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一章で逃がせば縁は一生ない!! 四


「さあ、乗って!」

 マイプリンセスの前にしゃがみ、おぶさるように強要する。

「いや、聖騎士たる者が自らの不覚に他者を巻きぞえにするなど……」

「下着姿と引き換えにボクの首をはねようとした人がなに言ってんだよ!」


 聖騎士様はしょげた顔で乗りかかる。

「……心中とか口走っていたことも気になるのだが」

「最後まであきらめたりしません! アレッサさんを助けるためなら死をもいとわない覚悟が、ななめ向うの言葉を引き寄せてしまっただけです!」


 細い腕が首にまわり、控えめな胸が学ランごしに密着し……こ、これは?!

 ボクは今、美少女の太ももを触っている?! 生で?! 本人同意の上で?!

「うおおおおお! 異世界ばんざああい!!」


 目前にまわったモニターコウモリがボクの勇姿を映していた。

 ありがとう異世界。

 ボクはこれまでの人生で最も雄々しく吠え、体力の限界を忘れて階段を駆け上がっている。

「この太ももを離してたまるかああ!」

「待て。降ろせ。やはり残って戦う」


 カメラが背後にまわりこみ、水色の縞模様までちらちらと映っていた。

 ありがとうパミラさん。変な方向からもボクの意欲が補給されたよ。

「降ろせえええ!」

「最後まであきらめたりしません!」



 階下でガラガラと石壁を崩す大きな音が響く。

 教室くらいに広いティマコラの背が広間へ入ってきた。


 傷まみれの大鬼ブヨウザは向かいの螺旋階段をゆっくり昇っている。

 たいまつが横に来るとグイとポーズを決め、腰の革ベルトが光を発し、同じポーズの傷まみれマッチョが影から立ち上がる。

 そしてまた何歩か昇り、次のたいまつで再びポーズをとる。


 ボクの足は徐々に勢いを失い、距離を離せない。

「……ユキタン、降ろすんだ。ブヨウザは残りの体力を使いきってでも、再び一斉攻撃を仕掛けてくる」

 ボクは同じペースを保つだけでもギリギリだった。


「先に行け。私も少しは呼吸が整ったが、まともな烈風斬は打てて一回。足止めできれば運がいいほうだ」

 アレッサが壁のたいまつを握り、ボクは姿勢を崩してヒザをつく。

「理由はともかく、ここまでかばわれただけでも私は嬉しい」



 学ランの聖騎士は低い姿勢で腕をまくり、手刀をかまえた。

 ボクはゼエハアと呼吸を整えながら、中空を見て営業スマイル。

「あははあははあ。仕方なしの同行者から、感謝される関係に昇格。アリガトーゴザイマス神様。思えばアレッサちゃんと同じハンデを背負わされた時から優遇ははじまっていたのデスネ」

「ユ、ユキタン? 集中しにくいから早く先に行ってほしいのだが」


「勇者サン、いい考えがアルヨ。ボクが奴らにつっこんで……」

 また目の焦点が合わない。

「ユキタンでは分身一匹に瞬殺される。おとりにもならん犬死にだ! ……なぜそう死にたがる?」


「死にたいんじゃなくて、アレッサさんのために生ききりたいんですよ!」

 急に視界がクリアになった。

 いいぞこの決めセリフ。イケメンじゃなくても心から言える。


「……そんなに女と縁がなかったのか?」

 もう少し傷つかない言い方を考えてほしかったけど、かまいません。

 目をそむけて頬を赤らめてくれましたから。


「そのとおりですよ! これだけきれいで優しくて、ボクに太もも触らせてくれて『うれしい』とまで言ってくれる女性なんて、期待したことすらありません!」

「待て、その言い方は誤解を……」

「誤解でも幻覚でもありません! 元の世界では隕石に当たるより難しかった偶然が、この異世界では最初から隣にいたこの奇跡!」

 拳を振り上げて力説。

「とりあえず早く逃げ……」

「逃がせば縁は一生ない!!」



 岩がかきむしられ、崩れ落ちる音が響く。

 大魔獣ティマコラが足をすぼめ、その体格の半分ほどしか幅がない階段を慎重に昇りはじめていた。

 ブヨウザが早足になって迫っている。

 四体の影分身を引き連れている。


「残念なのは、命がけで戦う相手が不細工キモマッチョということくらいかな……」

 うっかり口をすべらせたボクに、マッチョは眉をつりあげる。

「アンタ~……アタシの美がわからないなんて、許さないわよう!」

 怒りを体現した激しいポーズで五体目の影分身が現われる。


「ユキタン、挑発するな! 貴様だけは逃げられたものを……」

「狙いがボクにばらけてくれるなら本望だよ。でも自信があるなら怒るこたないだろうに……」

 ほんの一瞬、ブヨウザに続くマッチョ軍団がゆらいで見えた。

 気のせいかと思った……けど、アレッサが後ろ手に誘いをかけていたので目がさめる!

 これは『学ランをめくれ』……ではない!



「キモいブサイクに見えたから、キモいブサイクと言っただけだよ! ただの事実だよ! わからないから許さないってなんだよ! 美的感覚が違うだけなら堂々としていればいいはずだろ! 自信があるなら!」

 ブヨウザの足が止まる。

 背後五体の影分身がわずかに薄らぎ、ゆらいでいた。


 影分身に必要なのは『自分への賛美、自信』と言っていた。

 自信が薄らぎ、ゆらげば……?


「怒るってことは、認めてもらえない自覚があるってことだよ! 不安な証拠だよ! 本当に自信があるなら、否定されたくらいで動じるなよ!!」

「おだまり……」

 マッチョは汗だくになって震えはじめていた。


「そんな風に自分をだましているくせに、美だの自信だの語るなんて、できそこないの芸術家どころか、完成度の高い道化師だよ! お疲れ様だよ!!」

「おだまりいい!!」

 飛びかかる鬼の目に涙。

 分身たちは跳躍の前にふにゃふにゃと薄らいでいた。


 アレッサの一閃した蒼い光が本体マッチョを捉え、足を払って階下へたたき落とす。




「ユキタン、助かったぞ。六分の一の賭けだと思っていたが……」

 ボクはアレッサに肩を貸すけど、二人して足をひきずっていた。


「なんで……殺さない……」

 階下から聞こえるハスキーな涙声。

「アンタも……嫌われ者の『切り裂きアレッサ』も、たまには騎士の真似事をしたいのかしらあ?」


 アレッサはしばらく答えず、悲しげな表情をしていた。

「お互い、身内に嫌われる立場は大変だな。しかし私は、死にたがりを手伝う余力を持ち合わせていないだけだ」


 階下から丸めたなにかが投げつけられる。

 ボクたちの前に落ちたのは地味なデザインの革ベルト。

「魔法道具くらい奪っていきなさいよ。アタシがあんまりみじめじゃない」

 アレッサは『影絵の革帯』を無言で拾い上げる。



「ティマコラ」

 魔王の声で、大魔獣の尾からのびる三匹の大蛇が動きを止める。

「変なものを拾い食いするな。その負け犬は自爆部隊にでも入れて使い捨てる」


「どうなされたのです? 魔王様に限って情けをかけるとかありえませんし」

 パミラはわざとらしく首をかしげる。

「さあな。それよりわしの作ったメセムスはどうしている?」

 魔王はそっけなくとぼける。


「はいはい。そっちは……んん? なにこれ?」

 モニターの一つに、メガネのどアップが映っていた。


「やるなユキタ。さっそく一人ゲットか!」

「清之助くん?! なんで生きて……」

 たしか巨大メイドロボに単身突撃していたはず。


「メセムスはどうした? なぜ奴と同行している?!」

 魔王がはじめて、動揺した声を出す。

「……同行?」

 ボクは耳を疑う。



「少し舌で転がしてやったら、気に入ってもらえたようだぜええ?」

 清之助くんがわざわざ悪ぶった表情を見せる。

「セイノスケ。その表現は。誤解を発生させマス」

 ぎこちなく人口的な声。


 清之助くんがカメラから少し離れると、メイドロボの横顔が見えた。

 無骨な顔、無愛想な表情。

 でも頬は赤熱して蒸気をもうもうとたちのぼらせる。


「うおっ、学ランを着せた女勇者だと?! なんてマニアックな……やるなユキタァ!!」

「君には負けるよ清之助くん。心底そう思う」



 這い上がるように昇った螺旋階段の先には直線の通路。

 その出口に、清之助くんの映るモニターと同じ峡谷が見える。


 放送席のパミラが薄っすらとほくそ笑んだ。

「これは魔王軍の威信を知らしめる、恐怖の祭典のはずでしたが?」

 魔王シュタルガはよどんだ瞳で頬杖をついている。

「そーだな。たった二人の、魔法も使わない、ひねた小心者と、いかれた変態が、妙な人気をとりはじめたな?」


 紅髪の童顔が暗い笑みを浮かべた。

「大いにけっこう」



 地下道から出て、高層ビル群のような峡谷を見上げる。

 コウモリモニターの映像では大魔獣ティマコラが狭すぎる螺旋階段で半ベソになって苦戦していた。

 少しは休めそうだ。


「ユキタン、貴様の友人は何者だ? 魔物を惑わす魔法道具でも使うのか?」

「そんなのないと思うよ。ただの変人だけど……いや、深刻な変人か。良いほうにも、とても悪いほうにもいろいろやらかしてくれる」

「似た者同士というわけか。貴様たちのいた世界もまた地獄のようだな」


 アレッサはしゃがみこみ、分身を作り出せる革ベルトをボクに差し出す。

「上着の借りに、これは預けておく。貴様が生きのびる最良の方法は、最初の区間ゴールまでたどりつくことだ」

「区間ゴール? そういえば、ボクは競技内容をまったく知らないのだけど……」

 一緒にへたりこみ、たたんでポケットに入れていたパンフレットをとりだす。



 最初をとばすと『迷宮地獄競技祭』というタイトルのページ。

『貴方は選手として命を捧げます』

『決められたスタート地点から出発し、コースに沿ってゴールをめざしてください』

『区間ゴール通過には魔法道具を一つ渡してください』

『最終ゴールまでたどりつけば元の世界へ帰れます』

 たった四行の簡単な説明。


「それは表面的な内容だ。まず、コースの外は竜や魔獣の巣窟になっている。脱出路としては最悪だな。運が良くて奴隷、大抵はその場でエサになる。あの灯りが見えない範囲には出ないことだ」

 アレッサが指したのは周囲へ乱雑に、かつ大量に設置されているたいまつの台。

 遠くに見える、長い城壁に囲まれたスラム街のスタート地点から、荒地のゆるやかな斜面を上って峡谷まで、街くらいに広い帯状に配置されている。


「ティマコラ通過の範囲もコース外の扱いになる。死んだりコースアウトするよりは、魔王に途中棄権を申請するほうがいい。魔法道具を渡せば認められるのが慣例だ」



「公式には区間ゴールの通過時に安全な途中棄権を認められる。さらに区間ゴールごとの賞品として、国や種族全体の階級上昇、あるいはそれに見合う地位や財産などを得られる。そのため各勢力はこぞってトップ戦力を送りこみ、コース上は戦場と化している」


「国の格づけを賭けた……選抜代表による世界大戦?」

「それと私のような邪魔者たたきや、魔法道具の収集も兼ねている。はじめから競技と呼べるルールなどない。この乱闘騒ぎは、すべて魔王の都合と気まぐれを満たすためだけの見世物だ」


「こらアレッサ。それはシュタルガに失礼だろうが」

 勇者と魔王をまとめて呼び捨てにした偉そうな学ランメガネがコウモリモニターに映されていた。

「そんな幼稚で無粋な祭なら、誰が好き好んで家宝や国宝を賭けて参加するか。あの腹黒童顔が多くの『見えないルール』を厳格に守っているからこそ、この競技は視聴者を集め、威信も高めている。表面だけ見てすねるな石頭」

 アレッサは困惑しながらも、放送席モニターを確認する。


 魔王は相変わらず、けだるく不機嫌そうなポーカーフェイス。

 でもその隣のアナウンス嬢パミラさんまでもが営業スマイルを忘れ、じっと清之助くんを見ていた。

 もしや、何かまずい核心に近づいている?


「おっとパミラ、まだ映像をきりかえるなよ。シュタルガの聞きたがっていることをメセムスに言わせる」

 パミラが一瞬、はじめて険しい目を見せる。

 魔王がうっすらと口だけで笑い、紅い瞳に重い陰鬱をたたえる。



「代わりに親友へ、一つだけヒントを送らせてくれ。いいかユキタ。ここが数千年前に分岐した並行世界の地球だとか、特定の日時で俺の携帯が元の世界に通じそうだとかはたいしたことじゃない。気にすんな」

 大したことだよ!! 気にするよ!! 無茶いうなよ!! いきなりすぎてツッコミの絶叫すら声にならないよ!!!


「くどきまくれ。それだけ考えろ。それが正解だ」

 ボクは口をあんぐりと開けて放心した。


 清之助くん、それは君の異世界ハーレム構築プランにおける正解だろう?

 そりゃー、女の子に突撃して玉砕するなら悔いの無い最後で正解だろうけどさ……


「ユキタン、休憩は終わりだ。ティマコラが階段を昇りきった!」

 アレッサが立ち上がる。

 地響きが少しずつ届きはじめていた。


 モニターの中のクソメガネは大型メイドロボのアゴをなれなれしくさする。

「さてメセムス。お前のご主人様は誰だ?」

「ワタクシのご主人様はただ一人。魔王シュタルガ様だけデス」

 無骨な無表情がよどみなく言い切る。


 シュタルガはうわべの笑みまで消す。


「以上だ。ユキタ、再会が待ち遠しいぞ」




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