英雄
霧島奏が転移する2年前、完全に壊れたアガサに乗り、転移してきた男がいる。男の名はナガセ・ナズナ。転移直前の戦いでナズナは深く傷ついていた。額は切れ、肩には機械の部品が突き刺さっていた。一刻も早く治療を行わなければナズナは失血死してしまう状況にあった。
(ここまでか)
転移する前の世界で世界大戦に駆り出されたナズナは、異常とも言える卓越した操縦センスが国家に重宝され酷使されていた。
最初はただ国を守るための戦争だった。それはいつしか国を広げるための戦争へと変わっていったが、ナズナはそれでも帰るべき場所を守るためにひたすら戦った。戦い続け、いつしかナズナは英雄と呼ばれるようになっていた。
英雄はアガサを動かす事の出来る最低値の適正しか持っていなかった。機体を動かす度にかかる精神負荷と浄化しきれない粒子によって肉体はボロボロだった。それでもなお彼は戦った。戦い、たどり着いた先に待っていたのは守るべき故郷の滅亡だった。
英雄は絶望した。何も守れなかったのだ。四肢が麻痺し、彼は国家の狗に食われた。本来であれば彼はそこで死んでいたはずなのだが、なんの因果かこちらの世界に転移してきたのだ。彼もまた、この世界に選ばれた一人だった。
車の駆動音が聞こえた。車は近くに止まったようだ。ナズナは目を開ける事が出来なかったが、ギリギリ繋がっている意識を鋭敏化させ、耳を澄ませた。
「ひどい怪我だわ、急いで手当を。大丈夫、絶対に助かるわ!」
ナズナは返事をしようと口を開いたが、開いた口から漏れるのは空気の抜ける音だけだった。
機体から運び出され、車に乗せられた所で彼の意識は途切れた。
○
「ごめんなさい。あなたには、また戦ってもらわないといけない」
ナズナを発見し、救出したフィオナ・アルメリアはナズナに言った。
「構わないよ。俺が戦わないとクラスペディアが失くなってしまうんだろう?」
元々がレフトアウトであるために裕福であるとはいえない状況にあったクラスペディアは、一機のオリジナルに経済の全てを頼っていた。しかし、ナズナが治療中に唯一の拠り所だったオリジナルを失い、深刻な経済危機に陥っていた。
「あなたの機体を解析したけど、どうやっても粒子を無害化することが出来なかったわ。機体は直ったけど、あの機体は搭乗者を殺す」
「いいんだ。拾ってもらった命だ。恩は返したい」
「ありがとう……」
かつて英雄だった男は乗機〈ベルリオーズ(断頭台)〉の元へと向かった。どれだけ足掻こうと断頭台は少しずつ、しかし着実に彼を引き寄せる。逃れる術は無いのだ。
最初のミッションはレフトアウトの占拠だった。彼はその圧倒的な戦闘力で防衛部隊を全滅させ、オリジナルをも撃墜した。
クラスペディアの代表であるフレデリックは歓喜し、彼はきらびやかな賛辞でナズナを迎えた。新たな土地を得たフレデリックが次に命じたのはラビッシュヒープへの登録と、魔法生物討伐ミッションの達成だった。
彼は単機で騎士型魔法生物を2頭撃墜した。フレデリックは2頭の騎士型魔法生物を手土産にリインカーネーションに取り入った。
リインカーネーションとのパイプを確保したフレデリックは、ナズナにオリジナルの確保を命じた。
ナズナは2機のオリジナルを所持するレフトアウトへと赴き、搭乗者を殺し、機体のみを確保し、クラスペディアへと持ち帰った。オリジナルを失ったレフトアウトが辿る道は一つしか無い。組織の滅亡。彼はこの時点で二つの組織を壊滅に追い込んでいた。
彼はその後も〈ベルリオーズ〉に乗り、戦場を駆け抜けた。クラスペディアは彼の犠牲の元、短期間でレフトアウトとしては異例な程の外貨を稼いだ。
「無理、させてるよね? これだけあれば、他のオリジナルを引っ張ってくる事が出来るわ。もう、ゆっくり休んで」
「そうか……。少し疲れた」
黒かった彼の髪は気がつけば白が目立つようになっていた。目は窪み、生気を感じとる事が出来なかった。それでもなお、彼は立っていた。傍らに佇むフィオナのために。
「肩、貸すわ。帰りましょう。私達の家へ」
クラスペディアは安定期に入った。手に入れた弱小オリジナルを使い、外貨を稼ぎ、手にした外貨を元に、世界の盟主となるべく様々な謀略をめぐらした。
フレデリックは彼に一時の休息を与えたが、いずれ大きな戦いが起こる事を予見していた。魔法生物を放置する訳にはいかないのだ、いずれ組織が連合を組み、大規模な討伐ミッションを行うだろう。フレデリックはそれをチャンスと考えていた。故に、主を失った〈ベルリオーズ〉の刃を研ぎ続けた。
機体の機動性を上げるためブースターを増設し、自機を守るフィールドを発生させる装置を取り付けた。武装も最新式の高精度ライフル、超火力のバトルライフル。対魔法生物用のプラズマライフル、ハイレーザーキャノン。クラスペディアが用意出来る最高の装備を搭載した。
疲れた果てた彼と、彼に寄り添う彼女には知らせずに。




