十五章 傭兵や暗殺者じゃだめなのか? 殺せば勝ちだと思っているのか? 四
モニターに映る蒼髪の少女は粉雪の舞う中、ただ金色の外套だけを大雑把に裸体へ巻きつけ、堂々とした気迫を目にみなぎらせていた。
パンチラでギャーギャー取り乱していたボケ娘はどこにいった。
背に張りつかれたガッシリ体型の鎧男クアメインが振り向きながら剣で斬り払い、アレッサは蒼い髪を散らしながらギリギリにかがんで避ける。
大盾の女騎士ワッケマッシュも長剣を抜いて踏み込んでいたけど、目の前で振られた味方の剣に足を止める。
クアメインも慌てて身を引くと、かかっていたアレッサの足にバランスを崩し、残る片目への手刀をかわしそこねる。
アレッサは振り返ると同時に小刀を投げつけ、ワッケマッシュはとっさに魔法盾『随所の扉』を引き寄せて光らせ、小刀を真正面へはじき返す。
アレッサはさらに反転し、背後から幅広の短剣をふりかぶっていた大男ブロングと向き合い、小刀が自分の後頭部に当る直前でかわす。
ブロングは蒼髪から不意に射出された小刀に驚き、しかしとっさに左腕の小手ではじく。
その腕をかいくぐって蒼髪の裸体が転がり、起き上がった時にはブロングの腰にあった予備の小刀を奪っていた。
ワッケマッシュの長剣は再び味方が邪魔になって振れなかった。
……背後にも目があって、二手先まで読んでいるような人間ばなれした動き。
でも雪の中で裸に裸足じゃ、あと何秒まともに動けるんだ?
全身鎧の大男が振り返り、短剣を細かく突き出す。
ワッケマッシュもまわりこんでくるまでのわずかな一対一の時間。
アレッサが小刀を何度振ったか、ボクの目ではわからない。
気がつくと小刀は根元で折れ、刀身はブロングの右手首に刺さっていた。
しかし大男の血は両肩と片足からも流れている。
ブロングは自らの『乱舞の銛』対策に、重そうな板鎧で全身を覆っていた。
その隙間のあちこちから鮮血をまき散らし、うめきながら片膝をつく。
「離れろ! 逃げ回れ!」
両目をつぶされたクアメインがようやく『切り裂きの魔女』の対策に気がついて叫ぶ。
男騎士二人は重傷ながら、自分の剣だけは両手で抱えるように握って確保した。
ワッケマッシュは雪中用の衣服に鎧、大盾、長剣を身につけながら、素手にして全裸のアレッサから後ずさって距離をとる。
その判断すら甘かったようだ。
すぐさま大盾を捨て、全力で走って逃げれば勝機があったかもしれない。
アレッサは迷わず真っ直ぐ、素手のまま走りこんでいた。
装備の重さが、無謀の身軽さに追いつかれる。
振り向きながら払った長剣はかわされ、二撃目の前に跳ね上げられていた。
アレッサが刀身をこするように両手を交差した瞬間には目が追いつかない。
ワッケマッシュが大盾を引き寄せ、その陰で腰にある予備の小刀を抜こうとする。
その手にそっと手が乗せられていた。
蒼髪は当然のように盾とは逆へ同時に動き、真横にまわっていた。
足をかけて倒しながら、腕を首に巻きつける。
十秒かかったかどうか。もがく黒髪ツインテールの動きがぱたりと止む。
「あとは名家の娘が服をはがされるだけ。カメラを引いてやれ」
魔王シュタルガの声でカメラは放送席にもどり、モニターのアレッサは遠く小さくなってゆく。
「下卑た娯楽もかまわんが、勝者の流儀に合わせてやろう」
静まり返っていた選手村広場の露天風呂から徐々に声がもれ、やがて爆発的な歓声に変わる。
「クラオンさんはこの結果を予測していたようですねえ? お知り合いですか?」
パミラが上品な口調で追い討ちをかける。
「継承の試験に立ち会いましたから。『風鳴りの腕輪』は発動条件が『斬る意志』といかにも武人らしく、先代がかつて最強の剣士と言われた事もあって、かなりの難関だったのですが……アレッサさんは最年少、功績での加算評価なしに選ばれるほど、適性が頭抜けていました」
騎士団の広告塔ことクラオン青年はようやく表情をつくろい、控えめな苦笑を見せる。
「少し説明が足りんなあ?」
魔王シュタルガは意地の悪~い笑顔を見せながら甘栗の皮をむく。
「継承する人間はコネとワイロで内定していたのだろう? 実技試験でアレッサに渡された剣は簡単にへし折れた……『予定通りの事故』の直後、予想外にも試験教官は『斬り』倒され、降参してしまった」
むいた甘栗を大きさ順に皿へならべている……魔王って普通、手元はチェスとか猛獣をいじってないか?
「副団長どのは……おっと、今は騎士団長どのか。席を外しているのが残念だ。試験とは名ばかり。生意気な新人を潰す公開リンチのつもりで割り込んだ教官役が、素手に刻まれ、悲鳴を上げたらしい」
「まあ。それでは認めざるをえませんねえ」
パミラを映したカメラが少しずれていて、長椅子の裏の輸血パック交換作業が少し見えた。
「鬼や獣人とみなして対処するべきであったな。手刀の烈風斬で肉を裂けるという事は、素手を刃物として扱えるという事。飛距離をのばせるのは投剣の達人である以上に、視界へ入ったものに対する瞬時の闘志や集中力の鋭さだ」
魔王の解説に、魔竜将軍が感心したようにうなずく。
「昨今話題の『キレやすい若者』であるか。人間の進化もあなどれぬ」
シュタルガは甘栗を何個か口に放り込むと飽きたのか、残りを隣の聖王にすすめる。
嬉しそうにつまむ反魔王連合代表ゴフィスおじさん……あの、たしかボクたち選手は今、魔王軍と教団の狭間で血みどろの抗争をしているはずなんですが?
向こう岸からは殺戮神官コンビに追われた手負いのダイカが来ている。
こちらからはポルドンスとタミアキのマッチョ神官軍団が向かい、その後をキラティカとザンナが追っている。
複雑な危機状況だけど、アレッサが一時的にでも危機を脱した事だけは朗報だ。
早足に歩いていたボクとリフィヌは船を連ねた急造の橋にたどりつく。
息を整えながら見上げた大型木造船は……船でしかない。
何メートルもの高さがある船体をただぶつけ合わせただけで、端は岸に乗り上げ、階段も縄ばしごもない。
どこから登るんだこれ?
近くで見まわすと腐食が進んでいて、衝突した部分以外もあちこち壊れ、よじ登る手がかりがないでもない……リフィヌ様の運動力なら。
「ボクを連れて登れそう?」
「足輪の調子はもどったと思います。先ほどから、仲間の皆様との楽しい思い出を意識しておりますので」
「ダイカの唇とキラティカの頬ずりだね!」
「足輪に必要なのは発情ではありません!」
気持ちを整理する時間をとれたのか、おしゃべり魔女の妙な気遣いのおかげか、リフィヌに明るい笑顔がもどっていた。
でもまだ少し、不安が残っているようにも見える。
「あの……ユキタン様は大丈夫なのでしょうか?」
「え……? あ、いや、別に二人きりになったからって、勇者降臨信仰の信者様にセクハラし放題とか考えていませんよ?」
「そそそ、そういう意味ではなかったのですがが!」
リフィヌがすごい勢いで後ずさる。
「大丈夫、なのですね? 今の拙者が言うのもなんですが、冷静すぎるように思えましたので」
それは少しあるかもしれない……今は考えないでおこう。
押し上げてもらい、ヌンチャクに引き上げてもらいながら船体の裂け目へどうにか体をわりこませる。
内部の照明は火災に配慮したのか、教室くらいの船室に小さなたいまつ台が一つだけ。
床板はどうにか立って歩ける程度の傾きで、手すりのない壁はたよりにならなかった。
つきまとうコウモリモニターは放送席で固定され、コタツの騎士団席は広告塔のクラオン青年まで消え、代わりにいかめしい表情の白ひげの老騎士と、見慣れぬ肥えすぎたオッサンが座っている。
「あの肉玉はなに?」
「ニックドアルマー十四世様は反魔王連合でも発言力のある大国の王様です。新世紀小説の熱心なファンとして知られ、『デスデス』にあの方をモデルに原型をとどめないほど美化した人物が現れてからは国庫を傾けて宣伝頒布なされています」
ベストセラーって、ファン買収も込みか……ピンク頭さんの方が異世界チートらしい暴れ方しているな。
コタツをとりまくモニターの一部に、アレッサが着替えと略奪を終えて歩く姿、五番隊が二人分の衣服を三人で分けて寒そうに身を寄せる姿が見えた。
階段を昇って雪の積もった甲板に出ると、橋の全体が見える。
長さ数十メートル、幅十数メートルの大型船が道路渋滞のように数列でひしめき、上流側には流木が押しつけられている。
船の大きさの違いや傾きによって段差がバラバラにあり、あちこち強引な二段重ねも見える。
いつのまにか粉雪も止み、寒そうな川音と船体のきしむ音があちこちで聞こえた。
リフィヌに急かされ、次の船の内部へ移る。
床板は前後の急な傾きは無くなったけど、今度は横にいくらか傾いていた。
「見通しがよくなっていますので、この先の甲板では狙撃を警戒する必要がありますね」
アレッサを逃した『遊星』『朔月』の神官もこっちへ向かっている可能性は高い。
ポルドンスとそのとりまきはいくらか負傷しているものの、神官団のほぼ全勢力がこの橋に集まっている。
「到着までの時間差があります。集まりきる前に逃げられたらよいのですが……」
放送席でモニターの一つが拡大された。
どこかの船室で、血の海に倒れている二人のマッチョ神官が映る。
「うわああああ! 助けてちょんまげえええ!」
ポルドンスは真顔で叫びながら、光るザルを振り回して走り、船底の割れ目から氷の河へと飛び降りる……画面に一瞬、赤く輝く斧が映った。
「レイミッサ! 騎士団の三番隊もいるのか!」
「本隊と二番隊は先ほど壊滅した五番隊を追って対岸の岩山を進んでいたようなので、てっきり三番隊もとっくに対岸かと思いましたが……そうなると、四番隊も残っている可能性がありますね」
ややこしい事になった。
「ダダルバさんや、あれは『どじょうすくいの笊』かのう? おお、やはり。発動条件は……笑いをとる意志? きついのう。回避の効果だけで、手もふさがるのでは鉢巻ほど使い勝手は良くないのう」
コタツのラウネラトラがいつの間にか起き上がり、侍従長の老小鬼さんと茶をすすりつつ語らう。
その片手は斜め向かいの番組アシスタントの震える手にのせられ、ぽんぽんとなだめている。
山小人の王女ズナプラがじっと見ていたモニターが拡大される。
甲板上で鉄鞭を振るう『雷電の神官』と、手負いのぎこちない動きで逃げまわる犬獣人。
ダイカは左腕をだらりと下げ、左脚をひきずりながらも常人より素早い。
しかしタミアキも常人ばなれした身のこなしで、慎重に鉄鞭で牽制しながら追い詰めている。
積雪にも電気が通るようで、時おり下敷きが光ってはダイカが警戒して小さく飛び下がったり、近くの壁に爪をたてて体を浮かせていた。
やがて鉄鞭をかいくぐり、ダイカが飛び込む。
でもいつもの弾丸のような動きじゃない。
タミアキが壁を張るように振るった電光みなぎる鉄鞭へ突っ込むタイミングになる。
「烈風斬!」
ケープの下から出した右腕から蒼い光が走り、鉄鞭の直前で鉤爪が一閃する。
神官衣が大きく切り裂かれ、血を飛び散らす。
「ぬ……くう! 不覚! 転移の前に預けておったか! ポルドンスどのは一体なにをして……?!」
タミアキは胸と腕の深い傷を押さえて後ずさり、獣人の容赦ない追撃を受ける前に自ら氷の河へと落ちる。
「肉食系女子がせこい手に頼っちゃ、ただの性格ブスだろ」
ダイカは息切れしながら、強がった笑顔をカメラへ向けた。
ズナプラはかえって抑えがきかなくなり、聖王の差し出したハンカチに顔を埋める。
ダイカはそのまま左の鎖骨を抑えてひざを折る。
ケープに鉄の鞭に打たれた跡が残っていた。
でも画面隅にはもう、飛ぶように駆け寄るキラティカと黒毛玉が小さく見えている。
ボクとリフィヌも先を急ぎたかったけど、どこから誰が襲ってくるかもわからない。
音をたてないように船室や船内廊下を素早く見回しては踏み込む繰り返し。
「護衛神官の方は二人が重傷でしたが、もう三人の姿は見えませんでした。生きていれば他の特務神官との合流に動くはずですが……」
壁の亀裂をくぐった先の船室で、マッチョ神官の一人が座って壁にもたれたまま槍をかまえていた。
神官衣の下にいかつい鎧を着込んだ大柄な女性で、顔もごつい。
腕の傷を縛った包帯には血がにじみ、片方の脛が金属ブーツごと斬られている。
「リフィヌがいます! ここです! ユキタンも!」
女性は大声で叫びだす。
「ポルドンスたちなら河に落ちたよ……」
ボクはなだめようと話しかけたけど、リフィヌは走りこんでヌンチャクで槍をはじきとばしていた。
そしてアゴを打ち砕く直前で棒をピタリと止める。
当てなくても声が止まった。
「他の特務も距離があります。護衛は二人が重傷、残る二人がもどる可能性も低いでしょう。他の選手がいますので、静かに隠れていた方がいいです」
リフィヌが棒を引き、ボクは護衛さんからなるべく距離をとってすり抜ける。
向かいの壁にある、壊れてはずれかけた扉へ。
「申し訳ありませんが、急いでいるので救助はできません」
リフィヌも下がろうとした瞬間。
護衛の女性が槍を杖にして片足でとびかかった。
ヌンチャクが肩を突いて動きを止めたけど、つかみとられてしまい、リフィヌは後ずさってようやく足輪を光らせる。
護衛の女性はヌンチャクを放り捨てた。
槍も女性が座っていた位置に転がっていた。
「なぜ喉を突き砕かなかったのですか? 二度もためらいましたね。あごや肩を砕く事すらできなかった……そんな事でどう守るというのです? リフィヌ様がその異世界人を勇者と信じるのでしたら、刃向かった私を背教者として殺してみせて下さい! 私は死んで貴女の甘さを戒める心の護衛となります!」
はじめから傷つけるつもりはなく、見逃した恩に応えようとしたのかな。
でもたちが悪そうだ。
「殺しなさい!」
ボクは気圧されているリフィヌの肩を押し、無視して進むことをすすめる。
「リフィヌはこれでいいんだよ。自己犠牲の押し売りで美少女の心に住もうなんて、厚かましいにもほどがある!」
ビシッと言ってやった。二人に呆れ顔で見られた。
妙な間を制したボクがリフィヌの手を引いてさっさと先を急ぐ。
「拙僧がユキタン様を選んだ事は大正解と大失敗の両方のような……」
複雑な苦笑だけど、笑顔がもどってなにより。
扉を出た廊下は他にもいくつかの扉がならんでいて、先の方にある扉をのぞいてみる。
下半身が馬の筋骨たくましい濃いモミアゲの中年が立っていた。
胸と首に包帯を巻き、穂先が折れて無くなった槍を手に半ベソで震えていた。
「魔王配下百二十八柱神『野裂き』トミンコニュ、第三区間大河上にて果てぬ。その亡き骸の蹂躙の跡がどれほど無残であろうとも、家族よ、盟友シサバよ、どうか……」
「あの、戦う気がなければ殺したりしませんから」
甲板へ上がるはしごがあったので、刺激しないようにお邪魔する。
「死ぬよりむごき苦しみで我を失う前に、このトミンコニュは潔く……」
半馬人は観念したように目を閉じ、棒の割れた先を喉へ向けて持ち上げるけど、剣も背負っているのに、なぜか抜かない。
「もしかして『殺しなさい』とか叫ぶ声が聞こえたのかもしれませんが、違いますから。あれは相手が特殊な趣味の方だっただけです」
はしとちゃわんをかまえるボクの戦闘スタイルも何か余計な誤解を与えている気がする。
「灼熱洞では拙者が受付した方ですね。おぼえておりますよ。貸していただいたその魔法道具だって、ただの『伝説の剣』ですよね?」
ちょっと待て。えーと……いや、引っかかってたまるか。
「もしかして『話を伝えるだけ』みたいな魔法効果かな?」
「ええ。名前の通りです」
よし、ボクもだいぶ異世界の魔法文明に慣れてきた。なぜか切ないけど。
「音声で二十四時間という優れた録音性能ですが、研ぐと雑音が混じるので、武器としての実用性はちょっと……」
リフィヌも笑顔で解説を返しつつ、二人でさっさとはしごを上がる。
半馬人は棒を持ち上げたまま呆然と見送ってくれた。
「この先も同じ感じでいきたいね」
「そうできたら最高ですねえ」
リフィヌが明るく笑った後、さびしげにうつむく。
先に隣接する船の甲板へ降り、手近な階段から船内へもぐり込むと、バレーボールをできそうな広い貨物室だった。
奥の仕切り扉に入ると、似たような貨物室が続いている。
扉を閉じようとしたら、またいつの間にか姿を消していた紫コウモリがすべりこんでモニターを開いた。
放送席のコタツをとりまく小さなモニターに目をこらそうとしたら、リフィヌが手で制して注意をうながす。
かまえて耳をすましていると、軽い足音が奥の扉へ近づき、そっと開いてのぞきこんでくる。
「やっぱりこっち!」
金髪の猫獣人……キラティカだった。声と表情が明るい。
入れ代わりにザンナが顔を見せて周囲をキョロキョロ見回してから扉を大きく開ける。
キラティカが手負いのダイカをおぶって入り、部屋の隅へ降ろすなり駆けて来てリフィヌに抱きつく。
「無事ね?! 良かった!」
リフィヌはあちこちキスされ抱きしめられ、しまいには涙ぐまれ、されるがままに呆然としている。
ザンナも呆気にとられていた。
「お……い。大丈夫かよキラティカ? さっきまでわりと冷静に……」
突如キラティカは猛然と引き返し、今度はザンナを押し倒してキス責めを見舞う。
「ザンナも! ごめんねザンナ! ひどいこと言って!」
泣きじゃくってしがみつき、もはやバトルに近い。
「ちょ! やめ! 落ち着けって! わかったから!」
ザンナは頑張って抵抗するけど、キラティカの腕力というか勢いに圧倒されていた。
チビ魔女があきらめたようにグッタリするとキラティカは起き上がって涙をぬぐい、満足そうな笑顔でため息をもらす。
そしてフラフラとした足どりでダイカの隣へ座り、傷がない方の脚に抱きついて寝そべる……ボクへのキス責めは?
「コイツ、たまにこうなるんだよなあ。緊張が続くと反動が大きいというか……」
ダイカは苦笑しながら、猫獣人の甘えてすり寄る髪や肩を撫でてなだめる。
「のんびりできる場所じゃないのは確かだが、鎌と鎖分銅の神官はなぜか追ってこない。少し手当てをさせてもらおう」
第三区間の開始から何時間だろう?
でも気分的に久しぶりのダイカはとても大きく見えた。胸に限らず。
手早く応急処置をしながら、手短に情報交換もしておく。
その間もキラティカはダイカとベッタリのウットリ顔で、幼児退行しきっていた。
「オレを追っていた『鬼火』『綿雪』は『虹橋』『雷電』の脱落を知ってかどうか『遊星』『朔月』や護衛神官の集合を待っているのかもな。騎士団もいるのは厄介だが、牽制しあってくれるならありがたい。それでここに妙な間ができたのかも……しかし……」
ダイカは包帯を巻き終わった手足を動かしたり触れたりして、浮かない顔を見せる。
「やはり厳しいな。無理に動かし過ぎた」
「足きりが来るまで隠れて、棄権する?」
ボクから聞いてみたらダイカは静かにうなずいたけど、悔しさを抑えているのか声は出なかった。
「魔王軍のトップ選手は先へ進んでいる。騎士団と神官団も橋より前にいないなら何とかなりそうだが……キラティカ、そろそろ正気にもどれ。オマエはどうする? まだいけそうか?」
溶けるように呆けていたキラティカがまばたき一つで目の焦点をもどす。
「ダイカを護送する。そうしないとワタシの頭がもたない」
見た感じすでに限界ですね。
「でもそうなると……ユキタン、アナタは棄権か一時後退の選択肢もあるの?」
「ない。……あ、いや、ボク一人じゃネコの群れをソーセージ一本が這うようなものだから……」
「アタシとリフィヌだけかあ。ネズミ二匹で運びきれるかどうか。アレッサが一人でいる時間は長引くけど、一緒にダイカを護送してキラティカも戻した方がよくないか? いや、それだと足きり直前の出発で、キラティカも三人抱えちゃ走れないか……ん? なに?」
みんながザンナの顔をじっと見ていた。
「ザンナさんもユキタン様と一緒の前提なのですね……?」
リフィヌがぽつりとつぶやき、ザンナは嫌そうに手をふる。
「その言い方はやめろよ。まだこのソーセージが最強神官と最強聖騎士と魔王配下六烈臣につながっている事は変わりねえんだ。細くても大博打の仕掛けとしちゃ生きている。ザコ幹部にゃ賭けられるだけでもありがたいゲームだ。あとはセイノスケに連絡とれりゃ見通しも立てやすいんだが……」
ザンナはこれまでも繰り返し水晶に念じながら、反応はないようだった。
「とりあえず、激戦地の橋を引き返すまでは一緒に行こうか」
ボクが提案すると、ダイカは少し目を合わせてからうなずく。
「そうしてもらえると助かる。しかしユキタンは大丈夫なのか? なんだか急に大人になったみたいだ」
そんな事を言われても返す言葉に困る。
今は目の前の事以外を考えようとすると、思考が止まってしまう。
少し忘れたふりをしているから冷静に頭が動いている気がする。
「んはは。ダイカと離れたキラティカみたいなツラしてやがる」
みんなの心配顔の中で魔女だけが笑った。
「アレッサは騎士団と話し合ったというより、ほとんど一方的に宣言したそうだ。団長や総隊長がごちゃごちゃ言いかけたところで『ユキタン軍団を潰すなら、最初に私を殺すべきだな』とはじめて『ユキタン軍団に手をかければ、すべてを度外視で報復に集中する』『聖騎士として、身を捧げて勇者を守り支えるまでだ』……あとは何も聞かずに背を向けたとか」
ダイカが楽しそうに言うとリフィヌは心配そうな苦笑になり、ザンナは呆れる。
「完全にケンカ売ってんじゃねえか。昨晩アタシを拉致った時には妙に明るかったが、ヤケみたいなもんか? 自称小役人と日和見ボーズが融通のきかなさを競ってどうすんだか」
ボクはアレッサが依然として、いや今まで以上に『ユキタン軍団のため』に参加していた事をあらためて知らされ、安心を通り越して胸が痛む。
「だが別行動の理由は『ユキタンに頼っていた自分に気がついた』『甘えずに恩を返し、義理を果たしたい』『だがそれも言い訳かもしれない。うまく言えない』とか言い渋り、妙に自信がなさそうだった」
「自分でもわけわかんねえくせに意地はって無茶してんのか? つまりいつものボケか? お笑い部門でドルドナさんに対抗する気か?」
ザンナ、もう少し言葉を選ぼう…………当ってそうで怖いし。




