ラケナリア襲撃 前編
翌日、奏は龍之介に十数人の男女が集まっている部屋に呼び出されていた。ちらほらと若い顏が見えたが、全員、龍之介率いる組織、ラケナリアの重役達だった。重役が集まってする事など決まっている。会議だ。今日の議題は奏の扱いに関する事だった。
「さて、先程も話した通り議題はこいつの処遇をどうするかだ。こいつは例の謎の機体に冷凍保存されていたパイロットだ。当面、ラビッシュヒープに登録する予定は無い」
奏は席をあてがわれなかったため、迷った末その辺に置いてあった椅子を引きずり座った。龍之介を除くこの場にいる全員の視線が奏に集まった。
「ああ、悪いな。気にせず会議に戻ってくれ」
それを見た龍之介はこれ見よがしに盛大なため息を吐いた。
「見ての通り、一筋縄ではいかん男でな。だからこそこうして集まってもらった。差し当たってこいつが住む場所を確保しなければならない。何か案はあるか?」
「このまま地下で生活させるというのではダメなんでしょうか?」
気の弱そうなお飾りの社長という言葉がよく似合う男が発言した。
「てめえふざけてんのか。とっとと俺に普通の生活をさせろ」
奏は言葉と共に気弱そうな男を睨んだ。男はみるみるうちに頭を垂れた。
「そうからかってやるな。聞いての通り、王子は普通の生活をお望みだ。その線で別の案を頼む」
奏は王子という言葉が気にかかったが、何度も水を差すと話しが進展しないと思い、口を噤んだ。
「ホテルやなんかに泊める……という訳にはいきませんもんね。彼には戸籍がない。身分を要求される場所にはどうしても滞在する事が出来ない。となると、当面の間この場にいる誰かが彼を匿う、という事になるでしょうね」
自信に満ち溢れた若い男が発言した。
彼の言った事は最もだった。だが、こんな厄介者を好き好んで家にあげる奴はいなかった。その証拠に全員が目を逸らして口ごもっていた。
「片桐の言う通りだな。だが、こんな男と好き好んで生活したいやつはいないだろう。そこでだ。これをチャンスと見てほしい。こいつの面倒を見てくれればそれなりに俺の心象は良くなる。これをどう思うかはお前たち次第だがな」
その言葉を聞いた重役達の反応は2つに分かれた。すなわち匿う事によって生じるデメリットよりも龍之介の心象が良くなる方がメリットがあると考え計算する者。もう一つはその逆だ。奏を匿うデメリットの方が多いと考え計算する者だ。
暫しの間彼らは思案する動作をしていた。いい加減待つのにも飽きてきた時、一つの手が上がった。
「私が彼を匿います」
若い女だった。年は俺と同じか少し下。茶色ががかった髪を後ろで柔らかくまとめていた。
「高坂か。ふむ、お前なら確かに適任かもしれんな。しかし、女となれば不安もあるだろう。護衛役を付けるか? 優秀なのを見繕ってやるぞ」
龍之介は高坂と呼ばれた女を視界に入れながら考えこむようなフリをして言った。
「いえ、大丈夫です」
高坂はきっぱりと言い切った。その瞳には強い意思が見て取れた。
「よし、話しはまとまったみたいだな。俺はおっさんと二人で話しがしたいんだ。あんたらはどっかに行ってくれ」
衣食住が確保されれば問題の大部分は解決する。ある程度コーズエフェクトの情勢を確認したら〈フリージア〉を奪ってトンズラする。奏はそう考えていた。
「そういう訳にはいかない。お前には、お前のいた世界について説明してもらう」
龍之介自身もさっさと終わらせたいのだろう。言葉端々に面倒という単語が纏わりついていた。
「そんな事を言われても俺には記憶がないんでな。むしろこっちが聞きたいくらいだ」
実際今の奏に話せと言われても大した事は話せない。ひらひらと手をふらつかせてふざけて言った奏を見ると、話す気がないとわかったのか龍之介が観念したように言った。
「そうだったな。わかったよ。高坂、必要な手続きはこっちでやっておく。こいつを連れてってやってくれ」
「わかりました」
「その前にフリージアの状態を見させてくれ。ひょっとすると何か思い出すかもしれん」
「……いいだろう。正し、監視を何人か付ける。妙な真似をすればズドンだ」
「へいへい。少なくとも今すぐにはそんな事はしねえよ」
○
案内されて着いた格納庫に収容されていた〈フリージア〉の状態は最悪だった。奏の記憶に残っている姿とは似ても似つかない姿でそこにいた。全身を槍に貫かれ、装甲も所々剥がれていた。しかし全身がボロボロの状態であっても、コックピットの周辺の被害は比較的少なかった。傷ついてはいたが装甲は残っていて、執念で守りぬいたかのようだった。
「フリージア……」
その姿を見た奏は愛機同然に心が傷んだ。穴あきチーズのような記憶の中にもこいつと一緒に駆け抜けた戦場が多々あったのを覚えていたからだ。
「まだ生きてるのか?」
「ほぼ全壊に近いに状態ですから動かないかと。今解析班が解析中です。見てみますか?」
「そうさせてもらうよ」
外から見た通り、コックピットの中はさほど壊れてはいなかった。2台あるリニアシートの内、前面のリニアシート側の一部の端末が使用不可能になっている程度だった。〈フリージア〉に乗って戦っていた記憶はあるが、機体がタンデムだったという記憶はなかった。
穴あきチーズの記憶を頼りに、奏は機体の起動を試みた。
「無理ですよ。解析班が何度も試したはずです」
「みたいだな」
起動しない事を確認し、コックピットから這い出そうとしたまさにその時、けたたましいサイレンが鳴った。
サイレンを聞いた格納庫にいた人々の動きは早かった。各々が持ち場に移動し指示を待っていた。
「これは……」
「なんだ? 俺は何もしてないぞ」
「敵襲です。なんていうタイミングで……」
「それはヤバいんでないの?」
「最悪です。敵勢力の規模はわかりませんが、主戦力であるグラジオラスが別任務でいないんです。残っているのは……」
「聞こえるかい?」
格納庫に設置されていたスピーカーから女の声が聞こえた。
「舞? どういう状況?」
「リインカーネーションの量産機部隊よ。結構な大部隊で来てる。デンファレはもう出撃てる。あなたも急いで出撃して」
「わかった。急いで出撃する」
「俺はどうすればいいんだ?」
高坂は奏の言葉に苦虫を噛み潰したような顏をして思案した。
「そのままコックピットにいてください。下手に動かれるよりはマシです」
そう言って高坂は〈フリージア〉のコックピットを降り、自身の機体の許へと走り去って行った。
○
加蓮レイナードは歯噛みした。レーダーには19機の〈パロット〉が映っていた。対してこちらは3機の劣化〈パロット〉に自身の機体である〈デンファレ〉を含めた4機だけである。
〈デンファレ〉は見た目こそ量産機である〈パロット〉とは一線を画していたが、中身は〈パロット〉のハイエンド仕様だった。明確に違う点は背中に装備された2門の専用武装30ミリガトリング砲の存在だった。しかしそれも大きな隙が生まれてしまうため、狙撃砲の支援無しでの使用は困難だった。つまり、状況は絶望的と言ってよかった。
「地形を利用する! ダンとディーは第一社屋を壁にしろ! シンはあたしと右から敵を撹乱する。ムーブ!」
「了解!」
3つの声が重なった。
加蓮の指示に従いダンとディーは第一社屋を壁にし、懸命に敵に弾幕を張っている。が、いたずらに弾を消耗しているだけで、敵の撃墜には繋がっていなかった。
加蓮とシンは敵の弾幕が予想よりも激しく、進行が遅れていた。7機の〈パロット〉が二人を撃墜しようと38ミリアサルトライフルを雨の様に撃ってきている。このまま消耗戦が続けば数の少ないこちらが負けるのは明白だった。
(やるしかないか。部下を死なせる訳にはいかない)
「シン! あたしが突っ込む。その隙にグレネードをありったけ敵に投げつけろ!」
「無理だ! やめろ加蓮!」
「無理でもやらなきゃ死ぬ! 行くぞ!」
〈デンファレ〉は隙の大きい30ミリガトリング砲を撃ちながら前進した。思い切りブースターを吹かしたが、ガトリング砲の反動で思うようにスピードが出なかった。
「ぐっ!」
敵の銃弾の一部が〈デンファレ〉の肩をかすった。装甲が剥がれ落ち、衝撃が加蓮に伝わった。
敵が〈デンファレ〉に集中し始めた時、頭上に5つのグレネードが舞った。
敵陣中央に落ちたグレネードは一瞬の後爆発した。19機の〈パロット〉の内11機が大破、3機が中波した。
「やったぞ加蓮! 早く離脱しろ!」
「わかってる!」
ブースターを吹かし、後退しようとした加蓮の目に写ったのは一機の〈パロット〉だった。伏兵として一機だけ別行動をしていたのだ。
「しまっ――」
やられた。そう思い加蓮は衝撃に備えたが、一向に衝撃は襲ってこなかった。目を見開くと、眼前に立っていたはずの〈パロット〉が崩れ落ちていた。
「油断大敵だよ。一人でガトリング撃つなんて何考えてるの」
「美咲! 助かったよ!」
武器を構え、トリガーを引く寸前に〈パロット〉は〈デルフィニウム〉の専用武装、48ミリ狙撃砲によってコックピットをダイレクトに狙撃されたのだ。
「残りは?」
「残りは7機。内3機は手負いだ」
ブースターを全力で吹かし後退しながら加蓮は答えた。
「オッケー。それじゃいつも通りの戦法を取りましょうか」
「りょーかい。残りの3機は共同で中破した3機を撃破しろ!」
「了解!」
加蓮と美咲による戦法はごくシンプルなものだった。〈デンファレ〉がガトリングをばら撒きながら敵に近づき注意を引く、その横から〈デルフィニウム〉の正確な狙撃で敵を一機ずつ確実に撃破していく。シンプルが故に効果的な戦法だった。
1機。また1機と次々に敵機が撃墜されていく。先程までの劣勢が嘘のようだった。
「なんとかなりそうだね。シン! そっちはどう?」
加蓮が言った。
「後一機だ。もう終わる」
「りょーかい。美咲、こっちも終わらせるよ!」
オッケー、そう言おうとした美咲の耳に一つの通信が入った。〈パレット〉が一機本社に侵入していた、と。
「まずい! 加蓮、本社に一機侵入していたみたい!」
「嘘でしょ! オーケーわかった。こっちはあたしに任せてあんたは本社の護衛に!」
「わかった。気をつけてね!」
美咲はブースターが焼けつくのも厭わず(いとわず)限界いっぱいに吹かし本社へ急いだ。
敵が侵入した地点である格納庫に着いた美咲は、その場の光景に思わず目を見張った。




