リチャード
機体の許までは特に苦労する事無く辿り着く事が出来た。だが、何かおかしい。先程までは気にも留めなかったが、戦闘音がしないのだ。
(もう終わったのか? 妙だな。胸騒ぎがする)
「ちょっと! 早く乗ってよ!」
背後を警戒していたココが言った。
「あ、ああ。お前も乗れ。この機体タンデムなんだ」
「1人乗りだったとしても乗ってるっての。っんとに無駄口が多い」
奏はココの悪態を聞き流してコックピットへと入った。
「起きろ、リザ」
コックピット中央に鎮座する丸いインターフェイスに光が宿った。
『おはようございます。システムの起動を開始します』
〈フリージア〉に搭載されたAIリザが起動プロセスを読み上げていく。
『全周囲監視ディスプレイ起動……完了』
『火器管制システム正常に稼働』
『バディドライバ接続を確認。イニシャライズを開始します』
まただ。奏は頭を抱えたくなる気持ちをなんとか抑えた。
バディドライバとは一体何なのか。武装型魔法生物との戦闘時に急に起動し、手も足も出なかった武装型を一瞬にして葬ったシステム。
機体にかけられたリミッターを解除して出力を一時的に底上げする程度のシステムならばまだわかる。だが、あれはそれらのものとは一線を画している。
折れた左腕の修復に留まらず、奏の記憶に残る姿そのままに構築された装甲。そして何よりもイメージが形になった事。
あれを自由意志で起動する事が出来たら……そう考えずにはいられない。が、現実は起動条件すらわからない。前回システムが稼働した際に搭乗していたアザミを乗せてみたが、うんともすんとも言わなかった。なのに、今はシステムが稼働しようとしている。
何もかもがわからない。無駄だとは思いつつも、奏は聞かずにはいられなかった。
「なあ、バディドライバってなんなんだよ」
『回答不能』
以前と同じ回答。わかっていた事だ。だが、なぜあんなにも人間のような話し方をするリザが、この話になると急に旧世代のAIのようになるのだろうか。
『バディドライバ起動』
『伝達回路正常に稼働』
〈フリージア〉の目に緑色の光が宿った。片膝をついていた〈フリージア〉がゆっくりと立ち上がる。
「レオリオ」
「こっちはいつでもいけるぜえ」
「よし、慎重に行こう。メリダ達と連絡が取れない。何かあったのかもしれない」
奏が抱いていた不安感は、歩みを進めれば進める程増していった。
周囲に散らばる空の薬莢、地面に空いた穴は紛れも無く戦闘の傷跡だ。だが、傷をつけたであろう張本人がどこにも見当たらない。
「なあ」
「ああ」
これはやばい。間違いなくメリダとアヤの身に何かあったと見るのが正しい。あの2人がやられるという事は相手は相当な手練。固まらずに分かれて行動をしよう、そうレオリオに伝えようと思った瞬間。奏とレオリオ、2人の間に1つのグレネードが転がってきた。
「――まず!」
レオリオが右に、奏が左に思い切り飛んだ。数秒遅れてグレネードが爆発した。爆発で砕け散ったコンクリートの欠片が機体の装甲に当たって間抜けが音を立てた。
「あれー? 避けちゃったの? 楽しく野球しようぜー?」
急に聞こえてきた声、リチャードだった。彼はビルの影に隠れていたのだ。レーダーを頼りにグレネードを投げ、当たるかどうか1人心の中で賭けをしていた。
「コソコソ隠れやがって、出てこいよ」
「言われなくても出てやるよ」
ビルの向こう側で地を蹴る音がした。次いでブースターを吹かす音がし、紅い機体がビルの屋上に立った。
「んん? その機体……フリージアじゃねえか!」
リチャードは心底嬉しそうに言った。
「あん? なんで名前知ってんだ」
「おいおい、俺を忘れちまったのかよ? リチャードだよ。リチャード。何年ぶりだ?」
「何言ってるかさっぱりわからねえよ」
「つれないねえ。久しぶりにあったんだからもっと嬉しそうにしろよ」
「俺はあんたなんか知らねえよ」
「ん? お前霧島奏じゃねえのか?」
「なんで俺の名前を知ってる?」
「ほうらやっぱり。ミーシャじゃねえか。俺の事嫌いだからって忘れんなよ」
ミーシャ。知っている。覚えている。こう呼ぶやつがいたはずだ。奏は襲ってくる激しい頭痛に吐き気を覚えながらも懸命に思い出そうとした。
○
「今回も生き残りましたね、隊長」
奏が隊長を務める第401独立小隊の副隊長である明正が、砕けた様子で言った。
「油断するな。まだ敵は残ってるんだぞ」
「はは、これぐらい俺達の敵じゃな――」
――いですよ。そう続くはずだった言葉はしかし奏の耳には届かなかった。遠距離から収束レーザースナイパーライフルで狙撃されたのだ。
何が起きたのかわからなかった。明正の機体を緑色の線が通り過ぎていった。それだけはわかった。だが、その後に起きた爆発は? なんだ?
「――長! 隊長!」
「っ!?」
隊員から呼びかけでぼうっとしていた奏が目を覚ました。
「明正は?」
「やられたんです! 早く指示を!」
「あ、ああ……ジャミングしつつ後退。逃げるぞ……」
次の場面では、奏は〈紅い機体〉と戦っていた。
「てめえが! てめえが明正を!」
振り続けるレーザーブレードは〈紅い機体〉に当たらなかった。相手の方が強い。わかっていても攻撃の手を休める事は出来ない。
「この間俺が倒しちゃった子? んー、ざーんねん。ちゃんとコックピット狙ったからな。ありゃ即死だ」
「ふざけやがってええ!」
奏が右脚で〈紅い機体〉を蹴った。両腕で防がれてしまったが、レーザーブレードとは違い、当てる事が出来た。
「おーいてて。手もげちゃったらどうすんだよ。ええ?」
先程まで避けるだけだった〈紅い機体〉が始めて動いた。腰のハードポイントに載せられていた大型のマチェットを手にした。
「いくぜ」
〈紅い機体〉が地を蹴った。高速で〈フリージア〉に接近し、マチェットを振りかざす。奏はそれをサイドステップで避けようとしたが、マチェットを持った手とは逆の手で機体を拘束され、マチェットの一閃をモロに喰らってしまい、右大腿から斜め上にコックピットすれすれまで傷がついた。
これがレーザーブレードだったならば致命的な一撃足り得たが、マチェットが金属だった事が幸いし、損害で言えばほぼ無傷に近かった。
「流石に硬いな」
〈紅い機体〉は〈フリージア〉を蹴って宙に浮かび、大きく距離を取った。それを〈フリージア〉が加速し距離を詰め、レーザーブレードを振るう。当たらない。舞いをするかのごとく華麗な動きで避けられる。
「うおおおおおお」
右腕を引く。しっかりと地に足をつけ、腰を捻り、突き出す。繰り出された右ストレートが〈紅い機体〉の顔面を捉えた。
たたらを踏んだところに腹に思い切り蹴りを叩き込む。〈紅い機体〉が土埃を上げながら倒れこみそうになるが、寸での所で踏ん張った。そこに更にライフルで追い打ちをかける。コックピットに直撃するかと思われたその一撃は体を逸らされ、右肩に命中するに留まった。〈紅い機体〉は追撃を恐れて〈フリージア〉から距離を取った。
今の攻撃で駆動系のどこかが壊れたのだろう〈紅い機体〉の右腕が力無くブランと垂れ下がっていた。
「……やられたよ。油断した」
こちらが有利なはずなのに不明瞭などこか恐ろしいオーラを感じた。死に瀕した生物が放つ最後のそれのようなもの、否、勝ちを確信した何か。
「使うぜ。ドライバ起動」
〈紅い機体〉を中心に一瞬空気が歪んだ。体をユラリと一度揺らし、信じられないスピードで〈フリージア〉の懐に潜り込んだ。
「っ!?」
マチェットの柄で思い切りコックピットを殴られた、とんでもない衝撃が奏を襲った。
「まだ寝るなよ」
〈紅い機体〉はマチェットを捨てた。左ストレート、右膝蹴り、回し蹴りが流れるような速さで〈フリージア〉に吸い込まれた。
〈フリージア〉は吹き飛ばされたが、空中でなんとか姿勢を整え、片膝をつきながらも着地に成功した。間髪入れずにライフルを4発〈紅い機体〉に向けて撃った。
〈紅い機体〉はそれを避ける素振りが全く無かった。否、避ける必要が無かったのだ。放たれた弾丸は全て見えない青い壁のようなものにかき消された。
「ば……ウソ……だろ?」
「ウソじゃないんだな、これが」
〈紅い機体〉が飛び上がり、空中から奏に壊れたはずの右拳をぶつけ――
○
「てめえ、リチャード! なんでここにいる!?」
〈リンドウ〉がやれやれといったポーズをとる
「やーっと思い出したか。俺は寂しかったんだぜ? ミーシャに会えない日々はそりゃあもう退屈そのものだった」
「知った事か。とっとと出ててけ」
「断る。しかし……そうか。クライアントが俺に気を付けろと言った意味がようやっとわかったよ。ミーシャがいるんじゃここの危険性も上がるわな」
「さっきからミーシャ、ミーシャと気持ち悪い。何言ってやがる」
奏は右腕のレーザーパルスガンを撃った。リチャードはそれを軽々と回避した。行き場を失ったレーザーパルスが宙に消えた。
「俺とお前の思い出じゃないか。忘れるなよ」
リチャードは大型単分子マチェットを下に構えながら、ビルの頂上から〈フリージア〉目掛けて落下した。その様な大振りな攻撃が当たるはずもなく、マチェットは地面に突き刺さった。
一瞬動きを止めた〈リンドウ〉に向けてレオリオがバトルライフルを撃った。が、青い壁の様なものに遮られた。
「な! おい!?」
「まずい! レオリオ逃げろ!」
「俺とミーシャの邪魔すんじゃねえ!」
〈リンドウ〉がしゃがんだ姿勢のままレオリオの機体〈ナルキス〉を睨んだ。途端〈ナルキス〉が青い光に押しのけられ、吹き飛んだ。
「レオリオ! おいレオリオ! 返事しろ!」
「う、るせえよ。生きてる。でもダメだ。動かねえ」
「そこで寝てろ。大丈夫だ」
「これでやーっと2人きりだな」
「気持ち悪い事言いやがって。インチキすんじゃねえよ!」
「インチキぃ? なーに言ってんだ。お前の機体だって積んでるじゃねえか」
「……バディドライバの事か?」
「そうだよ。ん?」「
リチャードはある事を思い出した。
「お前ひょっとして記憶が無いのか?」
「ねえよ。なんだ? 教えてくれるのか?」
「ハハハハハハ」
リチャードは嬉しそうに笑った。同時に〈リンドウ〉も腹を抱えて、体を揺らした。笑いを表現しているのだ。
「いるんだよなあ、たまに。転移の時に記憶失くすやつ。まさかミーシャがそうだったとはな。ま、俺の事は覚えてたんだ。よしとしよう。さて、そろそろダンスを踊ろうぜ」
「観衆の前で転ばせてやるよ」
〈リンドウ〉の纏う空気がよりピリピリとしたものになった。遊びは終わりだ。リチャードはそう告げていた。
俺達の戦いはまだ続くぜ!




