撃退
龍之介は会話の途中に何か耳打ちをされた後、慌てた様子で高坂を引き連れて部屋を出て行った。それから10分、辺りが騒がしくなり始めた。
「何があったんだ?」
先程戻ってきた高坂に聞いた。
「アザミが魔法生物の襲撃を受けたみたいです」
「ふーん。やばいのか?」
「報告によれば遭遇したのは騎士型だそうなので、かなり」
「騎士型?」
「ええ。その名の通り騎士のような魔法生物です。騎士型魔法生物は量産機パロットが20機以上いてやっと撃墜出来るかどうかなんです」
「成る程な。んで? あんたはこんなとこで何やってんだ? 出ないのか?」
「私だって今すぐにでも助けに行きたいです! でも……上からの命令が無い限り、出られません」
「出れる機体は? 俺が出る」
「そんな! 無理です。あなた一人が出て行った所でどうしようもありません。無駄死にです! それに、あなたの機体は改修中で動かないですし……」
「だからと言って見殺しにするつもりは無い。ラナは何処にいる」
「はいはーい。ここにいるよお」
何処からかラナが現れた。ひょっとすると俺達の会話を聞いていたのかもしれない。
「どうすれば倒せる?」
「騎士型魔法生物に有効なのはレーザー兵器、もしくはプラズマ兵器だよ。でもね、さっきも言った通りウチにはそんなものは無いんだよ」
ふざけていたのは登場の時だけ、ラナは至極真面目な顏をしていた。
「本当に何も無いのか?」
「あるにはあるけど、あれは試作中の作品だから、何が起こるかわからないよ?」
「構わん。量産機でもなんでもいいから勝てる装備を載せた機体を俺に寄越せ」
「わかったよ。すぐに準備する」
ラナは格納庫に消えていった。ラナと入れ違いに龍之介が部屋に入ってきた。
「出撃る気か?」
「ああ」
「ダメだ」
「そんな事は知らん。俺は俺のやりたいようにする」
「せっかく手に入れたオリジナルジャンパーを二人も失う訳にはいかない」
「それはお前の都合だろ。それに、俺は死ぬ気なんて更々無い」
俺と龍之介は無言で睨み合った。
やがて、根負けしたのか龍之介はこう言った。
「……わかった出撃は認める。だが、条件がある。あくまでも目的はアザミの救出だ。無理に魔法生物を倒す必要は無い。可能と判断したらすぐに離脱しろ」
「へいへい。寛大な処置に感謝しますよっと」
「高坂」
名を呼ばれた高坂は、今まで控えていた場所からこちらに近づいた。
「レイナードと協同してこいつの援護にまわれ」
「わかりました」
「決まったな。俺の機体の準備が済んだらすぐに出る。準備してろ」
機体の準備が出来るまでの時間は正直に言って苦痛だった。目の前に問題が転がっているというのにどうしようもないもどかしさ。
だが、そんな時間も終わる。ラナが部屋に来た。
「終わったよ。流石に量産機で出撃してもらうのは忍びなかったからフリージアにプラズマライフルと60ミリバトルライフルを持たせた」
「フリージアに? 装甲が無いだろ」
「パロット用のものを無理矢理乗っけた。あまり派手に動くと装甲が取れるから気をつけてね。もう一点、さっきも言ったけどプラズマライフルは試作中のものなんだ。低出力だから相当に接近して使わなければ効果を発揮しない。その上3発しか撃てない」
「わかった。やるだけやってみるさ」
「高速移動用の輸送ヘリを用意したよ。もう中に高坂君達が乗ってるから君も急いで行った方がいいんじゃないかな?」
「そういう事は早く言え。またな」
じゃあな、とは言わなかった。アザミとかいう奴も連れて戻ってくるからだ。
○
「居たぞ! グラジオラスだ! 10秒後降下する!」
ボルトの外れる音が聞こえた。機体に僅かな振動が伝わり、数秒の後、体は浮遊感に包まれた。奏の駆る機体〈フリージア〉がヘリから降下された。
地面に接着するまでの僅かな間に3人は騎士型魔法生物に攻撃を仕掛けた。
奏、高坂、レイナードにより、60ミリバトルライフル、48ミリ狙撃砲、30ミリガトリング砲の連射が騎士型魔法生物の背中に命中した。土煙が立ち、向こうの様子が見えなかったが、恐らく生きているだろう。
間もなくして、機体が低く重い音と共に地面に着地した。
「増援? 来てくれたの。でも、ダメ。3機じゃ勝てない。逃げて!」
奏、高坂、レイナードに通信が入った。
奏は通信を無視し、庇うように〈フリージア〉を〈グラジオラス〉の前に移動させた。
「戦う気? 無理よ。美咲達も来たみたいだけど奴にはオリジナルじゃなきゃ敵わない。あなたの機体もそうみたいだけど、一人じゃ危険だわ」
「戦えるか?」
「無理よ。武装が一つも残ってないの」
「キシャアアアアアアウアアアアアア」
雄叫びが聞こえた。やはり生きていたのだ。赤く光る瞳は〈フリージア〉を捉えていた。
「ならとっと下がってろ! あいつが俺に興味を示してる今がチャンスだ。高坂とレイナードはグラジオラスの援護に回れ!」
「命令されんのはしゃくだけど、わかった。アザミ、今から30秒間ガトリング砲を地面に撃って土煙を立てる。その間にあんたはこっちに来て!」
「わかったわ。タイミングはそっちに任せる」
「加蓮、行くよ! 3、2,1ファイア!」
〈デルフィニウム〉と〈デンファレ〉が地面を蹴って空に浮かんだ。その重い体が地に落ちない様、ブースターを目一杯吹かした。48ミリと30ミリの弾が空から地面に雨の様に降り注ぎ、辺り一面が土煙に包まれた。奏も、挑発するようにバトルライフルを騎士型魔法生物に直接撃ち込みながら〈フリージア〉を移動させた。
1発、2発、3発。発砲音が響く度に少しずつ〈グラジオラス〉と騎士型魔法生物との距離が離れていく。
〈グラジオラス〉が土煙に紛れ、戦域を離脱した。
「あなたも逃げて!」
アザミが叫ぶが、既に3人と奏の距離は離れてしまっていた。
「無理だ。あんたらはヘリの中から援護してくれ」
「単機でやるつもりですか!? 無謀です!」
「無謀だろうがなんだろうが俺なら出来る。あんたらは黙って援護しろ」
返事は無かったが、代わりに48ミリ弾が騎士型魔法生物の肩を襲った。
『無茶はしないでください。機体が壊れます』
リザが言った。
「善処する。が、ダメでも怒らないでくれよ?」
騎士型魔法生物が〈フリージア〉に突撃する。奏はバックジャンプでいなし、バトルライフルを撃つ。命中したが、僅かに外殻にヒビが入っただけだった。
効いていない訳では無いが、決定打にかけた。
「やっぱりプラズマライフルを当てないとダメか。自由に飛び回れないってのはキツイ所だな。リザ、どれだけ飛べる?」
『ブースターの類が付いていないので飛べません』
「ポンコツが!」
『失礼な事を言わないでください』
「キシャアアアアアア」
騎士型魔法生物の腕が〈フリージア〉の右肩をかすり、装甲を剥いだ。
「オーケーわかった。やってやる」
奏は機体を操り跳んだ。空中で一回転し、騎士型魔法生物の背後をとった。
構える、僅かなチャージの後プラズマライフルから青い光が放たれた。
青い光は真っ直ぐ進み、騎士型魔法生物の体に吸い込まれたが、僅かに融けただけで致命傷には至らなかった。有効射程距離外だったのだ。
「嘘だろ!? この距離で遠かったらゼロ距離で打たなきゃダメじゃねえか」
48ミリ弾の援護を受けつつ、奏は一度距離を取った。
「奏! 聞こえる? 膝の関節部を狙え! その機体の武装なら態勢を崩させる事くらい出来るはずだ。美咲が援護するからやれ!」
レイナードから通信が届いた。
通信が切れると同時に48ミリ弾が連続して騎士型魔法生物に降り注ぐ。
奏は美咲の方に注意が向いた隙を狙って膝にバトルライフルを2発撃った。肉質の柔らかい部位だったようで、弾が貫通して血が流れた。
「クシャア……アア」
騎士型魔法生物が膝をついた。
奏は一気に機体を近づけた。騎士型魔法生物の胸にプラズマライフルの銃口を限りなく近づけ、撃った。
肉の融ける音が響き騎士型魔法生物の体から青いプラズマがバチバチとはじけた。
騎士型魔法生物は声を発する事無く地に伏した。
『生体反応消えました。敵、完全に沈黙』
「よし、やったぞ。こっちの被害もまあ、あれだけど」
所詮は突貫工事で作られた急造の機体。ラナの言っていた通り、ほぼ全ての装甲が剥がれ落ちてしまった。プラズマライフルの方も連続使用に耐えられず、銃身が熱でひしゃげてしまっていた。
「すごい。まさか本当に一機で撃墜するなんて……」
高坂が信じられないといった風に言った。
「お前俺が負けると思ってたのか。ひでえ奴だ」
「それは……いえ、すいません。あなたの事、少し見直しました」
「魔法生物も回収するから一緒にヘリに乗せて」
レイナードが通信に割り込んできた。
「こんな薄気味悪いもん回収すんのか?」
「生態を調べるみたい。きっとラナが喜ぶよ」
「うへえ。ちんまいのも物好きだねえ」
騎士型魔法生物を肩に担ぎ、ワイヤーアンカーでヘリに戻った。




