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十一章 鬼や悪魔は人の心に住むもの? 人の心をオブラードに包んだものだろ? 四


 灼熱洞広間でうなだれる聖騎士さんたちへの配慮か嫌がらせか、コウモリモニターが増えていた。

 選手村広場を包む歓声と爆笑、騎士団司令部の気まずい沈黙、団長バウルカットおじさんのひきつった赤面をヤラブカリポーターが容赦なく紹介している。

「かつてこれほど大胆な騎士選手がいたでしょうか?! 勇者候補たる聖騎士にふさわしい、勇敢すぎるふるまい! 今、私たちが目撃しているのは新たなる勇者の誕生! そして臨終! 裏工作でもぎとった総隊長にふさわしいプロポーションはバスト九十……」



「セイノスケ!」

 メセムスのスカート下から美形の虎が顔をのぞかせ、周囲を見回す。 

「停戦……したのね? さっきのピンク頭はなに?」

 キラティカは息をきらせていた。


「総隊長がドッキリジョークに失敗した。ヒギンズが救助へ向かう」

 清之助くんが真顔で伝え、ヒギンズはしぼんだ苦笑でうなずく。

「それ信じろっていうの? まあいいや。カノアンたちは虫人にさらわれたらしくて、においは森に引き返してから行き先がよくわからないの。足切りも近いし……」


 清之助くんがヒギンズを見ると、ヒギンズはニューノにうながす。

「巣はおおよそで森の西端側、深い地下としか……」

「お嬢の方向とも近いな。ニューノなら行けば巣の詳しい位置がわかる」 


「ピンク頭の救助に協力すれば、こっちの救助にも協力でいい?」

 キラティカは意図を先回りして提案し、ヒギンズをうなずかせる。

「俺たちも森の西へ向かう」

 清之助くんが早口で伝えると、キラティカは顔をひっこめる。



 出発しかけたところで、新たに短い蒼髪の女騎士……レイミッサが広間に到着していた。

「あのホージャックが斬り合いで負けて脱落か。おそろしく腕の立つ蟹人だな」

「これで八番七番に続いて六番も消え……ペースが早い」

 五番隊の三人の小声。


「いくら六番隊でも編成まで一人はないだろ? 二番隊へ入れていい?」

 スコナ隊長が尋ねると、ヒギンズは片手拝みで苦笑いする。

「本隊で陽動に欲しい……レイミッサ、アレッサに会ったら無視も媚びもできるな?」 

「もちろんです!」 

 レイミッサは目つきの鋭い仏頂面で即答する。


「本当か?」

「もっちろん、で~す!」

 レイミッサは満面の笑顔で声を一段高く柔らかくして答える。

「よし」

 ヒギンズが手招きして歩きだすと、レイミッサの笑顔は即座に殺気だった無表情にもどる。

 怖い……なんでこの世界の女の子は、こうもボクの心を泣かせる名人ぞろいなんだ。


「なにからなにまでそっくりな姉妹だな」

 清之助くんは何食わぬ顔でつぶやき、レイミッサは少しだけ振り返って無表情に盗み見る。

「だが姉のほうが勇者に近い」

 今度は振り返らなかったけど、手にした『酔いどれの斧』……別名『みなごろしの斧』が一瞬、ゆらりと赤く光った。



 引き返して灼熱洞を出ると、涼しさに近い気温差を感じる。

 来る時にはひどい暑さを感じていた場所なので、内部の温度は思ったより危険らしい。

 広間に残った隊もレオンタさんを即席担架に乗せて移動していた。

 ボクたちは巨大シダの森へ早足に進む。

 レイミッサにいろいろ聞いてみたかったけど、逆にニューノさんから質問ぜめにされた。

「小人の体格は? 性格は? 武器は? 必要なんです。ぼくの『希望の金貨』は望むものの方向がわかりますが、正確さや有効距離は使用者の能力、特に知識によって大幅に変わります……服装は?」


 熱くて暗くて植物のまばらな地帯を過ぎ、森にさしかかると、背後で大きな爆裂音が響く。

「早く入れ!」

 ヒギンズさんが叫び、みんなで木の影に隠れる。


 灼熱洞の上のほうの分岐路から、黒煙が勢いよく広がっていた。

「貴様は選手か?! なぜこんな所に隠れて燃え炭となっている?!」

 まごうことなき真・魔竜将軍様のご無体な一喝が煙の奥から響く。


「ついにしびれをきらせたか……こっちまで来る気か? とりあえずは急ごう」

 ヒギンズが考えるまでもなく、ボクたちが進む間にも誰かの悲鳴と爆音が交互に繰り返され、それは少しずつ近づいてくる。

 やがて火の玉が勢いよく、身を隠したボクたちの頭上を追い抜かして飛んでいった。


「安全にゴールへ飛びこむチャンスでしたね」

 ニューノさんがつぶやき、自分の口から金貨をつまみだす。 

 十円玉大の銀枠に一円玉大の金貨がはめこまれていて、内部でわずかに回転してから止まる。

 方位磁針のように細かい角度が刻みこまれていて、金貨に刻まれた矢印は水平よりわずかに下を指していた。

「こんなものでしょうね……虫人が掘れる地盤だと、標準道で二、三階下の位置に小人の子供はいるはずです。次は平面計測よりも入口か……森で会った虫人の来た方角は?」 

 ニューノさんは金貨を再び奥歯へ押しこみ、歩きながらの質問ぜめを再開する。



「烈風斬!」

 アレッサの声が聞こえたので駆けつけると、巨大な花がうごめいていた。

 花弁の一枚ずつがふすまのように大きく、葉は座布団を並べたような厚さ広さで八方に伸び、一枚はダイカの足にからんで途中で断ち切られていた。


「だいじょうぶだ。ちょっと油断して踏んじまったが、近づかなければなにもできないやつだ」

 ダイカはそう言いながら、細かいトゲと粘液のついた葉を嫌そうに引きはがす。

「ピンク頭の動きはわかる? 普通に引き返していれば、においをひろえる位置は探ったはずなんだけど……」

 キラティカが聞くと、ニューノさんは急に手で抑える。

「少し失礼。緊急連絡が……」


 魔法道具を使っている様子はないのだけど、ヒギンズさんも一緒に、耳を澄ますように目をつぶる。

「うわちゃあ……魔竜の爆音でびびったかな?」

 ヒギンズさんがシワをいっそう深め、泣きそうな苦笑い。

「今となっては、あの人の判断力とかはもうどうでもいいです。遅れの挽回だけを考えましょう」

 ニューノさんも暗い微笑みで深いため息をつく。

「総隊長が突然に引き返し、足きりに捕まりました……まだ生きているみたいですけどね」

 生存の部分をとても嫌そうに発音するニューノさん。



「区間ゴールの報酬でシャルラの復帰はできないのか? 三人分をまとめるとか」

 清之助くんの妙な助言に、ヒギンズさんが驚き、巻貝を取り出す。

「五番を先にゴールへねじこんで総隊長の復帰を交渉させてくれ。あとはなんとかする」

 案はそのまま採用されたらしい。


「あのピンク頭、いないほうが何倍もマシじゃないのか?」

 ダイカが単刀直入に感想をもらし、ニューノさんが即座に大きくうなずく。

「でも一応は旗頭ですので。変なコネも多いですし」

「こら、余計なこと言うな。特にそのセイノスケくんの頭脳は……噂には聞いていたが、ちょいとまずい」

 ヒギンズさんの彫りの深い笑顔が、気のせいか少し怖く見えた……ニューノさんも恐縮している。

 清之助くんの提案はネタや嫌がらせではなく、なにか騎士団の内情を知った上での発言らしい。


「仕方ねえなあ。じゃあ俺が代理で総隊長だ。もし俺も脱落したら指揮権はこの『泉の聖騎士』ニューノに移るから、よろしくな。ニューノ、巣の特定を急いでくれ」

 ニューノさんは言われるなりダイカさんに質問ぜめをはじめる。


「ピンク頭を交換に出せなかったけどいいの?」

 キラティカの表情に反省や感謝は見えない。

「ドルドナの動きは読めねえから、倒してもらえるならそれが一番だ。八対三で強引に聞かれても困るし」

 ヒギンズは乾いた笑いを見せる。

 キラティカは気を許さない様子でヒギンズと、その後ろでじ……っと黙っているレイミッサを観察する。

 アレッサは妹さんには近づかないけど、秒単位で繰り返し盗み見る不審者ぶりを発揮していた。



 ニューノさんが今度は金貨を水平に取り出し、指している方向へ歩き出す。

「そっち? 人喰い花がたくさんいたが……」

「あ……それですね。それでわかりました。人喰い花の中なら獣人の嗅覚でも追えないわけです」

 ダイカの言葉をヒントに、ニューノさんが入口を特定したらしい。


「花……なるほどのう。あれに飲まれた先の消化袋を出入り口に改造したか。栄養だけつなげてやれば花はもつ……あ、あれだ」

 あちこちに人喰い花が見えはじめると、ラウネラトラは花のひとつを指す。

「ほかより草が厚いわりに、花弁がよれちょる。栄養を与えられながら、出入りも多いっちゅうことじゃろ」


「ちまちま斬って近づく時間はないな……メセムスのそれ、借りていいか? 危険だが、一発だけだ」

 ダイカが魔竜の力を得られる『昇竜の竹馬』へよじのぼり、メセムスが支えて持つ。

「仕方ねえか……発動条件をばらすと『向上心』だ。だがよほど集中しないと魔竜砲まではなかなか……」

 ヒギンズさんの渋々とした指導の途中で狼獣人が口から熱光線を吐き出し、目標の巨大花を爆散させる。


「向上心ならダイカは獣人の模範生」

 キラティカは竹馬を降りてくるダイカの足にすりよる。

「しかし、かなりの消耗だ。持ち主の『滝の聖騎士』は体力が獣人なみか?」


 焼け焦げた跡にはぽっかりと穴が開いていた……大型の虫人でも通れる大きさ。

 アレッサが細めの巨大シダを切り倒し、べたつく葉の上へ橋を渡す。

「できればドルドナ戦には協力したいが、俺らがここで待てるのも足きりが近づくまでだ」

 ヒギンズたち騎士団の三人を待たせ、ボクたちは地面の穴へ急ぐ。



 内部は意外と乾いていたけど、階段のない下り坂はかなり急だった。

 ラウネラトラのツル草にたびたび支えてもらう。

 わずかな光しかなく、手首に提げたカボチャちょうちんがまたもや役立つ。

 何階分か下ると縦横が十メートル近い通路にでるけど、舗装されてない下り坂が続き、ひどく歩きづらい。


 ダイカがしゃがみ、地面を指でこする。

「カノアンのにおいだ……あいつ、いざとなると無茶をする!」

 銀毛の指に、まだ乾いてない血がついていた。

「かなり深い傷だな。妹を助けるためか?」

 アレッサは静かな声でつぶやきながら、腕輪からは蒼い光を激しく噴き出す。

 周囲から足音がガサガサと大量に集まりだしていた。


「ダイカとキラティカは先行するなら判断を任せる。残りは追いながら陽動だ」

 清之助くんの言葉の途中から、槍をもった直立巨大蜂があちこちの脇道から湧き出し、ダイカとキラティカはまっすぐに駆け出す。

「それほど距離はないはずだ、行かせてもらう!」

 獣人二人は蜂人の頭上を越えてみるみる遠のく。

 アレッサは群れを斬り切り開いて猛然と追いかける。

 リフィヌとボクもあわてて追い、メセムスと距離が開いてしまう。


「これくらいのほうが俺たちは暴れやすいかもしれんな。ユキタのほうを頼む」

 清之助くんの指示でラウネラトラはメセムスに投げ飛ばされ、ボクの背中装備となる……自分で歩く気はないらしい。

 蜂人はアレッサが斬り散らしても次々と押し寄せ、すぐに囲まれそうになる。


「陽光脚! ……アレッサ様、少し速すぎませんか?! 陽光脚! てい!」

 リフィヌは光の盾とヌンチャクを休みなく繰り出し、左右や後方からくる蜂人を蹴散らし続ける……ほとんど一人で。

「す、すまない……烈風斬!」

 アレッサはそう言いながら、まだかなり強引に斬りこんでいる。


 ボクは茶わんをかまえて最強聖騎士様と最強神官様の魔法を恵まれ続けるものの、どちらの魔法もヘッポコ威力でしか模倣できない。

「ユキタンよう、わっちらにはきつい現場だねい」

 ラウネラトラのツル草による援護のおかげで、ボクは足手まといにならないですんだ。

 盾代わりのちゃぶ台とはしはあるものの、ほとんど使わないで自分の身を守れている。



 通路の先は急な斜面から縦穴になっていた。

「そこは、神官様を前に出したほうが……」

 ラウネラトラがリフィヌをうながすけど、アレッサはすでに飛びこんでいた。

「ダイカを見失ってしまう! 先に行くぞ……烈風斬!」 


 リフィヌがあわてて追いかけ、陽光脚を広げながら下降する。

 ボクも続いて飛びこみ、ラウネラトラが周囲へのばしたツル草を頼って降下する。

「あ、あの……アレッサさんが……」

 ボクの着地点を守るリフィヌが、おびえた声をだす。

「ちとあせりすぎじゃの。待つように言わんと……ん?」


 着地した通路で動く蜂人はまばらに数匹いるだけで、その倍以上の死体が床に散らばっていた。

「爪もあるが……ほとんどは刀傷じゃな」

 ラウネラトラがボクの背中でガクランをぎゅうとつかむ。

 アレッサの姿はすでに見えず、リフィヌから笑顔が消えていた。



 通路はゆるく曲がり、三十メートルほど先までしか見えない。

 追いかけた先ではダイカとキラティカが背中合わせで大群に囲まれ、乱戦していた。 

「そこを上がれ! アレッサがおかしい!」

 ダイカの叫びで、通路の脇道にひとつだけ上り坂があるのを見つける。

 そこにも蜂人の死体が続いていた。


 大群の一部が振り向きはじめたので、上り坂へ駆けこむ……直前、ダイカの背後を襲う細い鞭が見えた。

 キラティカが飛び上がって代わりに打たれ、急速にしぼむ。

『影絵の革帯』で作り出した分身はもう二匹いるらしく、ダイカの背から三体の虎獣人が飛び上がり、その内の一体が鞭をつかんで奪いとる。

 天井の暗がりを逃げていく黄色いドレスの女の子がかすかに見えた。



「鞭で冷静さを失っているならアレッサが危険だ……リフィヌ、急いで!」

 こんな時にも先頭で走れない自分の弱さがもどかしい。

 急かすまでもなく、リフィヌは荷物つき一般凡人のボクをぐんぐん引き離して駆け上がる。


 生きている蜂人がいない。

 脇道に入ってからは、まだ体の色が黒くなりきらずに茶色っぽい、ボクと変わらない身長の蜂人の死体が一歩ごとに転がっている。

 きつい上り坂を何十メートルか進むと、広い空間に出る。


 天井の高さは十メートルほどのままだけど、床は直径にして数十メートルくらいの楕円形の広場で、多くの通路が集まっている。

 出口のひとつには空になった市販ハチミツの瓶が何十も整然と積まれていた。

 子供のような背の蜂人がキイキイと高い声でわめきながら何十と走り回り、リフィヌが陽光脚ではじくとボールのように飛び、それきり立ち上がらなくなる。


 ラウネラトラがツル草をまとめて鞭のようにたたきつけても蹴散らせた。

「まだ外骨格が薄いようじゃな……これならわっちとユキタンでもなんとか」

 鉄棒に持ちかえると、たしかにボクでも殴り倒せる……柔らかな肉の嫌な手ごたえ。

 奥のほうに特に大きな、五メートル近い蜂人を見つけた時、アレッサは鉤爪を飛びかわした瞬間だった。


 リフィヌが無言で駆け出し、ボクも続く。

 進むほどに、おびただしい数の小型蜂人の死体が目についた。

 まだ虫らしい極端なメリハリのある体つきではなく、丸みもあって、あまり気味のいい光景ではない。

 子供サイズの蜂人が牙や爪を振るうのは近づいた時だけで、多くは無軌道に動きまわっている。

 やや大きいサイズのものだけ、巨大蜂人を守るようにアレッサへ集まっていた。


 特大蜂人の首はすでにちぎれかかり、黒い体液を流し続けている。

「烈風斬! ……烈風斬!」

 巨大な頭部が落ち、アレッサを囲んでいた小さな体もまとめて斬り飛ばされる。

 薄暗い中で腕輪の蒼い光に浮かぶ、黒い体液と殺意にまみれた凄惨な表情。

 別人というか、別の生き物に見えた。



「アレッサ様! 待ってください!」

 リフィヌが悲鳴のように呼び止める。

 小型蜂人の群れが邪魔で、なかなか近づけない。

 頭部のない巨大蜂人の体はなおもうごめく。その背後には別の部屋への入口があった。


「カノアン、どこだ?! ドメリ?!」

 アレッサが巨体をかわして奥へ入ると、か細いキイキイ声が聞こえだす。

 追いかけて入ろうとした入口に、犬猫のように小さく柔らかな蜂人が転がり、リフィヌの足が止まる。

「図録では見ていました……遺伝子の上では近いと知っていましたが……」

 リフィヌは冷や汗を浮かべ、かすかに震えている。

 足元の斬殺死体は乳白色の体に黒目がちな大きな目で、ハチミツのような甘いにおいが漂う。


 ボクはラウネラトラにリフィヌを頼んで奥へ急ぐ。

 内部は産卵場らしく、六角のカプセルがロッカールームのように整然と並んでいる。

 乳白色の死体がいくつも横たわった床の奥、繭のような物体から助け出された小人のドメリは、兄のカノアンにしがみついて震えていた。

「もうだいじょうぶだ……どうしたドメリ?」

 ボクは鉄棒を捨て、アレッサにもらったナイフをぬく。

「アレッサ、ドメリはおびえている……君に」


 アレッサの肩をつかんで刃を走らせると、自分の胸が裂けたように痛む。

「うっ? ユキタン、なにを……」

 カノアンがドメリを抱えて走りぬけ、遅れて入ってきたリフィヌに抱きとめられる。

「鞭の影響を受けていた。これで解除されたと思うけど……」

 ボクはアレッサの両肩をつかんでおく。


「鞭? まさか……縦穴でなにか当った気はしたが……」

 その口調は軽かったけど、ボクの顔を見て、まわりを見て、顔が徐々にこわばってくる。

「これが私の……やったことか……」

 呆然とつぶやいたアレッサを、ボクは強引に歩かせる。

「急がなきゃ!」



 産卵場を出てすぐ、ダイカとキラティカが駆けつける。

 ダイカはドメリとカノアンを抱え上げるなりキスの雨をみまい、それで二人はようやく、少しだけ顔がやわらいだ。

「二人は心配ないじゃろ。まだ苗床にされる前じゃ。アレッサちゃんも解除はされたんじゃが……」

「いや、だいじょうぶだ……気づかわれている場合でもない」

 アレッサの表情はこわばったままで、広間に散らばる小さな死体の数々からは怯えたように目をそらす。

 リフィヌも次々と現われる蜂人の兵士を蹴散らしながら顔は青く、気のせいか陽光脚も薄く見える。


 ダイカとキラティカが不意に、目指していた方向とは別の通路を鋭く警戒する。

 小さな人影が、蜂人を殴り飛ばしながら入ってきた。

「はっは! アレッサの仕業であったか!」

 ザンナより小柄な細身、波打つ紅い髪、紅いローブ、紅い瞳。

「これで鞭が無関係であれば、すぐにも幹部に招きたいところだが……まあ、この潜在資質だけでも評価には値する」

 前髪からのびた小さな角、派手でトゲトゲしい形の宝冠、悪意にあふれた嘲笑の童顔。

「シュタルガ……なぜここに?」

 アレッサは剣をかまえるけど、腕輪の蒼い光は細く頼りなく見えた。



「足きりではなく、ただの視察だ。このコースの目的は害虫駆除だからな」

 シュタルガの背後から、象のように大きな紅い竜も入ってくる。

 続いて同じくらいに大きい緑の竜に乗った二メートルを超える大鬼の騎士たち。

「蜂人がこれほど増えていることにも気がつかんとは、山小人も赤巨人も終戦でたるんだものだ。魔王としては余計な親切だが、これ以上に増えてほかの領地まで荒らされたくない……焼き払え!」


 紅い竜と四匹の緑竜は小さな虫人の群れを踏みつぶし、通路から次々と現われる蜂人の兵士には火炎を吐きかけて燃やしてゆく。

「どうした……ここを燃やしつくすまでなら見逃してやってもいいぞ?」

 シュタルガの言葉でラウネラトラがみんなをツル草でたたいて急かし、撤退をうながす。

「騎竜隊は大鬼でもトップクラスのエリート……竜がなくとも危険な相手だ」

 ダイカが小さくうめいた直後、騎竜隊の四名は緑竜ごと叩き飛ばされて壁のしみとなる。


「貴様ら! 登録署名できない竜に参加資格がないことを知らんのか!?」

 チャイナドレスの朱色髪が一喝しながら乱入してきた。

「……ん? シュタルガ貴様、こんな所でなにをしている? 蜂人掃討の指揮はどうした?」

 ここがその現場とは思い至らない魔王配下筆頭の脅威。

 魔王少女は鉄扇であおぎ、なにくわぬ顔を保つ。

「ま、大体でめどはついたからな。少しばかり勇者どのと雑談だ」




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