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二章 犬耳と猫耳ならどっち派? 龍耳か巨人耳だな! 三


「あのマントは移動手段みたいだけど、アレッサはダイカがもどってくると信じるの?」

「ユキタンの『影絵の革帯』のことは知っていたはずだが、奪わなかったからな。あとは……おっと、さすがに目ざとい」

 アレッサが不意に剣を抜き、ダイカの隠れた背ほどの岩壁を駆け上がって跳ぶ。


「烈・風・斬!」

 振り向きざまに放たれる太刀風。

 直後に崖上から翼竜が飛び出し、驚いて下を見た時には片翼を斬りとばされていた。

 奇声を発しながら地面に激突し、動かなくなる。



 崖は数階分の高さ。二十メートル以上ある。

「どうやって来たのがわかったの?」

「羽音だ。同じ翼竜でも、選手登録できる者は大抵、人に近い体型で羽音が大きい」

 アレッサが崖下まで引きずる翼竜は、恐竜のプテラノドンに比べ胴や脚が長い。

 血まみれの頭部もいくらか人に近いバランスだった。


「最後尾で脱落しかけた者から稼ぐ選手は回ごとに増えているが、今大会は翼竜が組織立っていて特に厄介そうだな。目をつけられたくないが……」

 アレッサは再びボクの隣に腰かけ、目をつむって空をあおぐ。


「すでにもう二匹は来ているな。あまり休ませてくれそうもない」

 そうつぶやく横顔はなぜか穏やかで、この世界で見たなによりも神秘的な透明感をたたえていた。



 静かだった。

 崖面に散らばった数十のたいまつがゆらめき、せり立った崖上の隙間では晴れた夜空に星が多い。

 ふと、星をちらつかせる影が見えたように思えた。

「今、あそこに……?」

「あれで三度目だ。崖下を警戒している。ああなっては烈風斬もそうそう当たるものではない。だが……うん、そろそろ来る。頭くらいは守っておけ」


 翼竜の影は見えず、代わりにガリガリとひっかく小さな音が重なって聞こえだす。

 寝そべるしかできないボクを置いて、アレッサが駆け出す。


 バラバラと小石が降り注ぎはじめ、それは徐々にアレッサを追った。

 そして前後から挟むように二匹の翼竜が急降下してくる。

「烈風斬!」

 アレッサに振り向かれた翼竜は急上昇したけど、高速で射出された半透明の刃をかわしきれず、片足を失う。


 そのまま残った片足で崖面を削りながら飛び、再び小石を降らせる……おそろしく地味な牽制だけど、動きを抑える効果はあった。

 アレッサはもう一匹を転がってかわし、かわしながら横薙ぎに片翼を奪う。

 片足の翼竜が再び急降下し、まだ体勢の整わないアレッサの頭上へ襲いかかっていた。


 ボクの背後の岩からガギリと音が鳴り、銀色の疾風が翼竜へぶちあたる。

 大柄な狼獣人は鱗の光る首へ組みつくと、手近な崖面へ投げつける。

 激突してよろけた翼竜の喉へ鉤爪が一閃し、半分ちぎれた首が勢いよく真後ろを向いた。

「烈風斬!」

 片翼を失ってフラフラ着地したもう一匹も、振り返るなり半透明の刃が喉にめりこむ。



「オレがもどらなければ、どうするつもりだったんだ?」

 ダイカの体がシュウシュウと煙を上げながらしぼみ、体毛も薄くなってゆく。

「待つしかない。この先を一人で抜ける自信はなかったからな」

「それなら、なおさら警戒するべきだろう。判断の甘い奴と組む気はないぞ」

 小麦色の腹や胸元が見えてくるけど、残念ながら革のビキニが張りついている。

 この世界で伸縮力のある紐を開発した奴を呪う。


「あの娘を助けたくらいで味方になるとは思っていない。ただ……約束は守るような気がした」

「気が……した?」

 犬娘さんの怪訝そうな顔と、なぜかまた機嫌のよさそうなアレッサ。


「ダイカこそ、なぜ私を信用してもどった?『風の聖騎士』という呼び名を知っているなら、つきまとう噂も知っているはずだ」

 アレッサの笑顔に、いくらかの影がさす。

「騎士団で最も冷酷残忍……『切り裂きアレッサ』の異名には鬼も逃げ出すと聞いた」

 ダイカは目をそらさずに憮然と言ってのける。


「他にもいろいろあるはずだ……魔物狩りに執着し、停戦をぶち壊す戦争狂い。『勇者として処分』するしかない、騎士団の持て余す狂犬……」

 アレッサは自分でつけ加えながら、暗く微笑む。



「オレは言葉よりも自分の耳と鼻を信じる。実際に会ったオマエは……」

 ダイカが言いかけたところで、アレッサは手で制する。

 機嫌の良さそうな明るい顔にもどっていた。

「私は剣しか能がない。ダイカの目つき、身のこなし、斬撃……私が最も頼りにしている剣士としての直感で、約束を違える卑しい者ではないと感じた」


「チッ、聞いておいて先に言うなよ。こっちも勘が働いただけだ。嘘をつく奴のにおいはしない……敵味方はともかくな!」

 吐き捨てるように言って、背を向ける。


 大きく振られている太い尾をアレッサがじっと見ている。

 目が輝きはじめる。

 手がうずうずとのびはじめる。

 待って自制して聖騎士様。


「ダイカ……握手しようか」

 とりあえず握って『すまん間違えた』で済ますつもりですか聖騎士様?!

「今、どぎつい嘘のにおいが?!」

 ダイカがとびのき、アレッサは子犬に逃げられた子供の表情。



 二人の少女戦士は不意に翼竜の一匹に向き直り、顔に緊張をもどす。

「あー、もうだめだー。見つかったー」

 男の高い声。

 死体の影に、小柄な誰かがいるようだった。


「俺がどれだけ苦労して、この数の翼竜を鍛えたと思っているんだー。最初はペンを握らせるだけでも命がけで、登録書類に署名させたのも締め切りギリギリだったのに……」

 疲れた涙声。


「そこに隠れている奴! 魔法道具をよこせばアバラ骨を何本か折るだけで見逃してやる!」

 ダイカがゆっくり近づき、アレッサも回りこむように動く。

「そいつはありがてえけどよお。俺まだ別に、オマエらつぶすのをあきらめたわけじゃねえぞお?」

 情けない涙声。


 ボクは寝ていた地面に違和感をおぼえる。

 起き上がろうとついた片手が、ヒジ近くまで埋まる。

 乾いた荒地の中で、接地面だけが突然ぬかるみと化している!


 振り返ると、アレッサとダイカもひざ近くまで地面に埋まっていた。

 足を引き抜こうとしても、その場での足踏みにしかならない。

「魔王配下二十戦騎の一角、プリゴンド様をコケにしすぎじゃねえかチクショオ……」



 紫のコウモリがここぞとばかりに増員される。

 モニターにパミラの営業スマイル。

「はいはいプリゴンド選手、奇襲成功おめでとうございますねえ。もう完走は難しい戦力消耗のようですが、きれいどころ二人をどれだけ泥沼でもだえさせるか、期待が集まっていますよお!」


 広場のバカ騒ぎを映すモニターが、ゴミひろいの子供にマイクを向けた。

「あのマグロ、なんの意味があって生きてんの?」

 きついよ君。ボクは寝転がって這うだけでも精一杯なのに。

 武人同士なノリで突如いい雰囲気なアレッサとダイカの間に割り込めずに歯がみしていたのに。

 いつの間にか消えている脇役の無念を満喫していたのに!



「なんでこの世界は俺に優しくないんだよ!?」

 叫んだのは翼竜の死体に隠れた魔王配下二十……なんとかのプリゴン氏だった。

「魔法道具はろくなの集まらないし! こんなので第一区間だけゴールしたって、儲けでないし!」


「あのヤロー、なんでさっきから自分で情報をベラベラと……? アレッサ、烈風斬で死体ごと斬れないのか?」

 崖を飛び渡れる獣人ダイカが、ほんの百メートル先にも近寄れずにもがいていた。

「あの死体の厚みでは難しい。プリゴンド自身も沈んでいるようだな……この魔法、まさか……」


「あーあ、笛まで割れてらー。仲間も呼べねーとか、なんなのー?」

 投げやりな悲鳴に合わせ、ガクリと翼竜が沈む。

 ダイカとアレッサも太腿まで沈んだ。



「いーよ、いーよ。ばれる前に自分で言うけどよー。俺の奥の手の『ぬかるみの木靴』って魔法道具がまたしょぼくてよー。範囲や効果は見てのとおり悪かないのに、いちいちこういう気分にならねえと起動もできねえんだよ」

「やはり、絶望やあきらめといった『沈んだ』感情が発動条件か!?」


「どーなんだろな? これ使う状況を前提に戦うのも嫌だから深く考えたことねーけど、『もうみんなグダグダになっちまえ』的な、グズグズに腐った気分になると発動できるんだよな。そんな魔法道具と相性のいい俺の性格とか、魔軍幹部としてどうかと思うし、効果を高めるためとはいえ、手の内ばらし続けるのもなんだかなあ……」

 ダイカとアレッサがみるみる沈んでいく。ボクは元から動けない。


「でも今の状況って、プリゴンさんが一人で聖騎士アレッサと獣人ダイカを完全に封じこめているでしょ! すごいんじゃないの?!」

 口先で努力してみるけど、しばらく反応はなかった。

 でも翼竜の沈みは止まる。


「ヒヒヒ…………そう、そーおなんだよ。効果は悪かないんだ。単調な突撃バカをこれで何人も倒してきたんだよ俺様!」

 いきなり声色が変わる。

 手元のぬかるみが急に柔らかさを失いはじめる。

 ……もしかして、今の言葉は余計なことした?



「あと俺はプリゴンじゃねえ、プリゴンド様だ! 翼竜と知略と残念な性格で将軍階級も間近と自己暗示かけている二十戦騎プリゴンド様だ!!」

 地面が完全に、元の乾いた土にもどる。

 ダイカとアレッサが腰近くまで地面につかまれたまま、プリゴンド様の戦闘意欲だけもどってしまう。


「なんでそんなセリフでテンション上げられるんですかあ?!」

「俺は時おり突然ポジティブになるんだよお! 仲間もようやく見つけてくれたみたいだしなあ! ヒャハーア! こっちだ! こっちこっち~!!」


 翼竜が二匹、崖上から飛びこんでくる!

「烈風斬! 烈風斬!」

「あ……あ……」

 少し地面がゆるくなる。

 素直にプリゴンド様の近くへ着地した、首のない翼竜二体がバッタリ倒れた。


 ダイカが再び巨体の獣と化す。

「グルルルルゥア!!」

 体を支えやすくなった固い地面を鉤爪で掘り壊し、足を引き抜くなり瞬時に十数メートルを駆ける。


「あ~あ。もう完全に赤字だよ~」

 その声でダイカは再び勢いよく地面に沈みこむ。

「またかよ!?」



「あ~あ。ほんと、またかよ、だよ。俺、なんで普通に呼んじゃったかなあ。上から岩でも落とせば勝ち確定だったじゃねえか……」

 アレッサが道の後方を気にする。

 ティマコラがいつの間にか崖の隙間に顔を見せ、震動を届けはじめていた。


「うわー。処刑台きちゃったー。かつてない準備をして最悪の戦績って、どんだけー。俺っていつもこんなだよー」

 震える声。

「このままじゃプリゴンドさんまで巻きぞえだよ! 休戦する気はないの?!」


「そうしてもらえるならありがたいけどなー。ぶっちゃけ『ぬかるみの木靴』をはいた足が地面にめりこみすぎていて、かよわい俺の筋肉じゃ、もはや引き抜けそうにないんだわー」

 本格的に情けない涙声。

「せめて効果をゆるめろ! 少しでも固まればオレがどうにかする! 急げ!」

「魔王配下二十戦騎の一角だろう!? 最後まであきらめるな!」 


「いや、二十戦騎とかただの自称だし。異世界マンのユキタンは知らねーかもだけど、魔軍幹部の役職なんて、三魔将以外はほとんど自称なんだよね。みんな自分が含まれそうな人数で言うだけで。十傑衆くらいまでは有名人だけど、二十あたり名乗る奴なんて実際は何十もいるから、俺もどこまでが同僚だかサッパリ……」


「それはひどいしょぼさだね……」

「今は豆知識を教えている場合かアホウ!」

「ユキタン、ダイカ、悪化させるな! プリゴンドはきっと……やればできる奴だ!」

 放送席モニターの魔王がプフと噴き出し、またガクリとみんなの体が沈む。

「おっと、すまんすまん。干渉する気はなかった……サービスで、途中棄権したいなら今から聞いてやってもいいぞ?」



 いやな予感がした。シュタルガの親切はどこかわざとらしい。

「こんな状況だし、仕方ねーよなー。とゆーか三魔将様に近寄らねーで途中棄権できるならラッキーなのかな俺?」

 ほんの少しだけ、手元のぬかるみが固さを増す。

 でもティマコラはもう数百メートルもない距離まで迫っている。

 プリゴンドはともかく、このままではアレッサとダイカまで途中棄権になる。


「でも、なんもいいことなかったなー。アレッサの『暴走烈風斬』も見逃したし……」

「……そうだ! アレッサにはまだ『暴走烈風斬』があった!!」

 当然、アレッサとダイカとシュタルガはボクを怪訝な目で見る。


 アレッサが『暴走烈風斬』を放っても、翼竜の影にいるプリゴンドは斬れない。

 それどころかボクやダイカを巻きぞえに周囲の壁面を削るだけ。

 そして残るのは服がボロボロになった少女剣士のサービスショット。


 でもボクは手振りでアレッサに誘いをかける。

 独り百鬼ブヨウザとの戦いで、アレッサがボクに舌戦をうながしたように。

「あー、たしかに、こうなってはもお『暴走烈風斬』しかなさそうだなあー」

 すさまじい棒読みでアレッサさんが答える。

 合っているけど、もう少し自然にお願いします。



 でもすでに効果がではじめていた。

 手元のぬかるみに固さが増している。

 残念すぎる性格の魔軍幹部から、グズグズに腐った気持ちが薄らいでいる!

 動きやすくなったダイカが地面を掘り砕きはじめていた。


「アレッサさん、ボクはどうなってもかまいません! もう一度あの、あられもない姿を見られるなら、八つ裂きにされても本望です!」

「え、ええ? それはちょっと……」

 素で嫌がらないでください!

 たしかに本音まじりで言いましたけど!

 ……という趣旨を手振りで必死に伝えるボクは半泣き。

 再び駆け出すダイカ。


「あ、ああ。では斬ってもかまわんのだな? 斬るぞ? ……ユキタン、安らかに眠るがいい……」

 真顔のアレッサさん……本当にはやらないですよね?

 やらないでくださいね?


 ガゴギィッ

 ダイカの足が真上に振り上げられ、小柄なトカゲ男が何メートルか宙に舞う。

「アバラ骨が何本かイったかもしれないが、肺に刺さってなければ助かる」




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