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一章で逃がせば縁は一生ない!! 三


 大魔獣の震動は聞こえなくなり、早足で進むアレッサさんにボクも合わせていたけど、体を鍛えていそうな聖騎士様のほうが先に息をきらしていた。

 もしかして烈風斬て、けっこう体力を消費するのか?

 もしかしなくても、大声で技名を叫び続けているだけでしんどいか。


 罠の通路から消えていたモニターコウモリの一匹が追いついてくる。

 モニターに映る大魔獣ティマコラは前足ですべての罠を起動させ、赤銅色の体ではじき返しながら徐行していた。


「ユキタンはここで聖騎士に見捨てられ、不様に泣きわめきながらの脱落かと思っていたがな」

 魔王は頬杖をつき、皮肉そうに微笑んでいた。

 並んで歩くボクたちにコウモリが次々に追いすがり、空中のモニターには放送席全体、実況嬢パミラの顔アップ、そして地下道のどこかにあるらしい広間を映す。


「まだ序盤も序盤ではありませんか。それにアレッサ選手の隠し技なら、間もなくご覧になれそうですよ?」

 パミラの意味深な微笑みに、シュタルガは無表情に周囲のモニターを見回す。


「独り百鬼……か」

 魔王の表情はさして浮かない。

 広場の観客からは一斉にどよめきが巻き起こる。



 地下道広間の中央に人影。

「僭越ながら! 魔王様におかれましては、序盤の座興にご不満の様子! このブヨウザがお役に立てますかと、引き返し馳せ参じた次第!」

 ボクらの進む通路の先にも、広間が見えはじめた。


「ま、気をきかせたことは褒めんでもない」

 そっけなくつぶやいてモニターから目をそむける魔王。


 広間はバスケットコートが余裕で入るほどに大きな円形。

 幅広のゆるい階段がすり鉢状に一周し、天井近くで別の通路につながっている。


 ハスキーな声の主は九頭身のマッチョ男とわかる。

 観衆のブサイク小鬼たちとは貫禄が違う、精悍な顔、均整のとれた体型。

 二メートル半の巨体は中央で直立したまま、押し迫る闘気を発している。


「我こそは魔王軍十傑衆が一角、ブヨウザなり!」

 しかしそいつは濃いアイシャドーにどぎつい口紅をひき、派手なスカートドレスをひるがえしていた。


「パミラ、峡谷はどうなっている? わしのメセムスは何匹くらいつぶした?」

 シュタルガ様の態度に納得。



「烈風斬!」

 虫を見かけたのと同じタイミングで技名が響き、十傑衆の一角は真っ二つになる。


「アレッサさん、もう少し苦戦して見せないと、シュタルガさんに目をつけられちゃうのでは……」

 いや、様子がおかしい。

 アレッサさんは足を止めて周囲を警戒している。

 キモマッチョのグロ死体も無い。


「心配せんでも、アレッサのほうが不利だ」

 魔王が目をそむけたまま、事も無げにつぶやく。



 取り囲む螺旋階段の上から、一つ、また一つと長髪ソバージュの巨体が立ち上がる。

「烈風斬! ……烈風斬!」

 近い一匹の首がはね飛び、もう一匹は身軽にトンボをきってかわす。

 今度ははっきりと見えた。

 首をはねられた大鬼の体は、倒れる前にしおれるように線となって消えた。


 階段上に新たな巨体ドレスマッチョが次々と五体、囲むように立ち上がる。

「噂に聞く、魔王軍きっての奇襲部隊の大隊長、『影絵の革帯』の使い手か!」

 ドレスはフラメンコダンサーのように派手だけど、腰部分に巻かれた細いベルトだけは地味なデザインで、暗い茶色の革がぼんやりと光っていた。


「そーゆーアンタは騎士団きっての剣使い、『風鳴りの腕輪』のアレッサよねえ?」

 化粧マッチョの口調が変わる。

 ある意味、おそろしさが増した。

 五体のフラメンコ戦隊が一斉に跳ぶ。



「烈・風・斬!」

 アレッサは一息に細かく多く剣を振る。

 小さな半透明の刃が広く散らばって空を走り、三匹のマッチョ鬼が腕や腹を斬りつけられ、しぼんで消える。

 四匹目は爪の一撃をアレッサにかわされ、床にひっかき傷をつける。

 五匹目はアレッサの顔面へ爪を振り下ろし、防ごうとした剣をはじきとばす。

「両方が実体……?!」


 ボクは平均やや下な凡人の本領を発揮し、すでにへたりこんでいた。


 腕輪をつけた手刀が水平に振りぬかれ、床をひっかいた一匹が胴を両断されて消える。

 剣をはじいたもう一匹は高く跳躍して逃げていた。

「烈風……斬!」

 追いすがる孤状の刃はスカートのフリルしか千切れない。


「床の傷は浅い……最後のだけが本体か。分身につけられる重さは限られるようだ。動きも単調……しかしあの素早さと連携では脅威になる」

 アレッサの息が苦しそうだった。



「さすがは『風の聖騎士』ねえ? そこまで早く分析を詰めてくるなんて。でもやっぱり、スタミナは人間の限界……影分身! 影分身! 影・分・身!」

 マッチョが階上を駆けながら技名を連呼するたび、奇怪に身をくねらせたポーズが増えていく。


 ボクは飛ばされた剣に這いよって拾う。

「かまうな! 素手のほうが射角は優れる! 距離は落ちるが……それより動くな! 狙いを定める余裕はない。背後にうずくまっていろ! あと数匹ならば、運がよければ……」


「影・分・身! 影・分・身!」

 声は歌うように大きくなり、駆けながら踊り狂うポーズはより陶酔した不気味さを増していく。

「これは……まずい……」

 取り囲む変態軍団は十体を超えはじめた。

「まずいなんてもんじゃないよ! 画面的に最悪だよ! なんで角があるだけの美少女や爆乳おねえさんじゃないんだよ!? ひどいよ! 極悪だよ! さすが魔王軍だよ!」


「それはどうも。しかしアレはわしの趣味ではない」

 モニターの魔王少女が眉をひそめてつぶやく。

 地下道広間を映すモニター画面には『お見苦しい映像が流れております。自己責任でご覧ください』というテロップが表示されていた。

 他の多くのモニターはパミラの深い胸元やエルフ少女の振り上げた生足などを重点的に映している。ありがとう。



「冥土の土産に堪能するがいい! この舞こそが、このブヨウザの真骨頂!」

「分身……そうか! その魔法道具の発動に必要な条件は……」


 会話に入れないボクは冥土の土産に美少女剣士を観賞する。

 アレッサさんの鉄甲はヒザまで覆うブーツと、胴、肩当てだけ。

 胸と腰の革当ても薄く、白スカートは膝まで届かない。


「そう! 自分の姿を作り出す強い意志! それゆえ自分の姿への自信と賛美が効果を高める! 生まれもっての容姿! 洗練されたセンスに加え! 自分を磨く努力を怠らないアタシだからこそ、この圧倒的な数の分身を使いこなせる! アタシこそが最も『影絵の革帯』にふさわしき使い手!」

「その踊りが……自己陶酔を高めるため?!」


 ノースリーブから白い腕がむきだしになっている。

 腕輪の無い左腕だけ薄い革当てが覆っている。


「魔王様はアンタが何度となく絶体絶命の死地を切り抜けたという秘技に興味をお持ちのご様子! 出し惜しみなく披露なさい!」

「いやらしいコウモリも増えている……こんなところで見せてたまるか!」


 動きを重視するにしても軽装すぎて、硬そうな性格のわりに露出が多い。

 首や胸元はともかく、生の太ももを見せる実戦装備なんて……素晴らしい。うん。


「ま、大体の予想はついているがな。コウモリは増やしておいてやれ」

 魔王が薄く笑う。

「はいはい……しかしユキタン選手、まったく動きませんねえ? 戦意喪失でしょうか?」

 ボクの名前を呼ばれて我に返った直後、目の前にスカートマッチョたちが降り注いでいた。

「うわっ、戦闘再開していた?!」



 アレッサがマッチョ林を縫うように駆け、手刀の蒼い光で次々と斬り払う。

「烈風斬! 烈風斬! れ……っ!」

 三発目には声が追いつかなかったけど、ひじ打ちとひざ蹴りが同時に空を裂き、前後の巨体はアレッサに触れる寸前で斬り傷が走り、しぼみ消える。


「ははあん? 烈風斬は右手以外からも出せたわけね。でもタネがわかればそれまで……」

 ブヨウザは階上で踊り続け、再び増殖をはじめる。

 アレッサは苦しげに肩で息をしている。


「その程度のスタミナで、たかが下水虫ごときに烈風斬を使いすぎたことが致命的ね!」

「虫……まさか、後から追うボクのために?!」

 アレッサさんは気まずそうに頬を赤らめ、ボクの涙目から顔をそらす。

「……虫は苦手で」

「うわあ! 意外とダメだこの人!」



「ま、待てユキタン! 協力してほしいことがある! その上着を……」

 さざ波のように跳躍する音が湧き立つ。


「アタシが『独り百鬼』の異名で呼ばれるわけを思い知りなさい! 決して部下がいないわけじゃないの! 志願者が少ないだけ!」

 たいまつを背にしたキモマッチョの豪雨。


「くっ、もう来たか! 伏せていろ!」

 アレッサは学ランのえりを強引に床まで押し下げる。

「絶対に頭を上げるな! 絶対に!」


「待って! ボクも何か手伝えるなら……」

 最後の時を覚悟して起き上がったボクの顔は、柔らかい闇に包まれる。

 少し頭をもどして見えたのは水色の縞模様、色白の太もも、それを再び隠すスカート。

 そしてボクを見下ろし耳まで真っ赤になるアレッサ嬢。


「ば……ば……」

 なぜかボクをまたいでいた『風の聖騎士』様が唇をふるわせる。

 その蒼い瞳はマッチョ豪雨なんか見ちゃいない。

 きれいな走馬灯も浮かぶ。


「馬鹿者ぉおおおお!?」

 聖騎士様の絶叫と同時に大量の烈風斬が全身から放たれ、轟音が渦巻き、鋭くひっかく音、飛び散る音、砕ける音が飛び交う。

 最後に、三度くらったおぼえのある金属靴キックがボクの側頭部をとらえて地面へたたきつけた。


「上着だ! 早くよこせえ!!」

 顔を上げると、スカートどころか胸の革当てまでボロボロに破れたアレッサさんが身をかがめてよじり、両手で必死に隠していた。



 マッチョの洪水はどこへ行ったのか? そんなことはどうでもいい。

 片腕で十分に隠せる小ぶりなバストは期待どおりに形がよかった。

 そしてもう片方の手からはみでている縞模様は、元の世界で同じ地点に存在する物体と酷似した形状であることを確認する。

 五度目の蹴りはこれまでの最速で、ボクの首は嫌な音をたてる。


「見るなと言って……ええい! やはり血で汚れようが頭をはねて奪っておくべきだった! うあ、コウモリが! ……もはや!」

「す、すぐ脱ぎますから! 脱いでいます……」

 ボクは目をまわしたまま、ボタンをどうにかはずしていく。

「それが遺言だな?! 友人には伝えておく!!」



 血の海に醜い肉塊が横たわっている。

 ボクの魂が体から抜けでて、自分の姿を見ているのか?

 目の焦点が合いはじめ、醜い肉塊はドレスを着たマッチョと気がつく。

 ボクはほんの短い間、気を失っていたらしい。


「気がついたか? その…………すまない。少し取り乱して……ああ、もうこっちを向いてかまわん」

 風の聖騎士は学ランのボタンを止めている途中だった。

 落ちこんだ表情で、まだ呼吸は苦しそう。


 しかしそれより、学ランからギリギリまで突き出た太ももが気になる。

 丈が短く、ひっぱり下げる片手がなければ、わずかな動きで縞模様が見えそうだった。

 自分の低い背に感謝する機会は少ないけど、これは生涯のベスト一位に違いない。


「説明する時間がなかったが、あの技は……技とも呼べん。ただ全力で腕輪を暴走させただけなのだ。方向や距離はほとんど制御できない。しないからこその威力と範囲。ただ、無意識でも私自身は傷つきにくくなるから、私の体の間……あのような位置どりが最も死亡率が低いわけだ」

 真っ赤になって口ごもるアレッサ様を目に焼きつける。

「そして服を守る余裕もないと……たしかに、下手には使えない技だね」

 改良もしないでください、と心から願う。



「アレッサ選手、サービス提供ありがとうございましたあ」

 放送席モニターのパミラが微笑んで手を振る。

「な? 観衆の口直しにはなったろう?」

 魔王が頬杖をついたまま、口の端をゆがめて笑う。


 広場モニターでは大歓声が続き、酒場注文の殺到が報じられている。

「なお、売り上げの一部は恵まれない自爆部隊のみなさんの火薬代にあてられます!」

 ウサ耳リポーターの明るい声に拍手が集まる。

「よくぞやったユキタン! 貴様を勇者と認めてやろう!」

 ブタ小鬼に言われてもなあ。

「あのゲスなに生きてんのよ!? よくもおねえ様の……おねえ様の!」

 おさげの給仕さん、ボクを呪う前によだれをふいてください。



 モニターに映る放送席つき大魔獣は、すでに勾配のきつい連続十字路に入っていた。

 通路の奥から震動が聞こえはじめる。

「ティマコラだ! 早く階段に……」

 ボクが螺旋階段を昇りかけて振り向くと、アレッサは壁に手をつき、引きずるように片足ずつ前に出していた。


「暴走烈風斬は……消耗も制御できない。先に行け。幹部級の鬼は回復力も尋常ではない!」

 アレッサの背後で、ずるりと血まみれの肉塊が身を起こす。

「アタシは特にしぶといわよ~。戦場ではよく部下に置き去りにされるから!」

 血で化粧が落ち、マッチョの不敵な笑顔は少し見やすくなっていた。


「私とて聖騎士のはしくれ。せめてこの大鬼を道連れに、かなうならば魔王にも一太刀……」

 ケタケタと笑う魔王をコウモリが映す。

「おめでたいアホだな! 聖騎士様の使命とは犬死にすることか!?」

 ゲラゲラと笑うボクをコウモリが映す。

「おめでとうボク! 聖騎士様との心中ルートはここだ!!」


 シュタルガちゃんは不意をつかれたのか、その邪悪な童顔から笑いを失う。




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