二十章 あの世を見てきたように言う奴なんなの? 息はあっても幽霊なんだろ? 三
ようやくロックルフの店に転がりこむ。
「ザンナ~!」包帯に巻かれたままソファーへ飛びかかる勇者。
「な、なんだよ?! こら人前で……」赤面しながら受け止めてくれる魔女。
「ふたりきりならどうなるのです?」冷笑する神官。
「お疲れさま。鳥さんから状況は聞いたけど、給仕さんは?」猫。
「事情聴取と騎士団救出の案内で残ったそうだ」犬。
「暴力ウェイトレス復讐舞台レリゴー?」鳥。
「肝心の団長は外だ」蜥蜴。
「もうしわけありませんでした。私にまだなにかできることがありましたら……」蛇。
「ほい、次はリフィヌどの。またずいぶんと汚れて……こりゃ折檻じゃな」エロ医者。
「よし、この女性比率なら俺の女房の誤解もとける」熊。
「でもグリズ、奥さんの顔だけ見て逃げた、だろ?」白熊。
おやつの軽食をつめこみ、おとなしく横たわる。ザンナの隣に。
「あらためて見ると、仲間がこんなにいるのか」
「だからそんなひっつくなって」
「ナディジャが『世界は消失する』と言ってたけど、どういう種類のたわごとだろ?」
「またえらく唐突だな。世界の終わりといや、『夢幻の道化』ってやつの新世紀小説は説得力があると話題になったけど、壮大なわりにオチはありがちなホームドラマだったぜ? シュタルガ様も気にしていたから読んでみたけど」
「世界を滅ぼすのは魔王の仕事だろ?」
「消しちまったら支配して遊びたおせないだろ?」
「……それと、リフィヌ様が勇者を甘やかしてくれません」
「どういう話題の切り換えだよ?!」
ザンナのつっこみに暴力がともなわないのは照れかデレならよいのだけど……
ロックルフの部下が『最終区間出場速報』という新聞をくれた。
かわいい子があまり残ってない。
ユキタン同盟を除くと人魚姫ミュウリームと、容姿のわりに興奮しにくい女騎士の面々……あとは若づくりしたババ様や巨大スライムで数を補っている惨状。
「オレがなんのために出場すると思っていやがる」
妖魔グライムの体内にいた『弱いもの調教師』イーヴァックは時間内に手続きできず、失格のあつかい。
「そういえば足きりラインのあつかいってどうなったんだろ?」
「『美麗選手ガールズ特集』以外のページを開けば載っております」
大魔獣ティマコラの暴走後は豪傑鬼の騎乗する魔獣が足きりラインを引き継ぐ。
ティマコラは現在、障害物のあつかいで厩舎に拘束中。
セイノスケは体内に留まり続けた場合、開始できずに失格となるおそれあり。
ゴール手続きでは『孤立の襟巻き』を提出。
『もう僕には使えないものだから』と意味深な言葉を残している。
『シュタルガには似合いそうだね』と余計な一言も加えている。
参戦意欲は依然として不透明。
なお、体内で同行していた蟹人ラハーガは甲羅のふやけが進行し、翌日に棄権。
手続きなしに第三区間へ入った時点で障害物とみなされているため、捕虜としては最悪の待遇。
「これで報酬申請は決まった」
熊に乗って宮殿へひとっ走り。メガネ親衛隊五人と蟹一匹の助命を願う。
「はあ。まだ野放しのテロリストの助命ですか」
受付ネズミさんに目を丸くして言われてみると、たしかに勇者っぽいな。
店への帰り道ではナルテアに出会う。
頭蓋骨をいくつか持っていた。
「え。何人か始末しちゃった?」
助命選択を早まったかと思ったけど、よく見ればやや古そうな骨。
「魔王軍を使い放題だったから。騎士を探すふりして落し物を集めていた」
その内の持ち上げたひとつはやや小さい。
「この歯ならびは見覚えがある……たぶん弟。魔物をひきつけて走ったきり、帰ってなかった」
ほかのも村人か。
「やかん、次でも使う?」
ナルテアは無愛想に魔法の焼きごてを持ち上げる。
「もうだいじょうぶそう……頼めるなら、ユキタン同盟のみんなと顔を合わせといて」
男前女子は手をふり立ち去ってしまう。
店に着くとセリハムが買物カートいっぱいの本の山を引きずってきた。
「ユキちゃん注文のエロくない本どこ設置る?」
みんなでダラダラとおやつの軽食から早めの夕食へ移行する。
情報交換や情勢研究を聞きながら、本を読み飛ばす。
清之助のような速読ができるわけじゃなくて、はさんであるメモや書きこみを探しているだけ。
「そのメモ、なんだよ?」
「買った本にはさんであった。この世界や競技の基礎を学べる本を探していたら、これ全部を売りつけられたんだけど……メモ内容はメガネ君に貸した小説の固有名詞が使われている。性格最悪ヒロインでシュタルガを示すとか、オレが読めばこの世界や競技のことを指しているとわかる要約」
メモは短く簡潔で、一冊に数分もかからない。
「『迷宮地獄競技祭』は開催に膨大な費用がかかり、見世物として回収できる売り上げはごく一部。宣伝、政敵排除、領地整理、魔法道具の回収や市場価格の操作はいずれも他にもっと効率のいい方法がある。それらを強調するのは本来の目的を隠すためだが、それほど徹底されてない。短期間にばれることも承知で急いでいる。異世界侵略の意志統一も副次的なもの……」
異世界侵略とか、さらっと黙ってんじゃねー。
「クソ、あの野郎。こっちのメモは初日の夜だから……第二区間前でこんなに隠してやがったのか! シロウト出演者が下手にカメラを意識するなってことか?」
「出演……て?」
「清之助のヤローが来てすぐハッタリかませた理由だよ。やつはこの競技が娯楽番組として演出されていることから逆算して、目的や暗黙のルールを推測していたんだ。でも今はそれも重要じゃないらしい」
帰ってきたロックルフが会話を聞きかじってあわてて部下に命じ、店の奥を壁やカーテンで囲いはじめた。
「そんなことしても、盗聴手段はいろいろありすぎるような……」
「これはわしの書斎から持ってきた、音声遮断のついたてと魔法通信遮断の幕じゃ。これくらい厳重に囲めばコウモリや獣人の聞き耳は防げる。盗聴器の貝や水晶も発信できん。あとは録音機器やのぞき見による読唇術に気をつければ……ほかに必要な対策はあるかね?」
「急にどうしたジッちゃん」
「少年、わしになにかすんごいこと隠しとらんかのう?」
「こっちのセリフだバカヤロー。察して疑われないようにしろと言ったばかりだ。オレは勢いだけの道化を演じてやってるし、そうしてなきゃ役に立たないんだから、余計な気をつかわせるな」
設置が終わるなりロックルフを追い出す。
清之助メモの解読でわかったことを垂れ流し続けると、はじめはみんな驚き、次に感心し、やがて気まずい顔で呆れた。
「アタチらのパシりまくりもセイちんの趣味じゃなくてぃ、アフターフェスティバルじゃ間に合わねい根回しーの?」鳥。
「各勢力への営業はもう暗殺抑止の意味しかないと思っていたが、それなら優勝報酬を超えかねない大量の契約も納得がいく」蜥蜴。
「はじめから競技後を考え、競技の合間に競技外へ……セイノスケ様はそこまで考え、デューコさんの……を私に?」蛇。
「趣味も兼ねちょるかもしれんけどね。それと肝心な、魔王さんの目的についてはセイノスケもしぼりきれちょらん」草。
「競技の決着で起きることも具体的にはわからなくて、考える必要もなくて、すべては『今までどおり』が最高のそなえ……納得はしたけど、話し合って悩んでいたのがバカみたいね?」猫。
「考えやすくはなった。しかしまるで『第五区間』の準備だな。本格的に体を治しておかないと」犬。
「先回りして解答そろえてんじゃねえ……メモでさえムカつくヤローだな天才クソメガネ?!」豚。
「いや結局、セイノスケもなにがやりてえんだか?」魔女。
「それも具体的にはわかりそうもありませんが、セイノスケ様の意志を心配するかたはこの場にいませんよね?」神官。
笑顔とうなずきに多少の差はあれ、みんなは同意した。
熊二匹だけは口を開けっぱなしで首をひねっていた。
「オレ、もう、なにがなんだか。グリズ、わかる?」
「オレだって。だがみんな、ユキタンのやることなら心配ねえってことだろ?」
多少の差はあれ、みんなは同意をこばんだ。
「それだけよくわからないのだけど……いや、メモのほう。神とか、それに近いものに戦いを仕掛けるってなんだろ?」
「ん? それって『無限の塔』の攻略だろ?」
「そこは魔法道具の盗掘会場じゃないの?」
「そうだけど、最上階にいるらしいから。神が」
「清之助は神様の『ユイーツ』をどうでもいいように言ってたけど……巨大スライムでコソコソ偵察している上、そんな具体的に居場所がわれてんの?」
「仮にセイノスケ様の言うとおり、聖神ユイーツ様が実在する一個の人格だとしても、この世界の創造主ですよ?」
この珍妙な魔法文明の作成者と考えると、ますますろくなもんじゃない。
……と思いながら新しく開いた本にはいきなり『これ、こいつがユイーツ』などと推理小説の犯人ネタバレ嫌がらせのようなメモがあった。
やっぱり、どうでもよくなった。
「う~、敵はどこだ。敵はどこだ。殴れる敵はどこだ。いる気はするのに、姿が見えない~」
「そんな状態のユキタン様に面会を求めているかたがいらっしゃるようです」
ついたてから顔を出したら、巨乳の女騎士様がふんぞりかえっていた。
ただし脳内含めピンク頭の残念系。
「ユキタくん、ふたりきりで話したいことがあります! ヒギンズ、あなたたちはここで待ってなさい!」
「この中なら本当に盗み聞きされないのでしょうね?! あなたたちは出ていっていただけます?! う。獣人が座った席は体毛が……」
総隊長シャルラ様はけたたましく騒ぎながら人様の会議室へ侵入し、ケガ人たちを追い立てる。
「ロックルフがオレへの誠意……というか協力しているポーズをまわりに見せるために作ったもんだから、性能はいいはずだよ」
みんなに頭を下げて外へ移動してもらう。
「ほかでもありません。なぜ麻繰を呼んだのですか?! 要求があるなら率直に言ってちょうだい!」
今のアンタの脳内を見せてほしい。
麻繰と知り合いなのか?
どちらも巨乳で大人びた顔の美人……性格や口調も似てなくはない。
しかしなにをどう勘違いしているのか?
テーブルに積み上げた本の山から数冊を抜き取る。
ラノベ……こちらの世界では新世紀小説と呼ばれるジャンルの記録的ヒット作『デスティニーディストーション』通称『デスデス』シリーズ。
「読ませていただきましたよ桜賀星先生。まさかまったく同じタイトルとペンネームを使っているとは」
シャルラがビクリと肩をすくめる。まちがいなく作者の反応。
「そ、それがなんの関係があるの」
さあ。……ん?
作者名は桜賀星沙羅……麻繰の姓は青賀。
この人は主人公の名前をサーラ・チェリーブロッサム、主人公の前世を女神サラ・スターとするようなネーミングセンスだから、本名は青賀か?
「いえ、そうね……たしかにウェブ小説の掲示板で言い合っている内、私の個人情報が流出した時には麻繰の世話になった……でも、あの子は危険なの! 年下の従姉妹のくせして年齢以外で私を敬うことがないし、騒ぎが収まったあとでわざわざ私が参考にした作品をばらして連載しにくく……それはともかく、高校に入ってからは似たようなバケモノと集まって、なにかを企んでいるの! 麻繰が認めるくらい頭と顔のいい男子ともつき合いはじめたらしいし……とにかく! あんなのがこの世界に来ちゃいけないのよ!」
まずは謎解きの楽しみを早々につぶしてくださり感謝します。
でも参考作品ばらしはアンタの露骨になっていくパクりが騒動になるのを防止しただけのような。
そして要点は『麻繰みたいな天才が来たら、この世界で自分の存在意義がなくなる』か。
これが代理戦争の最中でなければ、苦笑いで受け止めておざなりな励ましでもかけてあげるのだけど……美人で巨乳だし。
「内容がずいぶん加筆されているよね。パトロンくさい美中年が出てきたり、メインの男が長髪の騎士になっていたり、ポッと出の賢者の名前が大妖妃シュカレッタルガ……低身長の紅い髪……」
「もうラノベの話はいいでしょう?! そんなものはもう、私がリアルで勝ち組の頂点となるための宣伝材料に過ぎないの! いいかしらユキタくん? この世界で本当に致命的な遅れは情報媒体なの。軍事力で弱小だった妖鬼王に覇権をもたらしたのは、情報戦の優位! 情報伝達に優れていれば、たとえ元の世界で学級レベルの優等生どまりでも、この世界の命運を握れる……私はラノベ創作を通じてアホとガキの操りかたは知りつくしていた! かつては真実の自分を伝えようと、至高の表現を追及したこともあったけど……そんなのは才能の無駄づかい! この世界の神は、それをやり直す使命を課して私を呼んだ……はず! 私が低俗下劣な大衆に合わせれば、メガヒットなんて造作もない! それが証明された! ……なのになんで麻繰が?! あの子をたたきふせるには、まだ早いの! これから優勝し、魔王配下四天王の地位と実力を築こうとしているのに! めざわりなの! あの子にはどんなゲームでも勝ったことがないから! いつもいつの間にか負けが確定しているから! あなた、最弱凡人のくせにあんなバケモノを呼んで、なに考えているの?!」
「いいかげんにしろ。まず、麻繰のつきあっている男子というのは清之助で、勝手に崇拝しているだけだ。それとオレは最弱凡人で麻繰はバケモノ天才だけど、清之助に『お前だけは死なせたくない』と言わせた『渦の聖騎士』シャルラが、自分の価値をその程度にしかわかってなかったのか?」
厳しい決め顔で指をさして止まってみる。
「え? な…………そ、そうね……私はもう、青賀沙羅じゃない……聖騎士総隊長シャルラ。この異世界での地位、競技祭の最終区間に最有力候補として残った実績は、私がなにもかも麻繰よりも優れていたという証し……」
いや、アンタが麻繰に勝てる要素なんてないと思うけど。
実績は全部、優秀な部下のおかげだし。
ともあれ期待どおり、自意識過剰な自己中さんは少しおだてただけで勝手に都合よく解釈してくれた。
「まさかあなたに、そこまで私のことを理解されていたなんて……セイノスケ君が親友と呼ぶのも、皮肉などではなかったようね?」
そらした顔から、はじめて好意的な流し目が……変なフラグが立った?!
「詳しいことは言えないけど、麻繰たちのことは事故みたいなもんだよ。オレはただ競技を邪魔しないように抑えたいだけだから、変に勘ぐらないで」
「そ、そうなの? それなら、まあ……最終区間、あなたもせいぜいがんばりなさいね?」
晴れ晴れとした顔になっていらっしゃる。
少し気の毒になってきた。
外ではウサ耳リポーターさんが待ちかまえていた。
「騎士団代表をソファーに引きずりこんで、一体なんのヤリ合いでしょうか?! この厳重すぎる防音壁の向こうで、ふたりの関係はどこまで深く?!」
「ふっ! 私は同じ勇者候補として、最終区間での堂々たる勝負を宣言しに来ただけです!」
「いやオレは最初から優勝なんかどうでもいいんで。ハーレムさえ作れるなら」
「みなさん聞きましたか?! これはもう、ユキタン選手が昨日まで最終区間のルールや優勝報酬を知らなかったという噂すら本当かもしれません!」
「報酬は今でも知らないや」
「なんたる潔さ! まさに性欲の権化! 彼には迷宮地獄の競技コースすら戦場ではなく、ハーレム要員の釣堀に見えていたのです!」
「それはうまい表現だね」
「最終区間にのぞんでの意気ごみを一言!」
「かわいがってやるから、せいぜいあがきな……シュタルガちゃ~ん!」
巻きぞえを恐れた客と野次馬が一斉に逃げ散り、休養と読書に集中しやすくなった。
後回しにした何冊かの本は文章ではなく目次にアンダーラインがあり、章ごと読んで少し疲れる。
意識が薄れると無理せず毛布をかぶった。
最初に見た夢はコウモリ羽根に紫髪の美女が倒れている場面。
「くっ……殺せ!」
「それはもったいない。常にこの首を狙い続ける貴様の爪は、わしが魔王であり続ける支えとなっている」
小柄で童顔の紅髪少女は巨大鉄扇を手にほほえんでいた。
「魔王として『吸血公女』に命じる。わしに従い、わしを裏切り、わしを蹴落とせ……貴様が裏切り、失敗するたびに何度でも言おう」
パミラの長い牙に指先をそえてゆっくりとなぞる。
「誰よりも執念深くわしを憎み続けた貴様はもはや、数少ないわしの理解者なのだ。従順なふりをしてだませ。肝心な場面ですべてを台無しにしてみせよ。わしをさびしがらせるな……我が旧友よ」
パミラはなおもにらみながら、くちびるは震えていた。
「妖鬼王のできそこないの娘……そのねじ曲がった最悪の性根だけは正しく両親から受け継いだようだな……」
え。待って。今これを視点の主が思い出しているってことは、今まさにパミラさんの葬儀かなにかやってんの?
次の夢に出てきたのは消えた古参つながりか、シャンガジャンガ。
どこかの街中の、水路の橋の下。
豪快なデザインの民族衣装で、平均成人男性より一メートル高い体を影に隠し、鉄棍棒を手に正面を……つまり視点の主を見ている。
「姉様が言ったんだ。おかしらの逢引き相手を知りたけりゃ、ここで待ち伏せろだと……誰にも言う気はねえ。あのちっこい大将が望むなら、誰であろうがオレが隠しとおしてやる。……だがどうも、大将の言うとおり、気づかいなんぞいらねえタマみてえだな?」
豪傑鬼は『影の四天王』の正体を知っていたようだ。
ほかに知ってそうなのは三魔将か侍従長ダダルバくらいだから……さすが麻繰たち。
拉致目標の選択も鋭い。
次はどこかの山中だけど、時間がたった場面なのか、シャンガジャンガの格好が今に少し近くなる。
「わりいな。うちの大将も目立つ動きはやりづらくなっててよ……『角』のことを心配していた。どうなんだ?」
ん? 場面転換が少しおかしい……手になにか、牙のように白く尖った……小さな角?
そしてまた、あの場面だ……雪原でアレッサの母親リューリッサがほほえみ、シュタルガはたたきつぶしながら、目に涙を浮かべる……
さらに場面がかわり、リューリッサがだいぶ若くなる。
そして怒っていた。
「あなたはまったくの子供です! なんてひどく子供なのですか! そんなに自分を地獄で押しつぶさなくては魔王でいられないなんて! あなたは本来、魔王とは真逆の……」
半壊した城の塔の屋根でシュタルガとふたりきり。
互いにボロボロの鎧姿で、ひとつのサンドイッチ弁当を分け合っていた。
「だからこそだ。わしが魔王たるゆえんは、妖鬼王の娘という呪われた生まれ育ちにはない。まったくもって覇者には向かぬこの身に、覇者たる自負を作り上げた欺瞞にある。ゆえに、誰もが自分を神と錯覚して生きる、茫漠とした時代にふさわしい魔王となろう」
シュタルガは最後のひとつになったツナサンドをすばやく奪い取る。
「魔王として『山の聖騎士』に命じる。勇者としてこのわしと生き死にの決着をつけよ。もはやどちらの望みをかなえるにも、互いが邪魔となる。貴様とは互いを知り過ぎたのだ。リューリッサ……我が親友よ」
魔王が半分にしたツナサンドを差し出して優しくほほえむと、リューリッサは子供のように泣きじゃくる。
寝たり起きたりをくり返し、気がつくと日が沈んでいた。
「ナルテアという娘が来ていたぞ。あいさつだけで出ていったが」
ダイカは自分の腕くらいあるイカメシを丸かじりしていた。
グリズワルドは車のタイヤくらいあるクルミパンにガフガフとかぶりついている。
「でこぼこした袋を持ってた。たぶん遺跡の土産だな」
遺骨か。
「においを追える?」
「オマエはもう寝てろって」
結局またグリズワルドに最強神官ごと背負ってもらい、ダイカとデューコにもつきあってもらう。
いつの間にか一緒に夕飯をとっていた夜勤掃除人クリンパもついてきた。
「どっかのバカがテントぶっとばして仕事増えてるから、サボる口実な。でもオマエ、出発は明日の朝、騎士団と一時間くらいしか離れてないだろ?」
「なんだか落ち着かなくて。横になれば眠れそうではあるけど」
競技祭グッズ直売通りのにぎわいから遠ざかった村のはずれ、小さな岩山の陰に簡素な墓地があった。
ナルテアは月光を頼りに、ひとりでスコップをふるっている。
「手伝わせてくれる? オレじゃなくて仲間に頼むけど」
ナルテアは黙ってスコップをデューコに預け、座って休む。
差し入れのおしぼりで顔と手をぬぐい、リフィヌのすすめた茶と茶菓子にも手を出す。
いつもどおりの無愛想だけど、どんよりと虚ろな目。
さっき墓石の下から出てきたような空気。
アレッサに熱狂するこの子の本性を見ている気がする。
故郷を失った悲しみ、元凶に対する憎しみ、それよりも深い孤独と虚脱。
「私にはアレッサ様しかいない」
ボソリとつぶやき、うつむく。
「そのアレッサ様の考えていることがわからない。復讐のために競技祭で無理を続けているのかと思っていたけど、もうそれは違うみたい」
「最初はただアレッサ様が生き残り、少しでも多く魔王軍や騎士団を刻んでくれたらうれしいと思っていた。でも気がついてしまった……アレッサ様がどれだけクズどもを刻んだって、それはアレッサ様を少しも幸せにしない」
手ぶりで蜥蜴人の暗殺者や巨熊獣人に作業命令を出し、茶菓子を夕食がわりにする勢いで食べ続けている。
「だから別にかまわない。騎士道精神のかたまりのようなアレッサ様が、この村のことを忘れるわけがない。おねえ様の今の考えはまるで理解できないけど、楽しそうにしていることが今の私の生きる望み……こんな重荷を背負わせてしまった私も、笑っていい気がしてくる」
最後に残った小さな頭蓋骨だけは自分で納め、しばらく撫でてから土をかぶせる。
「やっぱり私には……私たちには勇者アレッサ様しかいない」
給仕姿の女の子と一緒に、墓石に一斉にふり向かれた気がした。
「おいブタヤロウ。私はアレッサ様のためになにができる? めぼしい優勝候補が消えて、中途半端な戦力と勢力分けでグダグダ牽制し合っている。これじゃ誰を暗殺しても刺し違え損だ」
ぶれませんね勇者ナルテア様。




