休暇
護衛任務の翌朝、奏は妙な息苦しさに目を覚ました。それもそのはず、奏の頭はアザミによって抱きしめられ、胸の内にあったのだ。
昨夜、奏の事が心配で眠れなかったアザミは、合鍵を利用し奏の家に侵入していたのだ。ベッドの淵に腰掛け、奏の頭を撫でながら穏やかな寝顔を見ていたら眠たくなり、そのままの流れでベッドに入り、奏を抱きしめながら寝たのだ。
「おい、起きろ」
頭に感じる柔らかな感触に名残惜しさを感じながらも、奏はアザミを引き剥がし、頬をペチペチと叩いて覚醒を促した。
「ん。んん? ああ、おはよう。奏」
「なんでアザミが家にいるんだ。どうやって入った。鍵は閉めてたはずだぞ」
「どうやってって普通に鍵を開けてよ」
「普通? いや、もういい。頭が痛くなりそうだ。俺はまだ眠いんだ。寝かせてくれ」
「おいで。お姉ちゃんと一緒に寝よ?」
言うが早いかアザミはその豊かな胸に奏を導いた。
「もう、どうにでもなれ……」
「いい子いい子」
アザミは優しく奏の頭を撫でた。アザミから漂う柔らかな甘みのある匂いに、奏はいつの間にかこの上無く落ち着いていた。昨日の戦闘の疲れもあり、再びに眠りに落ちるまでに時間はかからなかった。
○
あの後2時間程寝た奏は、龍之介に呼び出され執務室に行った。また何かミッションを言い渡されるのだろうと思っていた奏は意外な言葉を受けた。
今日から3日間の休暇を取れと言い渡されたのだ。更に、身分の問題からラケナリア本社周辺でしか行動を許されていなかったのだが、今回の休暇では街を自由に散策しても構わないと言われたのだ。おまけに物品の購入等にかかる費用は本社持ちだった。もちろん、本社の監視つきではあるが。
これはオリジナルという身分上、破格の待遇であると言っても差し支えなかった。3大組織を除き、通常政治的に大きな価値があるオリジナルは軟禁状態に近い生活を強いられる。ある程度の数を保有しているレフトアウトであれば制限付きで行動を許される場合もあるが、2人のオリジナルしか所有していないラケナリアでは異例としか言いようがなかった。
きな臭いものを感じながらも休暇は休暇だと割り切り、アザミと奏は街に繰り出した。
コーズエフェクトにおける街とは基本的に、オリジナル等の戦力を格納する設備、兵器の開発設備、ジャンパーや組織の重役達の居住区を統括した本社を中心にして広がっている民間人の居住区や商業施設の事である。それらを一纏めにしたものが俗に組織と呼ばれている。
レフトアウトと3大組織を明確に分けるものは無いが、規模という点で見るとやはり大多数のレフトアウトは3大組織の足元に及ばない規模だった。
「ねえ奏、何から見る?」
奏の隣にいたアザミが言った。
お出かけ用のロングスカートを履いていたアザミの姿に奏は少なからず心の高揚を感じていた。普段から何かと奏の後をついてまわる事の多いアザミの姿は見慣れていたはずだが、街という常に無い場所での行動からかアザミの容姿が人目をひくを事を再認識した。
「とりあえず買い物よりも街を把握したい。俺達の世界とどの程度の違いがあるのか確認しておこう」
「そうね。それがいいわ。それじゃあ……」
言ってアザミは龍之介に渡された端末に目を落とした。
「まずは大通りに行ってみましょう。人通りも多いはずだからきっと面白いものがあるわ」
「そうするか」
○
「なんでこんなに人が集まってるんだ」
「何かイベントでもやってるのかもしれないわね」
「まあいいや。施設を見て回るか。まずはあれだな本屋に行こう」
「待ってね、本屋は……ここから近いみたいよ。行きましょうか」
5分程歩き、2階建ての本屋に着いた。店内に入った2人はまず歴史書を探した。適当なものを見繕い2人で立ち読みをする。
内容は学生向けという事もあり大まかなものだったが、2人の知りたい事は載っていた。すなわち、コーズエフェクトという世界の成り立ちだ。
「3大組織から派生して出来たレフトアウトが各地に広がったのが今の世界か」
「だから組織と組織は隣接していないのね。今までは自給自足状態で生活出来ていたけれど魔法生物の出現で各組織はイヤでも連携を取らなければいけなくなった」
「そうして組織ごとに隔たりのあった技術水準が足並みを揃えて、オリジナルが来たことによって魔法生物に対抗出来るようになったと。……俺達の存在ってなんなんだろうな。オリジナルがいなければ組織は一つになってたのにな」
「そうね。でもオリジナルがいなければこの世界が滅んでいたかもしれないというのも事実よ。だから一概に悪いとも言えないわね」
「まあ気にしてもしょうがないか。知りたいことは知れたし、小説を買おうかな」
「小説好きなの?」
「大好きだ。俺は本さえ与えられていれば大人しく一日を過ごす」
「そうなの。じゃあ今度からは小説を一杯用意する用に龍之介に言わなきゃね」
「そうだな。そうは言ってもこっちの世界の本が俺に合うかどうかわからんがな」
「ものは試しよ。一冊買って行きましょう」
2人は2階に上がり「デトネイター」という小説を購入した。1人の異世界生命体がコーズエフェクトに現れ、宇宙からの侵略者を次々と撃退していくという娯楽小説だった。
○
次に2人が訪れたのはカフェだった。出された料理は本社のものよりもグレードは落ちるが、新鮮な場所での食事だったので2人は舌鼓を打った。
「それにしてもレフトアウトってのは皆こんなもんなのか。とてもじゃないが龍之介の言うようなお寒いお財布事情とは思えないぞ」
「案外、あなたのおかげかもよ?」
「俺の? なんでまた」
「あなたは興味が無いから知らないかもしれないけど、あなたの稼いだ外貨は結構なものなのよ?」
「へえ。それは知らんかったな」
「アンダーザブリッジの財産に加えて、この間のミッションで得たお金はすごい金額だったみたいよ。今ラケナリアは潤っていると言っても問題ないわ」
「そりゃよかった」
奏はどこか人事のように言って空を仰いだ。空には二つの小さな太陽が輝いていた。雲一つ無い空と相まってか、奏はどこか不気味だなっと思った。
不意に、奏に衝撃が訪れた。背後を歩いていた人が奏の椅子にぶつかったのだ。
「あっ。すいません」
「ん?」
キャスケット帽を深く被った小柄な女だった。その目はどこか怯えているように見える。
「おいおい。何もとって食おうって訳じゃないんだ。そんなビビらないでくれよ」
「す、すいません。それじゃ、私はこれで」
そう言って女は帽子を深く被り直し歩き去っていった。
「随分と可愛らしい子だったわね」
「かもな」
「あらあら。仮にもデート中なんだから嘘でも否定しないとダメじゃない。お姉ちゃん悲しいわ」
「成る程。それはすまなかった。お詫びとして今から全裸で叫びながら大通りを走り回ってくるから許してくれ」
そう言ってベルトを外し始める奏。
「や、やめなさい! 私が悪かったから。後で私の胸揉ましてあげるから!」
「お前は何を言ってるんだ?」
自分の口走った内容に気がついたのか、アザミは赤面した。
「そもそもどこから胸が出てきた」
「それは……ほら、あなた寝てる時よく私の胸に顏を埋めるから……落ちつくのかなって」
「マジかよ!? なんてこった、俺のクールでイケメンなイメージが崩れちまう」
「誰もそんなイメージ持ってないと思うわよ?」
アザミは奏を冷めた目で見つめていた。
「あ、なんかその目この前も見た気がするぞ」
「あなたは……。ふざけるのは私の前でだけにしなさい。その内訴えられるわよ」
「訴えられても俺のバックには龍之介がいるからな。問題無い」
アザミは頭を抱えた。
「もういいわ……。私見てみたい所があるのよ。行きましょう」
○
「わあ……。見て、奏。ほら、可愛いでしょ?」
カフェを出た2人は総合ショッピングモールの一角にあるぬいぐるみショップに来ていた。
アザミは手にしたぬいぐるみを奏に見せているが、虚ろな目をしたアルパカは可愛いとはお世辞にも言えない。むしろ、不気味だった。
「俺はアザミのセンスが理解出来ねえ」
「ええ……可愛いと思うんだけどなあ……。あ、じゃあこれなんかどう?」
次にアザミが手にしたのは口から血を流して臓物がはみ出ているトラのぬいぐるみだった。造形自体は可愛らしいのだが、血と臓物が全てを台無しにしていた。
「あれ? 俺のセンスがおかしいのか? 店員さーん!」
「はい。どうされましたか、お客様?」
「このぬいぐるみって売れてるんですか?」
「そのぬいぐるみは……」
店員はアザミの顏色を伺いながらおずおずと言った様子で語り始めた。
「その、あまり売れ行きはよく無いと言うか……。もうそろそろ棚替えを行うんですが、その際のセール品に選ばれている品ですね」
「だってよ」
「可愛いのに……」
「あ、いえ! 決して売れてない訳では無いですよ!」
アザミが落ち込んだのを見て、店員が慌ててフォローを入れる。
「いいんです。このシリーズと、あのアルパカのシリーズください」
「かしこまりました。少々お待ちください」
アザミは結局、臓物が出ているぬいぐるみと虚ろな目をしたぬいぐるみのシリーズを一つずつ買った。
その後、店内を一周し、2人は本社に戻る事にした。
○
同時刻、ベイビーキャレッジのオリジナル、ナルキスの搭乗者タカシ・レオリオは戦場にいた。
「へへっ。今回の任務はチョロそうだぜ。なんてったって集団で一匹のはぐれ肥満型魔法生物の撃退だもんな。俺なんもしなくてもいいくらいだぜ」
「レオリオ。油断するなよ、一匹とはいえ魔法生物だ」
オペレーターの男が諌めるように言った。
「だーいじょうぶだって。俺に任せとけばこんな任務問題ないぜ」
その態度が問題なんだ、という言葉をオペレーターはなんとか飲み込んだ。
「パロットを中心とした量産機部隊が先行している。レオリオはこれの援護に回れ」
「りょーかいだ!」
「戦闘区域に突入。降下するぞ。準備しろ」
ヘリのパイロットが言い、ハッチが開いた。レオリオは軽くブースターを吹かし、ジャンプをするように飛び降りた。が、地面に降り立ち、戦況を把握したタカシは怖気づいた。
「量産機部隊、予想よりも被害が多いみたいだな。よかったじゃないか見せ場だぞ。頑張れ」
「き、聞いてないぞ。肥満型は弱いんじゃないのかよお」
「お前なら出来るさ。必要なら、応援を呼ぶぞ?」
「い、いや。ヒーローはこれしきの事で動じないんだ! ナルキス、行くぞ!」
レオリオは吹っ切れたように左背部のチェーンガンを撃ちながら肥満型魔法生物に接敵した。弾が当たる度にぐじゅぐじゅと赤黒い血を大量に流すが、肥満型魔法生物はさしてダメージを負っている様子は無かった。
「お前ら、逃げろ! 後は俺がやる!」
量産機部隊の前に立ち、そう叫ぶレオリオ。言っている事は勇ましかったが、コックピットで彼の脚は震えていた。
ぶくぶくと肥え太った体の動きは緩慢だが、一度捕まればその剛力によって一瞬で潰されてしまう。そのため、レオリオは一定の距離を保ちながらチェーンガンと右手に持ったライフルを連射しながら肥満型魔法生物の周りを回った。
「こいつもくらえええええ」
レオリオはチェーンガンとライフルのみならず、ミサイルも放った。発射された弾全てが肥満型魔法生物に吸い込まれた。爆炎が晴れ、現れたのは息絶える寸前の肥満型魔法生物だった。
「終わりだ!」
レオリオは少しでもスピードを上げようと、左手に残るレーザーブレードを除き、全ての武装をパージした。
ブースターを全力で吹かし、レーザーブレードを展開。肥満型魔法生物を真っ二つにした。
「肥満型魔法生物の撃破を確認。やれるじゃないか」
レオリオはオペレーターの声に安堵した。
「ハアハア。ヒーローは……負けないんだ」
レオリオはその後現れたヘリに撃破した肥満型魔法生物と共に回収され、ベイビーキャレッジへと戻っていった。




