パーティー
「よく戻ってきてくれた。お疲れ様!」
ラケナリアに帰還した俺を迎えたのは龍之介の労いの言葉だった。おっさんに言われた所で何も嬉しくない
「やあやあ、よく戻ってきてくれたねえ。無事で何よりだあ」
おっさんよりはマシだが、ちんまい金髪巨乳女に言われてもさほど嬉しくはない。どうせなら、目が覚める様な美女に言われたい。とりあえず、ダボダボの白衣ごと差し出された小さい手を握り返した。
「ちゃんと戻るって言っただろ」
「魔法生物も持ち帰ってきてくれたんだってえ? 君の事が大好きだあ」
「あっそ」
「つれないなあ」
そう言ってちんまいのは拗ねたふりをして床を蹴った。
「霧島。アザミの機体が破損した今、ラケナリアが生き残るにはお前に頼るしか無くなった。これからは組織間抗争に巻き込む。覚悟してくれ」
「断る権利は無いんだろ」
戦う事自体は嫌いじゃない。それに、生き残るには戦わなければならない。運命に流されるだけでは何も起きない。運命に抗い、受け入れる事が大事だ。
「アークライト。急いでフリージアを使える状況にしてくれ」
「はいは~い。おまかせあれ~」
「それじゃあな。俺はやる事があるから消える。ささやかだが、明日、生還祝いパーティーを開く。気が向けば参加してくれ」
そう言っておっさんは格納庫から去っていった。
「見なおしたよ。流石はオリジナルジャンパーだ。今度一緒に酒を飲もうじゃないか」
レイナードが俺に言った。
「酒はそこまで好きじゃないんだ。気が向いたらな。アザミは?」
「目立った外傷はありませんが、念のため検査で病院に行ってます。多分、明日のパーティーには来ると思いますよ」
高坂が答えた。
「そうか。そりゃよかった。援護射撃サンキュな」
「いえ、あまり手助け出来ず、すみません」
「そんな謙遜すんな。中々の腕前だったぜ。俺寝るわ。後は適当にやっといてくれ」
「私の家に案内します。そこで寝てください」
「いいのか?」
「ええ。本社に用意された部屋ではくつろげないでしょう? もう寝具の類は用意されていますから。ご飯は帰りにどこかによって食べていきましょう」
「助かる」
今夜は風呂にでも浸かってゆっくりと夜を過ごそう。久しぶりに熟睡出来そうだ。
○
会議室。ラケナリアの重要人物達が集まっていた。
「霧島奏をラビッシュヒープに登録する」
龍之介の発言にその場に居た者は少なからず困惑した。
ラビッシュヒープとは組織単体の判断でミッションを行うのではなく、他組織に所属するオリジナルにミッションを依頼するために作られたミッション仲介機構だった。
ラビッシュヒープに登録するという事は魔法生物討伐ミッションや組織間抗争の手助けなどを行うという意思表示だった。ミッション依頼に莫大な金が動くため、外貨を稼ぐにはこの上無く最適だったが、同時にラケナリア自体を攻撃される危険性も孕んでいた。
「いよいよ本格的に組織として行動していくという事ですね?」
片桐は最後の確認とばかりに言った。
「ああ、今回の騎士型魔法生物との戦闘を見て確信した。霧島はオリジナルジャンパーの中でもかなり優秀な部類だ。奴一人でもある程度の事は出来る」
「そうですか。では、私は仕事を獲ってきます」
「頼む。ただしいきなりハードなのは避けてやれ。いくらあいつでも死ぬかもしれん」
「あの戦闘を見る限り、そうは思えませんけどね」
片桐は少々の笑いを含みながら言った。
「同時に他の組織との協定なども進めていってくれ」
その場に居た全員が首肯した。
会議は終わり、参加者は自分達の持ち場へと戻っていった。片桐と龍之介を残して。
「これからどうなると思う」
龍之介はコーヒーを飲みながら傍らに控える片桐に言った。
「僕にもわかりません。ただ、ラケナリアを大きくするチャンスではあります」
「そうだな。ラケナリア……か。何を思ってこんな名前にしたんだか」
ラケナリアの花言葉は浮気はやめて。龍之介はあまりこの名前を気に入っていなかった。
「でも、今の状況を表しているとは思いませんか? 実質一機のオリジナル。彼に浮気でもされたらラケナリアは無くなります」
龍之介はリクライニングチェアーに深くもたれかかった。
「男を繋ぎ止めるのに最適なものは何かわかるか?」
「ふむ。女、ですかね」
「そうだ。若い女が必要だ。女のオリジナルジャンパー。取り込めるか?」
「やってみます。彼の力があれば、あるいは」
「そうか。頼んだぞ。片桐」
「はい」
○
生還祝いパーティーは、組織の人間が全員参加しているんじゃないかと思う程盛大だった。名目上はアザミが生還した事を祝うパーティーのはずだが、最早何が目的で行われたのか参加者が忘れているんじゃないかと思ってしまう様な状況だった。
「あなたがフリージアのパイロット?」
一人で席に座って肉を頬張っていると、対面の席に女が座ってきた。栗色のストレートの髪が中々似合っていた。
「そうだけど。あんたは?」
「アザミ。アザミ・アーヴァイン。昨日のお礼がしたくて」
「ああ、あんたがグラジオラスのパイロットか。ちょっと意外だな」
「ふふ、何が意外なの? あんな機体に乗ってるからパイロットも同じだとでも思った?」
柔らかく微笑みながらアザミは言った。
「まあな」
「これでも私、スタイルには自信があるの」
アザミの体は、本人の言う通り、出る所の出ている均整のとれた体型だった。パーティー用の胸ぐりの深いドレスを着ているから余計にスタイルの良さが目立つ。
「いいんじゃないか。それよりも体は大丈夫なのか?」
「ええ。あなたのおかげでね。それにしても……私もちょっと意外だったわ。まさかあんな動きをする機体に乗っていたのが君みたいに可愛い子だったなんて。年はいくつなの?」
「たしか19だったかな」
「私の2つ下か。可愛い可愛い弟君ね」
「さいですか。じゃあ姉ちゃんにお願いだ。肉のおかわりを持ってきてくれ」
「もう、しょうがないわね」
姉ちゃんと呼ばれる事はまんざらでもないようだった。世話を焼くのが好きなタイプなのかもしれない。
○
「ようヒーローさん。楽しんでるかい?」
今度はレイナードが席にやってきた。既にできあがっているようで、非常に酒臭かった。
「帰れ酔っぱらい。あんたに用は無い」
「つれない事を言うもんじゃないよ。ほらほら、お姉さんといいことしましょう?」
そう言ってチラチラと胸元を強調してくるが、残念な事についさっきアザミのワンダフルボディを見てしまったので湧いてくるのは劣情では無く憐れみの情だった。
「……なんでそんな憐れな目で見られないといけない訳?」
どうやら表情に出てしまっていたようだ。
「いや、中途半端な胸だなと」
「余計なお世話だ!」
レイナードは俺のサラダを奪い取って酒の肴にし始めた。
「それは俺のだ」
「ケチくさい事言うんじゃないよ。ねえ、あんたどこから来たとか本当に覚えて無いの?」
「ああ、まあな。何かと戦っていたのは覚えているんだが、それが何なのかが思い出せない。静乃とかいうやつが見つかれば何かわかるかもしれん」
「静乃?」
「フリージアのサブパイロットらしい。元々フリージアは二人乗りなんだとさ」
「ちょっと待って。二人乗りって事は二人乗らないと動かないはずでしょ?」
「いや、動く。あんたも見ただろ」
「なんて強引な……。一人であの強さって事は二人乗ればどうなるのかしら」
「知らん。俺の忘れている機能でも作動すんでねーの?」
「あんたってホントよくわからないわ。ま、あんたの腕は認めるわよ。今度パロットでシミュレーションをやりましょう? パロットでどこまでやれるか見てやるわよ」
「コテンパンにしてやるよ」
「どうだか」
レイナードは挑発的に言った。見た目通り男勝りな女だ。
○
「やあやあ楽しんでるかい?」
大量のデザートを手にしたちんまいのがやってきた。
「今度はお前か」
「私の他にも女性陣が来ていたみたいだねえ」
「アザミとレイナード、他にも誰か知らん女と老人が何人か来たな」
「君は有名人だからねえ。初戦で、しかもほぼ一人で騎士型魔法生物を倒せる人はそう多く無いよお」
「ふーん。余裕だ余裕」
「君は少し謙遜という言葉を覚えた方がいいと思うよ」
ガチなトーンで言われてしまった。ちんまいのに言われると無性に腹が立った。
「ところで、魔法生物を見たのは初めてだと思うけどどんな印象を抱いた?」
ラナがまたふざけた雰囲気を消し、真面目な空気を身に纏った。どうやらこいつは重要な話しをする時は真面目になるらしい。
「そうだな。第一印象は気持ち悪い、だな。トンボみたいな顏と顎してたしな」
「そう。魔法生物は昆虫の塩基配列と似ているんだ。しかし、君はまだ見ていないタイプだけど中にはエネルギーを放出してくるタイプや、炎なんかを発生させるタイプもいる。それが魔法生物と呼ばれてる所以なんだ」
「魔法生物ってどこから生まれてるんだ?」
「北に位置するベンタス。東に位置するジンチョウゲ。西に位置するミソハギ。それら3つのタワーから生まれているようだ。恐らくタワー自体も魔法生物だ」
「どれくらいの兵力なんだ?」
「わからない。ただ、こうしている間にも増え続けているだろうね」
「なんでそんな危機的状況で人類同士が敵対してる。バカバカしいにも程がある」
「全くもってその通りだね。ただ、3大組織も何もしていない訳では無いよ。小競り合いはしつつも協力してオリジナルに頼らずに魔法生物を倒せる兵器を開発しているらしい」
「それが完成したら俺達は用済みかよ」
「いや、そうでもないよ。魔法生物を撃破するには巨大な火力持った兵器が必要だ。だけど、オリジナルを除いて人型でそんな兵器を運用出来るのは巨大兵器のみになってしまう。それでは細かな作戦が出来ないからね。どこまでいってもオリジナルの価値は無くならないのさ」
「にも関わらず人間同士で戦って貴重なオリジナルを消費してんだろ? バカのやる事だろ」
「各組織様々な目的があるからねえ。ウチだって色々怪しい事を考えてる。君も気づいているだろう?」
「まあな。おっさんは信用出来ない」
「うん。そうした方がいい。私もしょうがなくここにいるけど、いずれ機会をみて出て行くつもりだ」
「そんな大事な事俺に話していいのかよ」
「君なら大丈夫だ。君も出て行くつもりなんだろう?」
「そうだな。暫くはここにいるつもりだが用が無くなったらトンズラする」
「その時は私も連れてってくれ。君といると楽しい事が尽きなさそうだからね」
「覚えてたらな」
「楽しみにしてるよ。フリージア、後2週間くれたら出来るからね。そうなったら君は小川龍之介に利用される事になる。気をつけて」
そう言ってラナは食べ終えたデザートの皿を残して消えていった。
「上等だ。俺を利用しようというのがどれだけ無謀な事か教えてやる。後な、ちんまいの」
食べ終わった皿はしっかりと片付けていけ。
俺は姿の見えなくなったラナに向けて小さく呟いた。
○
パーティーが終わり、俺は高坂を伴って高坂の家に戻った。
初日は戦闘後だったという事もあり、すぐに眠ったから特に意識しなかったが、高坂と同棲状態な訳だ。基本的に一人の時間を大事にしたい俺にとってこの状況はあまりよろしくなかった。
「パーティー楽しかったですね」
「そうだな。パンツ見してくれ」
「なんでですか!」
「俺だけの家が欲しい」
「……近い内に貰えますよ。あなたはオリジナルジャンパーですから扱いが違います。望めば大体のものは貰えると思いますよ」
「はーん。そりゃいい事を聞いた。俺だけのハーレムを築いてやろうかな」
高坂が蔑んだ目で俺の事を見ていた。
「あはあんもっと私を蔑んでえ」
高坂がさっきよりも蔑んだ目で俺の事を見ていたので一つ咳払いをして、とっておきのイケメン顏をして近寄った。
パシっ! 無言でビンタされた。
「いい加減にしてください。そんなにふざけるのが好きだとは知りませんでした」
心底呆れたといった風に言われた。
「私ふざけるの大好きです。パンツパンツ~」
パシっ! また無言でビンタされた。
「すいませんでした」
「さっさとお風呂に入っちゃってください。少なくとも今日は私の家で過ごしてもらいますからね。家長は私です」
「はい」
家長の命令は絶対だ。俺は言われた通りその場でズボンを脱ぎ始めた。
「霧島さん?」
フライパンを持った高坂が近づいてきたのを見た俺は急いで脱衣所に逃げた。




