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十六章 聖女と魔女の違いは? 起こした奇跡が誰の得か? 四

「ま、まあ、それはそれとしてだな。ああそうそう、メイライと会うきっかけは孤児院を飛び出して宿無しをはじめたころに会ったじいさんで、盗んだ食いもん分けたらいろいろ教えてくれて……」

 魔女は神官の熱烈な宗教勧誘をかわすべく、勇者に助けを求めて話をふる。


「『若く賢い乙女が呪いの沼へ行けば、不死王やその夫人に気に入られ、いい給金で雇ってもらえる』って……今にして思えば、かなりのとんでも情報だったけど、メイライから逃げて迷いの森に踏みこんだからこそ、ティディリーズにも会えたんだ。アタシにはいつもツキがある」


「それです!」

「な、なんだよ?」

 リフィヌがゆさぶるように肩をつかみなおし、ザンナはふたたび呆気にとられる。


「ザンナさんは楽観的すぎるのです!」

「オマエが言うかあ? いつも病的にヘラヘラしてる日和見ボーズがあ?」

 リフィヌに心配顔で叱られても、ザンナは苦笑しかでない。


「ザンナさんのほうが異常ですよう! なぜかご自分では『運がいい』などと思っておられるようですが、はた目には盛大な不運続きじゃないですか!」

「失敬なヤロウだな~。なんでわざわざ本人より悪いほうに考えるんだよ?」

 ザンナは笑いながらも眉をしかめる。


「あ、いえ、失礼しました。小生が申し上げたいのは、拙者にはそのように見えてしまう過去を、ザンナさんはとても楽しそうに話せることでして……」

 リフィヌはオモチャ売り場でだだをこねる子供のように腕をぶんまわす。

「それは神官ならば優れた資質ではありませんか! どれだけ深い絶望と混迷の中にあっても、なお世の光を探求し……」

「だからアタシの人生を迷宮地獄みたいに言うなっての! ……ってまだ勧誘が続いていたのかよ?!」

 ザンナはリフィヌの両ほっぺを上下左右に引っぱりまわす。

「それに……本当に気まずい過去なんて、言えるわけねえだろ」

 顔をそむけて放り出し、さっさと歩き出す。


「ずるいですよう。私は過去を丸ごと引きずり出されてボロボロですよう?」

「ほらやっぱり。全部を引き出してその程度なら、立派に聖女様だっての。そんなことよりメシ考えようぜ。あとキャンプはる場所。少し仮眠とらなきゃもたねえって……」

「さんせーい」

 なごませようと笑ったボクを『オマエいたんだ?』みたいな目で見るのはやめてくださいふたりとも。



 獣人キラティカが甲板の上を突撃した時にはあっという間に橋の半ばを過ぎていたけど、常人が階下に潜って警戒しながらの移動だと、なかなか進まなかった。

 ようやく対岸が近づき、リフィヌはさらに慎重に、何度も周囲を見回しながら進む。

 狙撃神官を含め、待ちぶせがあって当然の位置だ。

 にも関わらず小声の珍妙ガールズトークは続いている。


「小生が申し上げたいのは、恵まれてきた拙者より、より多くの厳しい試練を受けながら、なお家族を大事にし、見ず知らずの他人にもいたわりを見せるザンナさんのほうが優れた人徳をお持ちのはず、ということです」 

「いやオマエ、そんなこと言ったら悪人のほとんどは家族や身内を大事にするぜ? 普通の人間とはつき合いにくい分、余計にこだわる。上に立つやつはそのあたりもわかっているから、普通の組織より面倒見がいいくらいだ」

 反社会ぶったやつに限って、小さな群れ社会に固執する原理ってそういうことか。

 清之助くん的に言えば『たらしこみの効率がいい業界』だ。


「……ってあたりも父さんに聞いた話だったな。裏稼業のやつらが偉そうに披露した説教より、父さんが鼻歌まじりにもらしたグダグダのほうが裏通りじゃ役に立った。アタシが宿無しのガキをまとめられたのだって、ゴミ箱から店事情を探って仕事をもらう方法を知っていたからだし」

「商人のかたは広く巧みにおつき合いする必要がありますからねえ。はじめから説教を聞くつもりで来てくださる信者さんを相手にする神官より、よほど深い修練を積んでおられるのかもしれません」


「いや、説教を聞きたがる頭のおかしいやつなんて相手にできるのは、それこそボーズくらいのもんだろ。……そう考えたら寄付金て、酒場のねーちゃんに投げるチップみたいなもんか?」

 せめて治療費とかを例にしようよ。

「見栄で余計に積み上げるあたりもそっくりだな……?」

 魔女がまじめな顔でばちあたりな検証をする。


「そう言われてしまいますと、発祥は遠からずです。神の存在を示す儀式において踊り子、歌い手、語り部などを媒介とする宗教は多く、それらは芸能の起源や発展につながっておりますから」

 徳高き神官様は悲しげな笑顔で最大限に善意の解釈を施す。


「すると泥酔しちゃ『あたしゃ神だ!』って叫んでいた酒場のおかみも一理あったのか」

「ありません」

 リフィヌがはじめてザンナのほっぺたをひっぱり返す。



「君たち仲が良いね~。もう立派にキラティカの言っていた『ケンカも仲直りもできる』親友に見えるよ」

 なぜだか会話がはずむふたりへの妬みをこめてつぶやく。

 リフィヌは困ったように笑顔を赤らめて腰辺りでバタバタ両腕を動かしたけど、不意に止まるとじっとりとした目で口をとがらせる。

「それならユキタン様とザンナさんはすでに夫婦じゃないですか。よく言い争うのに、戦闘では息がぴったりです」


「おいおいリフィヌ……」

 ホウキをふり上げた魔女をおしのけ、ボクがリフィヌの手をとり片膝をつく。

「君もすでにボクの嫁だよ。ザンナを妬む必要なんてないん……げぼっ」

 ホウキだけでなくヌンチャクまで同時にボクの頭を強打した。


「ユキタン様の故郷で家族制度がどれほど崩壊しているかは存じませんが! 拙者は一夫一婦制の遵守を理想とする古い人間ですので!」

「つーかテメー、この三日だけで何人にツバつけてんだよ。『ひとりをふり返らせるだけで必死』とか言ってたくせに」

「え。ザンナさんはそんな風に言い寄られていたのですか?」

 リフィヌが真顔で赤くなって一歩さがる。


「だから違うって。区間出発の順番でふたりになった時の話題で……」

「戦場へ出る前にふたりきりだと、戦略の打ち合わせではなく恋の打ち明け話を?!」

 ザンナが笑顔でリフィヌの両耳をバイクのように引き絞る。 

「話を聞け。ませボーズ」



 妙な言い合いをしている間に、最も危険な上陸から森へ走りこむまでが何事もなく済んでしまった。

 背後の橋は中ほどで炎が広がり、夜空へ噴き上がる黒煙の太い柱を照らし見せている。

 流氷の川面が広くオレンジ色に輝き、前へもどした目は夜の闇になかなか慣れない。


 モニターで見ていた岩山が近く、あちこちに雪から飛び出た大岩が見える。

 地形が急なわりにたいまつ台の設置間隔は広いままで、月明かりもないから足元すらろくに見えない。

「ダイカの引き返したあたりか……なんか血の臭いがしねえか?」


 ザンナがリフィヌの腰につけたままだったカボチャちょうちんをはずす。

 緑の炎が灯ると、行く手の雪面のあちこちに転がる血まみれの体が見えた。

 鉄鎧の一角鬼、頭が馬の大男、ウロコの生えた手だけ見えるローブ姿、ずんぐりした体に大きなひとつ目の怪物……誰が誰と戦ったのかはわからない。知りたいとも思えない。


「晩ごはんどうしようか? お弁当とか用意してないけど」

「え。……ええっ?」

 リフィヌを驚かせてしまったけど、ボクも自分自身のひどい反応には意表をつかれた。


「空腹しのぎ程度ならまだある。長引いたって明日の今頃には終わるから、場合によっちゃ食わず眠らずもありだけどな」

 ザンナはリフィヌほどにはうろたえず、慎重に見回しながら先導をはじめる。

「……狙撃、爪、牙、踏みつぶし……あれは窒息か? 斬り傷も多いが……いろんなやつらがここらでやり合っていたらしいが、みんな先へ進んじまったのかな?」

「血の乾き具合からして、大部分はそうでしょう。そろそろ足きりも出発のはずですし」



 奥へ進むと周囲は岩がちになり、あちこちに洞窟も見えた。

「風や水の侵食ではなく、大型魔獣の掘った巣穴のようですね」

「あの大きさのミミズやモグラがいるの?」

 穴の広さはバラバラだけど、おおよそ車一台が入る程度。

 軽自動車サイズから、大型バスのサイズまで。

「数百年前にはたくさん。魔道都市が崩壊してからは温度調整が壊れ、生きられる環境ではありません」


 岩肌は近くで見ると透けた部分があり、巨大な氷とわかる。

 あちこちの洞窟の中はほとんどが真っ暗で、たいまつ台があるほうが珍しかった。

 リフィヌは中から吹く風などを探りながら、あえて暗い洞窟のひとつ選ぶ。

「倒れているかたたちを見る限り、照明を持ち歩くかたは少ないようですので」



 内部の整備は中途半端で歩きにくい。

 床の中央に大雑把な削り跡が続いているけど、磨耗したように形状が崩れている。

 いくつかの分かれ道を選ぶ内に、リフィヌとザンナが立ち止まって顔を見合わせ、ボクも焦げたようなにおいがかすかに漂っていることに気がつく。


 通路の途中、片側に大きく削れて広がった小部屋のような空間に、またも血まみれの体が落ちていた。

 消えた焚き火をはさんで鎖鎧の筋肉おじさんがふたり、息絶えている。

 鎖鎧に斧、鞍、犬小屋……

「魔法道具が手つかずですね?」

 リフィヌが観察してまわり、ザンナは周囲を警戒する。

 ボクの背後の通路でマッチを擦る音がした。

「俺だよ俺」

 革鎧のやせた長身男が眉の薄い顔で苦笑いしていた。



 ザンナはがらにもなく、ボクの背後へピョコンと隠れていた。

「あ~。なんだオッサンかよ! なに? アタシらにカモられにきた?」

 ボクの背中の服をきつくつかんでいるのは『警戒しろブタ』『アタシは警戒を隠して友好的に話している』ということか。


「かんべんしてくれよ。みんないきなりここで倒れだしたから、逃げていたんだ」

 騎士団には『自分嫌いの足枷』で存在を意識から消せる『淵の聖騎士』リュノウという女性がいた。

「ああ、たしか騎士団にそんな魔法道具を使うやつがいたな」

 言っちゃっていいのか?

 いや、騎士団との戦闘を見ていたかもしれないから、とぼければ疑われるか。


「マジかよ? 効果だけでも教えてくれねえか? いや、かたき討ちなんか考えちゃいねえけど、とにかくここを無事に……って、なんかやけに警戒されてんなあ?」

 リフィヌまで焚き火の跡を蹴散らして駆け寄り、ボクの背にピッタリとしがみつく。

「ユキタン様、あのかたはお知り合いでしょうか? だいじょうぶなかたでしょうか?」

 おびえた声を出しながら、『だいじょうぶなかた』のところで背中にバツを書く。

 女の子の演技力って怖い……などと嘆いている場合でもなく、ボクは背後のふたりの思考を追いかける。


 ウィウィリアによれば、この男に預けた花火と蛍火の神官は殺されている。

 アレッサによれば、騎士団の関係者である可能性が高い……というか聖騎士そのものか?

 騎士団選手が三人ずつの構成なら、四番隊の最後のひとりがまだわかっていない。


「いやいや、そんなの証明しようもねえから、いいよ。そこの魔法道具は持っていってかまわねえから、とにかく俺だけ見逃してもらえれば。でも情報交換くらいは……」

 いや、それなら同じ隊のリュノウの情報なんて欲しがるか?

 いやいや、『ボクたちがどこまで足枷の魔法を把握しているか』の情報なら……リュノウが動きやすくなる。



「たしかボクより少し低いくらいの背で、かっちり切りそろえた長い前髪で、眉は見えなくて……一言も話さなかったな」

 リュノウの知り合いだったら役に立たない情報を話しながら、そっと茶わんに触れる。

リュノウはすでに潜んでいる可能性がある。


「おいおい、俺はそもそも相手の姿なんか見えなかったぜ? どういうことだよ?」

 見えない相手の魔法なんてコピーできるものか?

 できるとしたら、茶わんを魔法センサー代わりに使えるかもしれない……でも尊敬するには少し情報が足りない。

 聖騎士だからエリートではあるけど、活躍と言える場面ですらおびえて自信なさそうで……いやいやいや!


「かなりの美人だった! 現実の女騎士なんていかついゴリラ女ばかりだと思っていたのに、聖騎士は美人が多いよね! 特にリュノウさんは上品でおしとやかで……」

 背後に動きを感じた。

 リフィヌが身構えて踏みこむ先に、なにかがいる気がする。

 自分嫌いがゆらいで、存在を隠しきれなくなっている?

 そしてボクの茶わんにも手ごたえを感じる……これが足枷のコピーだとしたら、発動条件は……


「悲鳴も可愛くてエロかった! 興奮したよ!!」

「オマエ最低だな?!」

 ザンナと革鎧男の声がそろった。

「な……?!」

 リフィヌと、その先へ突然に現れた足枷をつけた女性も声をそろえて顔を赤らめる。

 しかしさすがは最強神官。動揺しながらもリュノウを狭い通路まで蹴り飛ばす……陽光脚を出さなかったのは別に、ボクを守る気が失せたとかじゃないよね?



「ユキタンどこにいった?!」

 ザンナの声で我に帰る。

 自覚はまったくないけど、ボクの姿は消えたらしい。

 消え入りたい気持ちの手助けをするとは、なかなか優しい効果だ。

 ザンナの表情は冷静で、ボクのとった行動を把握している様子。

 革鎧男は短剣を抜き、来た通路をあとずさっていた。


 正直まだ、この男が聖騎士という確証はないけど、縛って装備を奪うくらいはいいかな?

 ボクは腰につけていた革紐を外して近づく。

 相手の目の焦点がまるで合ってないのが笑える……と思った時に、なぜかピンク髪の女神様が脳裏によぎる。

『ユキタくん、他人の魔法を不用意にコピって調子こいてはいけませんよ?』


 自分が『笑える』思考になっていたことに気がつく。

 男が目の焦点を合わせないまま短剣を突き出すのと、ボクがのけぞって倒れるのと、ザンナが叫ぶのは同時だった。

「見えてんぞ!」



 すでにボロボロのフードをさらに切り裂かれる。

 髪の生え際にコツッと鋭い音がして、熱さのようなものを感じた。

「わひゃうへああぁ!」

 みもふたもない恐怖の悲鳴をあげてジタバタ這いずさり、駆けつけたザンナはまたぐような位置でかばう。


「おおっと待てよ。俺は敵がどこかわからなくてつい……」

 革鎧男はさらにあとずさりながらニヤニヤと笑っている。

「……なんてな。四番隊の隊長『沼の聖騎士』ドニスだ」


 逃げずに名乗った……この状況でまだ勝算があるのか?

 一瞬だけ確認したリフィヌは逆方向の通路に立ちふさがりながら、床に焚き火の灰を蹴り広げていた……位置を探るためにわざと撒いていたのか。

 目をもどすと、ドニスの姿が消えていた。


「闇針!」

 ザンナが三本の黒い槍を細く矢のような勢いで通路へ撃ち散らす。

 それをもう二度、続けたあとで舌打ちした。

「なにか手があるのかと思ったら、ただのハッタリかよ。……リフィヌ、そっちは?」

 ザンナは焚き火の灰を来た通路にも蹴りまく。

「まっすぐ逃げたようです……急ぎましょう」

 リフィヌは何度も周囲の様子を監察しながら、最後に大きくうなずく。


「名乗りは自己嫌悪のためか? 足枷がふたつあるにしては使いかたが妙だ……コピー系か?」

 ザンナはボクの頭の傷を確認し、手早く布で縛る。

「鞍と犬小屋はどうする? 持っていくには重いから、隠しておくか?」

「念のため、手をふれないほうがいいでしょう」

 ザンナは驚きながらもうなずき、それでもギリギリまで未練たらしく見ていた。



 リフィヌが先導し、氷の床に残るリュノウの足跡を慎重に追う。

「四番隊は潜伏工作が特徴のようです。先ほどは相手にとっても予想外の遭遇で……隠れるのが得意なおふたりの居場所を偶然に探し当てた、幸運な状況だったように思えます」

「たしかに、待ちぶせや奇襲を何倍にも活かせる効果か……うう~、それなら余計に惜しいことしたな。あと一押しできる手がかりがありゃ……これからまた、あのふたりにおびえながら進むのかよ~?」

 休めないのがきつい。どこかでちゃんと落ち着いて、少し仮眠もとれないかな……今、何時なんだ?

 洞窟の中も外も闇と氷ばかりで、朝が来る気がしない。

「リュノウさんもしっかり自己嫌悪をとりもどしたはずですし……」

「あ~。悲鳴がエロいとか言われて出てきちゃ、今ごろ悶え死ぬ寸前だろな」

 ごめんなさい。なんだかすごくごめんなさい。



 地表に出て、リフィヌは雪面に残っている足跡とは別方向の下り斜面を選んで歩き出す。

「ドニスのおっさんは埋めといたぞ~! ……とか言っても来るわけねえか」

 ザンナがせこい腹いせハッタリをやめて歩き出すと、リフィヌが急にふり向いてヌンチャクをかまえ、直後に体が跳ね上がる。

「います!」

 叫んだリフィヌは坂を転げ落ちる。


「ふせろブタ!」

 ザンナはボクだけを避けて、周辺へメチャクチャに闇針を打ち出す。

 ボクは急いでしゃがんで周囲の地面を見ていたけど、足跡はあちこちに残っていてリュノウの居場所はわからない。

 遮蔽物がないここで『闇つなぎの首輪』を避けるには……ボクの背後が一番かな。


 あわてて飛び転がると同時に、肩に鈍い痛みを感じた。

 暗い顔のローブの女性が長いナイフを持っているのが見えた。

「は……はずした! ドニスの仇なのに……」 

 そしてまた唐突に悲痛な顔は見えなくなった。

 消えたという違和感もなしに見えなくなる。


 ボクは必死で這い逃げ、ザンナの足が見えると逆らわずに踏みつぶされる。

「失せろ『闇千本』!」

 周囲の空気と雪面を一斉に裂く音。

 ボクの手に水滴のようなものがはねる。赤い。


「ザンナ!」

 見上げたザンナにケガした様子はない。

「だいじょうぶだ……てごたえはあった」

 ただ、それとは別に苦しげな顔をしていた。



 体を起こすと、血の跡はリフィヌとは別の斜面まで続き、転がり落ちていた。

「まだ意識があるのか、姿は見えないが……あそこで動かない」

 落ちた位置で、血の染みだけが広がっていく。


「リフィヌ!」

 ザンナは血だまりから目をそらさずに叫び、ボクが代わりにリフィヌを見る。

「ぶはっ。無事です!」

 なぜかコートを脱いでいたけど、手に握る竹筒を見て納得する。

「突き飛ばした時に『息詰まりの竹筒』も引っかけていたようで……ザンナさん?」

「今、そっちへ行く……」

 ザンナの暗い顔をリフィヌが不安そうに見上げる。


「ま、あの出血量ならとどめをさすまでもねえ」

 ザンナが強がって笑い、かえってショックの大きさを感じさせた。

 ボクはそれで少し、安心もしたけど。

「い、いや、足枷をとっておくべきか。キラティカならそうするよな?」

「いえ、急いで離れましょう。私の推測が合っていれば、ドニスさんはまだ姿を消せます」

 リフィヌはコートを着なおして答えながら、顔ではザンナの心配ばかりしていた。



 別の洞窟を見つけてもぐり、しばらく進んでようやく、リフィヌは握っていた竹筒についていた鉤金具や紐をいじりだす。

「これは息詰まりを感じると勝手に嫌がらせ効果を発動しちゃうので……軽くて小さいわりに持ち運びは厄介ですねえ? すぐ捨てられるように持っているしか……」

 目線はたびたび、うつむくザンナに向けられる。


「そうそう、ドニスさんのコピー魔法は『まがいものの粘土』によるものと思えます。型どりすれば崩れるまで使えるので……リュノウさんの魔法だけ、リュノウさんがいない時でも使える条件にあてはまります」

「騎士団の持つ魔法道具のどれでも、状況に応じて最も強い魔法を増やせるのか……いや、竹馬とか型をとれないものはダメなのかな? とれたとしても、縄や釣り竿みたいにふり回す必要があると型が崩れる……一長一短か」

 いつもの戦後分析にザンナが加わらず、気まずい間が流れる。


「おい、変に気づかうなよ。アタシはシュタルガ様のような悪人を目指しているんだ。殺し合いにびびっていることは認めるさ。でも後悔なんかしない……してないふりをつき通す」

 ザンナが静かに、やけに大人びた表情でつぶやき、リフィヌが子供のように痛む。

「それと思い出したんだが、ドニスとリュノウ……あれ本名ならふざけてやがる。快楽殺人犯と、その手助けを続けた幼なじみの女だ。戦場での趣味を戦後も引きずり、傭兵稼業での滞在先や同僚、わかっているだけでも数十の犠牲者がいて追われていたはずだ……ま、それでも後味の悪さは変わらねえけど」


「私だってウィウィリア先輩を刺しましたから。シジコフさんを斬らせた共犯みたいなものですし」

 リフィヌが妙な対抗意識を燃やし、強がってみせる。

「大戦の末期、激戦区にあった教会で『死を恐れないための』教育を受けた孤児たちがいました。教官は先に逃げてしまい、残された数十人の子供だけで終戦まで教会を守りきり、たったひとりの生き残りは戦後も教団のみに従い、異端討伐や拷問などを請け負い……今回の特務を引き受ける際の条件でようやく、夢がかなったそうです。『生徒を持ち、先生になりたかった』とおっしゃっていました」

 しんどい話を勝手に披露し、勝手に涙ぐむ困った子だ。

「シジコフさんも異端討伐や護衛などをしているかたですが、戦中は処刑人で……『最初の仕事で自分の家族の罪を清めた』という以外はなにも話さないそうです」


 三人して目がどんよりとしてきた。

「わかったわかった。誰だって殺すしかない時はある。そのあとで笑い話にするのがアタシ、泣ける話にするのがオマエ。どっちをとるかはアイスクリームの味みたいに好き好きでいいんじゃね?」

 魔女が妙な気づかいを披露する。

「その両方を抱きとめるのがボクの使命ってわけだね」

 ふたりの反応が薄い。

「みんな疲れがたまっているな。まずは一息いれるか」

 チビ魔女がベテラン中間管理職みたいに手をたたいて流す。



「そうだザンナ、下敷きだよ」

「え。……ええっ?」

 ザンナを驚かせてしまったけど、ボクも自分自身のひらめきには意表をつかれた。


「雷獣の下敷き。第一区間で盗んで、なぜか水晶は残っていたけど……」

「だから、ただのドジだって。水晶も入れるふりだけして抜くつもりだったのに、なんかパミラさんの手下っぽいのが見えたからあわてて……」

 ザンナはふてくされたように返しつつ、顔はとまどっている。


「そのつもりだったんだろうけど、抜くまでが遅すぎるよ。ずっと迷っていたんだろ?」

 ニヤニヤしながら言うと、ザンナはだんだん赤くなる。

「な……んでそんなことを今……」

「殺して笑うと言いつつ、盗むことすらためらってドジ踏むザンナは可愛いって話をしたくて」


 チビ魔女はなにか言葉にならない叫びを発しながらホウキをふりまわしたけど、リフィヌに抑えられていた。

「コラはなせテメエ! このブタヤロふざけやがって……」

「とりみだすほど図星なら、素直になってよいと思いますよ?」

 金髪ちびエルフがいかがわしい宗教家みたいにほほえんでいた。




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