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十三章 人魚とか無理だろ? それを活用するのが職人だろ! 一(第三部『氷雪の暗闇』編)

 ミント風味のスープ冷麺を小鉢ひとつ、ゆっくりと完食する。

 人心地ついたらリフィヌの手が止まっていることに気がつき、ボクも別行動になったザンナのことを思い出す。

 アレッサはボクたちの表情に気がついて店員を探し、それだけで店のオーナー悪徳商人ロックルフおじさんはすっとんでくる。

「ザンナくんはまだゴールしておらんな。情報が届けば伝えよう」


 ボクたちを遠巻きに見物する客と、その隙間を縫って忙しく行き交う店員。

 それらを強引に押しのけ、砲弾型の爆乳が店の奥まで古代戦車で突入してくる。

「いよう! セイノスケ元気ぃ?! ワタシに感謝していいのよワ・タ・シに~!」

 人魚娘ミュウリームは胸を凶器のようにふり回して変態メガネへ往復ビンタをかます。


「お前がいてこその勝利だった。恩に着る」

 清之助くんは……少し疲れている?

「うんうん! ん……なんかあった? セイノスケにしてはなんかもの足りない……」

 魚娘はまわりの空気を完全に無視していたけど、清之助くんの不調だけはめざとく感知した。

 メガネ男子は決め顔を見せず、さほど偉そうな口調でもなく、妖怪じみた手癖の悪さも出さず、まるで健常者みたいだ。


「第三区間もぶっちぎるんだよね?! もち巨人将軍ぶっとばしで!」

「継続かどうかは保留にして考えているところだ」

「……へ?」

 ミュウリームだけでなく、ボクたちも目が点になる。



「そっちはともかく、わっちはもう冗談でなく棄権しかなさそうじゃ。すまんのう」

 樹人ラウネラトラが緑の髪をゆらしてさびしそうに笑う。

「メセムスちゃんがいるとはいえ、次は本当にお荷物にしかならんじゃろ。休憩時間は区間ごとに倍々になるとはいえ、競技時間も倍々……疲れもたまっておる」

 落ちこんだ顔をしながら、犬娘ダイカの胸や腹に触手を這わせていた。

「もうかなり無理をしただろ。半日動けば三日は寝こむオマエにしちゃふんばったよ」

 ダイカは容赦なく触手ツル草をひきむしりながら顔は優しい。


 ラウネラトラは第二区間で眠ってばかりだったので予感はあったけど、抜けられるのは思ったよりも不安だった。

 治療はもちろんだけど、知識やツル草に助けられる場面は多かった。

 それに見かけよりずっと年上のようで、落ち着いた気づかいの大きさを今になって感じる。


 今もボクの表情に気がついたのか、柔らかく苦笑した。

「なに、競技期間中は滞在しておるから、休憩中の治療は任せるがよい。無料で診てしんぜよ~」

 そしてテーブル下からツル草を這わせてエルフ神官様を触手ぜめする心づかい。

「はうわうや?! これ、治療の名目で別の行為をしていますよね?!」

 太ももをにじり上がって首筋をくすぐる触診はあまり聞いたことがない。

「失敬な。治療に便乗して別の行為もしておるだけじゃ。ふひひひひ」



 心なごむ足技と触手技の応酬に、いかついロックルフおじさんが申し訳なさそうに割って入る。

「ラウネラトラくん、急ぎの伝言じゃ。どうも悪役で心苦しいのじゃが……『魔王配下十七高官に任ずる。西の樹人集落を代理統治せよ』とシュタルガ様より」

 ラウネラトラは眉をしかめ、苦々しい顔になる。 

「樹人集落の場所が……ついにばれおったのか?」


 ボクは話がよくわからないのでダイカを見る。

「普通の樹人はラウネラトラの半分も動けない。居場所を知られるのは命を握られるも同然だ」

「前からスカウトの話はあったんじゃがの。今回はアメでなくムチ、人質をとったから従えっちゅうことじゃな」

 ラウネラトラはリフィヌが同情したすきをついてツル草で手足を縛る。


「そう悪くとらんでくれ。ぶっちゃけ調査にはわしもかんでおったが……シュタルガ様がおっしゃられるには『こちらにわかるようなら、ろくでなしどもに嗅ぎつけられるのも時間の問題』じゃと。それなら魔王様の領土に入れたほうがよかろう? 競技祭休憩中の行動は自由と確認してある」

 ロックルフの同情顔にラウネラトラは苦笑いで拳をグリグリ押しつける。

「やはりおんしか。ほかの魔軍幹部ならもう十年は誤魔化せたものを」


「樹人は短時間なら巨人や竜にも対抗できる種族。魔王様も捨て置けんのじゃ」

 ロックルフはおどけた困り顔で手もみを続ける。

「まあ、しゃーない。もはや滞在するしかなくなったようじゃ……神官様になぐさめていただこ~」

「んんんん~?!」

 ラウネラトラはリフィヌを『癒しの包帯』で包み、なぜか口もふさぐようにツル草を巻きつけていた。

「我こそは魔王配下十七高官が一角、触手樹人ラウネラトラなり~。魔王に逆らう美少女神官め、これでもくら……べげっ」

 ノリノリのラウネラトラにダイカが爪を立てて止めるいつもの微笑ましい流れ。



 ラウネラトラが抜けてしまうのは痛手だけど、ユキタン同盟の戦力は増え続けているし……

「なんだ~、セイノスケが出ないなら、いる意味ないじゃん!」

 清之助くんと話していたミュウリームが突然に大声を出す。

「いち抜けた! バイビー!」

 古代戦車が強引に直線バックで店のテーブルを荒らしながら走り去る。


「清之助くん、さっきも言ってたけど……」

「いや、言い方が悪かったようだ。心配ない……先に宿舎へもどっている」

 清之助くんが立ち上がり、メセムスも続く。

 万能天才に『言い方が悪かった』なんて言葉は不似合いだ。

「本当にだいじょうぶ? ミュウリームじゃなくて、清之助くんが」

 清之助くんは立ったまま、真顔で間をおく。


「ユキタ……お前にとって、俺は必要なのか?」

「性的な需要は一切ないよ!」

 反応しかけたアレッサとリフィヌに先手で釘を刺しておく。

「でも必要もなにも、ユキタン同盟の黒幕は君じゃないか。ボクはうわっつらだけ看板らしく立っているだけで……むしろボクにやるべきことがあったら早めに言ってよ?」

 清之助くんはアゴを抑えてうつむき、ボクはどんな無茶ぶりがくるかと期待する。


「やるべきこと……そんなものは人生のどこにもない。やりたいことをやり、それがなければできることをやるまでだ」

 あさっての方向から答えが返ってきた。

「いつでもやりたい放題な君らしい意見だよ。今まで、どこまでが場当たりの判断だったのやら、聞くのが怖くなる」

「判断もなにも、選択肢のない状況をこなし続けている。ユキタ……俺はやりたいようにやったことなど一度もない。いつでも、できることをやるだけで精一杯だ。そして今は……」

 清之助くんは真顔でボケや悪いジョークを言うことが多い。

「……いや、これは自分でだすべき答だな。少しひとりで考えさせてくれ」



 清之助くんとメセムスが静かに立ち去り、食卓に奇妙な間ができる。

「今のは熱い抱擁で引き止める場面じゃなかったかのう?」

「今からでも間に合いますよ!」

 変態医者の意見にダメ神官がうなずき、両手を握りしめて期待の表情を向ける。


「それは冗談にしても、ユキタンはもう少しセイノスケと話したほうがよくないか? セイノスケがただ者でないことはわかるが、ただの人間の部分だってあるだろう? この区間の休憩は二十四時間。明日の夕方までなら作戦会議ばかりでもない」

 アレッサは意外とまともな反応で、心配そうにほほえむ。

「そうかもしれないけど……ボクは清之助くんのバケモノみたいな所ばかり見てきたから、どこに人間らしい部分があるのやら。どう話していいのやら」


 ダイカは首をかしげながら爆食を続け、キラティカはなに食わぬ顔で爆食を続ける。

「魔竜や虫人と舌をからませた御仁の言うことかのう? 人間の美形男くらい余裕そうじゃが」

 ラウネラトラが舌をつきだしてボクにせまる。

 くちびるだけならゾンビや犬娘ともくっつけたし、君となら抵抗ない……こともない。

 優しくエロい年上は好きだけど、その幼い外見はそんな気になれない。

「ラウネラトラ、あまり茶化すな。……だが言葉の代わりに抱擁くらいなら……」

 アレッサは途中でボクの生暖かい視線に気がついて言葉をきる。



「ザンナくんが映っとるぞ!」

 ロックルフさんに呼ばれ、ボクとアレッサは広場モニターを立ち見に行く。

 あのダメ魔女はまたビクビク逃げまわって笑いをとりながらでも、そこそこ元気でいてほしい。

「おや、変わってしまった。だがまたすぐ映る。相手は十一大豪の『緑碧竜』ルジオア。かなりの格上じゃな」

 ロックルフさんはボクたちを運んだ神輿を用意させ、ボクとアレッサを載せる。

 リフィヌの姿がない……見るのが怖いのか?


 モニターはすっかり夜になった地上の山道を映していた。

 ズワイガニ怪人が大魔獣ティマコラのくちびるをはさんでしがみつき、食われまいと粘っている場面。

 見物客の間にカニ料理の注文が増えている。

「カニとカエル、どっちが先に食われるか賭けねえか?!」

 ブタ鬼の一匹が叫ぶと同時に場面が切り換わり、高さも幅も十メートルほどの洞窟通路を背景に、蛙人のお嬢様ジュエビーが映る。

 両端が丸い刃物になった短い武器を両手、そして巻き戻した長い舌先に持っている。

 灼熱洞の壁面や天井を飛び跳ね、豊満な胸や尻も合わせて揺れ、ブタ鬼どもが歓声をあげる。

 でも青緑の肌は肩のあたりから乾いてシワになりはじめていた。



「ザンナどのぉ! わらわの分はもういらぬ! もはや目がまわって……!」

 丸い刃を巻いた舌を射出する。

 その先にいるのはコテコテのドラゴンの後姿。

 ティラノサウルスのような直立できる肉食恐竜に角と羽をつけた姿は、ジュエビーの倍以上にそびえて厚みもある。

 ……なんてものを相手にしてるんだよチビ魔女。


「調子はいいんだ! 心配すんな!」

 ドラゴンの肩ごしに、『ひとっとびのほうき』でカエルのように壁を跳ねる小さな姿が見えた。

 声は不安になるほど明るい。

 色白の顔は汗だくで疲れも濃く、それでも不敵な笑みを浮かべ、黒いツバ広帽の下の目はギラギラと活きている。


「ほざくな! このルジオアは! 貴様らの相手などしている場合ではないのだ!」

 緑竜は背後からの刃の射撃もろくにかわさず、目への直撃だけ避けてザンナへ爪や尾を当てようと躍起になっている。

 閉じた片目から血が流れていた。

「ドルドナ様に! 助力など不要であろうが! それでも駆けつけるのがこのルジオアである!」


 ザンナはすばやい反応で跳び避け、全身から魔法の黒槍を伸ばして牽制する。

 黒マントはすでにボロボロで半分もなく、あちこちにすり傷ができている。

 カメラが緑竜の正面に入りこむ途中で、ザンナの背後に三匹の飛竜が倒れているのが見えた。

 飛竜にも、緑竜の正面にも、たくさんの刺し傷。

 ボクは先にゴールしたことを後悔する……なにやってんだよ小心魔女。


「アタシは……ヒマつぶしかな! ああそうだ! ただのヒマつぶしだ!」

 ヘビー級ボクサーの腕より倍以上に太い尾がかまえたホウキをかすり、やせた細い腕が血を噴き出す。

 ふらついたザンナはそれでも笑い、激昂した緑竜は通路をふさぐように跳びかかる。

「竜の誇りを傷つけた報いを知れ!」

 ザンナが動きを止め、笑いも消す。

「魔女なりの誇りを通したまでさ」

 ひざをついて床にホウキを当てると、足元の影から今まで見たこともない、槍と言うにも太すぎる針が何本も真っ直ぐに緑竜の頭部を襲う。


 巨大な頭部すら一瞬はね上げる威力があった。

 勢いづいた巨体はそのまま床の飛竜の位置までつっこむ。

 すれ違いに、ホウキにしがみついて床すれすれを滑空する小さな姿が見えた。

 ザンナはそのまま床を転がり、フラリと身を起こす。



 緑竜は残った目のまぶたも傷つけられて血で視界がかすむのか、首を小刻みにふって魔女の姿を探す。

「駆けつけて……理不尽な叱責による傷を刻んでいただいてからゴールするのだ……それがこの緑碧竜ルジオアの流儀……」

 ゆっくり起き上がる緑竜の声が苦しげにかすれていた。

 傘が根元まで刺さったような大きな傷が喉や胸にできている。

 ザンナの足がもつれ、ジュエビーに支えられる。 


 不意にザンナが背後をにらむ。

 通路の先にいたのはアザラシのような小柄な獣人が二匹。

「ドルドナ様が勇者に倒された! 生きているけど、自ら負けを認めたそうだ!」

 獣人はそれだけ言うと来た道を走って引き返す。


 ザンナの表情が呆けたようにゆるむ。

「じゃ……行くか。ドルドナさんに比べりゃ、ほかのやつらの突破は楽だろ」

「そうじゃそうじゃ。とにかく早う。わらわは変温体質なんじゃ。こんな無理して稼ぎとうない」

 ジュエビーがザンナの腕を引っぱってアザラシを追う。


「ま、待て! とどめは?! 魔法道具は?!」

 緑竜が足をひきずって這い、どこからかとりだしたタワシをかかげる。

「いいよ。魔王配下十一大豪を追いつめたらやばそうだし」

 ザンナの柔らかな苦笑いでモニター画面が切り換わり、地下森林の温泉でなごむ兎獣人ピパイパさんが泉質や効能の解説をはじめる。



 気がつくとアレッサがボクを見ていた。

「飛竜は東側にいた。そちらから来る選手は少なく、私やヒギンズが牽制にまわる必要が無く済んでいた」

「ザンナが一部の通路をふさいでいたってこと? 今までずっと?」

「偶然やなりゆきと言うには過ぎた気迫だ。それにあの鳥肌が立つ笑顔はまるで……」

 アレッサは遠慮するようにふたたびボクを見た。

「とりあえず、悲惨な場面を見ないで済んだのは良かったね」


 ザンナの身を案じてしかたなくピパイパさんの胸元や太ももを凝視していると、ロックルフさんが邪魔に入る。

「今、ザンナくんとジュエビーくんがゴールしたそうだ」

 なごりおしさを隠して店に入る。



 席にもどると犬・猫・神官は鳥・蛇・蜥蜴になっていた。

「ほいよい。さっきまで神官氏ば囲んでアニマルパークな茶会ングね」

 鳥娘セリハムがちゃきちゃきと両羽根を前後させて歓待の仕草……だと思う。

 蛇人美女のルクミラさんと蜥蜴人美女のデューコさんは静かに頭を下げる。

 ラウネラトラが残って一緒に茶をすすっていたけど、顔は浮かない。


「哺乳獣人族長たちの使いが来て、ちと気まずい話になってのう。ダイカちゃんとキラティカちゃんは話の続きをするために出ておる」

「なんで? アレッサが哺乳獣人の階級を贈ってから、ボクたちとの関係は良いはずじゃないの?」

「む……その階級が問題のようだな。今回はダイカとキラティカが小人の助命を報酬に望み、哺乳獣人の階級は誰も報酬にしなかった。ラウネラトラは樹人の階級、セイノスケとメセムスは爬虫類型獣人の階級……」

 アレッサは眉をしかめてつぶやきながら夕食の追加を大量注文する。


「ボクはゴール前後の記憶は疲れでぼやけて、熊獣人の階級を求めた以外はあいまいで……」

 注文から八秒で運ばれたサラダと煮物にボクも一緒にがっつく。

「熊ちゃんだけなのがなおさらジェラシーな感じね。アタチのパパ上もなんか物欲しそうな顔しつつの、魔王にケンカ売る清々しいバカにはエンガチョ準備ぬかりなくって感じでしてぃ」

 セリハムの口調と表情では深刻さがわかりにくいけど、立場には困っているらしい。


 でもボクたちは予告どおりに魔竜将軍を殺さずに倒した英雄様じゃないのか?

「アレッサちゃんとリフィヌちゃんが蜂人の保護を求めたことも理解不能だったらしいのう……ぶっちゃけ正気を疑っていたようじゃ。ダイカちゃんたち、無事に続行できればよいが」

 もしあのふたりまで棄権や協力破棄になるときつい。

 ラウネラトラは限界、ミュウリームは逃げ、メセムスとセットの清之助くんは様子がおかしい。


「リフィヌちゃんも神官団からの迎えが来て『心配いりません』などと笑っておったが、ダイカちゃんより厳しい感じじゃったのう……というかあの嬢ちゃん自身、続行は考えとるのか?」

 最悪、ボクとアレッサだけになる?

 あとはザンナとジュエビーだけど、再協力どころか続行かどうかも不明だ。


「おや、セイノスケはおらぬかえ?」

 もくもくと食べていると、直送されたばかりのジュエビー嬢が顔を見せに来てくれた。

 後ろには包帯だらけの蛇手男さんが骨壺にしては大きすぎるポリバケツのような箱を首にぶら下げている。

「わらわたちはもう棄権して帰郷するゆえ、挨拶をしに来たのじゃが……」

 この際、邪鬼王子でも誘っておくべきか?




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