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二十一章 三つの願いを熱く語られても困る! 静聴と賞賛と同情をくれてやれ! 一

「好き勝手にわめきまくったもんだ。有象無象の観客だってひとりひとりは事情くらいあるだろうに」

「シャンガジャンガさんのように、セイノスケ様の役割を潜在意識から補完しておられるのですかねえ?」

 最終区間なのに緊張は薄れ、乾いた表情。


 晴れすぎて黒っぽい空と、暗いほどに赤い大地。

 天井の高すぎる地下迷宮にも思える。

 いかれた照明に背を焼かれながら、真っ直ぐに影のほうへ。

 村を離れた地面はフレーク状の小石だらけで、踏むとミシミシ砕ける。


 開始直後の襲撃もなく、ひたすら歩くだけ。

 地平の黄色いもやは行く手で空へ昇っていた。


「いくら『無限の塔』と言っても、銀河の果てまで伸びているわけじゃないよね? 巨人都市の闘技場を上に伸ばしたような感じ?」

「月までは届かない説が有力ですね。確認はされていませんが、静止軌道の三万六千キロまで、あるいはその倍ほどでバランスをとっていると推測されています」

 さんまんろくせんきろ……富士山の一万倍? 地球一周?

「大きさは見てのとおり、接地部分で巨人都市の数百倍ほどでしょうか?」


「思ったよりまじめに無限ぽいね。下りエスカレーターだらけとか、輪っか状とかのオチを期待していたのに」

「……塔こそは人知を越えた奇跡の象徴であり、教団が崇拝する聖地なのですが」

 リフィヌさんに限らず、カミゴッド教団の建物や神官の衣服には空色の塔のデザインが使われていましたっけ。

「ま、競技の盗掘は最下層の数百メートルだけが狙いだけどな」



 紫コウモリは日差しの熱に弱いとかで、メセムスの胸リボンの下にぶらさがっている。

 モニターも日陰でないと見づらい。

 選手に動きがないため、別方向から塔へ向かう魔王軍、そして各勢力から供出された派遣軍の進軍状況が重点的に放送されていた。


「騎士団は一時間の優位を活かして逃げ切る方針のようですね」

 おかげで休憩中よりも手持ち無沙汰で気まずい。

「アレッサの出発はアタシらより一時間くらいあと。それから一時間くらいで神官団。あとは数十分の間隔で魔術団、妖魔グライム、魚女とアホ王子……」


「塔までの距離は第三区間の半分もありません。なにもなければ追いつける選手はそのあたりまでになりますが、近づくほど障害も増えます。昼ごろにゴールした魔王軍の中堅集団までは追いつく前提で考えましょう」

 競技の打ち合わせを時々するだけで、どうもギクシャクと目が合わない。


「実際のハーレムって、そんなに楽しくないのかな?」

「さあな」

「専門外ですので」

 最重要事項の打ち合わせにはのってくれない。

 暑さで露出が増えていたのに、ふたりとも早々に日よけの外套をかぶってしまうし。



 行く手の尾根がやたら大量に砂を流していると思ったら、電車のような大きさの管が持ち上がってきた。

「障害って、巨大ミミズとか?」

「ええ。巨竜に匹敵する個体はもう観察されないそうですが……でもいますねえ?」

 ザンナを乗せたメセムスがすでに走り出していた。


 砂を落とすザラザラという音が急に大きくなり、瀑布のような轟音になったあとで急に途絶える。

 ふり返ると電車は徐行運転で空を飛び、オレを着地点に天然の歩道橋を作ろうとしている。

「走り続けてください! 何度か跳べば疲れてあきらめます!」


 重い爆発音。

 斜めに走って十メートル以上も開けたのに、足元が浮くような震動。

 はねた砂がバシバシと背にたたきつけられる。

 腕に当たった小石はけっこう痛い。



 砂に足をとられ、小石がバランスを崩し、走りにくい。

 背後でふたたび爆発音。

「ここで『くどきまくれ』の適用は難しいかな?」  

「視覚も聴覚も大雑把ですからねえ? 口に入れて柔らかければ好意を持たれるかもしれませんが」

「おーい、だいじょうぶかー? メセムスさんの『土砂装甲』は切り札にとっておくぞー?」


「こんなのただの肩ならしさ!」

「ええ。ですから強がってかっこつけるような場面でもありません」

「足がすくまなきゃだいじょうぶだー。でかいわりに速いけど、考えなしに飛んでいるから着地ごとに自分で内臓をいためて……へばったかな?」


 ふり返ると巨大ミミズは地面を這いずり、体を持ち上げる様子がない。

「足をゆるめないでください!」

 そしてようやくミミズらしく地面をのたうち迫ってくる。

 そのほうが速いじゃん。


「うぉっぷ?!」

 腰まで砂の高波が襲いかかり、引き倒されそうになる。

 併走していたリフィヌ様が足輪を光らせるけど、陽光脚は発動しなかった。


 ほんの数メートルの背後、砂よりも赤黒い巨大肉管はのったりと息切れしている。

「歩き続けてください。足を止めると気が変わるやもしれません」

 息を整えながら、手荒い歓迎に早足で別れを告げる。



「ユキタン選手、しょっぱなから砂漠の主サイズに大当たりです! 類は友を呼ぶ! あの大きさだと味も大雑把らしいですが、魔獣のエサとして量は十分! なにより疲れている内は捕獲しやすいので、調達部隊さんは急行お願いしま~す!」

 コウモリモニターではウサ耳さんも砂漠に出ていた。

 連なる数十の荷馬車部隊で多くの兵士に囲まれている。


「少しコースがずれたかな?」

「とりあえず西へ向かえば、これくらいは問題ねえ。最終区間はコースアウトしても襲われないし」


 モニターのウサ耳さんがザンナにうなずいて手と胸をふる。

「貴重な突撃要員ですから、ちゃんと御案内いたしますよ~? 棄権にも賄賂は必要ありません。護衛や囮に使えますから。ご希望でしたら連絡お願いします!」


 競技コースの図面が映され、およそ数キロのコース幅、点在する数箇所の補給基地、数十の待機部隊の配置も表示されている。

「これがすべてではありませんが、コース上の魔王軍部隊は水分補給など、選手への協力を担当しています。では東盗掘砦のヤラブカさ~ん?」



 古風な石造りの屋内が映る。

 内装はボロボロの廃墟で、いくつかの木箱が積まれて武器や食料が用意されている。

 画面隅には兵士がかたまってしゃがみ、青ざめて震えていた。


 中央の赤髪ネズミ娘は大きなリボンをつけた肩の下に血のにじむ包帯が見え、額には大きく『マヌケ』と書かれていた。

「はい、こちら真東にある盗掘砦のヤラブカです。現在は塔に動きはなく、霧がたちこめているだけです」

 窓の外は真っ白で、室内までもやが入りこんでいる。


「盗掘職人の予報でも危険は低め。死者は三桁に収まる見込みですが……山の天気と同じく、来る時はいきなりですから……そろそろ私は……」

「出撃にはやる気持ちはお察しいたしますが、自爆は指示が出てからお願いしますね! 良くも悪くも身内さんの将来に関わりますよ~?」


 画面に黄色や緑や青い髪のネズミ娘さんが映される。

「ママ! 必ず帰って来てね!」

「おば様なら三十キロの火薬を背負っても無事と信じています!」

「おばあちゃんのポストは八十六人の孫で争奪戦をするから心配しないで!」

 ヤラブカが涙ぐんでほほえむ。

「ありがとうね。難しいかもしれないけど、また会えたらいいな……本当の預金口座は教えてないし」


 兵士の中には競技のどこかで見たおぼえのあるモグラ男やウニ男、小柄なブルドッグ男と小鬼のコンビもいた。

 第三区間までに賄賂なしで棄権した選手の末路らしい。



 画面が切り換わり、数匹の大ミミズが映される。

「騎士団選手にも当たりが出た模様です!」

 画面を走る騎士に比べると、ドラム缶をつなげたくらいの大きさ。

「標準サイズでも破壊力としては十分な重量な上、動きは速いです! 複数の生息域が重なることもあり、最も危険とされています!」


 何匹もの大ミミズが首を高く上げた瞬間、にわか二番隊隊長『池の聖騎士』が飛び上がって『落ちこみの独楽』をかざす。

「そもそもなんで私が補助魔法ですの?!」

 重力魔法が巨大生物の頭部へさらなる負担をかけ、まとめて地面へたたき落とす。


 背後から這いずって突撃した一匹は『峠の聖騎士』が造花から光る盾を広げて防ぐ。

「あなたなどの下につくこの恥辱に比べれば!」

 けたたましいふたりの女騎士とは対象的に、短い蒼髪の聖騎士は無表情に舞う。

 斧とノコギリを両手に赤く光らせ、黙々と輪切りを量産する。


「新隊長さんよう、そう言いつつ少し、浮かれてねえかい?」

 かすかに笑うやせた中年男『砂の聖騎士』は地面サーフィンをくり返し、ミミズをはじき散らして人力ミキサー『霧の聖騎士』の到来まで間をもたせる。

「たしかに区間ごとに『落ちこみのコマ』の威力が下がっています。いえ、この助言は落ちこませる補助ではなく、それを客観的に把握してないことへの注意です」

 小柄な『泉の聖騎士』は総隊長閣下と一緒に離れた位置に立ち、戦闘には参加してない。

 厳密に言えば、ピンク頭の斜め後ろへ張りついて牽制していた。


「騎士団のみなさんだと、あの程度はたいした足止めにもなりませんねえ?」

「新しい魔法道具があっても、見せてくれそうにねえなあ?」

「ヒギンズ以外は見た目のいい女子ばかりなのに、なぜかうらやましくないなあ?」



 ふたたび黙々と歩く。

 その後も騎士団は次々と魔物にたかられ、さらに数匹の大ミミズを斬り散らし、虎のように大きなコヨーテを追い返し、高速突撃するサボテンも粉砕していた。

 こちらは大サソリを一匹、リフィヌが蹴りちらしただけ。


「騎士団が魔物を引き寄せて、風よけになっている?」

「はい。しかしそれは承知の方針かと。選手に待ち伏せを仕掛けるよりも勝算が高いと判断したのでしょう」

「こっちは戦力が少ないから、二番手は悪い位置でもねえか? 障害が少ないぶん、距離も少しずつ縮めているだろ?」

「問題はその『風よけ』効果でアレッサ様だけでなく、神官団なども追い上げてくることでしょうか。体力を温存しながら、様子見は細かくしましょう」


「でも……地味だね。色気がないね。くどく相手がいないね」

「第三区間のような地獄を見たいのでしたら、騎士団に突撃いたしましょうか?」

 まぶしい太陽が目に痛い。

「お、おいリフィヌ……いや、まあ、先々の楽しいことでも考えようぜ……って、そういや、いまだにユキタンがなんのために優勝する気か知らねえぞ?!」

 なだめかけてつっこむ姉御。

「オレだってそもそも賞品を知らないよ。……いやごめん、清之助に丸投げで考えてなかったけど、そろそろそうも言ってられないか」

「ユキタン様……区間開始前の説明すら聞いてなかったのですね」



「金で換算した報酬額は区間ごとに増えているけど、『無限の塔』から『二つ分』以上の希少魔法道具を入手する『完走』は第三区間の何倍にも跳ね上がる。それにシュタルガ様の安全や異世界が関わる願いも含まれる」

「そういえば『完走』すれば一騎打ちを受けると……え。それじゃ命を賭けないキスとかデートくらいは余裕?! どこまで?! 『優勝』なんかしたらもう、一方的にどんなプレイも……」

「それらを命より軽いとみるかどうかは人によります。品性によります」

「元の世界に帰ることは考えなくていいのかよ……説明を続けていいか?」


「そんで『四つ分』の魔法道具を最速で入手するのが『優勝』の条件だが、そんな超絶希少品は個人で探したって千人にひとりも見つけられない。魔王軍が大規模な調査部隊で場所をしぼった上で、集中的に援護攻撃を仕掛け、選手に突撃させる……それが最終区間のコースどりだ」


「で、『優勝』の報酬に限っては……『四つ分』の魔法道具も含まれる」

「つっこみかけたけど、まじめな話?」

「魔法道具には相性がある。激レアでも持ち主に合っていなければデューコの下着みたいに厄介なだけの金券だが、合っている時の恐ろしさはさんざん味わってきただろ?」

「でも等価交換はせこいような?」

「遺跡の掘り出しものは修復の必要があったり、効果や発動条件の解明に膨大な研究費がかかるのですよ。それに補助がなければ脱出も難しいので、持ち逃げの利点は低いです」


「シュタルガ様は魔法道具の整理事業で希少品はもちろん、クズ魔法でも登録を強制し、なにかにつけて回収してきた」

「区間ゴールや棄権の条件からして、露骨な巻き上げとは思っていたけど」

「その膨大な在庫から選べるとなれば、いきなり勢力図を揺るがす戦力になってもおかしくない」

「第二区間で『へつらいの鉢巻』『片思いのおかま』『孤立の襟巻き』を手にしたメガネ怪人みたいに……シャルラの言う『優勝して四天王』って、そういうことか」

「『完走』でも標準品一個までなら願えるが、それでも倍以上と交換になる。それだけやばいってことだ」



「実際、前回優勝した神官団は『光の勇者』が切り札にした最強最悪の殺戮兵器『破壊の鐘』を教団に取り返して、反魔王連合での地位を一気に高めた。護衛や特務を騎士団に対抗できる規模まで一気に増やしたきっかけでもある」

「ものすごく今さらだけど、今までの優勝者って?」


「第一回は第一区間でドルドナさん以外の選手がいなくなって決着」

「ひでえ?!」

「まだ誰もシュタルガ様の開催意図がわからなくて、開始直後から競走そっちのけで殺し合い、そこへ魔竜砲の連射がはじまったから……」

「ただの公開バーベキュー?!」


「それで急遽、残りの区間を使って『準優勝』を決める『敗者復活戦』が組まれた。優勝とほぼ同じ報酬が約束されたけど……参加は百人をきって、勝ったのは大幹部で唯一の参加だったシャンガジャンガさん」

 行き当たりばったりにもほどがある。


「第二回は順当に巨人将軍ですね。あと騎士団が三人を『完走』させ、報酬も約束どおりに多くの支配地が返還されたことで競技の公正や参加の利益が知られるようになりました。今の騎士団長もその時の功績で……」

 そこで少し、ザンナとリフィヌが口をつぐんだ。

「過去の優勝者が選手参加を遠慮する慣例もできて、第三回は当然、パミラさんの順番と思われていたんだけど、聖王ガルフィースの率いる神官団がひょっこり出し抜いちまった」



「で、初回の準優勝を含めた実質で四人の優勝報酬なんだが……」


『この魔竜を従え続けよ』魔竜将軍。

『わたしをしあわせにしてください』巨人将軍。

 ふたりして永久就職宣言ですか。


『もっと派手なケンカをやりてえな』豪傑鬼。

『もっと親密なおつきあいをしたいですね』聖王。

『まったく、極めつけの難題ばかり望みよって』魔王。


「そして勇者様が『キスやデート以上のどんなプレイも一方的に』ですか……」

 急に頭をこすりつけたくなったけど、この砂とても熱いや。

「そんで後日、追加の『副賞』として、幹部三人には膨大な権限、教団には『破壊の鐘』が贈りつけられたっていう……いい話だろ? あ、ちなみに……」


『一騎打ちで覇権を賭けていただきます』吸血将軍。


「予告した上、シュタルガ様も承知していたのにな……」



「そういえば、アレッサのお母さんはなんでこの競技祭に参加したんだろ?」

「いきなりだな……」

 ザンナはゆっくりうつむく。

「騎士団からの要請だが、実質は家族を人質に脅した強制。それもシュタルガ様に媚びる都合だ」

 母親まで騎士団の生贄か。


「まだ妖鬼王と呼ばれていたころのシュタルガを苦戦させた騎士団の三巨頭『森の聖騎士ツォフォーロ』様と『海の聖騎士ソトリオン』様は反魔王連合に裏切られて戦死しました。しかし『山の聖騎士リューリッサ』様だけは生き残り、『暗黒の聖母』が倒されて妖鬼魔王の覇権が確定したあとで引退したと聞いております」


「その英雄を激戦地の第三区間で置き去りにしやがった……騎士団は事故だと言い張っているけどな。八年前の第二回は親が見せなかったし、見たいとも思わなかった。まだ今みたいな『楽しいお祭り騒ぎ』じゃなくて、大人たちの重い話題だったのをおぼえている。大戦の感情を引きずった、悲惨な見せしめを自慢し合うような……」


「でもなんでシュタルガが自分で直接?」

 ザンナは小さく一息のむ。

「公開でなぶりものにされるのを防いだ」


「選手同士の争いに割りこんで競技の公正を乱した手前、棄権させるわけにもいかなかったんだろ。見世物としては残酷になったけど、一撃で頭を砕いたのは苦しませない配慮……かつて自分を追い詰めた好敵手への敬意。シュタルガ様はたぶん、そういう人だ」

 魔王崇拝者の情熱は魔法のカンニング無しに真相へ向かっていた。

「避けなかったリューリッサと、そのことを口にしないアレッサはたぶん、わかっていたと思う……アレッサと話すようになって気がついたことだけどな」



「それとシュタルガって、角を目立たせるような王冠をかぶっているけど……」

「ばっ、オマエまた、なにをいきなり……シュタルガ様の角のことなんて!?」

「あれってなにか恥ずかしい器官なの? 敏感とか?」

「ちげーよ! 角は鬼の力の象徴だ。最近じゃ少し大きいくらいで自慢するバカは減ったけど、鬼の体質の濃さを示すものだから……」

「鬼にしては非力で小柄なシュタルガの角をかわいいとか言ったら、気まずくなっちゃうわけか」

「その暴言、競技選手でなけりゃ、いきなり拉致られて頭蓋骨にピーナツ埋めこまれてもおかしくねえぞ」


「あれって抜けかわるもの?」

「歯みたいなもんだ。背が止まってから伸びる例はめったにないし、砕けたり腐ったりするとどうしようもない。怒りで角が伸びたり、その逆で角がとれる昔話みたいな症例もなくはないらしいけど……」

「特に妖鬼は古来より身だしなみを気にするかたが多く、角がきれいに伸びるように美容器具や医薬品を使うかたも多いそうです。折れ曲がりや発育不全は深刻な悩みで、治療の礼に村ひとつ贈ったという昔話もあるくらいで……そんなに魔王もくどきたいかブタヤロウ」

「い、いや、純粋に学術的な興味だったよ?!」

 リフィヌの投げやりな笑顔にザンナも驚いていた。


「で、でもなんでいきなり角だ? またなにか……その……」

「うん。……もう隠さなくてもよくない? 放送するかどうかはあっちで判断するだろうし」

「いや、アタシの気がもたねえって。本人に隠す気がなくたって……というか、本当にどうなんだよ? ユキタンはシュタルガ様のこと……」

 いろいろ、理屈でわりきれない溝は残っている。


「オレはザンナとつきあってきたから……ザンナを信じているぶん、ザンナが信じるものも信じてみたい」

 なんの気なく出た言葉が、妖精さんたちを赤面絶句させた。

 こんな言葉もくどき文句になるのか。


「とはいえ、シュタルガのことは知れば知るほど人間関係や歴史が複雑に絡んで……ど~なったら、勝利になるやら。混浴水着大会への道筋が見当たらないよ母さん……」

「親くらい、いかがわしい思惑に巻きこまないで眠らせてやれよ」



「でもとりあえず、おかげで優勝報酬は決められた」

 ザンナに耳打ちで伝えると、目をパチクリさせた。

「それでいい……のか?」

「これしかないだろ?」

「…………オマエやっぱ、すごいな」


 リフィヌが手と耳をばたつかせてそわそわしている。

「一体、どのような……?!」

「当ててみたまえ従者くん」

 ビクリと驚き、頬が膨れだした。かわいい。

「オマエやっぱ、ひでえな」


「ごめん、リフィヌちゃんにも教えてあげ……」

「けっこうです! 勇者様の課した試練とあらば! 受けて立たねばなりませぬゆえ! 当ててみせますとも!」

 長耳をペッタリとたたんでしまった。

 そして八つ当たりに自動車サイズの大トカゲを蹴り飛ばす。



 その後も話を聞いてくれそうにない。

「リフィヌ様。なんでもいいですから、なにか答を……近ければ、あるいはステキな答でしたら、ぜひオレの案の検討にも加わっていただきたく……」

「考え中ですから。未熟者ゆえ、答がまるでわかりませんから」

「なにをガキみたいにぶんむくれて……ん? あっちのヘソまがりもそろそろ出発か?」


「さてここで『風の聖騎士』!『騎士団の狂犬』!『切り裂きの魔女』!『貧乳の勇者』ことアレッサ選手の出発! ……出発? しているのですか?」

 モニターは大観衆ひしめく開始直後の花道。

 そこへうろうろと迷いこんだ仕草の長い蒼髪の少女。

 なんだあれは。


「アレッサさん? すでに開始時間で、スタートラインも出ていますし、遠慮なく進んでだいじょうぶですよ……?」

 おびえたように周囲をキョロキョロ見回し、ジグザグにふらつく不審者は一応、聖騎士の格好をしている。

「あ……うん」

 魔王軍幹部へ会釈して頭を下げる騎士団の狂犬。


「アレッサよ、これまでのことは詫びよう! 可能な限りの代償も払う! 決して悪いようにはしない!」

「え……そう?」

 そのオッサン、アンタと母親を追いこんだ元凶!

「あ、あ、でも今、競技中だし……」

 コソコソと首をすくめて反対側へ逃げる切り裂きの魔女。

 騎士団のお偉方も口を開けて言葉を失っている。



「アレッサよ。なにか迷いがあるのか?」

 神官長の顔にも迷いと呆れが見えた。

「ユキタンへの協力は理解しかねるが、その騎士道精神は多くの者が認めるところ。シュタルガを追い詰めし三巨頭『山の聖騎士』の資質を正しく受け継いだ者と私も信じ……たい……」

 ファイグは言葉の途中で口を開けて絶句する。

 目の前で切れ長目の美少女が足を止めてボロボロと泣いていた。

「ありが、とう……ございます……」


「こ、これ!? 決戦の場でそのように取り乱すでない! そのようなつもりもなかった! え、ええと? ……そう、ふたりの勇者候補の少年はまだこの世界に来て日が浅い。どうか正しく導いてほしい。そして未熟なる我が弟子リフィヌも……」

 神官長も取り乱し、かつてない人格者じみた心配顔をしていた。


「いえ、私などにはとても。私こそ彼らに導かれてばかりの未熟者……失礼いたします。神官長様」

 涙をぬぐいながらほほえんで去る姿に、やせて小柄なオッサンはますます期待の表情で身を乗り出す。

「騎士ならば! その魂を捧げしカミゴッド様の教えを思い出すのだ! 三人の勇者候補が教団への献身を誓うならば! この呪われし祭こそが新たなる『三巨頭』の誕生! 『妖鬼魔王』の悪夢を滅する黎明となる!」


 ふり向いたアレッサは晴れやかな笑顔をしていた。

「カミゴッド様の教えを忘れたことなどありません!」

 神官団に期待のどよめきが広がる。


「そして教えのとおり、私は世界を導く勇者に仕え、その使命に身を捧げつくします! つきましては競技における神官選手へのご無礼、ご容赦などは願えませんが、お覚悟だけはお願い申し上げます!」

 宣戦布告じゃねえか。


 神官たちは期待が一転、突き落とされた顔だけど、怒るよりも驚き呆れている。

 そして貧乳勇者は胸を張って歩きはじめた。

 そしてまただんだんとうつむいて不審な手つきを見せはじめる。

『も、もうやめて』と思うボクと『次はなに?』と期待するオレがいる。



 砂漠への入口で知り合いの熊を見つけ、走り寄って抱きつくとは思わなかった。

「この気持ちを受け取ってくれ……」

「うお、お?! なんだアレッサ?! これ以上、女房に誤解されるようなことは……?!」


「アレッサ選手は……早くも熱中症でしょうか? この土地の気候はどの選手より熟知しているはずですが……」

 ピパイパさんまで言葉に詰まりがちだけど、カメラさえ向けていれば奇怪な特ダネが提供され続けた。

「観客の皆さんはご注意を……選手に攻撃されたら、やられ損となる規定ですから。警備員はお偉いさんしか守りませんよー」

 言われなくても観衆は逃げ散っていた。


「ダイカは来れなかったのか……来なかったのか? それでも私の気持ちは変わらない」

 声はまじめそうだけど、両手と頬は毛皮を満喫している。

「どうか代わりに伝えてくれ。私はこのとおり、なにも変わらないと」

 真顔だけどしがみついたまま。


 でも衛兵が迷惑そうにのぞきこむと、そそくさと出陣する。

 そして首をかしげる。

「いや、すべてを変え続ける……のか?」


 大観衆も一斉に首をひねって言葉に詰まる。

「アレッサ選手……優勝とは別部門で台風の目になるかもしれませんね?」

 メインリポーターはどうにか声をしぼり出した。



「鎧は新調したんだね」

「第三区間で失った鎧を元に、ロックルフさんが砂漠用を用意していたそうですよ」

「へー」

 オレたちは数分ほど黙々と歩き、モニターも事務的に進軍状況だけを伝えていた。


「なんやねんアレ?!」

「知りませんよ?!」

 数分遅れでリフィヌと叫び合う。




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