十八章 巨人の女で喜ぶ奴とかどうなの? 小人よりは害がなくね? 一
三人で布団に入ったまま、どれほどたっただろう?
地面はスケートリンクのような平坦になり、ソリのゆれは小さくなっていた。
結局は交代で眠ることになり、ザンナは毛布もひっぱりだして重ねると、すぐに眠りに落ちる。
風景にちらほら氷のとげが茂みのように噴き出していたけど、それらはだんだん多くなり、家や小山のような大きさまで混じり、幾何学模様に並びだす。
よく見れば遠くの山地も人工的な台形や円錐の組み合わせになっていた。
地面の氷に透けてカラフルな床面があちこちに現れ、それらはグラウンドのような大きさを単位に長方形や扇形になっている。
コカッツォさんも道の凹凸がなくなると後ろへまわり、メセムスに寄りかかるようにして走っている。
「魔法都市の跡が浅くなってきた。このあたりでコースの半分だな」
四分の一を進むまでの苦労が嘘みたいだ。
風景には飽き飽きしていたけど、過ぎてみると早く感じる。
「ほかの選手も全然いないし、平穏だね~」
「バカヤロ。オレらがにおいを避けてるんだ」
「お世話になります」
「愛想はいらないから物をよこせ。オマエらの足じゃ、まだ余裕はねえぞ」
「首飾りの効果を教えておくよ。絶対に聞いておいたほうがいいから」
コウモリモニターではゴルダシスが巨人都市の外郭城門を通過し、地元住民らしき青巨人と小人たちに大歓声で迎えられていた。
でも巨人将軍は一瞥もせず、速度を上げて百メートル近い幅の大通りを猛進する。
行き止まりの円形闘技場は巨大で……ローマのコロッセオなんてテレビでしか見たことないけど、それよりもう少しふざけた規模。
七メートルくらい背のあるゴルダシスすら近づくとゴマ粒のようで、高さにして数百メートルはあるだろうか。
そのあちこちが虫食いのように崩れていて、むやみに重厚な壁の断面が見えている。
画像は虫食い部分のひとつへ切り換わり、落下するような勢いで飛びこむ二匹の巨竜を追う。
どちらも長老竜の周囲にいた竜よりも大型で、均整のとれた体つきで直立している。
一匹の鱗は黄金色で、羽や尾がなくても立派な巨人として通じそうなたくましい四肢。
それに比べればもう一匹の青いほうは腕や首が細長く、下半身へ重心が寄っているけど、全身に刃のような鋭いひれが生えている。
二匹は内部回廊の石壁に鉤爪でえぐり傷をつけながら転がるように急ぎ、矢印標識に従って鉄条網のバリケードを避け、広大なすり鉢状空間の底、円形砂場の試合場に飛び出る。
外周の壁に出されたハシゴに、中年男の青巨人があわてて登っていた。
中央には青巨人の少女が背を向けて立ち、大きく息を乱していた。
観客席にひしめく老若男女の青巨人と、その肩や頭に席どる小人たちがゴルダシスコールをはじめる。
赤髪ネズミ獣人のリポーターは試合場の縁を走り、位置どりを急ぐ。
「第三区間も一番乗りは優勝の最有力候補、ドルドナ様の親戚御一行です! 五英雄で幹部入り予定の『黄金竜』ドルネオムエル選手! 同じく九司令『青刀竜』イワハルブ選手! 第三区間でも圧倒的でした! 第二区間は上空からコソコソ直接ゴールした甲斐もあり、無傷で健在です! 十一大豪『緑碧竜』ルジオア選手は趣味に走り、ザコ相手にウッカリ脱落したようですが……」
青い竜はゼーゼー荒い息をしながら、首を低くふっていた。
「羽も無い巨人に、最後尾から抜かれちまうとは……ドルドナの姉御になんて言われちまうやら」
黄金竜も息を乱しながら、呆然と立ちつくす。
「いや、感服いたした。さすがは巨人将軍。やはりこの『黄金竜』もまだ、五英雄が妥当といったところか」
ゴルダシスは二匹の竜よりも苦しげに、くり返し顔の汗をぬぐい落とし、ひざに手をついて何度も息をつまらせながら、呼吸を整えようとしている。
リポーターのヤラブカは巨人将軍の様子をしばらく伺ったあと、抑え目の声でつけ足す。
「最大級の竜としては驚異的な移動力を示したおふたりですが、ゴルダシス様はなんと、その半分の時間でゴールへ到達……第二区間に続き、あわや第三区間も大幹部の『双璧』がゴールをふさぐ展開かと思われましたが……ともあれ最速選手の歓迎に門番長が間に合ってなによりで……す……」
ヤラブカはちらちらと観客席の最前列、大盾を持って居並ぶ青巨人戦士団の顔もうかがう。
はしごを登りきった中年青巨人も観客席までは降りず、ゴルダシスの横顔を心配そうに見ていた。
「しかたあるまい……イワハルブ、ボーナス入手はあきらめよう。我らも最終日に備え、休息を急がねば」
「たしかに。青巨人には後続をつぶしてもらいてえし……今回は目ざわりなちっこいやつらがやたら多い」
二体の竜は向かいの大門へ進む。
ゴルダシスはまだ息が荒いまま、短パンの尻ポケットから厚い石版を引き抜く。
その仕草だけで巨人戦士団はどよめき、走りながら叫んで指示を送り合う。
「ぱんぱかぱーん、わたしの奥の手、『氷葬の墓石』だー」
冷たい無表情の棒読みで紹介すると、濃いねずみ色の墓石を原始的な石器斧のように握りこみ、ふり返って低くかまえる。
「発動条件は絶望」
墓石がにぶく青く光り、下部からキラキラと氷の結晶が吹き流れだす。
「手合わせをお望みでしたら、またいずれ、互いの体調が万全な時に……人間勢力の多い今、魔軍同士で争っている場合ではありません!」
黄金竜はあとずさりながらも爪をかまえる。
「ぶれーもの。さんましょーに魔王軍の方針を意見するか。それはべつにいいか。でも、まじめに競技で勝とーなんて、それでもドルドナちゃんの親戚であるか?」
暗い目と冷たい棒読みのまま。
「おい! 兄貴はドルドナの姉御のよしみで、アンタに遠慮してるんだ! 竜への侮辱がなにを意味するか、知らねえとは……」
青刀竜は声を荒げてつっかかるけど、黄金竜は無言で襲いかかっていた。
ショベルカーのごとき爪の一閃。
ゴルダシスはかがんで下がり、前髪を斬り散らされながらかわす。
続くもう片方の一閃は拳ではね上げ、加勢して足首を薙ぐノコギリのような青い尾は蹴り止める。
青刀竜の尾は踏まれた位置から巻き上がるように暴れ、ゴルダシスの足は即座に引いていたにも関わらず、毛皮の靴にはいくつもの傷が走り、血がにじみ広がる。
直後、黄金竜の太く長い尾がゴルダシスの腹部をとらえていた。
ゴルダシスの足と同じ太さの黄金の鞭が、青白い巨体をはね上げて転がした。
「手ごたえが弱い! 後ろに飛んで威力を殺していた!」
叫んだ黄金竜の片腕が白く変色して固まっていた。
握りこんだ墓石を当てられた部分が、凍っているらしい。
二体の竜はひるむ様子もなく、すかさず左右から挟撃する。
ゴルダシスは体を起こしていたけど片膝をつき、巨尾を受けていた両腕の包帯はズタズタになって血がにじんでいる。
「兄貴さえ残りゃいい!」
青刀竜は叫ぶとおり、防御を考えない勢いで突っこむ。
その足元に青い光が走り、つかんだように動きを鈍らせる。
ゴルダシスは墓石を逆方向の地面にもたたきつけながら、転がって逃げる。
青白い肩に黄金の爪が三本の傷痕をつけ、背と太ももにも青刀竜の刃だらけの尾と腕が長い傷を刻む。
ぎりぎりだ……ゴルダシスは奥の手を使いながら、この二匹を相手にはかろうじて互角のように戦っている。
「よわー。さいだいきゅー生物、ちょーよわー」
ゴルダシスは悲しげに笑いながら、よろよろと立ち上がる。
二匹の竜も足元を凍らされ、追撃が遅れていた。
黄金竜の凍らされた腕は動きはじめている。
足の氷も、動かないほどしっかり固定される厚さではない。
でも一度凍らされると踏ん張りがきかないらしく、ひどくふらつき、追撃どころか直立も難しい様子。
ゴルダシスは低い姿勢のまま、円を描くようにまわりこむ。
青刀竜は体をねじって強引に方向を合わせると、両腕もついて這い出す。
その先の地面にすかさず墓石が打ちつけられ、青い光の筋が青刀竜の片腕片足を凍らせる。
「身長が四倍なら体重は六十四倍。なのに接地面積はたった十六倍。魔法でからだをささえていても、このバランスの悪さはどうしようもないよね」
ゴルダシスの握りこむ『絶望』は、噴き出す氷片の量を増している。
青刀竜は自ら頭を地面に打ちつけるように丸め、ヒレを割り散らせて血を噴きながら、片腕だけで強引に前転し、長い尾をギリギリに巨人将軍へ届ける。
「まだ竜さんのほーが、四足歩行していたなごりでそーゆーことをしやすい」
ゴルダシスは墓石を光らせてかまえたまま、片腕を犠牲にまともにくらった。
くらいながら青刀竜を踏みつけて飛びこんだ先では、黄金竜が大きく口を開けて喉の奥を光らせていた。
わずかな差でゴルダシスの拳がアゴを打ち上げ、巨大な炎の渦は真上に噴射される……仲間ごと焼くつもりだったらしい。
打ち上げた拳はそのまま地面までふり落とされ、黄金の尾を中心に白い霜を広げ、ゴルダシスは勢いのまま前転してから立ち上がる。
黄金竜は長い首を背後へふり回して強引に追撃するけど、アゴは凍りついて半開きのまま。
白くなった片足と尾も、その攻撃に必要なバランスを維持できず、牙は届く前に空中で無防備に漂う。
巨人将軍の拳はふたたび黄金竜の頭をはじき上げたあと、肩から体当たりを加えた。
そしてまた低い姿勢で死角へまわりこみ、墓石をくり返し打ちつけて氷結の拘束を強める。
「ウロコもずるいよなー。どこたたいても痛いし。巨人の鎧なんて、つくるのも着るのもなおすのもジャイアント大変なわりに重いし。このサイズでこの体毛とか、体温調整には焼け石に一滴だし」
巨人将軍はボソボソつぶやきながら、荒い息を整え、冷たく二匹を見下ろしていた。
その青白い全身にたくさんの細い血の流れが見える。
「こ、降参させてくれ! 兄貴の命だけは……!」
青刀竜は這いずり、黄金竜をかばおうとする。
「そだてる意味のないひとは幹部にいりません」
藍色の前髪の下の、藍色の瞳に笑みはない。
「きみらが魔王軍にきたって、巨人族の将来は良くなりそうもないし」
「兄貴はもうすぐ、最初の子が生まれるんだ」
ゴルダシスは眉をひそめてにらみつけ、少しずつ顔を険しくしたあと、背を向けた。
「それなら、しょーがない」
二匹の竜は巨人戦士団に捕縛されて運ばれ、巨人将軍は一ラウンドを終えたボクサーのように椅子や水、タオルなどを運ばれる。
汗だくの頭をぐったりと下ろし、苦しげな呼吸はなかなか治まらない。
想像していたより、ずっともろい……なんだあの弱さは?
二匹の竜の動きは鋭く、かなり惜しかった。
ほんの少しの運や機転でも、どうなるかわからない勝負だった。
まだ門番を続けるつもりらしいけど、今、そこそこ動ける大型の竜や巨人が連戦を仕掛ければ……
「なんでわざわざ最後尾から走って、体力を減らしまくったんだろ?」
ボクの質問にはリフィヌも首をひねったままになる。
「巨人将軍は巨人族研究の権威でもあり、その成果があの運動能力です。あの体に由来する弱点は誰よりも熟知しているはず……」
ザンナもいつの間にか起きて見ていた。
やはり拍子抜けしながらも不安そうな、複雑な顔をしていた。
「じゃあ弱点さらしが目的か? ……なんのために?」
ゴルダシスの戦っている相手も、選手だけじゃないらしい。
巨人将軍が接戦を制したにも関わらず、観客は声を抑えていた。
なにかにつけて絶叫していた群衆はどよめくばかりで、態度に迷いはじめている。
時代の覇者が莫大なご褒美をばらまく世界代表ケンカ祭……という華やかなうわべが薄らいでいた。
リポーターのヤラブカさんは勝負結果をあれこれ盛り上げようとしゃべっていたけど、間が持たず、苦しまぎれに放送席へカメラをもどしてしまう。
コタツの後ろのミニ露天風呂に堂々とつかる魔竜将軍の胸や太ももが間をつなぐ。
ダイカも包帯と変態女医のツル草に巻かれて一緒につかり、キラティカも魔竜から守るように隣にいたけど、顔体は硬直しきって毛も逆立っている。
小人王女ズナプラはうれしそうにダイカの口へ茶や茶菓子を運んでいた。
「ではリフィヌさんが眠る番ですかね」
「拙者はだいじょうぶです。ユキタン様こそモニターを全力で見るのはやめてお休みになられては」
リフィヌ様がボクを冷たくあしらい、ザンナが苦笑いする。
「第二区間のゴール前で温泉に入るオマエらを見て正気を疑ったが……アタシは今、その仲間に見られているのか」
「改心するなら今の内ですよ」
皮肉そうな笑みを浮かべるリフィヌ様はザンナ君を魔王軍と勇者軍のどっちから改心させようとしているのか。
「アタシはこれでいいんだよ。ドルドナさんに挑戦しないで後悔したからな」
「小心さ全開で逃げていたのに?」
「オマエのほうがシュタルガ様に目をかけらていたんじゃ、元も子もねえ」
目をつけられてしまったのですが……可愛げからは遥かに遠い嫌がらせをしてくるやつに。
「ザンナさんはただ、ユキタン様の元へ帰りたかっただけでは?」
リフィヌは皮肉たっぷりに言ったけど、ザンナに落ち着いた視線を向けられ、逆に目をそむけた。
「大きく外れちゃいない。アタシはジュエビーと一緒に薄暗い洞窟でビクビクと隠れて見上げたモニターで思い出したんだ。ユキタンやアレッサと一緒にいる楽しそうなオマエを見て、小さいころにも会っていたことを……」
ザンナは首輪のトゲを撫でる。
「ま、リフィヌとの過去は『面倒だから黙っておこう』ですぐに済んだわけだが。それより自分はなんであの中にいないのか? なんで離れちまったのか? みたいなことをぐちゃぐちゃ考えている内に、とにかく全部がうっとうしくなって……『勝手にやらせろ!』って叫びながら追いはぎ翼竜どもに八つ当たりしたら、びっくりするほど思いどおりに針が飛んで……それでコイツの発動条件に気がついたんだ」
「そういえば、魔法の使いかたで聞きたいことが」
「へ? 使いまくっているだろ?」
「呪文みたいなやつ。なにか歌みたいのを歌うと調子が良くなるみたいだから」
「調子が良くなりそうな歌を歌っているだけだよ。オマエも使っていたじゃねえか。『吠えろ腕輪! あさっての方向へ!』って……すげー意味不明だったけど」
なんてこった……あんなのがボクのオリジナル呪文詠唱か……
「使いづらい条件とか、細かい意識操作が必要な時だと、あらかじめ自己暗示になる言葉や動作を決めておくと使いやすいだろ? 『烈風斬』と叫んで手刀をふるのもそれだ」
「ザンナが雪ウサギを蹴散らしていた時の歌は、なんだか神秘的だったけど」
「アタシはティディリーズに教わった歌を自分向けにアレンジしているから、言い回しが少し古いかも? あの歌の元は『魔王もカラクリ。大戦は遊具。見えゆく果てによるべなく。絶望はくり返し地獄は尽きず。闇の魔女の嘆きも果てず』みたいなかんじだ」
「条件の『解放を求める意志』を引き出すために、どうしようもない行き詰まりを感じさせつつ、奮起も誘う歌詞ですか……」
リフィヌとザンナが魔法学談義で盛り上がってきたけど、ボクは急に眠気に襲われ、手で拝んで仮眠を申請する。
夢で見たのは追いまわされるゴルダシスだった。
農村に近い山中で、大鬼の騎兵部隊がつかず離れずに囲み、その中には魔王シュタルガとその腹心シャンガジャンガもいた。
「ようやく効いてきたな? この一帯の家畜、作物、河川、すべては強烈な下剤と化している!」
なんて最低な謀略を……シュタルガは今と変わらない姿で意地悪く楽しげに高笑いしている。
ゴルダシスは腹を抑えて苦しがりながら、おびえた目をシュタルガに向ける。
「なんで今まで、わたしとの約束だけは守ったの? なんでおとうさんたちをあんなしつこくいじめるの?」
ゴルダシスがついに岩陰でへたりこむと、シュタルガは独りで歩いて近づき、手下は遠ざける。
「貴様に巨人どもを統べさせるためだ。巨人のできそこないと罵られる貴様こそ、種族の呪いを統べるにふさわしい」
「わたしはただ、いいおよめさんになって、いいおかあさんになりたいだけ……だれとも争いたくない……」
「笑って耐え続けて未来は見えたか? 優しくつくすだけでは世界も男も腐るだけだ。無茶なわがままも言えないで……いい女がつとまるか!」
ゴルダシスのすねよりも小さい魔王が、巨大な小指を踏みつけて笑う。
「魔王として貴様に命じる。怒れ。憎め。巨人という種族にはその権利があり、そのことを知りつくす貴様にとってそれは、もはや義務だ。巨人王女。わしの配下となり、種族の呪いを導け」
シュタルガの笑い顔が一転、苦しげに大鉄扇をかまえてドルドナと対峙している場面に変わる。
黄金山脈にあった火山の中腹なのか、草木のない岩だらけの斜面で、あちこちに煙と焼け焦げ跡がつき、ふたりの姿はボロボロ、動きも疲労困憊の様子だった。
「それしかもたない体で、ここまで虚勢を張り続けたのか?! 貴様は何者……本当に妖鬼王か?!」
ドルドナはビキニ鎧で吠えながら爪で押しつぶそうと迫り、シュタルガは大鉄扇を複雑に組み合わせて耐えながら、口元だけでかすかに笑っていた。
「わしは魔王だ……そのほかのことなど、どうでもよい。たかが竜の一匹にここまで苦しみ、挙句にギリギリの勝利をひろう。そんな覇者として時代をのみこみに来た。降れ魔竜姫。やはり貴様はわしに勝てん」
「人に近き我が姿を褒めながら笑い、我が強さを知りながら蔑むか……貴様の真意はどこにある?! 貴様は竜になにを望む?!」
「竜が神に敵対したのは、神がそれを望んでいたからだ……神というのはこの際、教団の信じるユイーツでも概念上の存在でもかまわん。いずれにせよ竜とは自然を体現して人との仲介を成すもの。人との戦役を望めばその最悪、太古の巨大トカゲの姿をとって災厄を成し、人への加護を望めばその最善、太古の巨大魚の姿をとって恩恵を成す」
シュタルガは息が上がり続け、目はかすむように定まらない。
最後の力をふりしぼるようにドルドナをはねのけ、直後から鉄扇は大きなひとつへとまとまっていく。
「そしてこの混迷の末世においては、人の姿をとり、神への疑問をふりまく貴様こそが最も竜らしい竜と言える。褒めるしかあるまい。そしてその皮肉には笑いを抑えられん。またその強さを知るからこそ、たかが言葉に誇りを揺すられる不甲斐なさを嘆く」
シュタルガは巨大鉄扇をふり上げるけど、その手は震え、もう目の焦点は合ってない。
「魔王として貴様に命じる。貴様の望むままに生きよ」
ドルドナは爪をかまえて近づきながら、その手をふり下ろせないまま固まり、とまどい恐れるようにシュタルガを凝視し続け、巨大鉄扇をまともにくらう。
「望んで従え。望んで敗北し、望んでひれ伏せ!」
ドルドナは地面にたたきつけられてもすぐに目を開けたけど、シュタルガに頭を踏みつけられたまま動かず、かすかに笑った。
なんて女王様プレイだよ。
少し間があって、次に見た夢でもシュタルガが出てきたけど、視界が今までと少し違う。
あちこちぼやけ、やや美化されたように明るい。
そしてはじまった時と同様、中途半端に終わる。
次は……なぜか殺人鬼ドニスの顔なんだけど、両手に短剣をかまえた血まみれの顔は誇張して怪物的で、それを横から撃ち倒した……ボクの姿。
続いて半分水没した暗い船室、薄暗い中を飛んでくる大きな木箱……に体当たりするボク。
夜の森の中、小柄な聖騎士の男が茶わんをかまえて蒼い光を撃ち……押し倒してくるボク……これ、ザンナの記憶だ?
あごわれクソ神官ポルドンスに立ち向かうボク……あんな怖い笑いかたしていたっけ?
ザンナ的ボクの名場面集?
意外と借りに感じてくれているのか?
猿人に蹴り飛ばされ、とっさに抱えるボク……そして迫る壁……この時はキャッチ直後にリリースしてアレッサを助けに向かったから、鼻をぶつけたらしくてえらい怒られたっけ……やはりというか、視界が迷ったようにぼやける。
かすむ視界にいきなり顔の彫られたカボチャが迫る。
そして長身の女神官が槍をふり上げたまま、目をまわしてうめく。
「ザンナくんへの愛情が高じての軌道ですよお?!」ボクの声。
この意識、どうゆう意味だ? もしやそろそろのぞいちゃまずいあたりか?
そしてボクの……寝顔? 今のボクの寝顔かこれ?
ま、待ってザンナ。
「アタシがいつ女王様プレイしたゴルァ?!」
目がさめたら顔を真っ赤にしたザンナに襟首をしめられるプレイ中だった。
「もうしわけありませぬ。拙者が睡眠前にあらぬ刺激を与えてしまったせいか……」
リフィヌは声だけ聞こえる。
布団にはボクとザンナだけで、座るような姿勢に変わって、メセムスに抱えられていた。
「ボクはなにか寝言で言っていた? でも夢で見たのはシュタルガの……」
「ユキタン様は魔王にまでひわいな妄想を……」
「やつは元からひわいだよ! 夢に見たのも魔法が発動したせいだし……」
「をいぃ、いろいろ聞き捨てならねえな。その腹掛け、意識が入るとか言ってたけど、なんでシュタルガ様の……そんな姿が見えるんだ? 誰かそんな妄想でもしているのか?」
ザンナに『夢見の腹掛け』の効果は言っているけど、見たものはリフィヌほどにも伝えていない。
「妄想というか、精密な映写記録みたいに記憶を再生できる変人がいるみたいなんだ」
今回、ザンナの意識も入ってはじめてわかったけど、精神構造からして異常だった。
並の執着じゃないとは思っていたけど……焦点をほとんど常にシュタルガに合わせ、思い出すのもシュタルガのいる場面だけ。
そして今回、ザンナの意識が入るまでは、腹掛けをつけている時の夢に常に割りこんでいた。
なにか気がそれたのか……いや、眠っただけとか?
あるいはザンナの意識のほうが強かった?
「で、なんでアタシを夢に見たんだ? アタシもそいつにどこかで見られていたのか?」
「いや、より強い意識が入るらしくて、距離との関係とかはまだわからないけど……その……ザンナの意識が入ってきたらしくて……」
ザンナはしばらく間をおいたあと、ゆっくりと首をしめてきた。
「見ちゃまずいと思って、起きようとしたんだよ!」
「ユキタン様。くわしくお願いします。ザンナさんはユキタン様と一緒の布団で寝顔を見つめながら、どのような想いにふけっていたのでしょう?」
リフィヌがメセムスの肩ごしに邪教の神官みたいな薄笑いを浮かべる。
「吐け! 今までのぞいてきた全部!」
「わ、わかったけど待って。コカコカさんとソリは?」
メセムスが徒歩でボクらを運んでいる。
リフィヌはメセムスの背におぶさって毛布をかぶっていた。
「運べる限界とかで、別行動になりました。ユキタン様が起きなかったので、首飾りは貸しにするから金づちの返却を前向きに考えてほしいと」
点在するたいまつ台の火は小さくなっていたけど、周囲は少し明るくなり、雲の形も見やすくなっていた。
「ずいぶん長く眠っていたみたいだね……残り距離は?」
「そろそろ残り四分の一ほどです。あと一時間もすれば明けてきますね。このままなら昼前に到着するので、第二区間よりは余裕があります」
なんて安易な。寒いしだるいしあちこち痛いけど、コースの半分を布団で通過してしまったのか。
シュタルガ関連の夢をひととおり伝えると、ふたりは顔をひきつらせた。
「精神構造や距離の近さならメセムスさんだけど、製造が八年前だし……強さとつきあいの長さで可能性が残るとしたらパミラさん? でもキャラが違うような……まさか普段のあの関係が演技…………いや演出?」
頭を抱えすぎたザンナはすごい結論に近づきつつある。
「いいや。とりあえず忘れて、セイノスケが復活したらしめあげて聞き出そうぜ」
すばらしい切り換えと判断。
よし。ザンナの意識をのぞいた件はごまかせた。
いや……いぶかしげな横目からすると本当は気にしている?
「で。ザンナさんはなにを見られてあせっていたのでしょう? 拙僧だけ知らないのはいささか水くさいような……」
リフィヌ様がニヨニヨと蒸し返しなさる。
「コイツの戦いかたを考えていたんだ。ゴルダシスさんが相手じゃ、コイツだって最大限に使い倒す必要がある……」
それっぽい説明なのに顔が赤く、目が泳いでいる。
「ゴルダシスさんは挑戦する選手がいなくなってから二回出撃している。最初は正門前にいた邪鬼王子をぶっとばして、そのあとから姿を見せなくなったけど、様子を見に近寄った山賊連中も巨人都市に入るなり奇襲を受けて全滅した」
ザンナはカボチャを光らせてふり、遠ざけていたコウモリを呼び寄せる。
モニターでは上空から近づいた選手が巨大な雪玉で撃墜される様子が報道されていた。
住宅地の屋根に突き刺さった犠牲者は細身の蛙人で、モモンガのように腕と脚をつなぐ広い膜を持っている。
画面が切り換わり、聖騎士の一団が映った。
本隊と二番隊、それにレイミッサを加えた七人が遠くに見える巨人都市へ歩き出している。
そしてその背になぜか、魔物を含めた十数人の選手が続いている。
「第二区間でオマエらがやったことの真似みたいだな。通過のために一時協力……」
「まずい……助けにいかなきゃ!」
ボクは妙なことを口走り、ふたりに驚かれる。




