れられるわけないだろ、こんちくしょーっ!

 丸くなってほぼ号泣の私に、ナツと呼ばれている狐がすり寄ったり、ふさふさの尻尾でくすぐって笑わせようとしてくれたりするのだけれど、こんな状況で笑えるほど私の精神メンタルは強くないから。

 ちなみにナツとは、私が脳天に一撃叩き込んで気絶させた狐である。目を覚ましてどれだけ怒るだろう、と思ったら、意外にも全く気にしていなかった。


「ハルー、遊ぼうぜー」


 背中に思いっきりのしかかられる。

 もう、振り払う気力もないですよ。

 されるがまま、ナツを背中に乗せて無言な私の鼻の頭を、巨大狐が同じく鼻の頭でつついた。むぎゅ。


「だいぶ落ち着いたようだな。記憶がないのなら、今に至る経緯を説明しようと思うのだが。いいだろうか?」

「ん……。いいよ……どうでも」


 そして巨大狐は語り出す。


「単刀直入に言うぞ。ハル、いや……春火はるか

「……っ!?」


 なんだ。巨大狐に名前を呼ばれた瞬間、身体を電気が走ったようなビリッという感覚がした。はるか。呼ばれ慣れた名前のはずなのに、私のものではないような、聞いたことのない言葉に思えた。

 認めたくはないけれど、今の私のお尻に生えている九本の尻尾が、私の意思に反してゆらゆらと揺れる。

 なんだ、これ。


「春火。我が愛し子。お前は憎き仙烏せんうによって異世界に飛ばされていた、正真正銘、私の子なのだ」


 異世界? 

 ああ、ネット小説とかでよくあるやつね。私も暇に任せて読み漁ってた時期があったよ。


「でも私の親は……」

「私だ」

「異世界と言われましても……」

「その姿が証明しているではないか。ハルが仙孤せんこだと」


 むぐぐ……。巨大狐は私を言いくるめてドヤ顔だ。だが私は認めないっ!

 噛み付かんばかりの勢いで反論を試みる。


「じゃあ! あの人たちは、母さんと父さんは、なんだって言うの! いきなり本当のお母さんですよなんて言われて、なるほどそうですかってなるわけないじゃん!? 名前だってさあっ、あの人たちが付けた名前だし! さっきから、ハルハルって馴れ馴れしいんだっ!」


 一気に言い切って肩で息をする。ただ、その間も尻尾は揺れているのだから、説得力はないかもしない。

 だが言いたいことは言ってやった。さあ私を元に戻してくれ。

 そうか、とそれだけ言って巨大狐は立ち上がった。諦めてくれた……のかと思ったら、巨大狐は私の首筋を咥えて持ち上げたではないか。


「うおっ!?」


 そしてそのまま、どこかへ運搬される。器用に狐の手で扉を開けて。

 後ろから状況が飲み込めないといった表情のナツが追いかけてくる。


「ちょっ、何すんの! どこつれてくの!」


 ばたばた手足を振り回して抵抗するけれど、巨大狐は私をがっちり捕まえて放してくれない。


「助けて、ナツ!」

「え、ごめん、無理だ!」


 最終手段でナツに助けを求めたら即答で断られた。あ、うん、大丈夫。大丈夫じゃないけど大丈夫だから、そんな本気で申し訳なさそうな顔にならないで。

 ところでナツもこの巨大狐の子供なんだよな? と、なると巨大狐の言い分では、ナツは私の兄弟……? 


「っだ!」


 ふとそんなことを思っている間に、巨大狐は何部屋かを突っ切って建物の外に出た。今の声はやっと放してもらえて落下した私のもの。


「ハル。お前は異世界にいてはいけなかったのだ。ついておいで」


 そこで巨大狐は、あの着物美女の姿になった。また尻尾に包まれるかたちで変わったけど、あの尻尾どうなってんだ。

 ついておいでと言ったにもかかわらず、私は美女の腕の中に捕まる。


「異世界にいる間、お前は多種多様な生き物に追われた、ということはなかったか?」

「う、ん……あるけど。犬にも猫にも、鳥以外の動物には」


 連れて行かれた先は違う建物。鈴の音のような不思議な鳴き声が聞こえてくる。

 なんの鳴き声だろう…………じゃなくてっ!


「やだ! 放せ! ここ家畜小屋ってやつだなっ!?」


 無理無理無理無理ぃっ! 動物園より柵の低い場所なんて絶対無理だ!

 この小さな身体じゃ、飛びついてきた動物に潰されて死ぬ。


「大丈夫だ。角獣(かくじゅう)は大人しい。それに今のハルには動物は近づかない」

「は……?」


 ガチャン、扉の鍵を外して、美女は私を抱いたまま小屋に入る。

 小屋にいたのは、立派な角を生やした、鹿だった。それも私の知っている鹿より一回り大きな。

 私はいつでも腕を飛び出して逃げられるように身構える。けれど。


「これは角獣という動物だ。ハル、見てごらん」


 鹿――角獣は黒い目でこちらを見るばかりで飛びかかってくる様子はない。しばらくすると、何事もなかったかのように、積んである草を食べ始めた。


「なんで?」


 今まで私を見て突っ込んで来なかった動物に会ったことはなかった。それなのに、ここにいる数頭の角獣はどれも私に興味を示すことはない。ナツが柵の間に足を突っ込んでちょっかいをかけるのを煩わしそうにしているだけだ。


「ハルは仙狐だ。地を駆けるものの頂点に立つ仙狐と、空を駆けるものの頂点に立つ仙烏。この二種族に張り合おうとする馬鹿はこの世界にいない。鱗をもつものどもの考えることはよくわからないが……。ハルのいた世界には仙狐はいなかったのだろう? ハルの持つ圧倒的な力に影響され動物が集まっていたのだろうな。つまりハルを尊敬して集まっていたわけだ。よくわからないけど強いのがいるから見に行こうぜー的な感じだな」


 うむ、と一人で納得している。

 ちょっと待って。尊敬? 


「尊敬して追いかけてきてるなら襲われることはないでしょ? じゃあ私はそのまま向こうで暮らしてても大丈夫じゃん」

「いや、向こうにいては危ないのだ。考えてみろ、猫や犬に飛びつかれるくらいなら仙狐であるハルに勝ち目があるが、猛獣となったらどうだ。これから成長しての力が強くなるほどに動物達はハルのもとへ集まるぞ」


 だからこちらの世界に呼び戻したのだと美女は言った。

 小屋から最初にいた建物のほうへ戻って、縁側に並んで座る。この短期間でこの二人、いや二匹に慣れてきてしまっている自分が恐ろしい。ちなみに美女は今、巨大狐の姿だ。


「向こうで親と暮らしているとは思わなかった。だからその親が何者なのかは私にはわからないし、お前がはるかと呼ばれていた理由もわからない」

「たまたまじゃねーの?」

「ナツ。黙って……そうだ、李雨(りう)の授業がそろそろではないのか?」

「やばっ! 行ってくる!」


 ナツはものすごい勢いで家畜小屋の向こうへ消えていった。

 なんでだろう、あいつは嫌いになれない……。


「とにかく、私はハルが異世界で命を落とすのだけは嫌だった……。親らしいことをする前に、お前は異世界へ飛ばされてしまったが、我が子だからな……」


 巨大狐の尾が私の背中を撫でる。それは壊れ物を扱うようにやさしくて、暖かい。

 でも、この狐がいくら私の親だと言い張っても、私の親はあのどうしようもない人たちだし、私は人間の涼木はるかだ。


「だけど、私は元の世界へ戻りたい」


 巨大狐の目を見つめて、言った。

 巨大狐は数拍の間の後、口を開く。



「……どうやって?」



「え?」

「え?」


 前者が私で後者が巨大狐。


「わ、私は、ハルはこっちに残るだろうと思って、呼び寄せる方法しか知らないのだ。だいたい、ハルを向こうへ飛ばしたのは仙烏族であって……仙狐にそのような術を扱えるものはいないし……」

「じゃ、そのセンウに何とか言って私を帰してくれるように……!」


 巨大狐は首を横に振る。ぐっ、嫌な予感しかしないんだけどっ!

 嘘だと言ってください。今日の出来事は全部夢だったと言ってくださいいいい!


「我が仙狐族と仙烏族は、冷戦の真っ只中でな。仙烏の里へ行けば無事では帰れない。……すまない」


 頭を舌で撫でる巨大狐のそばで私は途方に暮れた。

 まじか。


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