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二十四章 お姫様はハッピーエンドのあとが問題? 王子様はエンドレス裏ボス戦! 四

 塔からの脱出がはじまる。

 優勝者のシサバさんと報酬権利を譲渡されたオレはまだ、狙撃などで狙われる恐れがある。

 メセムスは魔法人形の回復力で、片足をひきずりながらも歩けるようになっていた。

 オレとリフィヌをかついでもらい、最も大柄なタミアキさんはシサバさんの背に乗せてもらう。


「マキャ坊の無茶で腰が……」

 アハマハおばあちゃんもすぐに脱出を希望し、オレたちとの同行も希望した。

 ポルドンスも顔がボコボコになりながらも生きて引き上げられ、タミアキともども同じ要望。

「この距離じゃ『平和のあぶく』が足りねえか」

 人形師マキャラも足をひきずっていた。

 三人には光の泡が無く、『平和の浮沈艦』から『少しお待ちを』という声がかかっているらしい。


 マキャラは自分たちで使った移動部屋へ入り、いくつかのガラクタをひきずりだす。

「メセムス様をあんなになるまでこき使ったユキタンもぶち殺したいところだが……今はメセムスちゃんの手当てが先だ」

「ここで治せるの? それならオレを殴るくらいは……」

 マキャラは即座に殴りかかり、光の泡にはばまれる。


「メセムスちゃんを悲しませたくねえから、今はこれで見逃してやらあ。だから、その……傀儡魔王様のお体を……いえボクは決して、よこしまな気持ちなどではなく……いじりまくり……いえ、お手当てさせていただきたく……」

 よだれをふけオッサン。



 移動部屋でしばらくあひゃあひゃ叫ぶ声がした後、あちこちにゴテゴテ陶器片をつけたメセムスが出てくる。

 普通に歩けていた。

「自動修復を早める程度の穴埋めをして、あとはバランスをとっただけ……でございます。地上までの運搬くらいなら、もつはずでございます」

 鼻血をふけオッサン。


 モニターごしに副神官長ショインクさんから正式な停戦の申し入れがある。

 これで地上階でミラミラに撃たれる心配もなさそう。

 やや遅れて、騎士団のスコナさんからも。

 ついでに邪鬼王子とラカリト氏からも。


「すまないユキタン。合流を遅らせてもいいか?」

 アレッサの行き先はわかっている。

 レイミッサの斬ったワッケマッシュとノコイの救助だ。

「土偶にやられてなければ生きているかもしれない」 

「追い討ちと勘違いされないようにね」


 シャルラは距離を開けてうっそうとにらんでいたけど、移動部屋には一緒に乗りこむ。



「ババ様よお、優勝決定後に停戦がこんなスイスイまとまるなんてのもはじめてじゃねえか?」

「ユキタン同盟がはさまると、疑う気もしないからねえ?」

 アハマハさんが半分は呆れたように笑う。


「みんなに寄生して支えられて、優勝まで恩返しで譲ってもらうなんて、オレらしいといえばオレらしい結果かな?」

 リフィヌは黙ってほほえみ、オレの腕にしがみつく。

 すげえ。本物のデレだ。

 今なら貧乳を揉んでも許される?

「最後まであんな無茶を……今の拙者の気持ちを伝える腕ひしぎ逆十字はその傷が治ってからです」



 帰りの移動装置は聖王様から指示をもらえた。

「なんで外部からわかるんだろ?」

「ガルフィース様は塔の研究でも第一人者です。コウモリが集めていた塔内情報と、前回の優勝アイテムだった『神頼みの計算機』を妖鬼魔王が提供すれば、おおよそは把握できてしまうのでしょう。前回は移動装置の使いこなしで三魔将のパミラさんすら出し抜いたくらいです」


 残りのほとんどの選手は地上階に集まり、脱出希望だった。

 オレたちに合わせて『平和の浮沈艦』もゆっくり降下し、地上へ着くと同時に突撃部隊が道を開き、十数人の選手を収容していく。

 そして第一便が選手村へ向けて出発。


 大会スタッフ以外では騎士団二番隊のふたり、それを救助へ向かった蒼髪姉妹、そこへヒギンズとニューノさんも合流し、一緒に手当てと救助待ちをしている。

 あとは清之助の一行だけが『完走』を目指す名目で残っていた。



「そういえば、ここで完走できる人っているの?」

「マキャ坊の集めたガラクタには、希少認定されそうな品もひとつかふたつはある見こみさね」

「やるねえ魔術団」


「わらわもそれらしき一品を飲んでおる。孫たちへ盛大な土産を配れそうじゃ」

 アレッサに負けた『妖獣妃』が自分の腹を指して笑う。

「チッ、レアは一個だけだぜクソヤロウ! パッキンにぶっ刺されてなきゃ人数分かすめとれたのによお!」

 神官団はほかにもいくつか盗掘品らしき道具を抱えこんでいた。

「レキュスラさんもミラコちゃんもいつの間に」


 甲板上の雰囲気は意外になごやかで、シャルラだけが隅で膝を抱えてブツブツつぶやいていた。



 中年イケメンおじさんガルフィース様が顔を見せる。

「お疲れ様でした。表彰よりもまずは休憩でしょうか?」

「はい。まずはロックルフの店に直行で、アレッサと清之助が帰るまでいちゃつ……」

「ユキタン様! 報酬は譲渡されましたが、表彰される優勝者はシサバさんです!」

「……まずは休憩を」

 さびしげにつぶやくシサバさんの前へすばやく這いつくばるオレ。

「大変失礼いたしました。どうぞこれからもユキタン同盟とよしなに。もちろん御一族様の嫁不足問題には専門家である清之助に全力であたらせます。ほかにも半馬人族の皆様のご要望がありましたらなんなりと……」

「すごい勇者があったものですねえ」

 リフィヌちゃんの力の抜けた苦笑。

「オレを勇者認定しちゃった主犯は君だ」


「悪徳おじじの店なら、アモロに乗っていけよ」

「メセムス様がオレたちを助けてくれたんだろ?」

 負傷しているカバ獣人とサイ獣人が手をふり、象獣人がコクコクうなずく。


 やっと終わった……まずはザンナのくちびるへ舌をつっこんで吸いつくさないと。

 もちろんリフィヌにもダイカにもキラティカにも……



 到着するなりアモロファトン君の大きな肩へ抱え上げられたけど、座っているだけでもふらふらする。

 ロックルフの店の入り口でグリズワルドに抱え降ろされるけど、もう自分では立てなかった。

「ユキタン様?」

「ごめん。肩を貸して~」

 いいわけしてリフィヌに抱きつき、そのまま奥のテーブルへ。


「ザンナちゅわ~ん」と言いつつダイカの胸へダイブ。

「ごるぁ?! このクソブタヤロウ?!」姉御のその声を聞きたかった。

「こ、こら?!」と言いつつ爪は立てないダイカ様。


「す、少しお待ちを。ラウネラトラさんは? ユキタン様は魔法の使いすぎで……あ、包帯をそっと外しておいていただけますか?」

 そう言うリフィヌもオレの腕の下へ押し倒されたまま寝転んでいる。


「シロウトだから、やばくなる前に気絶するだろ?」

 反対側にザンナが入り、オレの左手の包帯をほどきはじめる。

「いえ、骨折の痛みに耐えるほど緊張感を保っていましたし、鎮痛薬も……」


 店の外の野次馬が急に騒ぎかたを変える。

 姿を見せたのは紅髪の低身長。

「貴様らの医者なら、こちらへ向かわせている」

 妖鬼魔王シュタルガは侍従長と数人の大鬼護衛だけを連れて入ってきた。



 枕に爆乳、両手に妖精さんという勇者すぎる姿を見ても動じない魔王様のかわいげ。

 ピパイパさんも撮影スタッフと一緒にコソコソ入ってくる。


「騎士団の総隊長にまぐれ勝ちするよりはひねりのきいた結末だった」

 無表情にほめられた。

「結末……これで終わりか……」


「なにを不満そうに。まだ続けたいとでも?」

 シュタルガはうっすらと笑い、小さな鉄扇でオレの顔をぞんざいにあおぐ。

「そりゃいいね」

「聞き届けた」

 鉄扇をパチリと閉じ、小さな牙を見せる。


「ユキタンの『要望』した『優勝報酬』として! 第四回『迷宮地獄競技祭』は延長戦……『第五区間』の開催を決定する!」


 シュタルガの強引すぎる解釈に周囲はどよめき、ピパイパさんすらツッコミの仕草。


 ダイカはもちろん、くってかかる。

「せこいにもほどがある!」

 胸にオレのマヌケ顔がめりこんでいるので、画面的にはすごみがない。

「いいよ。予定どおりだし」

 異世界庶民のつぶやきでシュタルガの顔色が変わった。ケケ。


「予定? 延長戦が?」

 ダイカがとまどい、自分の胸の谷間を見下ろす。

「いや……シュタルガちゃんもわからない? それともわかったからそんな顔してる?」

 ニヤニヤしているのはオレだけ。


 ザンナは笑顔をこわばらせて青ざめていた。

「あ、あの、シュタルガ様。アタシがこいつから聞いたのは……」

 リフィヌが手をのばし、親友の魔王配下の口をふさぐ。

「お待ちを。ようやく拙者にも答がわかりました。ユキタン様が予定していた優勝報酬は……」

 もうひとり、ニヤニヤ顔が増える。


「『優勝報酬を妖鬼魔王へ譲渡』……『シュタルガにあげちゃえ』と耳打ちしたのですね?」

「完全正解。さすがオレの従者ちゃん」



 トゲトゲしい王冠をのせた童顔が瞳だけギラつかせる。

「あはは。魔王様が本気で怒っている。その顔、アレッサと清之助にも見せたかったけど……もう宣言しちゃったし、好き勝手に報酬を使っていいよ。シュタルガちゅわ~ん!」


 ダイカの毛が逆立つのがわかった。

 ザンナの手も震えて汗ばんでいる。

 野次馬の多くも青ざめ、距離をとりはじめた。


 シュタルガは鉄扇を侍従長に預け、ほほえんでオレのくちびるを奪う。

 重なったぬくもりは伝わるのに、背筋はやたら冷える。

 優しい感触と裏腹に、しびれるような殺意を感じる。

 こんなひどいキスもあるんだな。


「ここまでの健闘をたたえての副賞だ。第五区間でも勝てたら、わしの貞操でもなんでも好きにしろ」

 そういうことを暗い顔で言う女の子は嫌いだ。


「追加区間の優勝報酬は覇権。開始は四日後……でいいか?」

「お好きなように」

「参加条件は一切なし。コースは『無限の塔』すべて。勝利条件となる入手目標は『聖神ユイーツ』」



 シュタルガが去り、店は追加区間のルール解釈で騒然となる。


「ユキタン様のこの先の展望は?」

 リフィヌは平たい胸の上へオレの腕をのせ、もはやネコのように抱えていた。

「もちろんない。でもとりあえず……ここまではクソメガネの予定どおりだと思うから、あとは丸投げしてしめあげるよ」


「おいい、代表代行のオレがいまだになにもわかってないぞ?」

 ダイカは無意識にオレの頭へしがみついていた。

「シュタルガのルールに守られたまま勝っても、聖魔大戦で覇権を握ったシュタルガに勝ったことにはならないだろ?」

「競技祭そのものをぶちこわす……ねじ曲げる……『不死王の未亡人』に言ってたわね」

 キラティカはオレをうらやましがるより心配していた。


「追加区間の内容からして、シュタルガはもう自分から競技祭を壊しはじめた。ようやくこれで勝負に……」

「な、なあユキタン。オマエがシュタルガ様に勝つっていうのは……」

「ザンナもしあわせになれる結末を目指すってことだよ」

 くちびるを引き寄せようとしたのに、左腕がまったく動かない。

 感覚もない。


 というか全身も動かないので、しかたなく犬耳娘の爆乳を枕に、金髪銀髪のエルフ娘を両手にしたまま、美少女ボケ勇者が飛びこんで来るのを待つ。

「おい……ユキタン?」


「なんでわっちのところへ直行させんかった?! はよう……」

 いつの間にか来ていた変態女医の声もぼやけて聞き取れなくなる。

 視界も暗く…………



 第五区間が開始されてもオレが目を開けることはなく、棺に入れられていた。

 だから以下の内容は、オレ以外の誰かが見聞きしたことになる。



 そのころの神官団テントでは、奇妙な来客があった。

 神官団の選手は第一便で六人全員が収容され、ほとんどが即時入院の重傷。

 最強神官が離反した上、身を寄せた先の即席変人同盟に優勝を奪われ、居並ぶ護衛神官まで意気消沈の表情を並べていた。


「ミラコとミラーノの意地で完走をひとりはだせた。魔王へ媚びる騎士団にだけは優勝を渡さぬ意志も示せた。しかし……この敗北は、ただの敗北ではない」

 神官長ファイグすら、うつむいた顔を上げられないでいる。

「正義の力がおよばず、巨悪に遅れをとったのであれば、このような無力感にひたらず、挽回の準備をはじめていただろう。しかし今は……信徒たちのゆらぎがわかる。信仰の薄れを感じる……」


 上目づかいになり、ようやく暗く笑う。

「だが貴様らのみじめさまでは理解できんがな。教団を裏切り、大戦の英雄を売りながら、人類国家を守るたてまえすら見透かされ、魔王には配下としての無能をさらし……」


 騎士団長バウルカットが深くかぶっていたフードをはずす。

 真っ赤な顔をしかめていたけど、視線を落として耐えていた。


「愚痴を聞いている時間はないのですが?」

 一緒に来ていたふたりもフードをはずす。

 シャルラがまだ傷の手当もしていない顔でほほえんでいた。

 もうひとりは美青年『花の聖騎士』クラオン。


「きっ、貴様は、騎士団の恥部を象徴する分際でなにを?!」

 ファイグはようやく顔を上げて大声をだす。

 右隣にいる副神官長のネルビコが笑顔でなだめる。

 左隣にいるショインクが腕でさえぎる。

「私も神官長の愚痴を聞く気はない。さっさと用件を言え」



「このような競技祭はただの茶番だと、この私が気がつかないとでも?」

「あれだけ恥をさらして今さらなにを……」

 ファイグは呆れて気勢をそがれる。


「す、すべては布石なのです。わかりませんか? 今この展開を予測し……」

「要点をまとめる能力がないなら失せろ。文書でいい」

 ショインク氏が席を立ちかけ、シャルラはそでにすがりつく。

「追加区間の内容です! まさか、選手の検討などしてないでしょうね?!」

 ファイグは病人を哀れむ顔から、言葉の裏を探る顔になる。


「参加条件が『一切なし』とは、兵数も兵器も総力を入れられるということ! 勝利条件が『聖神ユイーツ』様の捕縛なら、ゴールは『無限の塔』の最上階……最低でも三万六千キロの高度! 第四区間の数十万倍です!」

「わかっておる……妖鬼魔王めの宣言はあまりに無茶苦茶すぎる」

「けっこうじゃありませんか?」

 ファイグはシャルラの得意げな笑みの意図に気がつく。


「優勝報酬が『覇権』など、はじめから勝たせる気がないということ!」

「……勝つ必要がないと?」

「さすがのご明察……そう。最弱魔王の狙いがなんであろうと、最弱勇者がどれだけ人気を集めようと、茶番は茶番。世界に現実を思い知らせて、子供じみた火遊びから目覚めさせる時が来たのです!」


「ま、待て。まだ聖王様が救助作業で……」

「だから急ぐ必要があるのです。聖王様は今まで魔王派と反魔王派の和平を進め……」

 ショインク氏が手を挙げ、ファイグとシャルラは眉をしかめて口をつぐむ。

「各勢力を説得するために神官団の同調がほしいわけだな? ただし穏健派の聖王が邪魔だから、いない内に話を進めてあとから巻きこめと? はじめからそう言え。ほかには?」


「そ、そうね……じゃあ、神官団の保有する『あらゆる兵器』の使用準備を。それと麻繰たちの『使いみち』は私にお任せを。……あとはこの、遠大な計画を進めていた『第三の異世界勇者』を教団の象徴とする広報戦略に協力しなさい!」

「第三? 誰のことだ?」

「私、です! ベストセラー新世紀小説『ディスティニーディストーション』を読めばちゃんと……読解力ないのアナタ?! 主人公は作者自身で! 異世界人で! 美しく聡明な聖騎士!」



 塔に残っていた六人の聖騎士は第二便で脱出した。

 アレッサはそのままレイミッサを自分の宿舎部屋へ引きずりこむ。

 自身にも浅くない傷が増えているのに、歩き回って妹の世話をしていた。

 医療スタッフは手を握って延々と話す病的な姉を目撃。


 レイミッサは全身の打撲と足の捻挫。

 ほぼオレたちとの戦闘直後のままで、傷は増えてない。

 ポルドンスたちは斧を奪って置き去りにしたものの、土偶を避けられる小部屋までは運んでいた。


 ノコイとワッケマッシュはしぶとく命をとりとめ、病室で騒ぎ出す。

 さすがは聖騎士で、とっさに身をよじって傷を浅くしていた。

 そして少しでも生き残れる可能性に賭け、死んだふりをしていた。

 レイミッサがどこまで斬る深さを調整していたかは謎。


 ヒギンズも失血による衰弱がひどかったけど、命はつながった。

 ニューノさんはそのために奮闘しすぎたようで、収容直後に倒れた。

 それでも意識はあって、報告を言い切る。


 アレッサはユキタン同盟の面会があれば会うつもりだったらしい。

 でもなんの連絡もなかったため、嫌われているとか怒っているとか勘違いして怖くなり、ふたたびひきこもり、妹の過剰な看護に逃避する。


 だからオレがどうなったのか、魔王軍の放送以外では知らなかった。



 清之助は数人の無名選手と一緒に、競技の終了時間ギリギリまで塔を探索。

 標準以下の魔法道具を人数分より少し多く入手し、『完走』あつかいになるレア相当も一品入手。

 あまりに意外性のない競技結果で観衆の度肝を抜く。



 メセムスはロックルフの店ではなく、ダダルバの元へ直行していた。

 修復作業場では人形師マキャラと再会する。

 シュタルガは才能ある人形フェチをゴール直後に引き抜いていた。

 メセムス専属という地位だけで説得は不要だった。


 ふたりを『完走』させた魔術士組合は丸ごと、魔王軍直属の研究機関へ迎えられる。

 異様な速さで厚遇の年俸が前払いされ、施設も機材も用意された。

 異常な軽さで機密研究資料を閲覧できるようになった。

 アハマハおばあちゃんは『完走』の報酬にしてもおかしいと思いつつ口には出さず、シュタルガから遠まわしに褒められる。


 マキャラは四日間、ほとんど不眠不休で働く。

 メセムスの新しい姿は常時『土砂走行』二百パーセントの五メートル近い体格。

 しかもあちこちを金属で補強され、ますますロボットらしいデザイン。

 それでも似合うメイド服まで用意する困った凝りよう。



 シュタルガは追加区間の開始からほどなく、ほとんどの護衛を失う。

『無限の塔』の『王道の勇者』階層の中央にある巨大柱、その内部には巨大な螺旋階段があった。

 新装巨大メセムスに先導を任せ、低身長の魔王は黙々と昇る。

 コウモリモニターの放送席は人間に奪われ、『妖鬼魔王の首都陥落』を報じていたけど、眉ひとつ動かさない。


「そろそろ『夢幻の道化』の正体も知られるころか……メセムスは気がついていたか?」

 魔法文明の崩壊と、世界の消失を小説に書いた作家。


「ユキタンとザンナが連絡していた様子から。シュタルガ様と推測されマス」

「あの者たちは驚きもしなかったか。しかし地上でバカ騒ぎをしている連中が知れば、どんな行動にでるか……センスのない編集で見たい報道ではないな」


 シュタルガは視線を落とし、ぽつりとつぶやく。

「まだこの物語が、ハッピーエンドになるとでも思っているのか?」


 メセムスの背には横にされた鉄の箱がくくりつけられていた。

 ふたには乱暴なひっかき傷の書き文字。


『ユキタンここにねむる』


 オレが話せたなら、こう答えただろう。


『この物語は必ず、ハッピーエンドで終わる』






(第四部『砂塵の血雨』編 おわり)






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