二章 犬耳と猫耳ならどっち派? 龍耳か巨人耳だな! 二
道の分岐が近づいてきた。……え、アレッサ様は?
いない?? ボクの人生ここで行き止まり??
「今日は朝から、きれいな女の子とたくさん話をできました。幸せな人生の最終日でした。夜にはさらにハイレバルな容姿の方々と……でも殺意と殺傷力までハイレベルで死因も兼ねた食人植物だらけの花畑で最期なんて……」
道に矢印が彫られていた。まだ新しく、鋭い斬り跡。
アレッサ様の指示だ!
「やっぱりやだよ! せめてアレッサ様の足元で息絶えるまでは持ちこたえろボクの両足ぃ!」
「ぜーたくゆーなー。自分の姿を鏡で見つめて妥協しなさーい。……わたしとかダメなの?」
それは鏡を見なくても気がついてください巨人将軍さん。
二つ目の矢印が見えた。
その先には早足に歩くアレッサ様!
「ユキタンを殺しかけた回数なら、アレッサが現状ダントツなのだが……」
魔王が痛恨のつぶやきをボソリともらし、少女剣士が逃げるように足を速める。
「ま、待って……」
ボクは呼吸と筋肉の限界で立ち止まり、へたりこむ。
「あのアレッサという幼い人間が、私を上回る戦闘力ということか?!」
「そーなの?」
「どーだろうなあ?」
魔竜と巨人、両将軍の天然ボケをしらじらしく流す魔王様。
「んなわけあるかあ!」
放送席に映る別モニターからパミラさんがつっこむ。
紫の爪がつかんでいる人間の少女は、首筋から血を流して青ざめながらもウットリとした目つき。
「食事くらい休ませてよ! アンタらがボケるたび、刺し加減を間違えてドレスが汚れるんだから! はい次……早く決めないと吸わないで帰るよ?」
画面の隅で女の子たちがジャンケンを繰り返し、敗者らしき女の子はヒザを屈して号泣していた。
一瞬、この吸血娘が一番まともに見えてしまったボクの常識はいよいよゆがみはじめている。
「違うよ! 間違っているよ! 会う女の子にことごとく殺されかける異世界なんて! なんでもっと普通に現実的に常識的に、空から美少女が降ってこないんだよ!?」
絶叫して両拳を地面にたたきつける。
「ふげぁっ!?」
背中からたたきつぶされるボク。
おかしい。ティマコラがツッコミを入れるにはまだ距離が……うん、まだあの大魔獣は一つ目の矢印に近づいたあたり。
どうにか起き上がると、目の前にマントにくるまった姿が転がっていた。
見覚えのある、渋い銀色のマント……別の道にいた犬耳少女のものだ?!
でも記憶よりずっと体格が小さい。
女の子にしては背が高く、ボクと同じくらいに見えたのに。
焦げた匂い。
岩壁を見上げると頂上付近が煙を上げていた。
「君、大丈夫?! ドルドナの爆撃に巻き込まれたの?!」
あおむけにすると、猫耳美少女が気絶していた。全裸で。
ボクは無言でそっとマントをかぶせる。
うん、外傷は無いみたいだ。
短めの金髪から三角の耳がのびている。
細い切れ長の眉、おとなしそうな顔。
身長はアレッサより低そうなのに、バストは目立つ大きさ。
でもホルスタインですかと挙手質問するほどではない…………だめだ思考が止まっている…………大魔獣がキワモノ美少女を満載して近づいてくる震動は感じる。
極限の疲労と緊張にさらされたボクの心へ、真っ白な翼を広げた少女が厳しい表情で訴えかける。
『今は非常時。自分の安全を最優先にして、無理な人助けはおやめなさい。そうしなければ、無駄に犠牲者が増えるだけ。命を粗末にしてはいけません』
すぐさま反対側から、ドス黒い羽と表情と声の少年がニヤニヤとささやく。
『ようユキタ。全裸の猫耳美少女が降ってくるとか、一瞬でこの世界の勝ち組にまわったな? 貴様の死亡時刻は二分後かもしれないが……なにか問題あるか?』
「あっはははあはははあはっははあ!」
ボクの頭のネジを異世界神『ラノベ』が蹴り飛ばす。
「そーだね。そーだよ。そーだとも。あやうく悪魔のささやきに騙されるところだった。粗末な命の捨て所を間違えるところだった! ないない問題ない!!」
ボクは金髪猫耳美少女を抱えて歩き出す。
駆け出したいけど早足で精一杯。
「空から降ってきた美少女ゲットだぜええええ!!」
何十歩か歩いて、限界を感じる。
でも駆けもどってくるアレッサが見えた。
ティマコラは両側の岩壁を削りながら体をねじこんでくる。
ボクは岩陰に身をよせてへたりこみ、猫耳少女に学ランを着せる。
「アレッサ、この子を頼む!」
オレかっこいいー。
結局はアレッサ様が頼りだけど、自分の命より、見ず知らずの女の子を助けようとするオレ、か・っ・こぅいいー!
モニターに映る、踊り出たボクの勇姿。
クネクネと身をよじる怪しい振り付けに、ティマコラの足が止まる。
大魔獣はものすごく嫌そうに近寄り、しばらくフンフンとにおいをさぐった後、不意に「ブガォッ!」とクシャミをかます。
それだけでボクの姿はしなびて線と消えた。
『影絵の革帯』を使った本体のボクは岩陰でのびている。
「来たばかりの異世界人にしては気をまわしたな。よし、じゃあつぶすか」
魔王シュタルガは嘲笑するでもなく、淡々とそうつぶやいた。
オレ弱えー。メチャクチャ弱えー。
『影分身』は見よう見まねで出せたけど、本体もう腕すら上がらないじゃん。
こんな消耗する技だったのか。
あの巨体マッチョでもあれだけ気合いれていたもんな。
分身なんか切り傷どころかクシャミで消えるし。
……ボクの自信だって、瞬間のテンションだけのハリボテだもんな。
ちゃんと鍛えたキモマッチョのほうが、まだしもハリボテの皮が厚かった。
オレ弱えー。でも少しかっこいいー。
ちゃんと時間稼ぎできたじゃん。
息を切らせたアレッサがのぞきこんでいる。もう一度会えた。
「貴様は……バカなのか?」
聖騎士さんの怒り顔は、ボクをバカにしていない。
「これ、あの犬耳さんと同じマント。その子が知り合いなら恩を売れるかも」
ボクはようやく正気で心から笑顔になれる。
「貴様は……バカだ」
アレッサは猫耳少女を受け取りながら、ボクの首を抱き寄せる。
「もし私が生き残れたら帰国を手伝ってやる。だが期待はするな。私もまた、あまり利口な性分ではない」
蒼い髪がサラサラと流れてボクの頬をくすぐる。
「早く行って。このあとはボクらしく、泣き叫んで命乞いするから」
アレッサが学ラン猫耳娘を抱えて駆け出す。
魔法道具を渡して途中棄権なんて慣習、なければ最高にかっこよく終われたのになー。
けどやっぱり、死んだらもったいない展開にもなってきた気がするし。
ジリジリ迫るティマコラはもう、その足で数歩といった距離か?
でもこのベルトを渡せば本当になにも残らないな……いや、あの猫耳少女が全裸に巻いていたマントの残り香が……んん?
寝そべるボクの隣に、銀色マントに包まれてうずくまる、小麦肌の犬耳少女が突如として現われていた。
「騒げば殺す」
そう短く言って、ボクの口ではなく目をバチンと手でふさぐ。
一瞬だけど見えたのは、革ブラさえもない、ホルスタイン級のバスト。
「まだ見るなよ」
顔にあてた手の平に体毛がのびてゆく。
手が離れた時に見えたのは、マントの色にも似た、銀色のつややかな毛並み。
二メートル近い直立する狼……翼竜と組み合っていた狼獣人だ??
「運んでやるから、暴れるなよ」
ボクは首ねっこをつかまれ、片手で背負われる。
狼獣人は迫っていた大魔獣の足をかわして跳び、垂直に近い岩柱の間をジグザグに跳んで登りだす。
二階ほどの高さで視線のならんだゴルダシスが微笑む。
恨めしそうに見上げるティマコラ。
撃ち足りないのかウズウズしているドルドナ。
首をかすかに上げ、目で追うシュタルガ。
「犬獣人ダイカ……だな。猫獣人キラティカは妹分だったか? パミラ、すぐにもどって二匹を重点的に撮れ」
「へいへい……いえ、はいはい……」
登りきったところでボクは投げ出された。
でも這う体力さえ残っていない。
狼獣人はニコリともせずに見下ろす。
「異世界人。取引をしたい」
崖下からのたいまつに照らされ、銀毛が輝く。
「きれいだ……」
体格は二割増しくらいの巨体になっていたけど、元の体育会系少女とはまた別の、気品と均整のある姿だった。
シベリアンハスキーにも似た、長くなった顔が眉をひそめる。
「異世界人の興味は交尾だけか?」
「少なくともボクと清之助くんは。……殺されかけているのに体が動かない状況ですから、きれいなものに見とれるくらい許してください」
「見境の無い。ケダモノ以下の無節操だな」
吐き捨てるような口調と裏腹に、尻尾を大きく振っていることは自覚してないらしい。
「オレの名はダイカ……話は走りながらまとめよう。ティマコラの近くでは三魔将の気まぐれが恐ろしい」
ダイカが再びボクをかついで駆け出した直後、ボクたちのいた背後の岩が爆裂する。
「我こそは魔王軍筆頭、魔竜将軍ドルドナなり!!」
「それはさっき聞いたよ! つーか、真上に撃つんじゃねーよ! 帰るなり死にかけたじゃねーか!」
「やだー、あっつーい。えいっ」
崖下で別の重々しい爆音が轟き、地響きと共にボクたちのいた岩柱が崩れ去っていく。
「…………な?」
ダイカの毛が逆立っていた。
「はい。恐ろしすぎます。いろんな意味で」
狼獣人ダイカはボクを背負ったまま数メートルを助走なく跳び、駆ければ十数メートルを渡る。
この筋力で繰り出される爪の威力が思われる。
アレッサは思ったより近くにいた。
ダイカに気がつくなり、猫耳少女の顔を見やすく上げる。
「風の聖騎士! 取引をしたい!」
「この娘であれば、無条件に渡す」
アレッサは落ち着いた声のとおりに、猫耳少女を近くの岩に横たえて離れる。
「不用心だな。そいつを手放せば、オレが背中のこいつを切り裂くとは思わないのか?」
「そのユキタンが死を覚悟して望んだことだ。私が貴様を信用するかとは関係ない」
ダイカはボクを地面に置き、アレッサとは慎重に距離をとりながら猫耳へ近づく。
「キラティカ、聞こえるか?」
ダイカは呼吸を確かめて肩にかつぎあげる。
「う……ダイ……カ?」
はじめて聞く、猫耳少女の弱々しい声。
「ユキタン、では悪いが先に行くぞ」
アレッサが早足で歩き出す。
「待て聖騎士! そいつを置いていくのか?!」
「ダイカさん、今のボクはアレッサの足手まといだよ」
狼のうなり声がもれる。
アレッサは振り向かない。
ダイカはもう片方の肩にボクをかつぎあげ、アレッサを追いかける。
「疲労を癒す方法がある! アレッサ、オマエもまだろくに回復してないはずだ!」
アレッサが振り返り、剣を抜く。
「烈風斬!」
半透明の刃は崖面の亀裂から這い寄っていた大トカゲの喉を裂く。
ダイカは少しも動じる様子がない。
「オレの知り合いに、治療の魔法道具を使える選手がいる」
「そんな『稼ぎやすい』魔法の使い手が最後尾の乱戦にまぎれているとは思えない。足手まとい二人をかついで、どこまで行くつもりだ?」
「あの岩陰が絶好だな……まずはそこまでだ」
行く手の分岐点に、ちょうど人が隠れやすそうな岩壁ができていた。
「最初の取引だ。条件はこれから言う内容を口外しないこと」
ダイカは首に巻いた渋い銀色のマントをアゴで指す。
「感づいているかもしれないが、これは魔法道具だ。詳しい効果は言えないが、これをあの岩陰で使えば、片手を空けることができる」
「なるほど。怪しいとは思っていたが、確信はなかった」
「魔法道具って、見た目とかじゃわからないの?」
はためくマントは首元に少し模様があるだけで、古めかしいだけの地味な外観。
「触れていれば使う意志に応じて光るが、わかりにくい品物も多い。オレたちの死体を見つけた時に奪われていなければ儲けものだ。それまでは効果に気がついても口外するな」
狼の顔は皮肉そうに笑みながら岩壁の前でボクを降ろす。
「二つ目の取引は、オレの片手が空けば、アレッサもかついで走れるということだ。オマエは切り裂きの魔法に集中できるし、移動速度も倍になる……オレがここから出るまで、信用して待つ気はあるか?」
「時間がかかるなら早く行け」
アレッサは即答し、かすかに微笑んですらいた。
ダイカは意表をつかれ、少し眉をしかめる。
「……コウモリが近づいたら斬り払ってくれ」
ダイカの指した崖面には、紫のコウモリがとまっていた。
その目は『撮影中』を示す赤色に光っている。
ダイカは崖面へ向かって覆いかぶさるような岩壁に隠れ、なにかボソボソとキラティカと話していたけど、すぐにその声も聞こえなくなる。
「ティマコラが来るまで、少しはあるな……しかし休める距離は、魔法道具を狙う者もいる範囲ということ。早くもどってほしいものだ」
腰かけて目をつむるアレッサは、なぜか嬉しそうだった。