十二章 竜は羽があって火を吐くトカゲでオッケー? チャイナドレスは外せんな! 三
灼熱洞西側の入口に握手会のような列を作った。
ボクたちに協力を求める選手は全員が『魔法道具をひとつ貸してゴール通過』の希望者で、報酬のでる魔竜戦の参加希望者は一人もいない。
博学な樹人医ラウネラトラと高位神官リフィヌが受付に立って鑑定していくけど、やはり貸すとなるとろくなものが集まらない。
『私のたわし』は魔王の回収が甘いのかすでに二つ追加。
あとは効果がしょぼいわりにやたらとかさばる『焦げつきの荷車』とか『青天井の屋根』とか『憧れの一軒家』とか……借りると言いつつ持ち主の巨人さん自身に運んでもらう奇妙な契約もあった。
「セイノスケ様、返さなくていい代わりに一個で三人通過を希望する方がいるのですが?」
「内緒で了承だ……と触れ回ってもらえたらゴール前で返すと伝えてくれ」
こういう時の清之助くんにボクが口出しできることはない。
たぶんなんとかしてくれる。
なにかやらかす可能性もこみで、結局ボクはこの変態メガネを頼りにしている。
でも持久戦が狙いなのに、さっきの戦いにたたみかけなくてよかったのだろうか?
モニターに映る魔竜将軍は『恐竜シッポの溶岩焼き』を骨ごと、そろそろ三本目を食べ終える。
「いやー死ぬかと思った」
そしてシッポの持ち主だった恐竜人は三匹そろって受付にならんでいた……頑丈さだけは四天王にふさわしいかも。
ダイカとキラティカは戦車乗りミュウリームを連れ、小人のカノアンとドメリを変更された脱出路まで送っていた。
「カノアンとドメリのゴール通過はやっぱり危険なの?」
「通過させる予定だったが、ドルドナの発言で気が変わった」
「自分で耐久力の限界をばらしたこと?」
「うむ。考えなしに言ったこととは思うが、それだけに怖い。あれで聖魔大戦を戦い抜いてきたわけだからな。さすがに魔王配下筆頭ということか」
アレッサはボクと一緒に受付の護衛に立ち、挨拶されたり拝まれたりしていたけど、ボクたちの話を聞きながら考えこむようにうつむく。
「セイノスケ、そろそろ教えてもらえないだろうか?」
受付に来る人が途絶え、アレッサが振り向く。
「『迷宮地獄競技祭』の目的は自分なりに考えてきたつもりだ。この代理戦争は軍事費を抑え、経済復興を促進させている。経済でわりきれない感情をぶつけ合うはけ口にもなっている。魔王の独裁体制を固める強行政策、見世物として楽しむ悪趣味はその一部に過ぎない」
ボクはすっかり忘れていた話題だ。
「それはまだしも、より不可解なのはこの『ユキタン同盟』そのものだった。この競技祭は組織力や外交力によって露骨に有利不利が分かれる。だが実際にこのシステムを活かしているのは、個人傾向の強い魔物や魔王軍ではない。人間勢力の騎士団、反魔王の神官団、さらにはなんの地盤もなかったユキタン同盟だ。つまり魔王は巨費を投じ、敵対勢力をのばしてまで、より広い組織力や外交力の養成をうながしている。だが、それではまるで……」
アレッサはうつむき、続く言葉をためらう。
「話し合いで戦争を止められる世界を作ろうとしているみたいではないか?」
ボクも意外な結論には驚くけど、まったくの予想外でもない。
「メセムスに魔王を主人と呼ばせたまま従わせることができた理由も、それならわかりそうな気がする……正直、私にセイノスケの腹は読めんが、ユキタンが……何事にも自信のなさそうなユキタンが、貴様のことだけは当然のように信頼している。そして私はユキタンを……常識はどうあれ、善良な者であると信じる」
恋愛がらみの評価でないのは残念だけど、プラス評価の『信じる』を美少女聖騎士に……いや、クソ真面目なお人よしに言ってもらえたことはズシリと感じた。
ボクは小心凡人だけど、もはや暴走悪人ルートに走れる気がしない。
「だが、それなら私は一体、なにと戦っているのだ?」
アレッサは怯えを押し殺し、清之助くんはなにくわぬ顔でアゴに手をあてていた。
「別に隠していたわけではないが、そんなに悩んでいたなら、面白いからもう少し悩んでいろ」
ひでえ! ドルドナ戦の最中にウッカリ手がすべったらごめんよ親友!
「そこまでの考察は悪くないし、その先の手がかりもそろっている。必要な時には答えが出るだろう。今はドルドナ戦に集中しろ」
ラウネラトラも腕を組んだり髪をかきあげたり、考えが追いつかないようだった。
リフィヌは横長の耳をしっかり押さえて聞かないふりを努力していたけど、ギシギシと少しずつ振り返り、困りきった笑顔を見せる。
「ああうあの、拙者小生、少しだけよろしいでしょうか?」
腰の低い神官様の尊顔に、アレッサは人でなしメガネから受けた心傷の回復を求める。
「今のお話を聞いてわかっちゃいましたのですが、アレッサ様の考察は少々、人の良すぎるものかと思います。つまり……この競技祭は『練兵式』ではないでしょうか?」
軍隊で一斉に行進とかする演習?
「各勢力のみなさんに戦力の見せ合いを競わせ、成長を促がす……続ければいずれ、外交力や組織力を含めた『新しい基準の戦力』で立場が再構成されるだけで、戦争の原因がなくなるわけではなく……ただ、その先の狙いとなりますと、やはりわかりかねますが」
ボクが聞いても頭が混乱する話だ。
結局、シュタルガは戦争大好き極悪魔王でいいのか?
「というか小生などが聞いてよかったことなのでしょうか?」
「聞かせていた。生き残り最優先のお前がドルドナと戦える理由が最も不可解だったからな」
じっとリフィヌの顔を見ていた清之助氏が妙なことを言う……給料で買えない命を賭けて戦う決め手なんか、陽光の神官様が良い人で、勇者ユキタン様の愉快かつ善良なる人格を崇拝しているからに決まっているじゃん。
「聞いた話からの憶測だが……『ザンナ』なのか?」
リフィヌから突然に笑顔が消える。
言われてみると……困っている時、怖がっている時、悲しそうな時までほとんど笑顔の『陽光の神官』様が笑顔を失う時は、ザンナの関わる時が多かった?
「今は、違います……今は、私自身のためです」
「それなら歓迎だ」
セイノスケくんは表情を変えずに言い切り、ラウネラトラを連れて後方を警戒している巨体人形メセムスのところまで下がる。
そしてメイドさんの背中に吊り下げられた邪鬼王子とその従者に対する非人道的な尋問方法について変態医者と一緒に検討をはじめる。
リフィヌは顔も体も硬直したままで、いつもとの落差が痛々しい。
「清之助くんはあれで気をきかせたつもりなのかな? ……でも、無理に話さなくていいからね」
リフィヌは硬い表情のまま、小さく首を横に振る。
「ザンナさんは実の両親を事故死と言っておりましたが……実際は、とある聖騎士によって殺されたようなものです……いえ、意図的でない確証は私にもありません」
知り合いだったのか。それもなにやら重そうな。
「その理由も『闇妖精人の商人だから』というだけで、なにも悪いことはしていません。聖騎士は罪悪感から酒に溺れ、奥さんは夫への不信から心労を重ね、そろって早死にしました……ダメダメです。聖騎士の娘は闇妖精人の娘さんと会ってしまい、どうしていいかもわからず、友だちになれたようなふりをしていました……ダメダメです」
『恐怖の壺』という魔法道具を思い出す。
最も恐れているものを幻影に見せる効果で、反魔王勢力の最強神官であるリフィヌが見たのは『銀髪の子供』だった。
「でも私は戦災を生き抜いた孤児院の子たちに言っています。どんな悪いことをして生きのびたのだとしても、生き続けて良い人になってほしいと。ザンナさんを見なかったことにして孤児院に帰ったら、私は子供たちの笑顔を見ることができません。笑顔を返すこともできません。私の帰れる場所はなくなってしまうのです」
リフィヌは泣き顔も困り顔も見せず、怒ったように真っすぐ前をにらんでいた。
自分がやったことではないだろうに。
「どうすれば自分が良い人に近づけるのかも見失っていましたが……ザンナさんはシュタルガさんもドルドナさんも尊敬し、ユキタン様はその二人を殺さないように勝とうとしています。無いと思っていた迷路の出口が、ほんの少しだけ、見えた気がしたのです」
常備笑顔の下には、アレッサ以上にクソ真面目で頑固すぎる怒り顔が隠されていた。
「私が帰れる場所を守るための戦いで、私のためなのです」
この小さな女の子が反魔王最強であることをようやく少し実感する。
遠い巨大シダの森がうっすらと赤く染まりはじめ、影の色が濃くなっていた。
日が暮れはじめている……ボクは今日、丸々一日学校を休んでしまった。
そして家に帰れるのは、いつのことだろう?
騎士団の総隊長代理ヒギンズもボクたちに見える位置で騎士団を集め、打ち合わせをしていた。
「四番隊から一人、入れるか? じゃあもうゴールさせちまってくれ……」
通信道具の貝で頻繁に司令部と連絡をとっていたけど、こちらに近づいてくる。
「おかげさんでよう、お嬢は復帰の見込みだ。ゴール通過四人分と痛い出費だが。あと、第三区間も六人分なら復帰を受けるってよ。とんでもない額だが、階級のいらないあんたらなら、おぼえておいてもいいかもな」
ダイカたちがもどり、人の途絶えたゴール通過ツアーの受付も締め切られる。
「ダイカはラウネラトラと選手の仕分けを確認してくれ。キラティカはアレッサと一緒に『詳しい説明』をブラビスに頼む」
吊るされたままの王子様への説明というのは、内容よりも耳元で甘ったるい声を出すことのほうが重要な……つまり色じかけだった。
「仕方あるまい。そこまで懇願されては我が……」
クソガキの得意げな演説がはじまると、キラティカは笑顔で耳だけ真後ろへ向ける。
噴火口からのびる分岐路は十七本。
その内、競技コースである南側から入れる通路は七本。
内壁から頂上まで登ればゴールが待っている。
ユキタン同盟ツアーの選手は各通路に分かれ、ドルドナとの戦闘中にもスキを見てすり抜けをねらう。
騎士団の三番隊とレイミッサ、重傷のレオンタはすり抜け組の先頭。
「烈風斬は効果がほとんどない。ツル草も燃やされやすく、移動用途でも不安がある。だがほかの選手の牽制としては戦闘力・判断力とも申し分ないペアだ」
という清之助くんの判断でアレッサとラウネラトラは裏方にまわり、噴火口前の通路で魔竜戦に邪魔が入らないように動く。
残った騎士団本隊と二番隊を合わせた四人も、状況が許す限りという条件つきで裏方の手伝いを買って出る。
「基本は袋だたきの持久戦だ。交互にかばいあって逃げ隠れの繰り返しになる」
清之助くんは作戦説明の最後でボクの両肩をつかむ。
「だが防御や回避だけで勝ちきれる相手ではない。ユキタ、頼りは貴様だ」
おいおいおいおい、このタイミングでなにを言い出すかな君は?!
「全員で可能な限りフォローする。ドルドナをくどけ」
「もう少し説明をください!」
清之助くんは肩を組んで処刑場へ強制連行する。
「竜の魔法体質『灼熱の骨』にも意志が必要になるが……いや、これは知らないほうがいいことだな。ラウネラトラとリフィヌには確認をとっているから心配するな」
ボクは助けを求めて背後を見る。
アレッサの背にへばりついているラウネラトラは笑顔でうなずいて見せ、ついでになぜかツル草でこっそりアレッサのスカートをまくり上げて見せる。
緊張をほぐすためか、冥土の土産か、ともかくもありがとうございます。
「セイノスケが頼ると言うからには、ユキタンにしかできない合理性があるのだろう。私も信じることにしよう」
良い笑顔のアレッサ様ごめんなさい。
縞パンが気になって善良になれません。
通路の出口に近づくと、直径にして数百メートルほどの火口の底が見えてくる。
中央は直径の半分ほどが赤く輝く溶岩の湖。
ドルドナはその手前で腕を組み、直立不動のまま目をつぶっている。
火口内壁はすり鉢状と言うには深くて筒に近く、段々畑のような地形は高い所では崖も同然で、ところどころに階段が彫られている。
頂上までは百メートル以上……四十階の高層ビルくらい。
その上の夜空に浮遊船が小さく見え、白く輝くカーテンを広げていた。
「こんばんは。勇者ユキタンです。今度一緒に温泉でもいかがでしょう?」
「その言葉、宣戦布告とみなす!」
一喝で広がる衝撃波。
百メートル以上の距離、十メートル以上の高さを越えて頬をたたく砂埃と熱風。
魔王配下筆頭の魔竜将軍が髪を逆立て輝かせてボクをにらんでいる。
少し楽しい。
「ボクの恋は、いつでも命がけです」
「意気やよし!」
褒め言葉と同時に殺戮光線。
それを当然のように予期してリフィヌとメセムスが左右に走り、ダイカはボクを抱えて飛び上がり、セイノスケくんはブラビス王子を三輪車ごと蹴り落として一緒に飛び降りる。
分岐路出口が爆裂し、ボクはダイカに抱えられながら一瞬だけ浮いたような感覚、そして耳鳴りの痛みを感じる。
リフィヌは別の穴から飛び出したキラティカにつかまって加速する。
メセムスは脚につけた『大地の脚絆』を光らせ、地面にヒビを広げながらローラースケートのように軽快に走る。
セイノスケくんの着地点には人魚姫ミュウリームの『ひき逃げの風呂桶』が走りこみ、ブラビスくんは空中で真っ逆さまになって『無双の三輪車』を光らせながら絶叫する。
「作戦を伝えるって、蹴りでかよ?!」
「発動条件が『無邪気さ』なら頭を空にしないと効果が落ちるだろうが」
清之助くんは戦車を急発進させながら涼しげにつぶやく。
最初に狙われたのはブラビスだった。
無敵三輪車は地面に激突し、回転しながら跳ね上がっても魔法効果でケガはないようだった。
そこへ魔竜将軍が砲弾のごとく飛びかかり、恐竜をも一撃で殴り倒す拳と魔竜砲で猛然と追いまわす。
「やはり発射直後は視界がふさがるらしいな」
発射後の視界にブラビスくんだけ残るとわかっていて蹴り落とすとは……グッジョブ清之助。
王子はドルドナの天災じみためった打ちから逃げられず、恐怖のあまり無邪気というか忘我の境地で絶叫し続け、三輪車の効果を存分に引き出し、自称四天王よりもはるかに長く持ちこたえている……でもさすがに気の毒に思えてきた。
メセムスを拳撃ごとはねとばした無双効果すら、ドルドナの打撃や魔竜砲は防ぐだけ。
レースカーのような速度でも引き離せないでまわりこまれている。
「おいアイツ、一瞬でも冷静にものを考えたら散り飛ぶぞ?」
ダイカさんはボクを乗せて走りながら嫌そうにつぶやく。
たしかに今は夕飯前だ……でも清之助くんを乗せた人魚戦車は溶岩湖の対岸。
リフィヌを乗せたキラティカもボクたちよりかなり遠い。
無双三輪車の光がゆらいでくる……ブラビスの体力の限界か、走馬灯に無邪気でないものが混じってしまったか。
ありがとう。そしてさようなら王子様。
同じ魔王配下なのに視界に入っただけで全力攻撃を続けるドルドナを恨んでくれ。
色じかけのおねだりに命を捧げた君に敬意を払う……敬意?
少しくらい、たてまえでもない気がするので『おこぼれの茶わん』をかまえてみる。
「おこぼれ無双!」
……でもこれ、茶わんに乗って走るのか?
いやそれより、今それなりに茶わんへ感触がきたから、次は三輪車の発動条件……
「深く考えずに突撃!」
「マジかよ……ぬな?!」
一歩踏み出したダイカさんの全身が光り輝いて跳ね飛んだ。
「ダイカさん速えー?!」
「オレじゃねええええ?!」
ボクの無邪気なボケにつっこみつつも、歴戦の狼獣人は高速滑空中に体勢を整え、魔竜将軍の顔面に跳び蹴りをかます。
「や……っちまったあ!」
ダイカは太い眉を困ったようにしかめながら、口は楽しそうに笑っていた。
ドルドナがひるみ、邪鬼王子は号泣しながら脱出し、ボクとダイカは壁までぶちあたる……衝撃はあったけど、痛みはほとんどない。
「けっこう足にくるな……オレは魔法道具ほど頑丈じゃねえぞ! あと、オマエがどこかで無邪気でなくなっていたらやばかったのはわかっているんだろうな?!」
「以後、気をつけます」
言われてみたらかなり危険な賭けだった……爆乳娘にしがみついているのだから。
慣れない魔法を不用意に写すのは慎もう。
とある美人騎士様が身をもって指導して下さった教訓だ。
次の標的はボクたち。
髪が逆立ち輝く魔竜砲の兆候を見て、リフィヌを乗せたキラティカがドルドナの背後に走りこんでいた。
「陽光脚!」「おこぼれ陽光脚!」
リフィヌが至近距離から発射口へ光の盾の端を当て、狙いをわずかにそらす。
ボクは最速記録のコピーで我が身と爆乳を守る盾を蹴りだす……なぜかボクの贋作にしては本格的な厚みがでた。
吹き飛ばされたけど、今度もケガはなくて済む。
ダイカはすぐに起き上がり、駆けながらボクをひったくる。
ドルドナへ飛びかかったキラティカに拳がめりこんで一瞬あせったけど、すぐにしぼんだ分身は『影絵の革帯』の魔法。
本物はしっかりリフィヌを連れて逃げている。
清之助くんを乗せた人魚戦車もフォローに入り、ドルドナと背後からすれ違いながら『片思いのお釜』で頭部を強打する。
「む……意外に威力が低い!?」
好意の差を重量に変える鉄釜……ドルドナにいくらか好意を持たれていたことは清之助くんにも予想外だったらしい。
そして好意を持っている相手へもすかさず発射される爆砕光線。
清之助くんが腰に手をあて頭のネクタイを光らせ……つまりドルドナへの感謝の念を発しながら……戦車ごと吹っ飛ばされる。
理屈の上では両思いに近いのに、なぜか微塵も悲劇性を感じられない応酬。
戦車はガシャガシャと大きく飛び跳ねながら強引に持ち直す。
「やはり直撃はもう一回か二回が限度だな……」
そうは見えない涼しい表情でメガネを直すマフラー学ラン男。
「同じく。この暑さで戦車の発動条件『水ほしー』は絶好調なんだけども、今の感触はやばげ」
ミュウリームは全速退避しながら風呂桶の水を頭に繰り返しかぶる。
メセムスは切り札として体力を温存し、慎重に遠巻きに逃げ回っていた。
「オマエ、聞いていたより陽光の魔法を使えるじゃないか!」
ダイカがボクを背へ放りながら感心した声を出す。
「きっとダイカを守りたい気持ちが強すぎるんだよ!」
「ば、ばか! 発情なら魔竜へ向けろ!」
あわてぶりだけでも照れがバレバレなのに、シッポまでバタバタ振っているので本格的に発情しかけるボク。
「チッ」
大きな舌打ちに振り返ると、キラティカが微笑んで殺気を放っていたので自粛を心に誓うボク。
「セイノスケ様の『へつらいの鉢巻』と違って『陽光の足輪』だと直撃は厳しそうですね。死なない程度にはなりそうですが……でもユキタン様の使いこなしは素晴らしいです! 自分のためより、誰かのためのほうが守る気持ちが強くなる方なのですね!」
いい感じにほめていただきありがとうございます神官様。
自称親友の男子と二人の時にはもっと薄っぺらかった実績があるのですが。
ブラビスくんは引き返すことなく山頂へ向かっていた。
「ぼっちゃま、お待ちを!」
ニワトリ男が飛び出し、バタバタと飛び跳ねて追いかける。
「思ったよりも役に立ってくれた。そのまま行ってくれ」
清之助くんの想定はもっとひどいものだったらしい。
山頂付近に十数人のすり抜け組が見えた。
レイミッサや、重傷のレオンタはもう安全圏に入ったらしい。
使えない上にかさばる魔法道具は騎士団に運搬を押しつけている。
ブラビスと、中ほどでもたついている数人はまだ流れ弾の危険が大きい……ボクたちは引きつけているだけでも意味は大きい。
アレッサたちは無事だろうか……ゴールの『平和の不沈艦』が見えたせいか、ザンナの行方も心配になる。
まだ開始数分もたってない。
めまぐるしい相互フォローで助け合いながら逃げまわり、全員なんとか無傷(ブラビス氏の心的外傷を除く)で済んでいるけど、みんなの顔には早くも疲労が見える。
常時全力のドルドナからスタミナを奪い続けているはずだけど、反則じみた勢いに衰えは見えない。
そしてこちらはたったひとつのケガでも全体の支え合いがほころびかねない綱渡り状態。
「趣味はなんでしょうか?! バーベキューとか?! 合唱コンクール?! 意外と恥ずかしい系?!」
「なぜ貴様が知っておるか?!」
朱色の髪が逆立ち輝く。
ドルドナに近い位置にいたセイノスケくんが『孤立のえりまき』を握って飛び上がり、人魚戦車とドルドナの両方に青白い衝撃波を当て、魔竜砲の狙いをそらす。
ボクたちの頭上の壁が爆裂し、ダイカさんは降ってくる岩の下を駆け抜ける。
「きっと相性がいいから感じとれたんですよ!」
清之助くんが無事に戦車へつかまる姿を見ながら、まめにくどき文句を返す。
「そこまでいくと芸だな……尊敬はできそうもないが。しかしまだようやく十発めだ。数十発で限界らしいが、これを何セットもやるのは厳しい」
ダイカが言うように、もう一セットでも危ういのはボクにもわかる。
なにせ最も体力がないのはボクだ。
走っていなくても汗が吹き出る暑さ。
ケガをしなくても、走り続けて魔法を使い続けるとなると……もう数分すら遠く、それを何度も繰り返すなんて、気が遠くなる。
「もっと心に迫るくどき文句が必要だ……イケメンでもないのにオシャレ軽く好意を伝えたってキモいだけだよ!」
「自覚はあるのか……というか、そのくどき本当に意味あるのか?」
ダイカの疑問はボクが百倍くらいメガネに問い詰めたい。
気を散らすくらいの効果はあるのか?
戦闘中ねらいのすり抜け組はほとんどが通過できたらしい。
ヒギンズたち残り四人の騎士団も登りはじめている……足きり部隊に押し出された乱戦も近づいているということか。
残っている自称協力者は、そのほとんどがドルドナ戦後の漁夫の利ねらいである覚悟がいる。
ドルドナへの加勢が混じっている可能性も高く、その場合は迎撃や足止めをアレッサとラウネラトラだけに任せることになる。
「やっぱり本命はシュタルガみたいな……つまりどエム?!」
「だがシュタルガとでは子孫を残せん!」
魔竜砲一発追加……魔王配下筆頭様は意外にノリよく答えてくれるので、思ったより会話は楽しい。
返事一回ごとに自他の命がかかっているのが残念だけど。
「どエス性格と顔以外で、シュタルガのなにがいいの?」
食いつきのよかった話題に、自分も本気で気になる疑問を重ねる。
ドルドナの足が止まり、全身がこれまでにない輝きを見せる……逆鱗に触れた?
「シュタルガは人間に敵対する者の頂点に立ち、覇者となった……」
人魚戦車に乗った無敵メガネがすばやくボクの目の前に割りこみ、リフィヌも早々にぶあつい光の盾をかまえる。
「だがこのドルドナは竜!」
叫んだ拍子に、魔竜砲があらぬ方向へ炸裂し、落石が発生する。
「たかが人間と魔物を支配しただけの者に! 竜の一族は服従せぬ!」
「竜の誇りは神への敵対!」
「シュタルガの真意と! 性的魅力など知らん!」
周囲で立て続けに爆裂が起き、ボクは茶わんでコピーした光の盾に意識を集中し、ダイカは岩の雨の下を駆けまわる。
「だが人間と魔物を支配しながら! なお常に不満しか見せぬ顔! それに従う! 若干の劣情を伴う!」
返答も魔竜砲もぶっちゃけすぎだ……朱色の体はさらに輝きを増している!
「竜でありながら! 魔物でありながら! 世の理に従い、安寧を求める輩のなんと多いことか!」
直接に撃たれるより、はるかに相手の消耗が速いのだけど……古代戦車が横倒しになり、清之助くんは倒れたミュウリームを戦車に押しこんだ。
ダイカも気がつき、戦車から目をそらす方向へ駆ける。
「魔王に挑む身でありながら! 世の理すら知らぬ者のなんと多いことか!」
ミュウリームは無事だったけど、乗せた戦車の光は弱々しい……体力が尽きかけている。
清之助くんは戦車を押してミュウリームを見送る……これで支え合いが一気に厳しくなる!
「敬意か敵意かは問わず、神へ近づく意志を最も強く持った者こそ、その時代の世界を創る覇者となるは必然……」
ドルドナは放出しきった熱をためこむように、再び全身を燃え輝かせる。
魔竜砲は一気に二十発を超えている……自分で言った耐久限界の半分近いはずだけど、その顔にあせりや迷いはまるで見えない。
チャイナドレスの爆撃バカだと思っていたけど。
ビキニアーマーのボケ将軍だと思っていたけど。
「神に敵対してこその竜!」
「神に挑んでこその魔王!」
「このドルドナは、神に挑む魔王にのみ従う竜!」
「すなわち魔竜である!!」
乱射魔竜砲の巻き起こす落石と炎の嵐の中、今までになかった気持ちが湧き上がるのを感じる。
あれはちょっと、かっこいい。
そして美しい。
ややエロい。
「魔竜をくどくならば! 世界を砕く覚悟を持つべし!」
ミュウリームの戦車は急斜面を強引に直進して遠ざかりつつある。
キラティカは清之助くんもひろってボクのそばにつれてくる。
「逃げるならそろそろ最後の機会ね。魔竜はまだ奥の手がある」
ドルドナの背では爆裂の魔法道具『憤怒の巾着』が大根なみに膨らんでいた。
キラティカ、ダイカ、清之助くん、ボクの順に視線が送られる。
「私は勇者様に従います。ユキタン様の性癖は私の世界観を崩壊させました!」
それは励ましや褒め言葉でしょうかリフィヌ様。
「覚悟とかはよくわかりませんが、とりあえずは互いをよく知るために一緒にお食事でもどうでしょう?」
期待されるままに続けているけど、清之助くんの考えた結果とは違う気がする。
誰か犠牲が出る前に逃げたほうがよさそう。
「意気やよし!」
ドルドナはなんの迷いもなく再びまぶしく灼熱し、あり余る誇りや覚悟の巨大さを全身で見せつけている。
「だがこの魔竜が、虫ケラのようにエサで心を許すと思うな!」
その言葉が、いろいろ考えていたボクの心のスイッチを突然にぶち折った。
膨らみはじめていたドルドナへの敬意と恐怖が、はじけるように敵意と憎悪に変わった。
「エサだけで虫ケラとキスしてなにが悪い」




