二章 犬耳と猫耳ならどっち派? 龍耳か巨人耳だな! 一
清之助くんを映していたコウモリモニターは露天風呂の美少女入浴シーンに切りかわっていた。
学ラン女勇者アレッサは早足に峡谷を進みながら何度も首をひねる。
「なぜあの魔法人形は主人をセイノスケと言わない? そしてセイノスケはなぜ、それをわざわざ言わせた……?」
「表面だけ見るなと言われただろうが石頭」
放送席モニターの魔王少女はコウモリの腹をグリグリいじっていた。
その動きに合わせて放送席周辺のモニターが切りかわる……リモコンかよ。
「あの魔法人形は与えた目的から外れた行動はできん。セイノスケと同行することが『わしの役に立つ』という命令に一致すると認めたのだ」
ノーブラ入浴少女が振り返りそうになったところでモニターは巨大ゾンビの暴れる勇姿に切りかわる。
おそるべし魔王。
「セイノスケは魔王に服従している、ということか?」
魔王シュタルガは暗い嘲笑を返す。
「わしは貴様ほどおめでたい発想はできんなあ?」
それだけ言うと他のモニターへ顔をそむけてしまった。
危機を脱したボクたちには興味がないのか、コウモリも放送席を投影している一匹以外は飛び去ってしまう。
「そうか……説得できたということは、魔王の腹を読めたということ。それを知らせるのは挑発……しかしなんのために? ユキタンなら友人の意図がわからないか?」
アレッサは真面目に悩んでいる。
「ぜんぜん。でも変人の思考を深読みするのは損だよ。なにも考えてないだけかも」
「貴様の友人は単に弁がたつというだけではなく、かなり頭がきれるのだろう? 魔王やパミラの態度でそれはわかる」
「そう言われてみると、二つの重要情報を先に伝えようとあんな風に……いやいや、清之助くんはそうであってほしくない時ほど正直すぎるんだ。それはないな」
「貴様たちの世界の親友とは、複雑で難儀な関係のようだな……いや、それより『くどきまくれ』という助言も、協力者を集めて勝ち残るとかいった、裏の意味はないのか?」
「それはないよ。それはないよ。それはないよ」
真顔で首を振り続けるボクに、アレッサは残念そうな表情。
女性は男同士の友情を美化したがるとどこかで聞いたような。
「そういうことにして活かしてやればどうだ? 仮にも友人なら。セイノスケが『協力者集め』を最優先にしていた様子は私も見ている。この世界や競技の知識に乏しい者が生き残るには、最善の判断かもしれない」
……現にボクは、アレッサ様に寄生できたから生きのびた。
「それに、別世界への渡航を望んでいるなら、棄権を勧めるのは間違いかもしれない。並大抵の試みではないはずだ。ユキタンの立場では、この競技が最良というか、むしろ唯一に近い機会になる……もしやセイノスケは、そこまで見越して身を呈した無理を?」
「ないないないないないない。善意に解釈しすぎです。奴は末期的な変態です。たしかに高性能な変態だけど……競技のこともボクの何百倍も速く分析しているみたいだし……すると『くどきまくれ』は言葉どおりに受け取っても、最良の行動だったりするのかな?」
アレッサが無言で歩行ペースを速めた。
地層や侵食の跡をさらした赤い岩の柱は奥に入るほど細くなり、一軒屋くらいの今にもポキリと折れそうな危うさで林立している。
緩やかな上り傾斜の道は狭く、細かく分かれ、ところどころ岩の柱が横倒しになって地面を塞いだり、空中に吊り橋をかけたりしていた。
道幅は狭く、トラック二台がギリギリ通れるかどうかの幅……ティマコラは再びペースを落とすだろう。
「だからアレッサさん、少し休みませんか?」
聖騎士様の回復力をなめていました。
烈風斬を使わないだけでこんな元気になるとは。
「そうだな。コウモリもあの一匹だけだし……」
紫色の生体モニターは行く手の崖にぶら下がっていた。
その目を避けた岩陰で、アレッサはおもむろに学ランのボタンを外しはじめる。
……突然にツンデレのデレがはじまった?!
ツンツンどころか鉄靴でドガドガ意識をふっとばされるドガデレだけど!?
「うむ。大体で再生しているようだ」
少女剣士の衣服は新装されていた。
幻想がはかなく崩れ去る。
「ボロボロに飛散したはずじゃ……」
「竜の巣の蜘蛛糸を編みこんであるからな。切れ端を集めておけば縫合されてゆく」
都合の悪いところだけ無駄なファンタジーくささを発揮しやがって……どれだけサービスに欠けるんだよこの世界!
「上着を返すぞ……な、なんだユキタン?! それほど大事なものだったのか?! 泣くほどか?!」
「グス……いえ……アレッサさんに着ていただけたなら……」
学ランに花のような香りが移っていた。
これが今ボクの大事にすべき幸せだろう。
この場で嗅ぎつくしたいところだけど、なにやらじっと見られているし……
「セイノスケも同じ服を着ていたな……てっきり制服の類かと思っていたが、もしや二人でそろえた特別な……」
アレッサは顔をそらして頬を赤らめる。
「違うよ! ずばり制服だよ! なんでそーゆー関係にしたがるの?!」
モニターが映す放送席の周辺には、常に小さいモニターがいくつか浮いている。
アレッサは小まめに気にしているようだった。
同じ峡谷の、もっと開けた空間を背景に、金色のマントをつけた虎獣人が猛然と駆けている。
向かい合っていたトカゲ男は、鉄斧を振り下ろす前に爪で斬り倒される。
ところが斧は、虎獣人が拾う前に鳥の獣人がさらって逃げてしまう。
「そろそろ行こう。他の選手を見かけないのが気になる……烈風斬!」
這い寄っていたワニのように大きいトカゲが頭を切り飛ばされた。
道はさらに細かく分かれはじめ、のぞいてみたら行き止まりになっている所も増え、別の道を探す手間が増える。
「しまった、こういうことか……!」
ゆるいカーブの先で、横倒しの岩が何階分も重なってふさいでいた。
「列柱峡谷がここまでたちの悪い、天然の迷宮だったとは!」
震動が小さく届きはじめていた。
「魔法道具の奪い合いがもっと先で行われているのは、このあたりではまだティマコラとの距離が十分でないからだ! ……引き返すよりは登るほうがマシか?」
アレッサはふとボクの体つきを見て、気まずい顔になる。
すみません。デブ呼ばわりされるほどじゃありませんが、ゆるめです。
「ボクは引き返して別の道を探すから、アレッサは登って先に行って!」
「……そうだな。悪いが、それもまた合理的な判断だ……」
不意にアレッサが崖上へ向き直って剣を抜く。
細い岩柱の上に人影が見えた。
銀髪から真上へのびる三角の耳。
眉が太く、気の強そうな目つきの女の子。
髪色に似た渋い銀色のマントからのびる小麦色の脚はブーツをはいているかのように体毛がのび、その間には太い尾も見えていた。
「犬の獣人……狼も入っているか? 立体的な動きで獣人に対抗するのは難しい……」
風が銀のマントをひるがえし、ひきしまっていながらボリュームのあるプロポーションが見えた。
とりわけ、そこだけ乳牛獣人ですかと聞きたくなるバストが控えめな革鎧のブラジャーだけでおさえつけられている。
威圧的に見下ろしていた犬耳少女は無言のまま岩陰に姿を消す。
「……引き返す! 急ぐぞ!」
アレッサは早足になる。
「今のは、戦う気はなかったんじゃ?」
向かう先に震動が近づいている。
「かなり腕が立つ者と見た。うかつに登れば、こちらがやられる!」
道の分岐点に入り、アレッサは駆け出す。
もう数十メートルくらいの距離にティマコラの姿が迫っていた。
「こっちだ!」
ようやく選んだ道に、大魔獣まで強引に入ってくる。
今夜の何度目の駆け合いになるのか、ボクの足はすぐに重くなる。
「あせるな! 足元に気をつけて、ペースの維持だけ考えろ!」
アレッサとの距離がどんどん開く。
「先に行って分岐や敵に対処しておくぞ!」
つきまとうコウモリモニターでは、さっきの虎獣人が崖面を飛び交い、翼竜の群れに追い詰められてゆく様子が映っている……あんなのがボクに飛んで来たら、なすすべもなく八つ裂きなんですけど。
金毛の虎獣人は岩陰に入り、またすぐに走り出す。
追いかける翼竜は岩陰に近づいた瞬間に跳ね上がり、銀毛の狼獣人に組みつかれていた。
そこへさらに別の翼竜が追い討ちをかける……草食系男子の居場所はどこでしょうか。
ティマコラは道の狭さに苦戦している。
でも少し広い場所へ出るなり、猛然とペースを上げてくる。
「また貴様かユキタン。だが仕方ない。最期を撮れそうなら少しカメラをもどしてやろう」
魔王少女はハズレ景品がかぶったように残念がる。
「はいはい……あとちょうど、両将軍が到着のようですよ? ユキタン選手は本当に運がいいですねえ」
アナウンス嬢パミラの笑顔にとても嫌な予感がした。
背後で落雷のような轟音が響く。
放送席が大きく傾き、ティマコラがつぶれて泡をふいていた。
下がった右肩のバルコニーに突き刺さる、直立不動で腕を組んだ長身女性。
整った顔に鋭くつりあがった両目。
「間に合ったようであるな」
長い八重歯の見える、への字に結んだ唇が開くと小さな炎が漏れ出た。
チャイナドレスに似た朱色の衣服を身にまとい、スラリと長い脚の横には大蛇のように太い尾をのばしている。
ギザギザと長い髪の色もまたオレンジに近い赤。
その中から金色の太い角が二本、大鹿のように長くのびている。
目張りや口紅、指輪や髪飾りも、魔王の深紅や暗い赤と対比させるように明るい朱や橙。
「ドルドナさん? もう開会式もスタートもとっくに終わり、半数が第二地点のツル草の滝まで進みましたけど?」
パミラが笑顔で白い目を向ける。
ドルドナと呼ばれた美女は答えず、厳格な表情を少しも崩さない。
「魔竜将軍の寝過ごしとは、閉会に間に合わんことを指す」
魔王がかたむいた玉座にしがみついたまま、事も無げに答える。
広場モニターの観衆が沸き、ドルドナコールをはじめている。
続いて砂煙の中から巨大な青白い手が現われ、かたむいたバルコニーをテーブルのように持ち上げて直す。
「そんならんぼーに飛び乗ったら、ティマコラちゃんかわいそー」
玉座上空に現われた上半身は、あどけない顔だけでも魔王の全身に近い大きさ。
生地の少ない藍色の胸当てと半ズボンをいくつもの太いベルトが引き絞り、巨大としか言いようのないバストやヒップを押しこめていた。
巨大少女はダンプカーのような巨大魔獣を大型犬のように撫でる。
そのまま背に乗られたティマコラは、その重量に悲しげな表情を見せた。
「ゴルダシス。コースの整備ごくろう」
魔王はそっけなく言いながら、どこからともなく出した自分の身長サイズの鉄扇を振り上げ、ティマコラに再発進を強要する。
広場モニターの観衆が今度はゴルダシスコールを合唱している。
「へへへー。どっかおもしろい選手いたー?」
無邪気に微笑む巨大な少女は、サイズさえ許容できればかわいいパッチリ目の顔だけど、いくらかわいくても許容できる常識からは遥かに遠いサイズ。
「こっちのユキタンという異世界人は、手違いかもしれんな。下手にいじると見せ場すらなく消えそうだ。セイノスケは同情や優越感で友人を作るような男には見えなかったが……ゲテモノ趣味の一環か?」
露骨な嘲笑の似合う小柄な魔王少女シュタルガ。
「あの貧相な肉はもう焦がしてかまわんのだな?」
オレンジ髪のドラゴン娘は哀れみの一片もない目でボクを見下ろし、表情を変えずに言い切る。
「少しは言うこと聞きなさいよ。あれが引き立て役もできないゴミクズだから、笑えるくたばり方をするまでかまうなってこと」
紫コウモリ娘パミラさんが少し地をだしてつっこむ。
直後にドルドナ嬢は長い髪を逆立てて輝かせ、口から朱色の極太光線を吐き出す。
「我こそは魔王軍筆頭、魔竜将軍ドルドナなり!!」
「聞いてないわよ! つーか聞けよ!!」
「わあ、きれーい」
「ドルドナの空気を読まない名乗りと号砲は生理現象だ。気にするな」
朱色の光線はかすってもいないのに、ティマコラとボクの髪の一部を焦がして吹き飛ばす。
実際、着弾して爆砕したのは何百メートルも先の、岩柱の頂上付近。
「われこそは魔王軍……えーと副委員長、巨人将軍ゴルダちゃんなり~」
「委員なんていつ設立したよ?! 役職は将軍とどっちかにしなさいよ!?」
「我こそは魔族と世界の支配者、妖鬼魔王シュタルガなり!」
「アンタもかコラ! ……ちっ。以上、勝手に自己紹介しやがりました三匹と、三魔将きっての智謀と美貌を誇る吸血将軍パミラ様の実況でお送りいたします……はいはい、ちょっと間を持たせて。疲れたから何人か吸ってくる」
モニターに映る君たち、学祭の放送部みたいに楽しげだね。
シュタルガちゃんの身内向け笑顔もはじめて見たよ。
でもボクは目の前に走馬灯をチラつかせながら、棒みたいになった脚を必死で交互させているんだ。
ビジュアルだけなら美少女だらけのはずが、まるで死神か悪魔の集団……そう、まるで魔王の一味にしか見えなくて……首筋が少しヒリヒリしてきたし……
「助けて見逃して殺さないでええええええ!!」
「ゆきたん甘えるなー。勝利は自分の手でつかむものだー。がんばれゆきたーん!」
巨大な青白い拳を振り上げて微笑むゴルダシスちゃんは完全に運動会ノリだ。小学校の!
「ありがとうございます! でもボクなんかが魔竜将軍様を相手に勝利とか、夜空のお星様をつかむより無謀だと思うのですが!?」
「そうだねー。でもほら前向きに考えて……火葬代が浮くとか?!」
たぶん親身に言ってくれている元気な笑顔がかえって邪悪です。
マジ魔王側近の大幹部様です。
「そんな褒めても、『魔竜砲』はもう何発も撃ってやらんぞ?」
正面に胸を張り、口をへの字に結んだまま頬を赤らめるドルドナ様。
『だから撃つなって言ってるでしょうがあ!?』とツッコミをいれてくれそうなパミラ様が飛び立ってしまい、深刻に切ない。




