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十四章 魔術士のくせに常人以下が多すぎね? 常人ぶった超能力者が多すぎね? 三

「お嬢ともうひとり、残せるかどうかだ」

 攻撃を中止したヒギンズの小声。

 とり囲む聖騎士六人の内で四、五人の犠牲者をだせば、ボクたちを全滅できるという意味か。


 リフィヌもキラティカもすがるように清之助くんの顔を見る。

 メガネの不審少年はボンヤリした視線を返したあと、ボソボソ声を出す。

「ユキタ、即答しろ。『デスティニーディストーション~愛されすぎる悲運~』とはどんな作品だった?」

 それはマイナーなウェブ小説のタイトル……なぜ今。

 あまりよくない話題で、投稿サイト界隈の片隅だけで有名になっていた。


「作者の願望ばかりてんこ盛りにした、いわゆる痛すぎ作品だったけど……」

 シャルラ総隊長が冷酷な表情で左手を動かす仕草が見えた。

「……個人的には好きだったよ」

 その左手が中途半端に止まり、ニューノさんがかすかに眉をしかめる。

 もしかして、一斉攻撃の合図が止まった?


 ボクの頭に突如、一年くらい前に読んだきりの女性向けラノベ『デスティニーディストーション』通称『デスデス』の内容が広がりだし、気を落ち着けて誠実な、ウソのない感想を意識する。

「文章は読みにくかったし、内容が良いかと言われても困るけど、掲示板でたたかれているよりは面白いと思った」


 主人公は才能がありすぎる持病に悩み、努力して抑えても学力は校内首位。

 剣道部の全国大会決勝も相手を殺さないために苦悩し、多くの美男子と連日徹夜で豪遊する涙ぐましい努力の末、体調を崩すことに成功。

 しかし対戦相手は主人公のデート相手に自分の彼氏もいたことを逆恨みして真剣を持ち出し、軌道衛星からのレーザー攻撃でも反則を狙う。

 主人公はとっさに前世で女神だった記憶の一部をよみがえらせ、対戦相手が自分を裏切った下僕の生まれ変わりで、現世では地球外生命体の侵略者である真実を見抜き、正々堂々と試合をしたかった悲しみが無意識の極大魔法となって周囲数十キロをクレーターに変え、電子レベルで分解された対戦相手は霊魂となって謝罪と感謝を伝え、彼氏を託して消滅する。

 ……そんな内容が延々と続くので、一晩で根負けして続きは読んでないけど。


「妙な迫力があって、退屈はしなかった。続きが気になるといえば気になる」

 作者自身のコメントもたたくなというほうが無理のあるテンションの高さと自己陶酔ぶりで、ムキになった作者の反論までが高度なネタではないかと噂されていた。


 主人公の容姿は『ひたすら美しい』『とにかく可愛い』など具体性に乏しい描写が執拗にくり返されるばかりで、数少ない具体的な特徴は長い髪の色が生まれついての……薄桃色。

 主人公の名前はサーラ・チェリーブロッサム。

 作者の名前は桜賀星沙羅(オーガスタ・サラと読ませていた)

 ちなみに主人公の前世は愛の女神サラ・スター。



「シャルラ総隊長閣下……あんた一体……」

 芝居がかった口調、いかれた思考……『異世界の人だからしかたない』みたいに思っていた非常識のひとつひとつが、ボクの知る元世界ネット怪人の心当たりとピチピチあてはまっていく。

 閣下は左手を中途半端に止めたまま、はじめて鏡を見たサルのように硬直していた。

 無表情に近い、口だけのかすかなひきつった笑みと、クソ寒い吹雪の中での冷汗。


「時間切れ」

 ヒギンズが苦笑いでつぶやく。

 キラティカとニューノの視線の先に、近づいてくる人影が見えた。

 メセムスじゃなくて、重武装で巨体の獣人戦士が三人?

 よく見れば、少し離れて小さな黒毛玉も……あれはザンナ?


「く……っ! アレッサをたたく!」

 シャルラが合図をしてあとずさる。

「いちいち敵に行動を伝えないでください」

 無表情につぶやくニューノさんたちも続く。



「う……あ……? 息……?」 

 キラティカがあわてた顔で口をパクパクさせていた。

「敵の足跡は『合って』いるか?」

 清之助くんの謎のつぶやき。


 キラティカは地面へ目を走らせたあと、首を横にふって足跡のひとつを指す。

 清之助くんの足跡ではなく、ボクたちを背負ったキラティカでもない足跡が一筋、ボクたちを終着点にしていた。

 姿を消す魔法道具『透過の隠れ蓑』か?!


 同じことを考えたらしいリフィヌが、すでにキラティカのまわりを手で探っている。

「姿が見えない……窒息の効果……『息詰まりの竹筒』?!」

 リフィヌは脳内の魔法辞書でなにか思い当たったのか、空気を探るのをやめ、キラティカの体をさぐる。

「持ち物を捨ててください! 小さな竹筒を!」


 リフィヌはキラティカのケープを外し、キラティカも爪で腰巻とポシェットを切り離す。

 聖騎士たちはその様子を冷静に見ながら撤退をはじめる……どうなってんだ?


 金色の外套まで外される。

 ところがそれを握っていたのは、突如として姿を現した見慣れぬ女性。

 眉もりんかくも隠すヘルメットのようなストレートヘアに、虚ろな暗い顔。

 背は女性の平均くらいで、ローブの上に毛皮を羽織り、右肩だけ装着している金属性の肩当てには聖騎士を表す羽根の模様が小さく一点。

「ううう!」

 謎の女性はおびえるような悲鳴を上げ、『虚空の外套』を強い吹雪の中へ放り上げてしまう。


 ボクたちはふたたび驚く。

 女性が唐突にいなくなった。

 金色の外套は空高く巻き上げられて流されている。


 リフィヌとキラティカはボクを中心に背を合わせ、空中へ爪や蹴り足の弾幕を張る。

「見えた時にはにおいもしたのに! な、なんか変!」

 キラティカがあわてた声を出す……息はできるようになったらしい。


 清之助くんはじっと地面を見ながら、暴れるふたりを手でなだめる。

「もう離れた。四番隊のようだな。いい働きだ」

 清之助くんの言葉のあと、遠ざかる聖騎士たちの中に、じっとりとふり返るローブの女性もまぎれていることに気がつく。

「姿や臭いを消したのではなく、存在を意識させない効果らしい」



「ふふ! 『淵の聖騎士』リュノウの『自分嫌いの足枷』におびえ続けなさい!」

 遠ざかるシャルラ閣下の得意げな声。

 続いて五番隊隊長ブロング氏とニューノさんの舌打ちが同時に響く。

「いちいち! 敵に! 手の内を明かさないでください!」


「それは……騎士として正々堂々と……」

「ボクとヒギンズさんの指示は厳守! 昨夜の会議での決定事項ですよね?! それと騎士のたしなみに汚職や裏工作は含まれませんから!」

 騎士団もまた巨大な弱点を復活させたものだ……あの残念キワモノ総隊長を外せないのは、残念キワモノ小説『デスデス』となにか関係あるのか?

「オメーも熱くなるなよう……」

 ヒギンズおじさんのしょぼくれた声を最後に、騎士たちの会話は聞こえなくなる。



「おーい、いいのかよあの外套? 放り投げさせてそのまま見送るとか、どんな取引したんだ?」

 ザンナが手をふって近づいていた。

「ザンナにはそう見えたんだ……? 清之助くんの言うとおり、意識させなくする効果で、範囲は近くにいる人間に限られるみたいだね」


「じゃあ、なんでワタシたちを殺さなかったの? やっぱりあの外套がよほど重要な……」

 キラティカは上空を舞う金色の外套を恨めしげに目で追い続ける。

ボクの眼ではもう見えないけど、地表の風とは逆方向に、先へ流されているらしい。


「外套を奪っていながら放り投げるなど、失敗としては大きすぎる。窒息も攻撃としては消極的すぎる。『殺せなかった』というほうが実情で、発動のために必要な行動だろう」

「あ、それでセイノスケ様は『いい働き』とほめて……つまり成功や積極性を意識させたのですね。名称の『自分嫌い』からしても、解除には効果的だったかもしれません」


 言われてみると、幽霊女リュノウが見えたのは清之助くんがほめたあとと、外套を奪うのに成功した直後だ。

 そして外套を放り投げる暴挙の直後に消えた。

 あれは姿を消して爪や蹴りを避けるためで……それなら騎士団の冷静さもわかる。

 リュノウという女騎士がなにか失敗をやらかすこと、その代わり確実に離脱できることを知っていたんだ。



 巨体獣人戦士の三人は距離を開けたまま足を止めていた。

 三人の顔はサイ、カバ、角のあるゾウ……灼熱洞の手前で清之助くんが道を尋ね、ドルドナすり抜けツアーにもいたメンバーだった。

「あ、オマエらあんがとな~!」

 ザンナに応えて三人は軽く手を上げ、別の方向へ離れていく。


「魔王配下十三怪勇の象人アモロファトンとは少しだけ顔見知りなんだ。でかいなりしているけど内気で……まあ、わりと話せるやつだ。手を組むのは断られたからよ、せめて合流までって頼みこんで、近くを歩かせてもらったんだ。けど、見せかけ援軍としてもけっこう役に立ったか?」

「本当は漁夫の利を狙っていたんじゃないの?」

 キラティカはようやく腕の傷を縛りながら、ザンナを油断なく見回す。


「助かった。危機をくつがえせた。まさに命の恩人だ」

 清之助くんはどんよりした顔のまま、チビ魔女の肩をガッシリとつかむ。

「え。そんなに?」

 ザンナは意表をつかれ、恩着せがましい態度をとるのも忘れる。


 神官リフィヌも魔王配下十八夜叉のはしくれに両手を合わせて腰を低める。

「ザンナさんも無事に合流できてなによりです。あとはメセムスさんと……」

「アレッサとダイカ……閣下のやつ『アレッサをたたく』とか言っていたか?」

 調子がいいけど、仲間が増えたらボクは急に闘志が湧いてくる。


「あと外套! ダイカが知らずに使ったら大変!」

 キラティカはいらだち顔で地団駄を踏む。

 外套はもはやボクの目には見えない。

 みんなが清之助くんの無表情を見て、謎の間が流れる。


「あ……じゃあ、まずはメセムスだな」

 今、なにも考えないで呆けていた?

「騎士団はニューノが持つ『希望の金貨』で外套を探せる。だが先にひろわれても、獣人ダイカに全裸で奇襲をかける無駄はするまい」

 キラティカは無言で頭から背の毛を逆立て、ノシノシと早足で進みはじめる。



 頼もしい仲間たちと合流できたはずが、雰囲気は少々よくない。

「魔法人形さんの体は焼けた石のにおいを少し出すだけで、探しにくい……あとはメイド服に残る洗剤のにおいとか、セイノスケの汗くらい? 今朝までに洗った? なにかすりつけた?」

 キラティカがふり返って聞いても、セイノスケくんは空を見ながら通り過ぎてしまう。


「清之助くん!」

「ん……? どうした?」

 ボクにふり向きはしたけど、顔はボンヤリしたままだった。

「洗濯? ああ……においの手がかりか……どうだったかな?」

 清之助くんがこの調子なので、キラティカはいらいらとシッポをふり回し続けだ。


「今朝、布団ごと抱えられていたし、出がけに手をとってキスもしていたから、少しは残っているはずだよ」

 ボクがフォローしてみるけど、キラティカは顔をそむけて先に進んでしまう。

「よくわかんねえけど、セイノスケは不調なんだろ? 風邪みたいなもんか? それなら今はとりあえず、出がけに言ったとおりキラティカ、リフィヌの順で指示を出して、セイノスケはなにか気がついたら口を出すくらいでいいんじゃないか?」

「言われなくたってそうしている! 部外者は口を出さないで!」

 キラティカもまたダイカ欠乏症で情緒不安定になり、当り散らしがきつい。



「ところでよお、『自分嫌いの足枷』の発動条件が名前どおりに自己嫌悪なら、殺すことで自己嫌悪できるような相手は誰でも一方的に殺せることにならねえか? 子供とかボーズとか」

 気まずい空気の中、ザンナがおもむろに話題をふる。

「すると、ボクが持つと無敵になる魔法道具?」

「ユキタン様は攻撃自体に相当な決心が必要になりませんか? 能動的で積極的な意志は自己嫌悪と両立しにくいので、元から発動できないか、予定より早く解除されてしまうように思えます」

 リフィヌは両腕をぐるぐる回し、ジョークを聞いたようにほほえむ。


「自己嫌悪を攻撃が当る直前まで維持できる性格か……よほど屈折してないと無理そうだね。『淵の聖騎士』リュノウさんにできるのも窃盗にならない強奪と、確実性の無い窒息まで、ということか」

「手柄で有頂天になったら姿を消せないで仲間に反撃されるから、とどめ刺せなかっただけじゃねえの? 脅したり傷つけたりで自己嫌悪を解消するやつは多いし……ってオイ、なんでアタシを見るオマエら?」

 ザンナはホウキをグリグリとリフィヌの頬に押しつける。


「あああの、窒息のほうは『息詰まりの竹筒』だと思います。発動が軽く、閉塞感で呼吸不全を引き起こす効果は軽い嫌がらせにしかならず、タワシなみの格安クズ道具で……実戦で使うとは驚きでした。回収されていたようなので、また使われた時にはなにか希望にあふれたことを考えましょう!」

 実戦魔法講座で和を強調する神官様。

「竹筒は捨てればいいだけでしょ? アナタたちなら地面に埋めても呼吸を続けそうね。ワタシはダイカの無事を確かめるまでは、竹筒なんかあっても無くても……ウヴウウ!」

 ようやく話に加わったキラティカは牙をむき、本当に苦しそう。

「これだけ選手がいてコウモリが来ない。戦闘が近いのか?」

 無言だった清之助くんがボソリとつぶやく。



「みたいね。ワタシちょっと頭を冷やしたいから暴れてくる」

 第二区間までは冷ややかなほど静かだったキラティカが野生をむきだしにうなる。

「敵がいるなら、ひとりで行っちゃ危ないよ。ケガしているし……」

 血は早くも止まっているみたいだけど、頭に血が上っているほうが不安だ。

 ダイカとキラティカの強さは獣人の腕力脚力に加え、冷静な判断力がセットになっていることが大きい。


「あ、あ、ちょっと待った! そいつ知り合い! 教授、なんの用だ?!」 

 一緒に追ってきたザンナが大声を上げ、ふり返ったキラティカはかみつきそうな勢いでにらむ。

 丘に生える木の枝から、するすると人影が……いや、くすんだ色の巨大な蜘蛛……頭、胴、肢体のバランスがやや人間に近いだけの巨大クモが、ボソボロのローブを吹雪になびかせながら逆立ちに下降してきた。

 ボクはクモが嫌いだ……ハエくらいに小さいのはともかく、それ以上に大きいのはなぜああも生理的な嫌悪感をもよおすデザインをしているのかと思う。

 人間なみにでかいソレなんてちょっと、ゴメン勘弁ダメ消えてな感じで……烈風斬先生はどこですか。


「ザンナくん、あれは虫人だよねえ? 君、虫人を見たら殺せとか言ってなかった?」

 ボクがヒソヒソ耳打ちしたら、ホウキで顔を突っ返された。

「言ったよ。でもあれは魔王配下十六師範のイジェムエ教授。虫人に関しての権威で、博士号も持ってる。アタシが蜂人のことを教えてもらったのもあのオッサン」

 ザンナは相手にも聞こえる声で話す。


「じゃあ信用できるの?」

「全然。だから虫人だってば。キラティカとリフィヌがいなきゃ、アタシも避けるか不意打ちで刺す……けど待てってキラティカ! 待ち伏せ専門のやつがあっちから姿を見せてんだよ!」


 キラティカもクモが嫌いなのかな……いや、ダイカの見えない今は動くものすべてが憎らしいといった勢いで、ザンナも引き止めは言葉だけで、決して手は出さない。

「教授! さっさとしゃべるか逃げるかしろ! この猫がとんだらアタシも加勢するしかねえぞ!」

 恩師に対するザンナの気づかいのひどさのせいか、キラティカがなんとか足を止める。歯ぎしりをしながら。


「魔法人形を見つケタ。場所を教えレバなにをヨコス?」

 クモ男が大きな牙を揺らしながらモショモショと声を出す。

「教えればなんとか生かして見逃す……お友だちのムカデとサソリもどこか潜んでいるのか? アンタらがわりと強いのは知っているけど、相手が悪すぎるぜ? アタシはもう教授だけならひとりで仕留められるし、そこのボーズとメガネは三対一でも……」

 ザンナはベルトも絞めずに、両腕からの黒槍を長剣ほどに出し入れして見せた。


「人形さんは近くにいるとわかれば十分」

 キラティカがスンと鼻を鳴らせて身を低くする……

「ま、待てってば! じゃあ、魔法道具以外でなにか欲しいもんないのか?!」



 クモ男は小さな女物の花柄フリース上着を羽織ると、枝にかかった細い糸の一本を指し、すばやく逃げ出す。

「労力に見合わナイ。無駄が多カッタ」

 ブツブツつぶやいている。

「この糸をたどればいいんだな?! いい情報だったら貸しにするから!」

 ザンナは追いやるように手をふって教授を見送った。

 教授のあとを追って、どこからともなくもう二つのボロきれローブが這い続く。


「虫人と交渉……ザンナさんもできるではありませんか」

 リフィヌが呆然と感心する。

「交渉? って言うのか今の? 脅しつけて服でなだめただけだろ?」

 ザンナは糸をたぐって歩きながら、得意顔にもなれずに呆れ返す。

 食欲と性欲の交換よりは高度かもしれない。



「ところで『闇針』は自在に出せるようになったの?」

「ああ、自在ってほどじゃねえけど、たぶん発動条件がわかった。いつ使えるかはわかるし、使えるようにするのもなんとかなる。な、な、わかるか条件?」

 ザンナがうれしそうにボクとリフィヌの顔を見比べる。


「なんだ条件に気づいてなかったのか。別に隠していたわけではなかったのだが『闇つなぎの首輪』の……」

 おもむろに口を開いた清之助くんの顔にホウキが襲いかかる。

「クソメガネは黙ってろぉ!」


 ザンナはふてくされて赤くなり、リフィヌは魔女のそでを引いて耳打ちする。

「拙者も気になって考えていたのですよ。昨夜はヒントもいろいろ聞けましたし…………でしょうか?」

「お……お! さすが高級とりボーズ!」

 うれしそうに胸を張るリフィヌの頭を、ザンナは帽子ごしにぐりぐりなでる。

 そしてボクが取り残される疎外感。


「半人前が味方に弱点を隠す意味ってなに? 味方じゃなくなる予定でもあるの?」

 かといってキラティカ様ほどすさんだ茶々は入れられません。

「た、ただの余興だってばよ。それこそ隠す気なんか……ん?」

 紫色のコウモリが魔女と猫獣人の間を横切り、行く手にまわったあとでモニターを開く。



「なんでまた突然に……」

 そこに映っていたのはまさに犬獣人ダイカと風の聖騎士アレッサが一緒に雪の斜面を駆ける姿。

 キラテイカがモニターに飛びこまん勢いで顔を近づける。


「選手村広場に映されている放送は可能な限り多くの選手に見せようとする。第三区間は五人も選手が固まれば一匹はモニターがつくはずだ。だが競技への干渉を抑えるため、戦闘直前は当事者へのモニター提供を避ける傾向がある」

 清之助くんは目が虚ろだけど、腐っても頭脳派らしい分析を見せる。

「とはいえ、公平性も厳密ではない。俺はユキタが騎士団に追われている状況をコウモリで知ったし、さっきのようにコウモリの有無がかえって索敵のヒントになることもある。あくまで慣習としての傾向だ」


 切り換わった画面は林の斜面で、木の幹に三人の長身女騎士が身をひそめていた。

 顔体に貫禄のある二番隊隊長『湖の聖騎士』スコナは改造オール槍を光らせてかざし、すぐさま身をかがめて走る。

 移動先の枝、足元の雪がはね飛び、わずかにつんのめる。


 同じく二番隊で細身の美少女『沢の聖騎士』ジュリエルがかばうように前に出て、薄い丸盾を真上にかざして光らせる。

 一瞬だけ見えた『烈風斬』の刃は、ジュリエルの周囲で煙となって丸盾の上へ吸いこまれた。


「あれは『返り水の盆』……魔法で集めた水分などを霧散させてしまう『烈風斬』の天敵です!」

 リフィヌ博士のすばやい解説。

「烈風斬は真空を飛ばす魔法じゃないの?」

「かまいたち現象が真空ってのはガセだぜ? そもそも真空で切断なんてありえねえし。ま、異世界人じゃ魔法知識の遅れはしかたねえか」

 ヘボ魔女ザンナのすばやいドヤ顔。



「魔法を過信するな! 走れ! 距離を保て!」

 スコナ隊長は足を止めずに指示を出す。

 無効化できる魔法まであるのに、射撃魔法を相手に距離をとるのは損じゃないのか?

 しかし隊長の指示は、むしろ遅かったことがわかる。


 ジュリエルの片腕にナイフが刺さっていた。

「この距離で投剣?! 烈風斬でのばしたか……でもなんて読み!」

 ジュリエルは顔をゆがめながらも冷静に把握し、盾を持ちかえて走る。

「絶対に斬り合うな! 不様でも時間を稼ぐしかない! ノコイ、やれ!」

 スコナは走り続け、叫び続ける。


 その先にもうひとり、脱落した『滝の聖騎士』レオンタの補充らしい女騎士。

 スコナとジュリエルに比べれば背が低く、はね上がった短髪……たしか三番隊にいた。

「ここにレオンタさんがいれば、というわけですわね?!」

 自嘲しながら握っていたコマをまわし、かかげた手の平に立てる。

 同時にあたりの木々が一斉にざわめき、枝の雪を盛大に降らせる。


「今の使い方からすると、あれは『落ちこみの独楽こま』で間違いなさそうです。気落ちによって発動し、コマの上にあるものへ重力をかける効果……というか早くアレッサ様を助けに行かなくては! あの林だけでは場所がわかりませんが……」

 リフィヌがキョロキョロとモニターと周囲の景色を見比べる。

「二番隊だけなら、すでに仕留めていたはずだ。やはり三番隊にも仕掛けていたようだな」

 清之助くんの分析で、キラティカが小さくうなる。

「ウ……ウ! それで……ダイカさっき、すごい汗だった! アレッサのやつ、ダイカを雪の中で駆け回らせて……なんだと思っているの?!」

 ここでウッカリ『犬だけに』とか口をすべらせたら、食肉として分解されかねない。



 モニターが放送席を映した。

 まだ最後の選手が出発してないのか、選手村の露天風呂の近くに留まっている。

「アレッサ選手とダイカ選手、別方向の騎士団二部隊六名を相手に足止めを維持、そしてついに手傷を負わせました……動脈には達してないようですが、かなり深そうですねえ……ウグ」

 吸血将軍パミラ様は床の血だまりでもがきながらアナウンスしていた。

 言っている自分のほうがはるかに危険そうな腹部の出血量……なぜにこちらも戦場。


 つきそう美形従者たちがコウモリマイクを支え、樹人医者が触手を駆使して緊急治療を施している。

「もはや出血将軍と呼んだほうが良さそうな芸風じゃのう。わっちも疲れとるから余計な手間は勘弁じゃが……まあ、事故ならしゃーない」

 今朝はラウネラトラと会ってなかったけど、さっそくこき使われているらしい。

 昨夜に会ったばかりなのになぜか懐かしく、モニターごしの距離がせつない。

 背後にある豪勢な紫色のベッドは真ん中でへし折られ、チャイナドレスの魔竜将軍がソファー代わりにもたれて眠っていた……着陸事故の現場と加害者が判明。


「また膠着か……いや、今度は本当に撤退らしいな」

 ようやくカメラは座っている人間の高さに移り、シュタルガの乾いた微笑を見せる。

「やはり『風の聖騎士』に獣人の嗅覚聴覚、脚力が加わると脅威ですねえ? ……ァグッ」

 今ならパミラさんを相手に茶わんコピーを発動できる気がする。


「深追いする気はないようだ。ダイカがその気ならすぐに追いつくだろうから、このままメセムスが先でいいか?」

 清之助くんがボソボソつぶやき、キラティカもかすかにうなずく。

「ウゥ……そうね。ダイカも自分から協力しているのだろうし、アレッサも冷静みたいだった……」

 ダイカの無事を確認できたためか、急にしおらしく落ち着いてくる。


「アレッサ様たちのおかげで助かったのですよ! 私たち三人を襲った騎士六人に、もう六人も加わっていたら、確実に、それもあっという間に仕留められていました。きっとこのために危険を冒して先行し……」

 リフィヌがだだをこねるような仕草でアレッサの功績を強調する。

「アレッサとダイカがはじめからユキタンとの合流に動いても、より悪い結果になったとは言い難い。結果としてはうまくいったが、別行動をする必然性まではない」

 清之助くんの余計なつぶやきで、キラティカの顔に少し険しさがもどってしまう。


「ハ! あの犬獣人は余計なことをした! 命びろいをしたのは騎士どものほうだ。野放しになった『切り裂きの魔女』が聖騎士の首をいくつ転がすか楽しみにしていたものを!」

 魔王まで虎を逆撫でする解説をつけ足す。



「お! あの木で止まっている! メセムスさんも合流できりゃ、比喩じゃなくて百人力だぜ!」

 ザンナがわざとらしい歓声で重い空気に逆らい、急いで糸をたぐる。

 先には大きな針葉樹があり、その下には枝から落ちた雪が環状の山になっていた。


「におい……この辺ね」

 キラティカが雪の一部を掘ると、メセムスが頭につけているカチューシャが見えた。

「ちょっと魔法人形さん。アナタの腕力ならこれくらい、はね飛ばせるでしょ?」

 キラティカが呼びかけながら掘り進め、無骨な顔、そして胸元がどうにか現れる。

 メセムスの表情に動きがない。

 清之助くんはなぜか外套と学ランのボタンをはずす。


「ちょっと……ふざけた発情を見ている気分じゃないの」

 学ランの内側にメセムスの頭を入れて抱える清之助くんに鋭い鉤爪が迫る。

「清之助くん、いくらなんでも人形が寒さで弱るなんてことは……」

「む。少し動いた」

 清之助くんが離れると、メセムスのアゴがかすかに開く。

「サ……サムイ……」

 弱々しい声に、ボクも思わず全速力で外套のボタンをはずす。




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