十一章 鬼や悪魔は人の心に住むもの? 人の心をオブラードに包んだものだろ? 二
分岐通路の暗さでわかりにくいけど、奥へ進むほど気温はどんどん上がっていた。
たいまつがあちこちに散らばり、火の消えた設置台も多くなっている。
「激戦になっているようだな……近いぞ。注意しろ」
そう言ったアレッサの汗で張りつく白スカートを全力注視するボク……暑さで思考力が低下しているせいに違いない。
「そのカボチャ、やはり消耗はほとんどないのか?」
リフィヌから返された『鬼火のちょうちん』がボクの腕を緑の炎で包み続け、地味に携帯ライトの代わりをしていた。
「うん。というか……あれ?」
持っている腕のほうが疲れてないというか、汗をかいてない。
「ちょっと持って、暑さを意識してみて。それで体に近づけて……」
アレッサに渡し、緑の炎をだしてもらう。
「これは……暑さがやわらいでいる? 涼しいわけではないが」
「む。俺とユキタの現われたガラスの台座も緑の炎を吹き上げていたな?」
清之助くんがそう言ってカボチャを受け取り、手近な燃えさしを踏み消してさわる。
「熱くない……異世界渡航で発生する熱を抑えていたのか? ともあれ、この中に入っているガラス片は、あの台座と同じ防熱効果があるらしい」
清之助くんは緑の炎で身を包みながら、たいまつの赤い炎へ指を入れる。
「やはりこの熱さの中和となると、わずかずつだが消耗を感じる。焼死するような炎は避けるに越したことはない……しかし魔竜砲の熱だけでも防げるならありがたい。ユキタ、大事に持っておけ」
この効果、ザンナは知っていたのだろうか?
通路が広がり、ほかの通路と合流する広間が見えてきた。
「ちっと多いいだけじゃあ、わっきゃあねえ!」
「いいから降りろ! ………仕方ないね! ジュリエル、そいつらだけだ!」
威勢のいい女性の声と、それに負けない貫禄のある女性の声。
「レオンタ? もう一人はおそらく隊長のスコナ……二番隊か」
アレッサがつぶやいて間もなく、バスケットコートほどの空間に立つ三人の女騎士が見えた。
その足元には二人のアザラシに似た獣人が倒れていて、その奥の通路には白い鳥人が飛んで逃げ去る後ろ姿。
暑そうな茶色のローブを着た男が、通路から遠い部屋の隅で動けずにいた。
別の隅には砕けたばかりの岩の欠片が散らばり、壁の一部が煙を上げている。
「たしかに、ドルドナの魔竜砲ほどではないが、かなりの威力……私も知らない装備だ」
女騎士の一人は筋肉質な長身短髪で、今朝も会ったレオンタ。
両手に一本ずつ、やたらに長くて太い槍のような武器を握っている。
その両端についている刃は、ツルハシのように横向き。
「あのオッサンは? 今どき神官にもならねえ魔術士じゃね? かまわねえべ?」
「ほかの隊のことも考えな! どうしたんだよ一体?!」
レオンタよりやや低いけど、体重は上であろう太めの女性が叱りつける。
明るい栗毛を後ろでまとめ、手にはボートのオールのように広い刃をつけた槍。
「あ、ああ。わり。ちと、暑くていらついちまっていたかもしんね……申し訳ないっす」
もう一人、比べるとやや低く細身だけど、やはり長身の女の子がいる。
腕を組み、レオンタを厳しい目で見ていた。
遠目にも美人だけど、表情は冷たい。
持っている槍は細く、穂先も小さく短い。
腕につけた銀色の丸盾もやけに薄い。
「栗毛のほうが『湖の聖騎士』スコナ。名門出身のベテランだ。『煽りの櫂』は今朝にも説明したが、相手がこちらを見て、こちらもあの櫂を見ていなければ効果がでない」
まんまオールに刃をつけた武器だったか。
「ジュリエルと呼ばれたほうは知らないが、あの細い槍は魔獣狩りに使われていた……切りこみ、もしくは大物狩りを目的とした隊らしい」
若い女性三人で……勇ましすぎ。
「レオンタが暴れていたようだが、我を失うほどではないようだな。念のため、挨拶だけはしておくか」
アレッサは抜いていた剣をおさめる。
「鞭の効果が俺の推測どおりなら襲われるかもしれんが、それもよかろう」
アゴに手をあてて考えていた清之助くんの言葉は文字どおり一歩遅かった。
「ん? 誰かいんのか?」
レオンタが振り返り、先にアレッサと目があったスコナはあわててまわりこみ、レオンタの視界をふさぐ。
「いい! お前は見るな! そこのやつ、さっさと消えろ!」
スコナが後ろ手に追い払うしぐさ。
「す、すまない……」
アレッサもあわてて引き返して『しまった』という表情で口をふさぐ。
「アレッサの声じゃんか……別に逃げたり隠したりしなくたっていいべよ。オレだって次の区間までは我慢すらあ」
レオンタは笑ってスコナの肩をバンバンたたく。
「『狂乱の麺棒』のように新たな意識を植えるのではなく、元々ある敵意を増幅させる効果だとしたら、自他とも違和感に気がつきにくいことや、長く維持されることも納得しやすい。あの隊長はそこまでは知らないはずだが、なかなか勘がいい」
解説を続ける清之助くんを無視して、アレッサはボクたちに撤退をうながす。
「けんどよお……そんなにここでやっちゃまじいか? つうか顔も見せねえで……やっぱバカにしてんのか? おう?!」
明るい声が徐々に威圧まじりにいらだってくる。
「レオンタ落ち着け! なにかの魔法だ! アレッサ、早く逃げ……うぐ?!」
ぶつかる音、スコナのうめき、倒れる音。
「隊長の持つ『煽りの櫂』は使用者が冷静なほど相手に動揺を与えるのだったな。心理操作効果の使い手として、異変にも早く気がついたか」
解説を続ける清之助くんを無視して、アレッサは引き返して広間をのぞく。
「スコナさんまでバカにすんのかよ! 頼ってもらってんだと思ってたのによお!」
ボクものぞくと、突き倒されたらしいスコナが起き上がるところだった。
ジュリエルがレオンタの前に立ちはだる。
「隊長になにを……アッ?!」
非難の声をあげた途端、はじき倒された。
「なんのつもりじゃ新人! オレが本気でスコナさんヤるとでも思ってんのかよ! いちいち気にくわねんじゃ、テメーは!」
アレッサが剣を抜き、腕輪をかまえて踏みこむ。
「鞭より強い痛みを与えろ! それで効果は解除される!」
助けに入るつもりらしいので、リフィヌにアレッサの護衛をお願いする。
ボク自身は無敵変人の背後にまわって盾にする。
レオンタはなにをふざけているのか、竹ざおのような二本の槍を立て、その中間あたりのでっぱりに飛び乗り……竹馬にしている?
「逃げろ! 今のレオンタは魔竜だ!」
スコナはオールを捨て、背負っていた投網をかまえる。
「ちと黙ってろや! すぐにすましてやらあ!」
竹馬の片足がスコナを抑え、そのまま蹴り転がす……ボールのように何メートルも!
「なんだあの脚力は……魔竜? いや、とにかく一撃だけ加える……烈風斬!」
レオンタは竹馬とは思えない速さでジュリエルにも蹴りつけ、その反動で烈風斬をかわす。
むしろ竹馬ならではのコンパスの長さで、飛ぶように低空を高速で駆け、追加の烈風斬を次々とかわしてしまう。
「アレッサ様、もう私の後ろに……陽光脚!」
リフィヌが前に出て、まだ二十メートルは離れている相手に光の盾をはる。
「そいつが最強神官かよ。魔法人形も隠れてんのか? まとめて相手してやらあよ!」
ボクもよくわからないまま、リフィヌの判断を信じて茶わんをかまえる。
「まあ、清之助くんの背後にいればだいじょうぶなんだろうけど」
しかし変人メガネはなぜか怪訝な顔をする。
「無茶を言うな。俺も感謝できる相手には限りがある」
「無茶は君だよ! レオンタさんが虫以下かよ?! ちょっとだけ筋肉つきすぎだけど顔体はけっこう……」
「誰が虫以下じゃあ!!」
レオンタの髪が比喩でなく逆立ち輝き……あれは魔竜だ?!
「おこぼれ陽光脚!」
ボクが片足を不恰好につき出すと、清之助くんとボクをぎりぎり包める大きさの半球が出現する……けど光が薄い!
ただでさえ気の強そうなレオンタが口を大きく開け、朱色の熱光線を吐き出す。
その太さはドルドナの半分もない……けど、巨岩を砕く半分弱の威力といえば?
ボクと清之助くんは一緒に跳ね上がり、壁にたたきつけられる。
落下寸前の視界に、リフィヌが盾を維持してアレッサを守りきった勇姿が見えた。
「ネクタイも少しは発動したか。カボチャも光っていたな……」
一緒に落下する変態メガネの考察も聞こえた気がする。
ボクは地面に倒れてうめく……でも熱光線を受けて生きているなら、防御は成功か?
痛むケツを押さえながら、なんとか立ち上がれた。
変態メガネは受身かなにかで華麗な着地をしていたらしく、通路のメセムスと、その背に乗っているラウネラトラへなにか指示をだしている。
「魔竜砲です! 騎士団はあんな秘密兵器を隠してやがりました! しかも教義のたてまえ『支えてつくす』とか誓ったはずの勇者一行にぶっぱなすおもしろ展開です!」
コウモリモニターがキンキン声でまくしたてる……いたのですかヤラブカリポーター。
「やっちゃえ『滝の聖騎士』レオンタ! 騎士団内部試合の準優勝者! ここで勝たないと一生、アレッサのかませ犬だ!」
……ピパイパさんて、良識あるほうだったんだな。
「ぐあああああ! アレッサぁ! おめーだけは倒さねーと!!」
横合いからの挑発に見事にのせられ、レオンタの髪が再び逆立つ。
「なぜそこまで私を……烈風斬!」
魔竜砲の射出の溜めをねらい、ついに烈風斬が当たる。
しかし傷がつかない……いや、頬へかすかな線が走っただけ。
防御まで魔竜なみか。
「やめろレオンタ! それ以上『昇竜の竹馬』を使えば倒れる!」
スコナ隊長が再び投網をかまえていた。
リフィヌはアレッサを抱え上げて地面を蹴り、同時に光の半球ではじいて加速し、飛ぶようにボクたちから離れていく。
「方向を散らしてくれたか。慣れているだけある」
清之助くんの言うとおり、再び撃ち出された魔竜砲はアレッサを追って炸裂し、ボクたちから注意がそれる。
メセムスがボクと清之助くんを両手につかんで突撃。
「おこぼれ陽光脚!」
レオンタに到達するまでの数秒、エロくもない足を振り上げてメセムスを守る。
それは思ったより早く役に立った。
一瞬で踏みこんでいたレオンタが、竹馬ごと回し蹴りを放っていた。
実際のボクの感覚では、薄っぺらい光の盾を出した瞬間、ボクの喉元に竹馬の刃が出現したような印象。
あと少し遅ければ、あと少し『守る意志』が弱ければ、突き通されていた……汗の噴き出る『灼熱洞』の中、ボクの背中がぞわぞわと冷える。
でもこれで勝ちだ。
ラウネラトラがメセムスの背後からツル草を広げ、レオンタにからませていた。
「なんでえ、こんなも……ん?」
レオンタは魔法の怪力でツル草を引きちぎろうとして、意外な丈夫さに驚く。
ツル草の根元のひとつには魔法の効果を失わせる『封印の指輪』が光っていた。
「それって、鞭の魔法も消せたのかな?」
ボクは鉄棒を婦女子に投げつけようとして、思いとどまる。
「どうかのう? やはり念のため一発ポカリと……」
レオンタの左腕が鎖鎧ごと裂け、血を噴き出す。
「しまった……指輪か!」
アレッサは魔竜化の解除に気がつかないまま、手加減なしの烈風斬を撃っていた。
「つないでくれ! ……いや、心臓は無事か?!」
ラウネラトラがあわててツル草をゆるめる。
レオンタは倒れずに着地し、片腕だけで竹馬の片方を振り上げる。
「アレッサぁ……てめーにだけは同情されたくねえ!」
左腕はまだ一応ぶら下がっているけど、骨がつながっているかは怪しい。
「そんな……魔法はもう……」
駆け寄ろうとしたアレッサが、その気迫に足を止めて剣をかまえる。
「敵意の原因があるだけに、ひとたび発動すると魔法と無関係に感情が続く状況も多いようだな」
けしかけたのオマエだろうがクソメガネ!
「私の負けだレオンタ! 仲間がいなければ勝ちようがなかった!」
「てめーに、同情だけはされたくねえって……」
女狂戦士は止まらず、アレッサだけをにらんで近づこうとする。
「あ、暴れるなばかたれ! 止血だけでもせんと!」
傷口を縛ろうとするラウネラトラのツル草まで、レオンタは竹馬の刃で斬り飛ばす。
長くて重そうな武器を片腕で振り回す腕力もすごいけど、狙いまで正確だ。
でも悲しげに泣いていた。
「てめーみてーなお嬢様じゃねーから、ガイムだって振り向かねえのはわかっているけどよ……」
妙な名前がでてきて、アレッサも剣を落としかける。
「待て。ガイムは年増好きだ」
女狂戦士の動きがピタリと止まる。
「初対面で『十代は女に見えない』と言われ、まったくそのとおりに扱われた。三十路以上が好みらしいから、レオンタならあと数年もすればあるいは……」
元同僚の性癖をさらす風の聖騎士アレッサ。
竹馬が手から落ち、急に傷の激痛に悶えだす元狂戦士。
ラウネラトラが肩口を縛って止血し、ちぎれそうな傷口にもツル草を厚く巻きつける。
「わりーな。恥の上塗りじゃけど、そうと知っちゃ、まだ死にたかねーや」
「あらあ。戦力を一人も削れず?」
放送席の吸血将軍がため息まじりに嘲笑する。
あなたも人のことは言えないでしょうが。
巨人将軍は寝そべったまま、組んだ腕にあごを乗せて不満顔だ。
「しょぼ。あれが魔竜? ドルドナちゃんなら誤解がとけても『それはそれとして』とか意味ふめーなこと言って撃ってくるよ?」
たしかにそれは恐ろしさで上だけど、強さとは違う気がします。
「おっと、動くなよ」
いつの間にか犬獣人と猫獣人が、スコナとジュリエルの背後で爪をかまえていた。
「ダイカ、来ていたのか!」
アレッサが王子様と再会した乙女のような顔。
「竹馬を確保しておけ。少しでも加勢していればまだしも……見ていただけのこいつらに返す義理はない」
二人の聖騎士は振り返ってダイカをにらむ。
「恨みがましく見ないで。ダイカほど優しくない私は『滝の聖騎士』なんか見捨てて、八対二で身ぐるみはがしたいんだから」
キラティカがニッコリ目を細めて威嚇する。
「騎士のお仲間さんも来ているから、せめて持っているものは足元に置いてね。三秒以内に」
スコナがすぐにオールと投網を投げ捨て、ジュリエルも槍と盾を置く。
ダイカは二人の近くをゆっくり通り過ぎ、キラティカもすれ違いながら、置かれたものを派手に蹴り飛ばして持ち主から遠ざける。
ボクは竹馬をひろおうとしたけど、鉄で補強されてズシリと重い上、太くて持ちにくい。
メセムス様に預かってもらう。
「そっちから三人、オレたちの後ろからも三人、騎士が来ている。映されているから、もっと集まってもおかしくない。……にしても、みんなして魔竜砲を防げるとか、どうなっているんだ? いろいろ時間がないが、簡単に教えてくれ」
ダイカは言いながら、ボクたちのにおいをかいでまわる。
「ユキタの愛と魔法道具で俺が三魔将に対抗できる防御を得た。魔女と蛙娘は離脱し、万能防御の最強神官リフィヌは功績めあてに残っている」
ダイカはつっこむこともなく真顔で短くうなずき、もう一度アレッサに向き直る。
「カノアンたちと一緒だったな?」
「心配ない。計画図にあった避難路へ……」
アレッサは笑顔の頬を少し赤らめて、顔の近いダイカの唇をちらちらと見る。
「そこは虫人が出て変更になった!」
蒼い髪が、風もない洞窟でかすかに逆立つのを見た。




