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十八章 巨人の女で喜ぶ奴とかどうなの? 小人よりは害がなくね? 二

「助けるってどっちを……ゴルダシスさんのほうか。でもどっちにしろ、ここからじゃ間に合わねえだろ? それに騎士団なら狙いはすり抜けだ」

 神官団と違い、交戦は避けたがっているか。


 画面ではカメラを向けられたピンク頭の総隊長さんが演説をはじめていた。

「私こそが新たな四天王にして新たな勇者! 第二区間では助けを求めて来たユキタくんに手柄を譲ってあげましたが、この先はこの『渦の聖騎士』シャルラが競技の中心となる! 従いたい選手は急ぎなさい!」

 いいテンションだ……けど、不安になってきた。

 あのバカはノリでなにをやらかすかわからない。


「歴史的な赤っ恥リタイアしといて、よくもあんな堂々と……だいじょうぶかよアイツ? 言ってることまでユキタンのパクりだし」

「やっぱりもう少し、急げるかな? あそこでもう少し待機しているみたいだし」

 ほかの騎士たちはシャルラの長々と続く演説を無視して、簡易キャンプを作りはじめていた。



 メセムスに無理のない範囲で早足になってもらう。

 コカッツォたちが去ったこともあり、リフィヌが仮眠についた。

 なにかできるわけでもない手持ち無沙汰になると、気のあせりを持て余す。


「工業地が多くなってきたな……ちなみにまっ平らになったあたりから全部、農場の名残りだ」

 カラフルな幾何学模様の埋まるまっ平らな氷原には、巨大な長方形の溝や縦穴がちらほらと見えはじめていた。

「延々と走って来たところが全部……ここの工場もずいぶん広いけど」


「魔道都市の名残りは各地にあるけど、ここらは古代の巨人都市を元に開発されたから、特に生産規模がでかい。半分でもまともに機能したら、今の巨人の食糧問題は解決できるらしいぜ」

「身長が四倍なら、体重や胃袋や食事量は六十四倍か……やっぱり大変なの?」

「巨人が種族として衰退した最大の原因だよ。十分な食事をとって運動できないと体型の崩れがひどくて、内臓負担からの病死に直結する」

 大変どころじゃなかった。



「二代覇者『巨人魔王』の時代には竜の体格と人間を超える文明を併せ持つ『神に最も近い種族』と言われていたけど、巨人が増えたら主食の大型生物が減った。農業が重視されるようになって、人間はみんな奴隷階級だったけど、生産効率がいいから地位が上がった。そこから三代覇者『聖痕の勇者』の大反乱につながるのだけど……」


「ともあれ覇権が終わってみると、巨人は自分たちが食っていく分の食料生産を自分たちでは維持できない、補助の必要な種族になっていた。しかも技術や文明が発達すると、あの体格は軍事力や労働力としてそれほど有利じゃなくなっていく。大きさの分だけ損するようになった」

「反則みたいな戦闘力だけど、出撃するまでの生活が大変なのか……なんでそんな種族ができたんだろ?」


「元は竜の一種なんだよ。聖魔大戦より前の大昔だと竜は昆虫とか樹木とか、いろいろな姿をしていた。その中で人型に固まった末裔の巨人は、人間を利用することに長けていたから二代覇者として安定した。でも巨人が衰退すると、元々が巨体でもバランスをとれる恐竜ベースの形状が相対的には多く残った。樹人は例外的に、隠れ住むことで生き延びた樹木型の末裔らしい」

 またえらく科学的に分析されている……異世界と交流があるせいか。


「そういったごく一部を残して、急激に分化した大型の竜はほとんどの種が絶滅した。巨人はゆるやかだけど、やっぱりどうしようもなく絶滅へ向かっている」



「清之助くんの説明によると竜や妖精は『人間を管理するために配置』されたものらしいけど?」

「種族によって伝承の言い回しは分かれているけど、聖神ユイーツによって作られ、人間に関わることでは共通している。ゴルダシスさんによると、巨人は巨人魔王の時代で役割を終え、使い捨てられた種族らしい」

 ザンナはモニターを見上げる。


 ゴルダシスは闘技場の中央に座ったまま、眠ったように深く頭を垂れていたけど、時おり包帯の換えや水、氷などを要求していた。

 地元の青巨人や小人たちは家族の病状を見守るように静かだ。


「巨人族は神と竜が大陸を割るような戦いをしたあとの土地を復興し、巨人回廊とかの巨大公共施設を作り、人間に国家統治をうながし、大型の竜や魔獣を減らし、最後は体質の欠陥で衰退する……まるで人間につくして滅ぶまでがセットでデザインされた生物だってさ」



 周囲はだんだん明るくなっていたけど、空は厚い雲に覆われ、夕暮れのような薄暗さがいつまでも続く。

 太陽の位置すらわからず、朝を迎えた実感は薄い。

 見渡す氷原に人影はない。長い蒼髪も見えない。


 騎士団の引率する一団が動き出す。

 ゴルダシスも腰を上げ、動きを邪魔する一部の包帯をむしり捨てる。

 サッカーグラウンドが入りそうな円形砂場の試合場へ最初に入って来たのは、上半身がタコの獣人と、上半身がウニの獣人。

 ふたりはゴルダシスを大きく避けて走り出すけど、足は遅い。

 続いて大鬼の戦士が三人と、岩のような肌をした大男、カブトムシの虫人、いずれも二倍巨人に近い大柄な集団がやはり迂回して、逆サイドから突進する。

 さらに肌の黒い半妖精が数人、角が見事な大鹿の獣人、頭が黒馬の獣人、シロフクロウの獣人が一斉に飛び出し、ようやく聖騎士たちが続く。

 一直線にゴルダシスへ向かうのは聖騎士だけだった。

 切りこみ担当の二番隊、大柄な女隊長スコナと長身細身のクール美少女ジュリエルが先頭。

 聖騎士が正面の貧乏クジを引く代わり、ほかは先に突っこませたらしい。



 スコナが投網を、ジュリエルが釣り竿をふるいながら左右に分かれた瞬間、中央のゴルダシスは低い姿勢で爆風のように動き、網をつかみ上げる。

 引き綱を腕にからませていたスコナの体が宙に……ゴルダシスの頭上、つまり三、四階の高さへ一瞬で放り上げられる。


「やれノコイ! かまうな!」

 スコナが叱咤したのは巨体の一団から飛び出していた三人目の二番隊女騎士、重力魔法の使い手。

「はいはい遮蔽物のみなさんお気の毒、やはりこちらがハズレみたいでしてよ!」

 勝気そうな少女が『落ちこみの独楽こま』を高く掲げて光らせる。


 走り抜けようとしていた背後の巨体たちは肩へ荷物を乗せられたようにひるみ、転び、後続もそれに巻きこまれる。

 ついでに観客席の最前列付近にいた青巨人の警備員たちもガクガクとヒザを崩していた。

 ゴルダシスは腰をひざ近くまで落として動いていたけど、さらに低く、手をつかないまま腰をかかと近くまで落とし、屈伸運動のように低い姿勢で背後へ回し蹴りを放つ。

 あの低さで腰を活かすなんて……拳法の達人か?


 気配も広く細かく読んでいる。

 蹴りの狙いは地面の砂だった。

 背後へまわっていたジュリエルが釣り竿をふりなおしていたけど、砂の高波がタックルでも仕掛けたように細身をはじき飛ばす。


 ゴルダシスは手でも地面の砂をすくい飛ばし、ノコイもはじき倒す。

 重力魔法が解け、巨体選手の動きがもどる前、ゴルダシスはすでに試合場の端あたりまで移動し、『氷葬の墓石』を地面へ打ちつけていた。

 腰近くまで霜が広がった巨体選手たちは生き埋めにされたような顔になる。

 ここまでがあまりにすばやく、スコナ隊長はまだ空中にいた。



 馬獣人と鹿獣人は巨体選手のあとに続こうと駆けていたけど、目の前へ来てしまったゴルダシスを避けて中央へ曲がる。

 それを追い抜かして、派手に巻き上げた土砂の高波に乗った『砂の聖騎士』ヒギンズが空中のスコナを目がけて飛びあがる。

「すまねえな」「こっちこそ」

 薄笑いするヒギンズはひろって助けようとしたわけではなく、苦笑いするスコナも土砂は一瞬の足場として蹴っただけだった。


 選手はほぼ一直線に並んで中央へさしかかっていたけど、出口から見て右端にいたゴルダシスは新幹線のような勢いで中央へ引き返している。

 その目の前、ちょうどうっとうしい位置に、落下死を継続するように空中へ跳びなおしたスコナ隊長が網をかまえていた……でもあれじゃ、無駄死にじゃないか?

 時間稼ぎにしたって、ほんの一瞬だけ……と思ったら、もうひとつの狙いがあった。

 ジュリエルが這うように、あえて砂まみれのまま、ゴルダシスの足元の死角から釣り竿をふるっていた。

 ついに『大物の釣り竿』の針がゴルダシスの毛皮靴にかかり、あとはあの根性娘が巨人将軍を見下すほどの精神力を持っていれば重心を操れる……はずだった。


 ゴルダシスがふり向いていた。

 そして針のかかった足で蹴り出す。

 糸がたるんでしまい、引っぱりがきかない。巻き取りが間に合わない。

 効果を発動できたかどうかもわからないまま、ジュリエルは数メートルも蹴り転がされる。

 それでも威力は抑えられていた。

 ゴルダシスの足には投網がかかっている。

 スコナ自身は地面に体を打ちつけ、片ひざを抑えてうめき、それでも槍を杖がわりに立とうとしている。

 ジュリエルは倒れて動かないまま、手だけは別の生き物のように釣り竿を離さなかった。



「相手の魔法をよく調べて対応している……あの体格で普通に頭を使うだけでも手強いね」

 でもやっぱり、ぎりぎりの戦いをしている。

「あの体格だから、頭や技術がねえと聖騎士クラスの集団にはカモられるんだよ。なにも考えないで戦える特権なんて、小さな体で同じパワーを出せるドルドナさんだけのものだ」


 魔竜将軍は打撃に耐久に速度に砲撃と、反則放題の性能でまさにダントツの筆頭。

 ラウネラトラもゴルダシスは『十中八九で負ける』と言っていたか。

 たしかに比べるとまるで余裕がない。

 一騎打ちやザコ集団なら絶望的な相手だけど、それなりの実力者が複数で仕掛けると、いろいろ攻略法が見えてしまう。

 理屈ではドルドナよりはるかに楽な相手……でも肌の感覚は逆。

 底冷えするような怖さを感じる。


 自分の体格、運動能力、魔法の『弱さ』を知った上で無理を続ける暗い瞳は、ドルドナとは別の迫力で胸を絞めつけてくる。

 魔竜将軍の次席ではなく、対となる意味での『双璧』という異名が重みを増している。

 ラウネラトラの評を言い換えると、桁違いの反則最強ドルドナすら『十にひとつは負けかねない』相手……絶望的な性能差すら埋めかねない、冷えた気迫がにじんでいる。



 ゴルダシスは靴をむしって針を外し、投網も外してひろうと、出口へ向かって走り出す。

 サッカーグラウンドくらいの広さがある試合場なのに、ゴルダシスはバスケットコート感覚で動いていた。

 最初に出た足の遅いウニとタコ、あとから出たヒギンズの『土砂走行』がほぼ同時の先頭で残り十数メートル。

 続くふたりの獣人は……巨大な青白い手に捕まれた。

 全身に霜が広がって硬直し、雪玉がわりにウニとタコへ投げ当てられる。

 半妖精の数人はすでに巨大靴にはね飛ばされていたらしく、倒れてうめいている。

 不意に投網が真上へ投げつけられ、捕えられたシロフクロウの獣人はきりもみ落下をはじめる。

 煙を上げる土砂走行は出口へ飛びこむ寸前に巨人の蹴り足で砕かれた。


 ヒギンズは真横に身をひねり、地面をこする低さで直撃は避けたけど、砕かれた土砂道路の余波で派手に飛ばされる。

 砂煙に隠れていた三人の女騎士の姿も一瞬だけ見えた。

 ピンク髪のシャルラは小柄なニューノを抱えて新たな土砂走行で発進する。

 蒼い短髪のレイミッサは肩に巻いた『濃霧の頭巾』から霧を噴き出して周辺を包む……いや、すでにずっと発動していたらしい。

 土砂走行の煙がやたら多かった。


「なんでアンタにそんな言われかたしなくちゃいけないのよ?!」

 濃霧の中、総隊長の声が響くとゴルダシスはすばやく身をかがめる。

「そのまま!」

 ヒギンズの声もして、ゴルダシスが砂を蹴りとばす爆音が続く。



 四人の騎士になにが起きたのかわからない。

 ただゴルダシスは出口に背を向け、近づくほかの選手を蹴散らしはじめていた。

 軽傷の選手が動きはじめていて、スコナ隊長は片足を引きずりながら声を張り上げて指揮をとっている。


「よりによって第三区間の一番乗りを騎士団にとられたようですねえ? ああ、カメラはまだ試合場を中心で」

 ひさしぶりに色っぽい声の実況が聞こえ、カメラは一瞬だけ砂まみれのピンク髪を大きく映したあと、それを小さく画面端へ留める。

 四人は試合場に接したゴールの部屋へ転がりこめたらしい。

 みんな砂まみれで、文字どおり転がっていた。


「最後は裏をかかれたといいますか……?」

「総隊長の言葉で『落ちこみの独楽こま』の効果を『人真似の手鏡』で使われることを警戒したのだろう。だが目ざとい参謀の吹きこみは素のボケで却下された」

 これもひさしぶりの解説魔王によると、ゴルダシスはシャルラのコピー魔法も知っていて、発動条件の気落ちを思わせる言葉でとっさに身をかがめた……でも策を指示したニューノさんは発動のためか普段のうっぷんもあってか、なにか怒らせることを言って……シャルラは指示を無視。

「それが結果としては低い蹴りをかわせる結果に。ビギナーズラックも実力の内ですかねえ?」

「盾になるつもりだった自分ともうひとりをとっさにねじこんだのは、あのヒギンズという男の実力だ……大戦の時には傭兵頭だったか? リューリッサら聖騎士三巨頭の影で目立たなかったが、同じくらい面倒なやつだったな」



 大きな画面では最後の一斉攻撃がはじまり、岩男がひとり、半妖精がふたり、タコ怪人が一匹、大鬼がふたり、次々と倒れ、あるいは吹っ飛ぶ。

 その中で重力魔法を使おうとしていた女騎士ノコイは背後から同僚に突き飛ばされ、杖をついていた隊長スコナと重なって倒れ、そのまま一緒に真横へ宙を切ってゴルダシスの足元を高速ですり抜け、ゴールへたたきこまれる。

 ふたりを釣り糸に引っかけてふり回したジュリエルはボロボロの体で両膝をついていたけど、そのまま真横に倒れこむ。


 動ける選手が途絶えると、ゴルダシスは女騎士をつまみあげた。

「きみ、騎士団の人にしてはみこみあるね。ん~と……『魔王配下十五猛貴』くらいは名のっていいよ?」

 無表情に見下ろす巨人将軍に、ジュリエルは動けないまま鋭くにらんでいた。

「騎士団が魔王軍へ編入されるなら、私は中から食いやぶる……故郷を奪った魔物を滅ぼすために騎士団へ入った! 騎士団長の都合など知ったことか!」

 懐から小剣を引き抜いたけど、腕の力が入らないのか、巨人の皮膚が厚すぎるのか、青白い手に刀身は半分しか刺さらず、そのまま抜けなくなる。


 ゴルダシスは表情を変えず、そのまま腕を伸ばして場外の部下へ引き渡す。

「シュタルガちゃんはそーゆー意気ごみをかんげーします。まずはけがをなおしましょー」

 ジュリエルは運ばれながら凄まじい形相でゴルダシスをにらみ続け、かみしめすぎた口から血をにじませていた。

 その姿が見えなくなるとゴルダシスはようやく目を試合場にもどし、椅子が運ばれる前にその場でへたりこむ。


 あれと戦えっていうの?



 放送でなにか競技状況を解説しているけど、まるで耳に入らない。

 まいったな~。ものすごくいろいろと戦いたくないよ。あんなのと。

 ゴルダシスは心に背負っているものまで巨大そうだし。


 困惑が顔に出ていたらしく、ザンナが探るような目で見ていた。

「聖騎士七人と魔族十数人が通過だけを狙ったのに『運よく』で六人だけかよ……ひとりは足を折っているし。あれじゃ殺す気でもどっちが勝ったやら。……メセムスさん、巨人都市まであとどれくらい?」

「残りおよそ七十分デス」

「もうそんなに近いのか……」


 ザンナは水晶をとりだし、何度か試してからしまう。

「ゴルダシスさんを助けるとか全然わけわかんねえけど、それならやっぱり戦うしかないんじゃねえの? 生かしたまま倒して、無事に退場していただく。だったら回復しきる前がいいだろ?」

「しかしあの執拗な攻撃ぶり……」

 リフィヌもいつの間にか起きて観戦していたようだ。

「足きりまではまだ十時間以上あります。競技続行にしても、巨人将軍が疲れて自分からさがってからの通過でよいのでは? というか拙者は、戦う意義を見出せません」

「だよねえ?」


「オマエが言うか。まあ、考えないで後回しにしちまえ。どうせ気が変わるから。けど騎士団から離されすぎちゃ優勝を狙えなくなる」

「また妙なことを……そういえば優勝って、最終区間で最速ゴールすればいいの? それだと鳥人や獣人が出たら騎士団でも勝てそうにないけど」

 ザンナに呆れ顔で見られた。


「パンフレットを読んでないのか?! というかセイノスケやアレッサは、競技のルールも教えないままなにを期待して……」

「でも面倒だから、それも第三区間が終わってから考えればいいや。次が最終区間ていうのも昨日はじめて知ったことだし」

 見上げるとリフィヌも呆然と口を開けていた。



 モニターで見たのと同じ、巨人都市の城壁が見えてきた。


 入口のバカでかい城門が見上げるほどに近づいてきた。


 頭を抱えて布団にもぐった。


「いや~ん!? 本っ当~になんっにも考えないまま着いちゃったああ!?」

「とりあえず布団から出ろ。恥ずかしいから! アタシが!!」

 先に降りたザンナ様が布団の下からホウキで突き上げてくる。

 歓声や罵声や嘲笑がどんどん近づいている。


「さっぱり気が変わる気がしないから、もう少し眠らせて~。おか~ん」

「もういい……そのまま闘技場まで運ばれちまえ。……っておい、リフィヌもだいじょうぶかよ?」

「あまりだいじょうぶでは……つまり拙僧は巨人将軍さんとなにをやらかせばよいのやら……」

 リフィヌの声も布団の下から聞こえてくるけど、なんだか上ずっていた。

「やらかすのはコイツだけでいいんだ……ていうかもう、アタシがなんとかするから、オマエは仲間を守ることだけ考えてくれりゃいい。な?」


 騒ぎに近づき、包まれてみると、罵声のほうがかなり多い。

 それも小人らしき高い声が多く、第二区間で会ったカノアンくん、ドメリちゃん、ズナプラ様との落差で複雑な気分。


「わ~。いろんなお店があるのですね~」

 リフィヌ様がやにわに穏やかで楽しげな声をだす。

「そ、そうだな……。競技期間中のコースだから全部、厳戒態勢の休業だけど……頼む。オマエだけは気をたしかに……」

 ザンナは逆に不安になりはじめた声。

「なんか売ってくれそうな所あるかあ?! うまいもんとか! エロいもんとか!!」

 そしてヤケになって叫びだす。すげえぜ姉御の勇者っぷり。


 しかたないので気概にのって、ボクも大地に降り立って見る。寒い。

「エロいもんで反応して出てくるなブタヤロオオ!」

 違うって。でも否定しないでほほえんでおく。

「残念ながら、これがユキタン様の初心のようですから……」



 すでに石畳の大通りだった。

 数十メートル後方には数十メートルの厚みと高さがある城壁がそびえている。

 前方の開けた景観は高層ビル街にある公園に似ていて、建物は数階分の高さまで木板や鉄板で窓がふさがれ、あるいはバリケードが作られている。

 かなり高い位置に巨大な看板がならび、見物客はその上にひしめいていた。


 爆笑に応えて手をふると、ガンガン罵声が押し寄せる。

 よく見れば、青巨人と小人以外の種族もけっこう混じっている。

 獣人や鬼や半妖精、そして人間もたくさん。


「どの店だい!? 店主と話をつけてやるよ!」

 罵声の嵐の中で、青巨人のおばさんが笑って話しかけてきた。

 信用していいのかわからないけど、意外とファンも混じっているらしい。

「俺が行く! もういらないザンナの荷物くれよ!」

「ザンナさんの服なら私が……」

「リフィヌちゃんなら俺がおごってやるぞ!」

「ザンナ様~! こっち見て~!!」

「ユキタ~ン! 駆除されろ~!!」


 ザンナは好意的な声に自分の名が多いことに気がついたようで、照れかくしに先を急ぐ。

 この区間では本当にがんばっていたから、人気が出てなにより……だけど、ほほえましさと同量の胸騒ぎが湧いてくる。

 ここは努力の分だけ報われる場所じゃない。



 屋根からチョロチョロと、赤髪のネズミ獣人がすべり降りてくる。

「どうも~! リポーターのヤラブカで~す! ザンナ選手、すごいにわか人気ですね! これなら加勢の選手がひとりもいなくたってあきらめがつきますね! ゴルダシス様に踏まれて痴情のもつれを清算する前に、ご遺族へ気休めの一言をどうぞ!」

「コース上にいる選手外のヤローはダニと同じ障害物だったよな?」

 ザンナが頭上のコウモリへ抑えるような仕草を示す。

 ヤラブカへの電撃を制止している?


「一秒もピパイパさんの代役が務まらない三流芸人がひがんで画面を汚すな。『双璧』の戦場に失礼だろうが」

 ザンナの物腰は落ち着き、静かな貫禄があった。


「いつからオレにそんな口きけるようになったよザコ魔女!?」

 ヤラブカのほうが顔をゆがめてカミソリを抜いた。

 刀身がオレンジ色に光ると、全身の体毛が赤銅色になる。

「てめえの針は! オレに刺さらねえのを忘れたか!?」

 体毛がのびて、体もみるみる巨大化し、熊にも似た巨大ネズミと化す。


「体毛を金属化する『剛毛の剃刀かみそり』……いい練習台だ」

 ザンナが両手からのばした数本の細い針はヤラブカの目へ届く前に赤銅色の腕で防がれる。

「もっと強く……速く……絶望を穿て!」

 ザンナはすばやく伏せ、足元の影から太い黒槍を一斉に突き上げ、赤銅色巨体の突撃を止める。


 一度おさまった黒槍の群れはザンナの影で震えながらうごめき渦巻く。

「曲がるな……ぶれるな……地獄へ向かえ! 『闇一貫』!」

 突如、闇は一本にまとまって巨大な尖る円柱となり、金属の剛毛を散らす。

「ギャウ?!」

 ヤラブカの巨体が飛び、肩に大きな裂け口ができていた。

「実験成功……思ったより威力あるな」



 ヤラブカの体が徐々にしぼみ、肩を押さえ、這ってあとずさる。

「チチチッ! バッカじゃねえの?! 巨人将軍の首を刺せたかもしれない切り札をこんなところでバラすなんて!」

 ザンナは冷たい目で観察しながら迫っていた。

「オマエにゃいびられたからな。おかげで成長できた。礼代わりに成果の披露だ」


「お待ちくださいザンナさん。よーこーきゃく。拙者からもウチの子たちのお礼が少々」

 割って入ったリフィヌはそのまま光の盾で性悪ネズミ娘を踏みつぶす。

「ちょ?! おまっ?! 慈悲と寛容は?! 幸せにきょーぞん目指すとかのたわごと守れよ……グギャ?!」

 小さくパキポキと音がしているけど、きっと金属の毛が残っているだけだろう。


「ええもちろん。たわごと守ってなんぼの商売ですから。このとおり『ぷちっ』とつぶさないよう努力しております」

 純真だったリフィヌ様は小ずるい魔女と冷酷ネコ娘と変態ブタヤロウの悪影響を受けすぎた薄笑いを浮かべ、もはや立派な副神官長クラスに成長してしまった。

「ひと思いに楽にしてあげるのも慈悲かもね」

 ボクも勇者らしい優しさを見せておく。



「体力もったいないし、親善プレイの続きはまた今度にしろよ」

 ザンナの一声で解放されたヤラブカをすかさず電撃が襲っていた。さすが魔王軍。

 モニターを見てもゴルダシスに動く様子はなく、ボクたちはだだっ広い通りの中央をとぼとぼ歩き出す。

 ここにも長い蒼髪の少女はいない。

 なれなれしく『よう』とか言いながらわいてくる変態少年もいない。


「いや~、こんな調子で、本当になにしに来たのですかね~」

 リフィヌはのん気に笑う。

「もちろん、ゴルダシス様と仲良くなりに来たんだよ。理屈で出せない答を肉体のぶつかりで求め合い、深まる理解、芽生える愛情、湧き出す欲情!」

 リフィヌとザンナは穏やかな笑顔でホウキとヌンチャクをたたきつけてきた。


「ボクって平和志向の勇者だろ? 愛と優しさで争いの虚しさを伝え、誰も傷つけないで幸せな世界へ導くことが使命なんだよ!」

 こりないボクのほほえみに、リフィヌ様は見下すように鼻で笑う。

 でもザンナは心配そうな顔をしていた。

「緊張しているのか? 妙に浮かれているな?」

 自覚はなかったけど、ボクは言葉に詰まり、真顔になってしまう。


 ザンナはゴルダシスにも通じそうな新技を見せ、メセムスも最強神官もいる。

 戦力は悪くない。ゴルダシスもかなり消耗している。

 薄っぺらいきれいごとは通じない危険な相手ということはわかっている。

 でも自分が死ぬことは不思議と怖くない。

 なにが怖いんだっけ?



 巨大闘技場はかすむようにそびえたまま、なかなか近づいてこない。

 リフィヌとザンナは通りに見える看板を見ながら、故郷の商店街のあるある話で盛り上がる。

「ザンナさん、さすがにお店のことは詳しいですね。……もったいない。ご自分でおっしゃっていたように、優勝なんか狙わず、ユキタン様と一緒に大きなお店を建てればいいのに」

「店ならブタはいらねえよ。……まあ、考えないでもないけどな。父さんのような、昼間にぎわう店を開けないかって」


 ザンナはどこから出したのか、砂糖菓子を少しづつ、みんなに支給する。

 かじると塩気とショウガの風味もじんわりしみて、体が温まった。

「黄金山脈の温泉に集まっているオマエらを見て、リフィヌのことを思い出した時からか。なぜか小さいころの悪いことは全部どうでもいい気がして、ただ父さん母さんが生きていたころみたいな、ちょっと退屈でものんびり暮らせる毎日にもどれねえかなって……」


 あれ、まずい。なぜかリフィヌより先にボクの涙腺がゆるんでいる。疲れのせいか?

「オマエらみたいなぬるま湯育ちばかり残って一緒にいるせいか、なんだか本当にできそうな気までしてくる……ってのはまあ、嘘なんだけどな」

「嘘というのが嘘です。ちっとも優しくない、ひどい嘘です」

 リフィヌがボロボロの震え声になっている。今の内にボクの涙を止めないと。ばれる。


 どうしよう。棚上げしていた大事なことを思い出してしまった。

 ボクはこのふたりを傷つけることが怖い。

 失うことに耐えられそうにない。

 優しく温かい今の時間が、そのまま悲劇を演出する死亡フラグになりそうで怖い。



 ふたりの声が聞こえなくなっていた。

 涙を止めてからふり向くと、ザンナがにらんでいた。

「まさかアタシらが心配とかぬかす気じゃねえだろな?」

「やっぱり気が変わる気がしないのだけど……」

 巨大闘技場の入口に踏みこんでいた。

 内部には赤いカーペットが敷かれ、通路の鉄柵の向うで大歓声がひしめいている。


「ここまで来てガタガタ言ってんじゃねえ。口でどう言おうが、オマエの足は巨人将軍の戦場まで来ることを選んだ」

 ザンナがボクのむなぐらをつかみ、ねじるように絞って引き寄せる。

 とても暗い、凍りつかせるような目。

「気が変わらなくて当たり前だ。オマエは最初から迷っちゃいねえ……アタシはそれでかまわねえ。利用させてもらうだけだ」

 どういうことだよ?

 リフィヌも厳しい顔で静観していた。


「できるかどうかじゃねえ。やりたいならつっこめ。アタシも巨人将軍も踏み台にしろ……追いかけるんだろ?」

 ザンナがくちびるを震わせて飲みこんだのは……美少女ボケ勇者と鬼畜ヘンタイ勇者の名か。


「勇者だったら、悪人になれ」




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